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「どうして、和菓子が、好きか、ですか?」

 透は少々照れながら、問い掛けてきた百合子を見下ろした。

「うん。ちょっと気になって」

 保健室のベッドに腰掛けている百合子は、プリーツスカートから伸びた細い足を軽く揺らした。

「えっと、大したことじゃ、ないんですけど」

 透は百合子の隣に腰掛け、やや気恥ずかしげに目を伏せた。

「よく、お父さんが、撮影や取材のお土産に、買ってきて、くれたんです。それが、凄く嬉しくて、おいしくて」

「そっかあ」

「はい。本当に、大したことじゃ、ないんですよ」

「和菓子だったら、なんでも好きなの?」

「特に、好きなのは、羊羹とかお饅頭とか、餡子が多いものですね」

「じゃ、好きじゃないのは?」

「えっと、そうですね」

 透はしばらく考え込んでいたが、これといって思い当たらなかった。父親の買ってくるものは、全部食べたからだ。
香苗は透に物を与えてくれることは皆無だったので、拓郎のごく当たり前の気遣いが、何よりも嬉しかったからだ。
だから、土産物の味の善し悪しは本当に関係なく、兄の亘がおいしくないというものまで綺麗に食べてしまった。
いくら考え込んでも、嫌いな和菓子は思い付かない。油脂と糖分がたっぷりの洋菓子は、重たいので苦手だが。

「ない、かもしれません」

 迷いに迷った挙げ句、透は苦笑気味に返した。すると、百合子はやけに感心した。

「透君って、偉いねぇ」

「そう、ですか?」

「そうだよ。私なんて、お父さんが月面基地からたまに送ってくれる月面最中、全部食べたことってないもん」

「月面、最中?」

「月面基地の栽培プラントで育てた材料で作った、ってのが売りなんだけど、これがまたまずくってさぁー」

「どんな、味なんですか?」

「皮は普通の最中なのにさ、中身がカスタードクリームなんだよ。それがもうひどいの、粉っぽくて」

 余程うんざりしているのか、百合子は顔をしかめた。その味を想像し、透も少しげんなりした。

「月面、って言うわりには、安っぽいんですね」

「おかしいねぇ、私のお父さんも透君のお父さんもやっていることは同じなのに、娘の評価は真っ二つだよ」

「やっぱり、お土産物って、言っても、味は大事ですね」

「だねぇ」

 苦笑した百合子に、透は笑みを返した。少し開けた窓から吹き込んできた柔らかな風が、カーテンを揺らした。
どこの父親も、考えていることは同じだ。血は繋がっていないのに、と思うと、ますます嬉しさが込み上げてくる。
透は百合子と笑い合いながら、数日後に撮影から帰宅する父親にどんな夕食を振る舞おうか、と考えていた。
自分に出来る恩返しは、それぐらいだ。だが、注がれた愛情を返してやりたいと思えることすらも幸せなのだ。
 カーテン越しの日差しは、緩やかで暖かい。


08 1/25 非武装田園地帯



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