拍手、ありがとうございました!




「それで、どうですか?」

 赤い単眼から期待を込めた眼差しを注がれながら、忌部は透き通った口の中にスプーンを入れた。

「ざらざらしているし、なんかこう、甘過ぎやしないか」

「では、今回も成功とは言い難いのですね?」

 それは残念、と嘆息しながら座り直したゾゾに、忌部は訝った。

「しかし、なんでまたプリンなんか作ろうと思い立ったんだ」

「解り切ったことではありませんか」

 ゾゾは忌部が食べ残した出来損ないのプリンを引き寄せ、スプーンで掬って咀嚼した。二人が向かい合っている テーブルには素焼きの食器が並べられていたが、その全てに不完全なプリンが入っていた。表面に気泡が浮いた もの、細かなすが入ってしまったもの、分離してしまったもの、などなど。そのどれもを一口ずつ食べさせられていた 忌部は、すっかり胃が重たくなっていた。口直しにドクダミ茶を飲み、腹部の圧迫感を誤魔化すために腰を落として 椅子から体をずり下げた。居間兼食堂の天井で青白い光を放つ蛍光灯が、忌部に希薄な影を与えていた。夜の帳が 分厚く降りた窓の外からは虫の音が聞こえるが、窓ガラスに衝突する音はしない。どういうわけなのか、忌部島には 害虫の類は存在していないらしく、南国に相応しい巨大なガは見かけても明かりには惑わされない。全身を外気に 曝して歩いていても、裸足で森の中を進んでも、ただの一度も害虫や毒ヘビに噛まれたこともない。その理由を 突き止めるべきか否かを頭の隅で考えながら、忌部は首を捻り、衛生室のある方向を見やった。

「本土から送り込まれてきた、あの小娘の御機嫌取りでもしようってのか?」

「御機嫌取りとは言葉が悪いですねぇ」

 ゾゾは出来損ないのプリンを食べ終えると、悩ましげに単眼を伏せた。

「少しでも楽しく暮らして頂きたいのですよ、紀乃さんには。そのためには、おいしい御飯と同様に甘い御菓子がある べきだと判断しましてね。ですが、私は本土でそういったものを目にしたことはあっても、口にしたことは一切ない のですよ。忌部さんを実験台にした理由は至って簡単ですけどね」

「まあ、小松とミーコじゃアテにはならんからな」

「それで、改良点は舌触りの悪さと言うことですが、具体的に何をどうすればいいのでしょうか?」

 身を乗り出してきたゾゾに、忌部は少し考え込んでから答えた。

「裏漉しすればいいんじゃないのか? 要するにプリンってのは甘い茶碗蒸しだから、同じ要領でやれば問題はない んじゃないのか? もっとも、茶碗蒸しの作り方なんてまるで知らんから、詳しいことは教えられないが」

「あまりお役に立ちませんね、忌部さんは」

 ゾゾは不満げに目を瞬かせながら、椅子に座り直した。忌部は顔を背け、ドクダミ茶を呷る。

「だったら、最初から聞くなよ。大体、なんで俺にアドバイスなんか求めるんだ。お前の敵なんだぞ?」

「さあて、どうしてでしょうね」

 ゾゾは出来損ないのプリンが入った小鉢を引き寄せると、木製のスプーンで大きく掬って頬張った。黙々とプリンを 消化するゾゾを横目に、忌部は温くなったドクダミ茶を啜った。掴み所があるようでない一つ目トカゲの異星人とは どう接するべきか、考えたところで無駄なのかもしれない。変異体管理局の現場調査官としては、忌部島に新たに 実戦配備された乙型生体兵器一号、斎子紀乃と交友を深めようとするゾゾを阻むべきなのだろうが、ゾゾ・ゼゼは 未知の能力を備えた異星人であり、斎子紀乃は名は体を表すとはよく言ったもので、不安定なサイコキネシスを 備えている少女だ。全身が透き通っていること以外はごく普通の人間である忌部では、どちらも太刀打ち出来ない。 だが、事の次第を傍観しているだけでは、忌部が忌部島に配備されている意味がない。

「カラメルソースでも掛けてみたらどうだ。あれで誤魔化しが効くんじゃないのか?」

 忌部が呟くと、ゾゾは目を上げた。

「それは何ですか、忌部さん?」

 忌部は少しだけ知っているカラメルソースについての知識を語りつつ、いつになく真剣な面持ちで聞き入るゾゾを 眺めていた。インベーダーであるゾゾ・ゼゼと乙型生体兵器である斎子紀乃が近付くのは、良い傾向ではないが、 どちらも国家に対する危険因子であることには変わりない。だから、いっそ危険因子同士を近付けて共倒れさせて しまえばいいのではないか。もっとも、そんなに物事が上手く進んでくれれば誰も苦労はしないのだが。だが、忌部 のような平凡極まる人間にも、明日の予測が付けられることもある。
 明日の夜も、間違いなくプリンを食べさせられる。


11 3/15 南海インベーダーズ



Copyright(c)2004-2011 artemis All rights reserved.