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最強主人公決定戦 後編



 ふと気付くと、カンタロスは見慣れた住宅地に立っていた。
 足元には、人型昆虫の死体と喰いかけの人間の死体が散らばっていた。そのどちらの体液もカンタロスの外骨格を まだらに汚していて、爪からは真新しい血が滴り落ちている。頭上の街灯にぶつかっている小さく愚かな甲虫の音が聞こえ、 電球の低い唸りも感じ取れた。ごきゅり、と千切れた肺が絡み付いた肋骨を噛み砕いて飲み下すと、物足りなかった胃袋に 重みが生まれ、消化液によってエネルギーに変換されていく。カンタロスは汚れた顎を拭い、顎の端に貼り付いていた皮膚を 引き剥がして投げ捨てると、羽を広げて飛び去った。
 訳の解らない記憶は残っていたが、飛ぶうちに生身の脳と機械の脳から剥がれ落ちていった。というより、カンタロスが 忘却に努めていた。余計なことを考えて行動に鈍りが出てしまっては、負けてしまう。そうなれば、戦い続けて生き延びてきた 意味は失われる。カンタロスは繭が宿した女王の卵に受精させ、己の遺伝子を反映させるためだけに、繭を守り、戦い続けて いるのだから、その芯を揺らがせるほど愚かしいことはない。
 繭の巣である家に到着したカンタロスは、汚れきった体を気にせずにリビングの掃き出し窓を開けた。カーテンを乱暴に 払うと、一人で大人しくテレビを見ていた繭が振り向き、朗らかな笑みを見せた。

「お帰り、カンタロス」

「おう」

 カンタロスが短く返すと、繭は掃き出し窓を閉めてカーテンも閉めた。

「じゃ、体、綺麗にしないとね。今、お風呂からお湯を持ってくるから」

「つまんねぇことを細々としやがって」

「綺麗にしておいた方が気分がいいでしょ?」

 繭はそう言い残してから、リビングを去った。カンタロスはぎちぎちと顎を鳴らしつつ、胡座を掻いた。人型昆虫の体液と 人間の血液が混じった雫をフローリングに散らしながら壁に寄り掛かると、僅かながら神経が穏やかになった。すると、先程 振り払おうとした記憶が蘇り、見ず知らずの訳の解らない連中に弄ばれた屈辱感も沸き上がってきた。苛立ちすぎて食欲 すら湧きそうなカンタロスの元に、汚れた外骨格を清めるためにバケツに湯を汲んできた繭が近付いてきたので、カンタロスは 乱暴に繭を引き寄せた。

「おい、女王」

「あっ、ダメ、お湯が…」

 繭はバケツを置こうとしたが、手が滑って倒れ、フローリングに暖かく浅い池が広がった。

「体液を寄越せ」

 カンタロスは巨体をのし掛からせて繭を倒すと、濡れた床に仰向けに倒れた繭は、渋々口を開いた。

「自分勝手なんだから」

「俺は王の中の王だ。お前の意志なんざ、どうでもいいんだよ」

 カンタロスは顎を開き、にゅるりと黄色く細長い舌を伸ばした。繭は怯えはしないが戸惑いを見せたので、その口中に 滑り込ませた。少女から分泌される唾液を掻き混ぜるように舌先を蠢かせ、蜜よりも甘く、毒よりも濃い、女王の味を得た。 人型昆虫の頂点に君臨する資格を持ち得た者だけが味わえる極上の快楽であり、地上の征服者となるために欠かせない力の源でもある。
 ひとしきり味わい尽くすと、精神の平穏が戻ってきた。だが、まだ足りない。カンタロスは抗おうとした繭に中両足を 絡めて引き寄せると、彼女の頭部を喰らいかねないほど大きく顎を開いて舌を動かした。繭は悩ましく眉根を顰めていて、 カンタロスの外骨格にそっと指を掛けていた。複眼の端で繭の仕草を捉えると、食欲とも支配欲とも異なるが強烈な欲動が 満たされ、カンタロスはあらゆる神経が逆立ちかねないほどの悦楽に浸った。
 強さとは他者に決められるものではない。強いから、強いのだ。




 意識レベルが戻ると、インパルサーは美空家のキッチンに立っていた。
 手元には作りかけの夜食があり、退屈凌ぎに付けていたテレビは深夜枠の番組を放映していた。掛け時計を見上げ、 時刻を確認するが、訳の解らない記憶が始まる前とは大差がなかった。せいぜい二三分、といったところだろうか。だとしても、 なぜあのようなことになったのかすら解らない。誰に言っても信じてもらえないだろうし、恐らくは何かしらの記憶を反復し、 再構成した映像、夢なのだろう。夢だとしても、あんなに支離滅裂な内容は生まれて初めてだ。インパルサーは夢から夜食に気を 向けると、野菜を多めに挟んだサンドイッチに包丁を入れて切り分けた。切り口を上にして盛り付けてから、熱い紅茶を添えて 盆に載せ、二階に運んだ。
 由佳の自室のドアをノックするが、返事はなかった。インパルサーはそっとドアを開けると、先程まで机に向かって 試験勉強に精を出していた由佳は、ベッドで俯せになっていた。どうやら、力尽きたらしい。

「あー…」

 由佳は眠たげな顔でインパルサーを見やると、インパルサーは由佳の部屋に入ってドアを閉めた。

「少し遅かったでしょうか」

「ごめん、今日はもう無理。眠い」

 申し訳なさそうな由佳に、インパルサーは盆をテーブルに置いた。

「では、これは冷蔵庫にでも」

「食べる」

「ですけど、眠いんでしたら」

「食べるったら食べる。パルのだもん、食べなきゃ勿体ないよ」

 由佳は起き上がると、テーブルに向かった。インパルサーは由佳の斜め向かいに座ると、膝を揃えて正座した。由佳は ハムと野菜のサンドイッチを頬張ると、勉強疲れで強張っていた顔が途端に緩んだ。インパルサーはそんな由佳から目を逸らすのは 勿体なく思えたが、見られすぎると食べづらいと言われたことがあるので、ゴーグルをやや逸らしてあらぬ方向を見やった。
 訳の解らない記憶の中では、インパルサーは負け通しだった。生身の人間にしてやられ、三本足のトカゲのような異星人に 撃ち落とされ。だが、あまり勝つよりは余程いい。程良く弱い方が由佳も怯えないし、自分自身の力が上手く制御出来る。だから、 これからも強くなりすぎないように、と思考回路を巡らせていると、肩に重みが加わった。

「…あ」

 余程眠たかったのか、由佳は食べ終えた途端に寝入ってしまった。インパルサーは由佳をベッドへ移動させようと 抱えようとすると、逆にしがみつかれた。相手が金属の固まりでは寝心地も悪いだろう、と彼女を引き剥がそうとするが、 由佳の手やら肩やら腰やらに触れてしまうと、今度は剥がすに剥がせなくなった。インパルサーは大いに迷い、困り、悩んだ末、 由佳を抱えたまま一緒にベッドに横たわり、彼女の上に毛布を掛けた。朝には驚かれるかもしれないが、風邪を引かせる よりはいい。由佳の温もりと優しい重みに感じ入り、インパルサーはつくづく思った。
 この身に必要な強さは、彼女を守るための強さだけだ。




 眠りすぎたが故の疲労感にも似た倦怠感が、脳に染み付いていた。
 いつのまにかコクピットに差し込んでくる人工太陽の日差しは傾いていて、ハッチを開け放している格納庫は鮮やかな 橙色に照らされていた。濃い影が落ちていて、自動吸気される外気の匂いも変わっている。一千年以上も前に滅びた地球の 環境など知る由もないが、地球上での夕刻もこうなのだろうか、とマサヨシは鈍い思考を働かせた。自分の体に添うように 造ったおかげで座り心地が良すぎて眠気すら誘う操縦席から身を起こし、固まった関節や筋を伸ばしていると、目玉に似た スパイマシンが近付いてきた。

〈あら、やっとお目覚め?〉

「どのくらい寝ていた?」

 マサヨシがスパイマシン越しにサチコに聞き返すと、サチコは明るく答えた。

〈四十九分十五秒と少しね。人間の感覚で言うところの小一時間ってやつかしら〉

「そこまで長々と寝るつもりじゃなかったんだが」

 マサヨシは整備途中の愛機のコンソールを見下ろし、苦笑した。改造に改造を施したスペースファイター、HAL号は 細々とした手入れが欠かせない。機体自体もそうだが、ナビゲートコンピューターのサチコをハードウェアごと搭載していることで かなり面倒なことになっている。放っておけば過負荷が溜まり、サチコ自体の情報処理能力が落ちてしまうので、情報の 取捨選択を行わなければならないが、サチコにだけ任せておいては必要な情報も不要だと判断されかねないので、その作業 だけはマサヨシも目を通している。だが、それが終わってしまえばサチコが最適化を掛けるだけなので、マサヨシの仕事も なくなるが、サチコの管理者としては目を離すわけにはいかないので最後まで付き合うことにしている。
 だが、その途中で寝入ってしまうとは。マサヨシは今一つ冴えない意識を覚醒させようとしたが、しきりに訳の解らない 記憶が過ぎった。恐らくは夢なのだろうが、支離滅裂にも程がある内容だった。

「…ポルシェ911」

 夢の中で最も強烈だった存在の名称を呟いたマサヨシを、サチコは覗き込んできた。

〈旧時代の四輪走行型石油エンジン式自動車のスポーツタイプがどうかしたの?〉

「いや、な」

 マサヨシは髪を乱しつつ、半笑いになった。

「おかしな夢を見たんだが、その中で一番変だったのが、そのポルシェとかいう車と戦う羽目になったことなんだ」

〈あら、どういうふうに? まさか生身でじゃないでしょうね?〉

「それがその生身なんだよ」

〈まあ、恐ろしいこと。ヤブキ君でもあるまいに、眠る前に旧時代の資料でも読み漁ったりしたの?〉

「そんな記憶はないし、記録もないだろう?」

〈ええ、そりゃあね〉

「だが、それほど悪い夢じゃなかったがな」

 マサヨシは手を差し伸べ、サチコを手招いた。球体のスパイマシンはマサヨシの手中に収まると、半重力式浮遊装置の 出力を緩め、その小さな体を預けてきた。マサヨシは頬を緩め、彼女の目であるレンズを指先でなぞった。夢は夢でしか ないが、訳が解らないなりに楽しかった。ミイムが司会役として登場していたのは不可解ではあったが、納得出来ないことも ない。彼ならやりかねない。
 マサヨシが夢を通じて接した面々は、皆、マサヨシとは大違いだった。強固な信念を胸に抱き、己を偽らずに真っ向から 現実に立ち向かっている。嘘で塗り固めた世界に浸り切っているマサヨシとは、正に雲泥の差だ。日を追うごとに膨らんでいく 嘘に対して、罪悪感を抱かないわけがなかった。だが、哀切な現実に立ち向かうためには強さが足りない。もっと、もっと、 強くならなければ、また。

『パパ!』

 突然、サチコのスパイマシンから愛娘の明るい声が発せられた。

「ハル」

 マサヨシが答えると、ハルは言った。

『ママがね、御夕飯出来たから早く戻ってきてって! えっと、今日はね』

「それ以上は言うな、帰ってからのお楽しみだ」

『はーい。じゃあね、パパ!』

 ハルの明るい声が途切れ、通信が切断された。マサヨシは操縦席から立ち上がると、サチコのスパイマシンを宙に戻し、 HAL号を後にした。コロニー内と格納庫を隔てるハッチを閉じてから格納庫を出たマサヨシは、サチコと共に帰路を辿った。 歩いていけばかなり時間が掛かってしまうが、そこは内部移動用に入手したエアバイクがあるので、それに乗ればすぐ到着 出来る。マサヨシはエアバイクのイグニッションキーを弄びながら、思ってしまった。せめて、ポルシェのハンドルだけでも握ってみたかった。 そして、なぜか無性にカレーが食べたくなってしまった。今日の夕飯がカレーならいいな、と希望を抱きながら、マサヨシはエアバイクに 跨って我が家を目指した。
 そんなことが幸せだと思うほど、嘘を憎めなくなる。だから、自分は強くなれない。




 頭上には、可愛らしい形状のペンダントライトが下がっていた。
 通電するに連れて意識レベルが引き上げられた鋼太郎は、はっとして起き上がると、腹部の脇から引き摺り出された ケーブルがコンセントに繋がっていた。ということは、と辺りを見回すと、白いレースカバーの掛かった少女趣味全開な ベッドの上で百合子が週刊少年漫画雑誌を広げて読んでいた。彼女の胸元からも細いケーブルが伸びていて、それは ベッドサイドのコンセントに刺さっていた。パジャマ姿の百合子は鋼太郎に向き、笑顔になった。

「あ、鋼ちゃん、やっと起きた」

「…え、俺」

 鋼太郎はケーブルと百合子を見比べると、百合子はけらけらと笑った。

「ダメじゃんよー鋼ちゃん、充電するの忘れちゃ。私の部屋に入ってくるなり、バッテリー切れでぶっ倒れちゃうんだもん。 サイボーグは電気を食べる生き物なんだから、その辺はちゃんとしとかないと」

「あー、悪い」

 鋼太郎は平謝りしてから、状況を再確認した。ここは百合子の部屋だ。そして、自分は中学校から帰る道中、書店に 立ち寄って週刊少年漫画雑誌を買い、徒歩で集落に戻り、例によって早退した百合子にも漫画を読ませてやろうと白金家に 上がらせてもらったのだ。が、その上がらせてもらう時の記憶が曖昧で、帰路の最中に別の場所に行ってしまったような 気がしていた。そう、たとえば、宇宙の彼方に浮かぶ惑星のコロシアムのような。

「どしたの鋼ちゃん、補助AIの調子でも悪い?」

 百合子が身を乗り出してきたので、鋼太郎は最後の生身の部分である脳が入った頭部を押さえた。

「そうじゃねぇけど、俺、なんか、すっげぇ変な夢見た」

「何何、どんなの? 面白かった?」

「面白いっちゃ面白いんだろうけど、なんてーかな、あれは」

 鋼太郎は胡座を掻き、百合子と向き直った。

「よく解らねぇシチュエーションでよく解らねぇ連中が掻き集められてよ、これまたよく解らねぇ理由でトーナメント戦を する羽目になったんだ。で、俺はその中の一人」

「連載順位が下がりに下がってテコ入れでバトル展開にしてみたけど結局振るわなかった漫画みたい」

「だろ?」

「で、鋼ちゃんはどうだったの? 強かった?」

 わくわくしている百合子に、鋼太郎は言葉を濁した。

「それがなぁ…」

 思い出すだけで泣けてくるほど、自分は弱すぎた。というより、他が強すぎたのだ。どこぞのアクションゲームにでも 登場しそうな巨大で凶暴な人型カブトムシ、気弱で泣き虫なわりに実力は本物の青いロボット、村田正弘を思わせる印象の 宇宙を駆け巡る傭兵、セミサイボーグであり三本足で歩くトカゲ型異星人の軍人、恐らくは自衛隊のものであろうロボット、 死んでいるはずなのに誰よりも生き生きとしていたリビングメイル、ピンクでハートの女子高生なのに一番のパワーファイター だったヒーロー、忘れようにも忘れられない魔法少女にされてしまった大型戦闘ロボット、紳士だが冷徹な銀色のポルシェ911、 見た目は可愛いが中身はえげつない耳と尻尾が生えた獣人の少年。

「絶対笑うから言わねぇ。ていうか、俺より先に読むな」

 鋼太郎は百合子の手元から週刊少年漫画雑誌を奪おうとすると、百合子は両手で掴んで抵抗した。

「やーだぁー! 一番面白いのはまだ読んでないんだってばぁー!」

「だから、面白いやつを最初に読めよ!」

「敢えてつまんない漫画から読むのが楽しいんじゃんよー!」

「その方が面白味がねぇだろ!」

 いい加減に寄越せ、と鋼太郎が力一杯引っ張ると、フルサイボーグのパワーには勝てずに百合子は手を離した。 鋼ちゃんの意地悪、と百合子はむくれたが、元々鋼太郎が買った雑誌なのだから文句を言われる筋合いはない。鋼太郎は 胡座を掻いた上に週刊少年漫画雑誌を開いたが、百合子が近付いて覗き込んできた。この状況を素直に喜べばいいものを、 心から喜ぶのは情けないと思ってしまった鋼太郎は、追い返すのが面倒だからだ、と自分に言い訳をしつつ、百合子にも 読みやすいように広げてやった。
 やはり、派手なバトルは漫画の中だけで充分だ。




 視界が開け、稼働状態が復帰した。
 飾り気の欠片もない内装、パイプで組んだ簡素な二段ベッド、その上段に詰め込まれた本、ハンガーに掛けられている アイロンが効いたサイズの小さな戦闘服。二段ベッドの下の段では、部屋の主が俯せになって分厚い文庫本のページを捲っていた。 いわゆるレンガ本と称されている、古本屋で陰陽師が出てくるアレである。礼子は目を動かして膨大な活字を追っていたが、ふと、 北斗を見上げてきた。

「再起動、終わった?」

「…うむ」

 北斗は短く答え、床に胡座を掻いて座った。高宮重工の人型兵器研究所での整備点検を終えて自衛隊駐屯地に戻り、 特殊機動部隊専用営舎に帰り、礼子の住まう部屋に至ったはいいが、一時的に機能が落ちてしまった。そこで再起動を 掛けたところ、通常稼働状態に戻ったというわけだ。機能が低下した原因は、大量の情報が詰め込まれた電波を受信したことに よる過負荷で処理能力が限界を迎えたからであるが、その情報は事前に予告されたアップデートファイルでもなければ傍受した 自衛隊内部の機密情報でもなかったが、北斗が使用する電波の周波数と受信用パスワードが一致していたので、受信し、 ファイルを開封してしまったというわけだ。その結果、北斗は機能低下に陥り、意識が飛んだ。その最中に、人間で言うところの 夢に似たものを知覚したような気がするが、記憶容量には記録として残っていなかった。

「エラーが出たんなら、鈴音さんに報告しておきなよ。現場でフリーズしたんじゃ、リアルに死活問題だし」

 礼子はまた活字に目を戻し、平坦に言った。

「礼子君」

 北斗が声を掛けると、礼子は鬱陶しげに振り向いた。

「そのとウりだっ! って薔薇十字探偵が出てきたところなんだから、邪魔しないでくれる?」

「それはすまなかった。だが、少し自分の話を聞いてはくれまいか」

「ながら作業で良ければね」

 礼子は気のない返事をしてページを捲ったが、北斗は頷いた。

「無論だとも!」

「で、何の話?」

「自分の強さについてだ!」

「今のところ、マシンソルジャー以外であんた達兄妹を超える性能の人型兵器は存在していないでしょうが。あんた達 自身もだけど、何より上が上手く使いこなせてないけどね」

「それはそうかもしれんが、自分が言いたいことはだな」

「精神面はぐだぐだじゃない。そりゃ、機械だからそれらしいことは出来るけど、人間的には成長してないし」

「礼子君!」

 言いたいことを次から次へと否定されてしまい、北斗は前のめりになった。

「だって、本当のことでしょうが」

 礼子は目を上げ、冷たく言い返した。

「だから、私が強くならなきゃいけないんだよ」

「それはやはり、自分や南斗やグラント・Gが弱いということか?」

 懸念に駆られた北斗がゴーグルを陰らせると、礼子はページを捲る手を止めた。

「違うよ、私が弱いってこと。あんた達が強くならなきゃいけないって思うってことは、そういうことでしょ?」

「それは違う! 自分は礼子君を始めとした国民を守るために力が必要なのであるからして!」

 顔を上げた北斗に、礼子は初めて真っ直ぐ目を向けてきた。

「あんた達を守れるくらいに、強くなるよ。だから、ただの兵器に成り下がるようなことを言わないで」

「礼子君…」

 北斗はしばし礼子と向き合ったが、得も言われぬ感情に駆られて飛び出した。

「好きだぁああああああっ!」

「えっ、ちょっ、待って!」

 礼子は読み進めたページに妖怪が描かれた栞を挟もうとしたが、間に合わず、北斗に覆い被さられてしまった。機械の詰まった 重たい体で小柄な彼女を押し潰さないように気を遣いながら、北斗は愛おしさに任せて礼子を抱き竦めた。俯せの姿勢だったために 対処すら出来なかった礼子は、照れ隠しのために枕に顔を埋めてしまった。二人の体の下で、ぎぢり、とスプリングが悲痛な軋みを立てた。
 だから、彼女が好きだ。そんなことを言ってくれるのは、高宮重工の関係者以外では礼子ぐらいなものだ。同じ言葉でも、 礼子と彼らでは大きな差がある。高宮重工の面々は、北斗らを機械であることを前提として扱うが、礼子は北斗らを一個の人格者と して扱ってくれている。無論、好意を抱いた理由はそれだけではないのだが。

「好きだ、礼子君」

「…うん」

 北斗が渾身の思いを込めて囁くと、礼子は押し殺した声で答えた。北斗の出所不明の電波を受信し、情報を再生した ことによって回路を駆け巡った記憶は、夢というには生々しすぎた。側頭部を狙撃された衝撃は残っているし、戦闘を行ったことで 関節が摩耗しているような気がする。具体的な表現が難しい事項ではあったが、あれが人間が見る夢だとするならば、北斗は それだけ人間に近付けたということだろう。だが、それを明言するのは良くないと思った。人間に近付けば近付くほど、北斗は 礼子との隔たりの深さを思い知るだけだ。たとえ、全ての部品を生体部品に交換し、血の通った機体を手に入れたとしても、 人間の手で造られて生まれた以上は機械の域を超えることは出来ない。だから、せめて礼子を守れるように、今まで以上に 強くならなければならない。
 兵器ではなく、恋人として。





  



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