「桐子」 「なあに、セールヴォラン」 人型クワガタムシの上で気怠く答えた少女は、長い黒髪を掻き上げた。一糸纏わぬ裸体は薄く脂肪が付き、細い 骨格を補う筋肉は頼りなく、鍬形桐子が生まれ持った危うい美しさを引き立てていた。セールヴォランは桐子の体を 中両足で包み込み、支えながら、強靱なあぎとを開閉させて僅かに軋ませた。 「桐子はどうして桐子なのだろう」 赤黒く鉄臭い臭気を放つ水溜まりの上に仰向けに横たわり、セールヴォランが呟く。二人の周囲には、赤い花弁 の如く千切れた肉片が無数に散らばっている。それは人型昆虫に貪り食われた被害者のものであり、戦闘の邪魔 だと認識した二人が手当たり次第に殺戮した関係者のものでもあったが、どちらであろうとどうでも良かった。他人は 二人には異物でしかなく、生きていても死んでいても興味がないからだ。横転した戦闘車両が黒煙を噴き上げて 燃え盛り、セールヴォランの青い体液を纏った桐子の肢体に光沢を与えた。桐子はとろけそうな微笑みを浮かべ、 白く柔らかな太股でセールヴォランの胴体を挟み、しなやかな指先でセールヴォランの顔をなぞる。 「随分と素敵なことを聞くのね」 「僕は疑問が尽きない。桐子は桐子だが、僕が認識している時点で桐子は桐子だった」 「ええ、そうよ。セールヴォランも、最初からセールヴォランだったわ」 桐子は身を乗り出し、分厚い外骨格で丸い乳房を潰しながら、硬い顎に頬を寄せてくる。 「なぜ?」 セールヴォランはきちきちきちと顎を擦らせながら、上両足の爪を曲げて桐子の顔に添える。 「私はあなたに相応しい私になりたかったのよ、セールヴォラン」 桐子は頬に添えられたセールヴォランの爪先をぬるりと撫でてから、手近な肉片を拾うと、躊躇いもなく頬張った。 唇の端からは真新しい血液が一筋零れ落ち、形の良い顎を縁取ってからセールヴォランの胸元に滴った。桐子は 眉一つ動かさずに人間の肉片をぐじゅぐじゅと噛み締め、薄い唇に赤黒い紅を差してから、セールヴォランの顎に 口元を寄せた。セールヴォランは顎を開いて黄色く細長い舌を伸ばし、桐子の口中に滑り込ませる。桐子の唾液と 肉片の血液にセールヴォランの唾液が入り混じり、赤と青の混ざった液体が黒い外骨格を汚す。 「ん……」 桐子はセールヴォランの大きく開いた顎に顔を近寄せ、求められるままに唇を開き、唾液にまみれた肉片を彼の 口中に落とした。セールヴォランはそれを舌で絡め取り、顎と直結した食道に入れた。桐子は口元を拭わないまま、 先程と同じ笑みを浮かべてセールヴォランを見つめてきた。 「あなたが望むのなら、私は今ここで心臓を取り出してもいいわ」 「僕はそんなことは望まない。桐子が桐子であることしか望まない」 セールヴォランは桐子の体液の甘みを存分に味わいながら、桐子の繊細な体を抱き締める。桐子は切なく喘ぎ、 セールヴォランを求めてくる。それに答えてやりながら、セールヴォランは機械の脳と生身の脳で思考する。彼女の 体内に収まる女王の卵は成熟しつつあるが、人型昆虫の身でありながらも女王の卵が孵化する時が訪れなければ いいと願って止まない。セールヴォランの精を受けた女王の卵から孵化する幼虫は、桐子を喰い破り、美しさという 言葉を体現したかのような少女をただの蛋白質塊に変えてしまうからだ。だが、桐子は人型昆虫の女王になること を熱望し、セールヴォランを人型昆虫の王にすることに命を捧げている。だから、桐子の思いを無駄には出来ない とは思うが、桐子は桐子でいてほしいとも思う。女王でも戦士でもない、ただの桐子として。だが、それでは桐子の 人生を否定することになる。感情と理性と本能を鬩ぎ合わせながら、セールヴォランは幾重にも思考する。 蓄積した感情は、桐子への愛として昇華されるのだから。 11 3/14 豪烈甲者カンタロス |