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「ふみゃああんっ」

 リビングから漏れ聞こえてきた甘い声に、ヤブキは足を止めた。

「みゅあぅんっ、あふう、いやぁっ、でもぉ」

 艶を含んだ喘ぎは生々しく、男だと解っているはずなのに好奇心がそそられ、ドアに聴覚センサーを押し当てた。

「あああぁ…そんなぁ…。そこ、そこがいいのぉ、ああん、感じちゃいますぅー!」

 ミイムの上げる嬌声は、次第に高くなっていく。

「あふうんっ、みゅううん、んぁあああああっ!」

「こら、そんなに暴れるな。傷になっちまうだろうが」

 ミイムをたしなめるマサヨシの声が混じったので、ヤブキは心底驚いて仰け反ったが、再びドアに寄り掛かった。

「だ、だってぇ…。パパさんってば凄いんですもぉん…。ボク、もうとろけちゃいますぅーん」

 ミイムは息を荒げ、弛緩した声を発している。

「俺としては普通にやっているだけなんだが」

 マサヨシの苦笑気味の言葉の後、ミイムが身を捩ったのか衣擦れの音が混じった。

「それでも凄いんですぅ、パパさんってばとっても上手なのに大胆でぇ、腰砕けですぅーん。みゅふうーん」

 一体、何をしているのだ。ヤブキは脳内に様々な想像が駆け巡ったが、最終的に思い付いた考えは一つだった。
こんな真っ昼間から、しかもリビングで、だが考えてみればこの二人は擬似的だが夫婦関係になっているわけで。
マサヨシは同性愛の気はないが、ミイムはそうでもないかもしれないし、勢いに流されてしまったのかもしれない。
確かにミイムは男だ。しっかりアレは生えている。だが、見た目は確かに可愛い。獣人だから、可愛らしさ倍増だ。
ヤブキも、あれで本当に女だったら、と考えたことは一度や二度ではない。いや、それを考えない男などいない。
だが、こんなに女っ気がない暮らしが続くと、男でも見た目が可愛ければいいと考える瞬間があったりなかったり。
いやまさかマサヨシに限って、けれどイグニスの話に寄ればマサヨシはミイムを本気で女だと思った時もあったと。
それだけはいけない、見てはいけない、というよりも中断させなければ、けれどやっぱり興味はそそられるわけで。

「ああんっ、パパさんってば素敵ですぅ、ああ、そこぉ、すっごくいいんですぅー!」

 だが、これ以上は耐えられなかった。ヤブキは大いに混乱しながらドアを開け放ち、リビングに駆け込んだ。

「なにやってんすかあんたらはー! ていうかリアルでそれはダメっすよ色々とー!」

「何って…」

 ソファーの上でミイムを膝枕しているマサヨシは、手にしていたものを掲げた。

「お前は何だと思ったんだ?」

 それは、耳掻きだった。ヤブキがきょとんとすると、マサヨシの膝の上からミイムはヤブキを見上げた。

「だってぇ、人にやってもらった方が上手く出来るしぃ、サイコキネシスでやるのはちょっと怖いんですぅ」

 ミイムは普段は垂れ下がっている長い耳をひっくり返して、耳の穴を露わにし、顔の右側を下にして寝ている。

「まあ…勘違いされそうだとは思っていたがな…」

 マサヨシはなんともいえない顔をして、ヤブキに向いた。ヤブキはすっかり拍子抜けし、肩を落とした。

「なんだぁ、てっきりオイラはまたマサ兄貴がミイムに襲われた挙げ句に状況に流されちゃって一発ヤッたのかと」

「やらん」

 マサヨシは途端に真顔になり、膝の上からミイムの頭を下ろした。

「みゅう、パパさん冷たいですぅ」

 ミイムは不満げにむくれながら、身を起こした。そして、ヤブキを睨み付けた。

「ストレートを通り越して不潔なことを言うんじゃねぇぞこの野郎ですぅ!」

「でも、あの状況で勘違いしない方が珍しいっていうか、ありがちなシチュエーションっすけどだからこそ有り得るかもしれないっていうか、むしろミイムならあるかもしれないなーっていうか」

「てめぇ、ボクをなんだと思ってやがるんだですぅ」

 ミイムが吐き捨てると、ヤブキは即答した。

「天然に見せ掛けた腹黒魔性受けっすかね?」

 次の瞬間、ミイムの体は高々と跳躍し、すらりと伸びた長い足がヤブキの側頭部を盛大に蹴り飛ばしていた。
一瞬よりも短い時間での攻撃だったので、ヤブキはその場に突っ立ったまま、首を物凄い角度に曲げていた。
ヤブキの頭上を通り越して廊下に着地したミイムは、長い髪を振り乱しながら、ヤブキに罵倒を浴びせかけた。
聞くに堪えない文句を吐き出すミイムと心外そうに言い返すヤブキを横目に見つつ、マサヨシはため息を吐いた。
 相変わらず、どっちもどっちだ。


08 7/11 アステロイド家族



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