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ハマは恋えているか



 ランドマークタワー、観覧車、横浜港、赤レンガ倉庫、ベイブリッジ。
 桜木町駅から出た途端に、横浜を象徴する観光地が一望出来た。駅前には人間と人外が行き交っていて、皆、 思い思いの休日を楽しんでいる。由佳が移動中に説明してくれた日程によれば、ランドマークタワーに昇った後 に中華街に行って観光してから中華料理で昼食を摂った後、よこはまコスモワールドで遊び倒すという予定である。 初めて出来た友達との遊びに集中すべきなのだが、繭はみなとみらいの街並みに心が躍った。かの有名な怪獣 映画で、怪獣達に破壊し尽くされた建造物が目の前にあるからだ。

「バトラが光線で折ったベイブリッジだぁ……」

 そして、繭はその怪獣映画が好きで好きでたまらなかった。友達もいなければ両親にすらも相手にされていない 人間が入れ込んでしまう娯楽も様々だが、繭が特に好きなのが映画鑑賞だった。その中で突出して好むジャンル こそが、怪獣映画である。その理由は、不特定多数の人間が無惨に死んでいくからだ。

「わぁ、あの観覧車! あれが回転してモスラに突っ込むんだよね!」

 繭は目を輝かせながら大観覧車を見上げ、櫛形に切った果実のような形状のビルを指す。

「そうそう、あのグランドインターコンチネンタルホテルをゴジラが熱線で壊すの!」

 それでゴジラの尻尾があの建物を、と繭は力説しようとして、我に返った。羞恥に駆られて赤面しながら恐る恐る 振り返ると、皆、生温い笑顔で見守ってくれていた。それが尚更恥ずかしく、繭は慌ててカンタロスの影に隠れた。 おいこら、とカンタロスは繭を引き摺り出そうとするが、繭はカンタロスの背中にしがみついた。

「そっか、繭ちゃんは怪獣が好きなのかぁ。ちょっと意外な趣味だけど、いいね」

 由佳の言葉に、インパルサーが同調する。

「特撮技術の粋を集めた作品ですよね」

「そうですぅ。誰にだって、趣味の一つや二つはあるものですぅ。恥ずかしいことでもないですぅ」

 ミイムが励ますと、ヒエムスは頷いた。

「その通りですわ、繭さん。素敵なことでしてよ」

「だとさ」

 カンタロスが呆れ気味に繭を小突いてきたので、繭は彼の影からそっと顔を出す。

「え、ええと……。ちなみに、ランドマークタワーはバトラが光線で折って、ゴジラを下敷きにするんです……」

「それじゃ、そのズタボロにされたランドマークタワーに昇ろう!」

 由佳は繭の手を取り、歩き出した。カンタロスは不愉快そうに顎を擦らせたが、インパルサーに諌められたから か、由佳を引き剥がそうとはしなかった。一匹と一体は性格は合わないが、互いのパートナーのために場の空気を 悪くしてはいけないという思いは同じようだった。カンタロスが大人しくしてくれている事実に驚きつつも、繭は由佳と 手を繋いでいることに気付いて心臓が縮み上がった。誰かと手を繋ぐのなんて、初めてだ。

「あっ」

「いいからいいから。どうせ、あの二人は図体がでかいから迷子になんかならないし」

「で、でも、私は」

 ここまでしてもらう義理はない。繭は気後れしつつも、由佳に導かれるがままに進み、ランドマークタワーと駅前 を繋いでいる動く歩道に乗った。その後ろから、ミイムとヒエムス、一匹と一体が続いた。

「あたしはさ、恵まれているんだよ」

 由佳は繭と繋いだ手をそのままに、振り返る。

「パルと出会った時も、その後も、家族や友達はパルを無下にしなかったんだ。それはパルが兵器なのにやたらと 良い奴だったからってのもあるんだけど、あたしを取り巻く環境が良すぎたんだよ。普通だったらさあ、他の星から 来た戦闘兵器と一緒に暮らしたり、同じ学校に通ったり、付き合うだなんて許されるはずもないし、受け入れられる はずもないことでしょ? でも、皆はあたしとパルを良い意味で放っておいてくれている。それがどんなに凄いことか 気付くのに、時間が掛かったんだ。悪の秘密結社ジャールに世界征服されて、色んな人外が表に出てきて、人外と 一緒に隠れて生きてきた人達が今まで物凄く苦労をしていたってことを知るまでは、絶対気付かなかった。あたし はとんでもなく傲慢だったんだよ」

「え、えっと」

 繭は由佳と繋いだ手を緩めるか否かを悩んだが、そのままにした。

「だから、繭ちゃんと友達になれて凄く嬉しい。あたしのダメなところを気付かせてくれたんだから」

「いえ、その、私はそんなの全然」

 思い掛けない言葉に繭が戸惑うと、由佳は繭の手を両手で握る。

「というわけだから、今日は思い切り遊ぼう! 世界征服万歳ってことでさ!」

「……はい」

 なんだろう、その理屈になっているようでなっていない言い方は。繭は由佳のいい加減さが少し引っ掛かったが、 要するに遊び倒して仲良くなろうと言いたいのだ。そうこうしているうちに動く歩道の終着点に至ったので、歩道から 降りてランドマークタワーの中に入った。地上一階から五階まではショッピングフロア、七階には医療施設、十三階 には幼児託児施設、三十四階には企業のショールーム、五十二階から六十七階にはシティホテル、そして最上階 の六十九階には展望フロアがある。
 展望フロアへの入場料は、高校生は八百円、小中学生は五百円、人外は大人扱いなので一千円だった。自動 券売機で入場券を買いながら、カンタロスはぼやいていた。あのぐらいの高さは俺の羽で昇れるだろうが、こんなの に金を使うだけ無駄だろ、とも。だが、それにミイムが反論した。観光地は金を落としてナンボのものであり、自力で 昇ったとしても面白くもなんともないし、何より潮風とビル風でメイクと髪型が崩れまくるんですぅ、と。カンタロスはその 意見で納得したわけではなさそうだったが、ミイムと言い争うのが煩わしかったのか、黙ってくれた。
 高速エレベーターに乗り、四十秒で展望フロアに到着した。カンタロスはエレベーターが上昇する際に生じた加圧 で若干ふらついていたが、なんとか転ばずに済んだ。それ以外の面々は何の問題もなく、横浜湾岸を一望出来る窓 へと向かった。天気が良いので遠くまで見通しが利き、埋立地に立つビルの群れもよく見える。

「お、あれは!」

 由佳は身を乗り出し、一際目立つ高層ビルを指した。

「高宮重工のビルですね」

 インパルサーがその指し示した方向を辿り、ヘリポートに記されている社名を読み取る。

「確か、横浜支社だっけ」

「ええ、そうですよ。本社は東京にありますから、京浜工業地帯の工場で生産した製品を集荷して輸出するための 部署が入っているんでしょうね。それにしてはビルが大きすぎる気もしないでもないですが」

「パルみたいな機械系人外の存在が明るみになったから、人外特需を狙った商略をしているよね、最近は」

「鈴音さんが広告塔にされていますよね。リボルバーもですが」

「あれ、鈴ちゃんとしては不本意らしいんだけど、見栄えのする二人だから評判がいいんだってさ。おかげで高宮重工 の製品が売れに売れて、工場を増築するかどうかの境目なんだってさ。景気が良いのはいいことだけどさ」

「ちょっと複雑ですよね。メディアへの露出が増えたせいで、お二人と会える時間が減ってしまいましたから」

「だよねー」

 由佳とインパルサーの会話を又聞きしていたヒエムスは、二人を見上げる。

「お二人は高宮重工の関係者とお知り合いですの?」

「うん。社長令嬢が親友なの」

「まあ、それは素敵ですわね」

「でもまー、当人は御嬢様っぽくないというか、むしろ女王様というかでさぁ」

 だから好きなんだけどさ、と由佳が笑うと、ヒエムスも笑みを返した。そんな二人を横目に見つつ、繭はヒエムスの 見事な巻き毛が垂れている背中を見守っているミイムを窺った。すると、ミイムは繭に向いた。

「みゅ?」

「あの、お二人は由佳さん達とどこで知り合ったんですか?」

 繭が躊躇いながらも疑問をぶつけると、ミイムは白い尻尾を揺らす。

「宇宙ですぅ」

「うちゅう?」

「ふみゅん、そうですぅ。ボクはウサギさんっぽいけどウサギさんじゃなくてぇ、異星人なんですぅ。んで、ひーちゃんは 厳密に言えば人類じゃなくてぇ、新人類なんですぅ。色々と説明するとややこしいので端折りますけどぉ、世界征服 の余波で地球全体どころか宇宙の時系列がぐちゃっとなっちゃったんですぅ。だからぁ、ボクらは本来は遠い未来 の世界の住人なんですけどぉ、この時代とボクらの時代の時間軸が捻れて捩れて絡まってぇ、上手い具合にくっつ いちゃったんですぅ。だからぁ、時間と空間の捻れを調査するために宇宙に出ていたパルさんとボクらのパパさんが 出会ってぇ、お話ししてぇ、地球に来た方がいいって言われてぇ、引っ越してきたんですぅ。月に」

「月!?」

「そうですぅん。似たような境遇で月面に引っ越してきた人外とか諸々も一杯いますからぁ、御近所付き合いしなきゃ ならなくなっちゃってぇ、面倒ではあるけど充実してますぅ。ちなみにぃ、ボクとひーちゃんが横浜に来るための移動 手段はパパさんのスペースファイターですぅ。まだ月と地球の間の交通手段が確立されていませんからぁ」

「つ、月の裏側にはモノリスはありますか?」

「ある! と断言したいところなんですけどぉ、見当たらなかったですねぇ。ヤブキも残念がってましたぁ」

「はあ……」

 なんだ、モノリスはないのか。と、繭はやけに落胆した。

「んでぇ、パルさんを通じて由佳さんとお会いしてぇ、お友達になってぇ、今に至りますぅ。みゅんみゅん」

「大変ですね」

「そうでもないですぅ。毎日カルチャーショックの連続ですからぁ、楽しいですよぉ」

 ミイムは由佳と言葉を交わすヒエムスを見やり、尻尾を下げる。

「この時代に馴染めるかどうかはこれからですけどぉ、まあ、どうにかなりますぅ」

「馴染んでんじゃねぇよ」

 唐突に、繭は胴体を抱えられて持ち上げられた。黒く硬い中左足が繭の腰を戒め、背後に巨体がのし掛かった。 カンタロスだった。繭はその重たさと腹部の圧迫感に辟易しながらも、カンタロスを押し返す。

「ちょっ、と」

「お前は俺らとは違う生き物だが、オスはオスだ。今度、俺の女王に近付いてみろ。喰い殺してやる」

 顎を鳴らして威嚇しながら、カンタロスはミイムに迫る。だが、ミイムは涼しい顔をしている。

「大事な人を思い遣るのと束縛するのはぁ、根本的に違いますぅ。脳足りんのハシゴ状神経系だとぉ、そんなことも 解らないんですかぁ。今は繭ちゃんが大人しくて良い子で世間知らずだからぁ、DVモラハラ低脳クソ昆虫を彼氏に していますけどぉ、繭ちゃんがDVモラハラ脳筋クソ昆虫よりももっと優しくて甲斐性のある相手が世の中にいるんだ ってことに気付いちゃったらぁ、それこそ終わりですぅ」

「何言ってんだかイマイチ解らんが、罵倒されたのは解る! 潰してやらぁ、クソウサギ!」

 カンタロスはいきり立ってミイムに掴み掛かろうとするが、ミイムはサイコキネシスで障壁を張り、巨体を止めた。

「どう見たって繭ちゃんはあんたにベタ惚れなんですからぁ、このボクなんかに靡くわけないじゃないですかぁ。それ ともなんですかぁ、自分に自信がないんですかぁ? そんなに立派なモノを持っているくせにぃ」

「えっ、え、あ?」

 急に勢いを失ったカンタロスは足を緩め、繭を解放し、見下ろした。

「女王、そうなのか?」

「えっ」

 カンタロスが恋愛感情の機微について尋ねてくるとは思いもよらず、繭は照れるべきか困るべきか迷った。

「……ここで言えるようなことだと思う?」

 居たたまれなくなり、繭は火照った顔を逸らした。カンタロスはやりづらそうにツノを逸らし、触角を下げる。

「よく解らねぇが、解らねぇんだが、お前はあのクソウサギにもガラクタ人形にも興味ないんだな?」

「えー、あー……。うん。異性としては」

「だったら、俺が殺す必要もないんだな? というか、よく考えてみたら、あいつらは女王の卵に受精出来る精子を 持っていないんだよな?」

「うん。ない。ないけど、公衆の面前でそういう言葉を使わないでね、お願いだから」

「おう」

 解っているのか解っていないのかは微妙だったが、カンタロスは珍しく素直に繭の言葉に応じた。その大人しさに 一抹の不安を覚えつつも、繭はほっとした。カンタロスに嫉妬されたことは喜ぶべきではないとは思うのだが、頬が 緩んでしまいそうになる。それだけ意識されている証拠なのだから。

「それはそれとして景色を楽しみましょうよ、料金分を満喫しましょうよ。ほら、ここからだと埠頭が一杯見えますよ、 出荷前の車が山ほど並んでいますよ、コンテナも何百個とありますよ、石油のタンクもありますよ、キリンみたいな クレーンも、タンカーもタグボートも! 横須賀の方角をズームすると、空母のジョージ・ワシントンの艦影がはっきり 見えますよ! 規模は大したことないですけど、立派ですねー! 三笠が見えそうで見えないです!」

 妙な空気に水を差してきたのは、子供のようにはしゃいだインパルサーだった。

「パルには見えるかもしれないけど、常人は見えないって。横須賀なんてさぁ」

 由佳はインパルサーが見ていた方角を見たが、肩を竦める。

「えっ、そうでしたか?」

「そうだよ」

「でも、景色は良いですよ。空中から見るのとはまた違った趣がありますよ、カンタロスさん、繭さん」

 インパルサーが手招きしてきたので、カンタロスは面倒臭そうにぎちっと顎を軋ませてから、繭の腕を掴んで 引き摺っていった。意識しているのであればもっと優しく扱ってくれと言いたかったが、そんな気遣いが出来るような 男ではないのは百も承知だ。腕に食い込む爪の硬さが煩わしかったが、繭は窓の前に運ばれた。

「わぁ……」

 怪獣映画で破壊し尽くされたミニチュアと同じ地形の光景を一望し、繭は感動した。

「時代が違うから建造物の数と位置は違うけど、地形は変わってない……。凄いなぁ、特撮って……」

「感動するポイントはそこなのですの?」

 ヒエムスが不思議がると、繭は感動に浮かされたまま頷いた。

「だって、その道の職人が何百時間も掛けて造り上げた精密かつ正確なセットが、怪獣と火薬で木っ端微塵にされて 蹂躙されるんだよ? その儚さも特撮の魅力なんだ、ふふ。それに、この高さから見下ろすと怪獣の視点にいる みたいで、わくわくしちゃう。ああ……あの人達、一気に踏み潰せちゃいそう……!」

「展望台の楽しみ方は人それぞれですね」

 インパルサーはうっとりとみなとみらいを眺める繭を見、感心したが、由佳は苦笑する。

「ああ、うん、そうだね」

「同じ特撮でも、仮面ライダーや戦隊ものはお好きではありませんの?」

 ヒエムスが何気なく問うと、繭は途端に真顔になった。

「あれは好きじゃないの」

「それはどうしてですの?」

「だって、怪人がすぐに倒されちゃうじゃない。最近は表現がマイルドになって、人間を殺してくれる怪人はほとんど いなくなっちゃったし。それが歯痒くて歯痒くて」

「仰りたいことが解らないでもないですわ。私も、メロドラマの寸止めシーンには苛々する質ですもの」

 ヒエムスは繭に倣い、みなとみらいを見下ろした。今になって趣味を隠すことはないと開き直った繭は、ヒエムスを 相手に怪獣映画の内容を力説した。今の今まで、それを話す相手がいなかったからでもある。ヒエムスは嫌がるかと 思いきや、根気よく繭の話に付き合ってくれた。聞き流していただけなのかもしれないが。

「それで、次に行く中華街はあっちだからね」

 繭の怪獣映画語りが一段落したところで、由佳は繁華街を指し示した。ヒエムスは身を乗り出し、目を凝らす。

「少し離れておりますわね」

「うん。歩ける距離ではあるけどね。山下公園沿いに行けば、朝陽門から入れるんだけどなぁ。モスラが突っ込んで 壊した門なんだけど……」

 繭もまた、ヒエムスの頭越しに中華街の方角を望む。

「じゃ、その朝陽門に向かおう。中華街って門が多すぎて、どこから入ればいいのか決めかねていたから」

 そう言いつつ、由佳は観光マップを広げてルートを確認した。

「御父様と御姉様方へのお土産は、中華街で設えましょう。そうしましょう、ミイムママ」

「それがいいですぅ。お小遣いの範囲ではありますけどぉ。由佳さんからお誘いを受けた時にボクとひーちゃんしか 都合が付かなかったからぁ、今日はトリプルデートになっちゃいましたけどぉ」

 ヒエムスの提案に、ミイムは快諾して尻尾を振り回す。

「ところで、なんで由佳さんは横浜に来ようとお思いになったんですか? 確かにとても楽しいところですが」

 インパルサーが首を傾げると、由佳は答えた。

「誰にとってもアウェイだから。誰かの地元だと、気兼ねしちゃって思い切って遊べないじゃない」

 そういうものなんですかねぇ、とインパルサーが首を逆方向に傾げると、そういうものなんだよ、と由佳は締めた。 言われてみれば確かにそうだ、と繭は納得した。由佳は東京の町田市内に住んでいて、繭は港区の青山に住んで いて、ミイムとヒエムスに至っては月の住人だ。だから、知り合いに会う可能性も低いし、絡まれる危険性も減る。 ここへ来て、繭はミイムが言っていたことが解ってきた。由佳がリア充まっしぐらなタイプだと称される所以は、その 気の良さにあるのだ。先程も、繭が気後れしないようにと自分の負い目を先に言ってきたほどなのだから。
 世の中、いい人はいる。だが、繭がこれまで接してきた人々がどうしようもなく嫌な人間ばかりだったので、それは ただの幻想だとしか思えなかった。だから、由佳の好意にも裏があるのではないかと反射的に考えてしまった自分 に嫌気が差し、繭はポンチョの裾を握り締めた。
 やはり、心を上手く開けない。





 



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