「はーるぅー」 イグニスは公園で遊ぶハルの傍に腰を下ろし、一際甘ったるい声を出した。 「なあに、おじちゃん?」 砂場で山を作ってトンネルを掘っていたハルは、イグニスを見上げた。 「俺とマサヨシとどっちが好きだ?」 イグニスが問うと、ハルは笑顔で答えた。 「パパ!」 「まあ…うん、そうだよな。じゃ、俺とミイムとじゃどっちが好きだ?」 「ママ!」 「ああ、うん、そうだな! なら、俺とヤブキとだったら?」 「お兄ちゃん!」 「そう来たか…」 イグニスは平静を装ったが、内心ではとてつもなく落ち込んだ。ハルは、小さな手でトンネルを掘っていく。 「だって、ママもお兄ちゃんもご飯がおいしいんだもん」 「そ、そんなら、俺と電卓女っつーかサチコとじゃ?」 「お姉ちゃん!」 「ぐおあっ!」 イグニスは頭を抱えて上体を反らし、呻き声を上げた。そこへ、散歩を終えたトニルトスが通りかかった。 「耳障りなノイズを撒き散らすな、ルブルミオンめ」 「うるせぇ黙れ屈辱男」 イグニスはトニルトスの腕を掴んで引き寄せてから、ハルに尋ねた。 「じゃ、じゃあ、俺とトニルトスだったらどっちが好きだ?」 「んーとねぇ」 ハルは砂を溜めたバケツをひっくり返して、バケツを引き抜いて円筒形の砂山を作った。 「トニーちゃん!」 トニルトスはイグニスの腕を振り払うと、二人に背を向け、歩き出した。 「貴様と私では存在価値そのものが掛け離れているのだ、比較されるまでもないことだ」 トニルトスにまでも負けたイグニスは、崩れ落ちた。ある程度予想していたが、ここまでだとは思っていなかった。 ハルの言うことには、悪意は欠片も混じっていない。だが、だからこそ、余計にやるせなくてたまらなくなっていた。 しかし、ここで泣いてはいけない。男が廃る。戦士の誇りが錆びる。それ以前に、いい歳こいた大人としてダメだ。 だが、泣きたいものは泣きたい。イグニスは涙も鼻水も出ないのに気分的な問題で啜り上げると、最後に尋ねた。 「じゃあ…俺とニンジャファイター・ムラサメだったら、どっちが好きだ?」 「ムラサメ!」 ハルの屈託のない返事に、イグニスは撃沈した。結論として、家族の中の誰にもイグニスは勝っていないのだ。 挙げ句の果てには、特撮ヒーローにも負けている。子供だから仕方ない、と思うが、精神的ダメージは大きかった。 イグニスは突っ伏して、情けない呻き声を漏らした。ハルに心配されても、その言葉すらも聞こえないほどだった。 ハルは、宇宙で最も愛しい娘だ。だから、イグニスが愛した分だけ愛されたいとも思うが、そう上手くは行かない。 愛情とは、常に一方通行だ。 08 7/12 アステロイド家族 |