日常とは日々の常であり、常はそうそう変わるものではない。 何度も読み込んでいるせいでクセの付いた本を開き、足を組む。ソファーに体を沈め、活字を目で追った。 が、すぐに目線を上げざるを得なくなった。机の上に放り投げておいたフラスコが、ごとごとと暴れ回っている。 「これこれこれこれ! 我が輩を干涸らびさせるつもりなのかね貴君は!」 私は正直鬱陶しく思いながらも片手を上げ、指を弾いた。机の上から転移したフラスコが、手の上に落ちてくる。 それを受け止めてコルク栓を抜くと、フラスコの中から赤紫の軟体が滑り出た。伯爵は、私の鼻先を触手で指す。 「我が輩は、未だに新たなワインを得ていないのであるぞ! 貴君が起きてから一滴も与えられておらんのだぞ!」 「だからどうした」 素っ気なく言い返してやると、伯爵はうねうねと身を捻っている。 「我が輩が干涸らびるということは、我が輩の優雅で麗しく達者な喋りも鈍ると言うことであり、すなわち静寂が」 「訪れて欲しいものだな」 「貴君がその気であれば、こちらも考えがあるのであるぞ、フィフィリアンヌよ。このまま貴君の胃に滑り込んで、口と言わず鼻からも飛び出してやろうではないか。それはもう気色が悪く気分が悪く、じわりじわりと染み込む我が輩の毒によって貴君は胃の痛みに苦しむこととなろうぞ」 「ほう。だが、貴様の毒は、食した者に麻痺を生じさせる神経毒ではなかったのか、伯爵?」 「貴君のような神経が鋼鉄で出来た女に、我が輩の繊細で鋭利な毒が通用するとは思えないのである」 「解っているではないか」 私はテーブルの上に置いてあった、飲みかけのワインボトルを手にした。ボトルの口をフラスコに当て、注いだ。 フラスコの中を赤ワインの海に変えると、ようやく伯爵は黙った。言い合うのは面白いが、長引くと鬱陶しい。 感嘆の笑い声を上げながら震えるスライムをテーブルに放り、私は本に意識を戻した。また、活字を追う。 常日頃、私と伯爵はこのような会話を繰り返している。 05 12/1 ドラゴンは笑わない フィフィリアンヌ・ドラグーン |