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「なー、兄貴。今の自分の姿に対して疑問を持ったりしねーの?」

 応接テーブルに広げた青い軍服に、粘着シートの付いたクリーナー、通称コロコロを転がしながら鋭太は片耳を 曲げた。赤い軍服をテーブルに広げてその表面に付いた体毛を粘着シートで取りながら、つい今し方まで暗黒総統 ヴェアヴォルフに変身して純情戦士ミラキュルンと戦っていた大神剣司は言い切った。

「しない」

「つか、普通、悪の秘密結社の総統がヒーローと戦った後にコロコロ使うか? 使わねーだろ」

 鋭太は袖を上げて体毛を取りながら毒突くと、大神は軍服を裏返し、背中の部分にコロコロを転がした。

「子供じゃあるまいし、自分のものは自分で管理するのが当たり前だろうが。いちいち使うごとにクリーニングに出す わけにもいかないしな。あれも出費が馬鹿にならないんだ」

「ワイシャツとかも?」

「そりゃそうだ。あんなものは自分で洗えるし、アイロンも自分で掛ければいい。今度教えてやる」

「そんなん、別にいらねーし」

 鋭太がスラックスの後ろから出た尻尾を揺すると、大神はソファーと背中の間に挟まれた尻尾を立てた。

「馬鹿言うな、ワイシャツのアイロン掛けとスラックスのアイロン掛けは必須だ。いつまでも芽依子さんに甘えている んじゃない。高校を卒業したら大学に進学するだろう、大学に進学したら就活するだろう、就活が成功して卒業して 会社勤めになるだろう? だから、覚えておいて損はない。むしろ、自分のためになることだ」

「でも、兄貴だって、高校ん頃の制服とかはずっと芽依子とかレピデュルスにやってもらってたじゃん」

「だから、自分でやることにしたんだよ」

 大神は自分の茶色の体毛がたっぷりと付いた粘着シートを剥がし、新しいシートを赤いスラックスに転がした。

「俺は跡取りで長男ってことで、周りから世話を焼かれすぎていたんだよ。だが、それじゃ良くないってことに早々に 気付いて、家を出たんだよ。他人にやってもらって当然だと思っていたんじゃ、世界征服以前の問題だからな」

「ふーん」

 鋭太はやけに真剣な顔で赤い軍服から体毛を取る兄を見、気のない返事をした。鋭太よりも遙かにオオカミ怪人の 血が濃い兄はマズルの長さが若干長く、体毛の色も濃く、毛並みも深い。怪人としての能力も精神的な意味でも 鋭太よりも優れていて、どこを取っても鼻に突く。悪の秘密結社ジャールに入ったのは、そんな兄に対する対抗心の 一環であったのは否めない。が、近付けば近付くほどに差が見えてきて一層情けなくなる。だから、兄からアイロン の掛け方を教えてもらっては情けなさが極まってしまう。だが、言っていることは至極尤もなわけで。

「あー、なんかすっげぇダリィ」

 鋭太は青い軍服にコロコロを放り投げると、ずるりと腰を落とした。大神はすぐさま叱責したが、鋭太のややこしい 心理を教えるのは面倒臭い上に恥ずかしかったので、言い返さなかった。通学カバンに突っ込んでいたペットボトルを 引っ張り出して生温いコーラを呷りながら、尻尾を垂らした。大神は生真面目に体毛を一本残らず取り去ろうとして いるが、元々毛深いので取った傍から付いてしまっていた。鋭太がつい笑ってしまうと、大神は鋭太が使っていた コロコロと自分のコロコロを駆使して弟の体毛を舐め回し、ごっそりと無駄な体毛を剥がし、なぜか勝ち誇った。
 毛並みと服装を乱された鋭太は大神の荒っぽいじゃれ方に辟易したが、久し振りにまともに構ってもらえたことが 妙に嬉しく、無意識に尻尾が動いてしまった。自分の幼さと現金さに内心で呆れたが、安堵もした。
 なんだかんだで、こんな兄が好きなのだ。


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