「もしもだよ、もしも」 薄暗い校舎裏で二人の友人がやってくるのを待ちながら、百合子は傍らの鋼太郎を見上げた。 「鋼ちゃんが女の子で、私が男の子だったら、どうなってたと思う?」 「下らねぇこと聞くなよ」 学ランを着込んだ大柄なフルサイボーグ、鋼太郎は肩を竦めた。百合子は頬を張り、むくれる。 「だから、もしも、だって言ったじゃんよー」 「どうせ暇だし、少しは付き合ってやるよ。まあ、つまんねぇことは確かだな。オレが野球に身も心も捧げたスポーツ少女だったとして、ゆっこが青白くてひょろっとした病弱な少年だったとする。…ダメだ、その時点からつまんねぇ」 「えー、そうかなぁ。私は結構いいと思うよ、スポ根少女漫画みたいで」 「でも、その野球少女は第一話でいきなりフルサイボーグになっちまうんだろ? 打ち切り確定だぜ、おい」 「いいじゃん、新感覚ラブコメ! とか銘打ってさ、ラブコメパートでサイボーグのヒロインがどつくたびに病弱少年が死にかけていって、って、やっぱりダメだ。十週も引っ張れないで打ち切りだよお、流星の如く現れた期待の新人は大気圏に突入して燃え尽きちゃうじゃん!」 「だろ? で、新連載を獲得しても鳴かず飛ばずでコミックス化もされなくて、いつしか出版社からもハブられて…」 そこまで話して、鋼太郎ははたと気付いた。 「オレ達、何の話をしていたんだ?」 「えっとー、私と鋼ちゃんが性別逆転したら、っていうベタベタな会話」 「ベタすぎて欠片も膨らみやしねぇや」 「…やめようか。私もつまんなくなってきた」 「そろそろムラマサ先輩と透も来る頃だしな」 二人は妙にばつが悪くなって、曖昧な笑みを浮かべた。百合子の場合は顔に、鋼太郎の場合は内心で、だが。 「ねえ鋼ちゃん、最近の少年漫画って面白い?」 「九割九分九厘バトルだ。大ゴマ見開きばっかりで、どの漫画もちっとも話が進みやしねぇ」 「じゃあ、つまんないんだね」 「うん。でも、なんとなく買っちまうんだ。もう何年も読んでいるから、義務感みてぇなもんでよ」 「週刊少年漫画雑誌って、結構罪深いよね」 「気を付けないと中二病になるしな」 「ていうか、鋼ちゃんはリア中じゃんよ。もしかして、邪気眼とかに目覚めてたりしない?」 「ゆっこ、ネットも程々にしとけよ。変なスラングを丸出しにするなよ、恥ずかしいな」 「鋼ちゃんも、漫画とエロ本ばっかり読んでちゃダメだよ。今でも充分馬鹿だけど、もっと馬鹿になるから」 「るせぇ」 鋼太郎はさも鬱陶しげに、百合子に言い返した。足音を感じ取ったので、校舎の壁に預けていた背を外した。 百合子も身を乗り出して、校門側を見やった。先に歩いてきているのは、鋼太郎と同じフルサイボーグ、正弘だ。 その後ろを追っているメガネの女子生徒が、透だ。二人がやってきたことで、下らない会話は自然と途切れた。 本当にどうでもいい会話だったので、正弘がやってきた途端に、二人は先程の会話の内容すら忘れてしまった。 正弘ははしゃぐ百合子をあしらい、キャッチボールが出来なかった不満を零す鋼太郎を丁寧にたしなめていた。 最後にやってきた透は、三人の会話に混じろうとしながらも混じれずにいたが、百合子に引っ張り込まれた。 サイボーグ同好会の日常は、いつもこんなものだ。 08 1/25 非武装田園地帯 |