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「うーん……」

 洗面台の鏡と睨み合いながら、美花は長い黒髪の毛先を抓んだ。

「もうちょっと、こう、ボリュームが出せないもんかなぁ」

「いつまで占領しているんだよ。掃除が捗らないじゃないか」

 美花の背後に現れたのは、風呂掃除を終えたばかりの兄、速人だった。その両手には風呂用洗剤のスプレーと スポンジがあり、濡れた足をバスマットで拭っていた。美花は慌ててヘアアイロンやらヘアクリップやらを片付けよう としたが、使ったばかりで熱々のヘアアイロンを床に落としてしまった。速人は妹の手際の悪さに呆れながら、床に 転げたヘアアイロンを拾ってから美花に手渡した。そのついでに、妹の不格好な髪型を眺めた。巻き髪を目指そう としたらしいが、内巻きと外巻きの区別が付いていないどころか髪のブロッキングにも失敗したらしく、一束の太さが まちまちだった。美花は兄の目線に気付き、赤面して俯いた。

「うぅ……」

「色気付くのは構わないんだが、なんで今になってそんなことをしようと思ったんだ。これから決闘だろ?」

 速人が問うと、美花はヘアスプレーで固まった毛先を抓んだ。

「え、ええと、その、かっ、帰り道で大神君に会っちゃったらどうしようとか思って、でも、その」

「帰り道も何も、お前の場合、戦った後は変身したまま直帰じゃないか」

「でっ、でも、会うかもしれないじゃない! どうせなら、ちょっとは良く見られたいもん!」

「貸してみろ」

 速人はタオルで手を拭ってから、美花が床に落としたヘアクリップを一本取った。美花の長い黒髪をヘアブラシで 梳いて整えてから、手首を返してくるくると髪の束を捻って丸めると、ヘアクリップを差してまとめた。

「これでいいだろ」

「え、ええー……?」

 ものの数秒で出来上がった見事な夜会巻きに、美花は本気で驚いて目を剥いた。怖々と後ろ髪に触りながら兄に 振り返った美花は、洗面台に背を向けてやや身を引きながら兄を指した。

「もしかして、お兄ちゃんって本当はお姉ちゃんだったりするの?」

「ばっ、馬鹿言え! 女子がやってたのを見て覚えただけだ! 特に覚えたくもない技能だったが、覚えちまったん だよ! ヒーロー体質の余計な情報吸収能力のせいで!」

 速人がぎょっとして言い返したが、美花は半信半疑で兄を眺め回してきた。ヒーローの姿をコピーした怪人が登場 した場面でも見たかのような視線に、速人はやりづらくなって美花を洗面台から追い出した。ヘアアイロンと一緒に 美花が持ってきたヘアスプレーやスタイリング剤を脇に押しやってから、洗面台を手早く洗っていたが、速人はふと 不安になって自分の下半身を確かめてみた。間違いなく存在していたモノに安堵してから、大いに落ち込んだ。
 家庭的を通り越して女性的になってどうする。


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