Event




クロス・オーバー



がごっ、と強い打撃音がした。


ブルーソニックインパルサーは、正座したまま呆然としていた。目の前の光景に、驚いていた。
美空家のリビングの中心で、やたらに大きなロボットと甲冑が、互いの顔へ互いの拳を炸裂させていた。
二人はリビングテーブルを挟んで、思い切り右腕を伸ばし、殴り合っている。しばらく、膠着状態が続いた。
右側に立つ甲冑の首が、かくんと動いた。遅れてやってきた打撃のインパクトで、ざっ、とずり下がる。
左側に立つ、迷彩柄の戦闘服姿のロボットも、半歩ほど身を引いた。銀色の手の甲で、同じく銀色の頬を擦る。

「ふん、やるではないか」

非常に楽しげに、戦闘服姿のロボットは笑った。甲冑はがしゃりと身を下げ、構え直す。

「お前、手首捻るなよ! 頭がへこむかと思ったじゃねぇか!」

「ははははははは、いかなる相手にも油断をしてはならんのだ! それが戦場の鉄則なのだ!」

右の拳を固く握り、戦闘服姿のロボットは腰を落とした。甲冑は、背中に手をやる。
袈裟懸けに背負っている巨大な剣、バスタードソードの柄を握り締めた。がちん、と鍔を上げ、刃を抜く。

「そいつには、オレも同意するぜ」

このまま戦闘になったら、リビングが破壊されてしまう。そうなったら、一大事だ。
インパルサーはやれやれと思いながら、エンジンの回転数を上げて、ボディテンションを高めた。

「ソニック!」

正座の姿勢から素早く立ち上がり、インパルサーは両腕を伸ばした。たん、と軽く跳ねて身を浮かばせる。
間に入ると同時に両腕から放電板を飛び出させ、がちん、と二人に接触させた。一瞬、二人の動きが止まる。
インパルサーは体内のエネルギーを両腕に集中させ、雷撃に似た過電流に変換し、放電板へ放出させた。

「サンダァアーッ!」

ばちっ、と激しい閃光が走り抜け、空中に消えていった。二人は姿勢を崩し、ぐらりと傾く。
二人の間を擦り抜けたインパルサーは、膝を曲げ、床に着地した。レモンイエローのゴーグルを、後ろに向ける。
過電流を突然受けた戦闘服姿のロボットは、緊急停止状態になっていた。ゴーグルの光が失せ、固まっている。
もう一方の甲冑は、腰が抜けたのか、がしゃんと座り込んだ。全身の力を抜くように、深く息を吐く。

「…びびったぁ」

「あなたの方は、十分の一程度に出力を下げておきました。マシンではないようなので」

インパルサーは電流を停止させてから、両腕を下ろした。放電板を装甲の隙間に戻し、両腕の装甲を閉じる。
そして改めて、甲冑を見下ろした。赤い頭飾りと、腰の上までしか長さのない赤いマントが、目立っている。
古めかしいデザインの、鋼鉄製の重々しい全身鎧だ。まるで、ファンタジーRPGから抜け出たようだ。
身長は二メートル以上あり、かなり大柄だ。インパルサーは、彼の名を聞いていないことを思い出し、尋ねた。

「ところで、あなたのお名前はなんと言うんですか?」

「聞くのが遅ぇよ、青いの」

痺れの残る手を振りつつ、甲冑は腰を上げる。ふさふさした頭飾りを撫で、ばちり、と電気を放出させた。
抜き掛けていたバスタードソードを、がちん、と鞘に戻した。親指を立て、逆手に戦闘服姿のロボットを指す。

「ていうか、オレの方が聞きてぇな。なんで、出会い頭にそいつに殴られなきゃならないんだ?」

戦闘服姿のロボットは、緊急停止状態が続いていた。落とした腰はそのままだったが、構えた拳は降りている。
インパルサーは、初めてまともに彼を眺めた。陸上自衛隊に所属しているらしく、襟と肩には日の丸だ。
鉄製の重たいヘルメットの右脇に、ローマ字で大きく、HOKUTO、と文字が入れられている。
数秒後、ゴーグルアイに光が戻った。彼は素早く胸元に手を差し込み、大型の拳銃、ソーコムを抜いた。

「自分を停止させるとは、なかなかの実力を持っているな、青いの!」

銃身を前後に動かし、弾を装填させる。銃口は、インパルサーと甲冑を見比べるように、左右に動いた。
右手の人差し指が、軽く引き金を絞っている。左手を腰の後ろへ回し、ぴん、とコンバットナイフを抜く。
銃口は甲冑を見据え、銀色の鋭い切っ先はインパルサーを睨んだ。その奧で、ロボットはにやりとしている。
戦闘態勢万全でやる気も満々なロボットに、インパルサーは叫んだ。先程から、状況が無茶苦茶だ。

「僕が聞きたいですよ! いきなり入ってきたと思ったら、なんであなたはお客様を殴るんですか!」

「自分は、上官命令でこの家にやってきたのだ。自分が呼ばれたからには戦闘要請であり、現場にいたならばその時点で敵だ! 撃破せずになんとする!」

コンバットナイフを突き出し、戦闘服姿のロボットは声を上げる。彼の三段論法に、インパルサーは呆れた。
呼び出されたから戦闘、その場にいたから敵、というのは、安直を通り越して強引な考え方だ。
ソーコムとコンバットナイフから顔を逸らし、インパルサーは、突っ立っている甲冑に振り向いた。

「あの、念のために聞いておきますけど、あなたは襲撃に来たのではないですよね?」

「うん、まぁな。オレはお前らと戦うために、ここに来たわけじゃねぇ」

「でしたら、どうして殴り返しちゃったんです?」

「条件反射っつーか、職業病かなぁ。攻撃されるとさ、体が勝手に反応しちまうんだよ」

甲冑は、軽くヘルムを掻く。意外と丈夫なのか、殴られた部分は薄い傷だけで、へこみはなかった。
この二人、どちらも戦闘馬鹿だ。そう痛烈に感じ、インパルサーは呆れ果ててしまった。
妙な状況を納めるためにも、自分が仲裁にならなければ。エモーショナルリミッターを強め、気を静める。

「なんでもいいですけど、もう少し穏やかに挨拶をしてくれませんか? 僕ら、初対面なんですから」

戦闘服姿のロボットは、ふん、と不機嫌そうに息を漏らす。コンバットナイフを、腰の鞘に戻した。

「なんだ、敵ではなかったのか。するとお前達は、民兵ということか?」

「僕は民兵というか、元破壊兵器というか…。というか、戦闘ロボットに民間も公共もあるんですか?」

首をかしげたインパルサーに、戦闘服姿のロボットは胸元を指した。にやりと、自慢気な笑みになる。

「自分は公共の存在であり、国家機密だ! 陸上自衛隊特殊機動部隊所属の人型自律戦闘兵器、七号機だ!」

「えーと、北斗さんですか?」

インパルサーは、彼の胸元のネームを見た。右胸のポケットに、北斗、と縫い付けられている。
ちょっと不満げにしたが、ロボットは頷いた。背筋を伸ばし、胸を張ってみせた。

「…そうだ。自分の通称は北斗という」

「で、そこのニワトリみたいな頭したあなたは」

と、インパルサーは甲冑を指さす。最初に見たときから、ニワトリに似ているとしか思えなかった。
甲冑は苦々しげに笑ってから、名乗った。ここでもニワトリと呼ばれてしまうことが、なんだか情けない。

「ギルディオス・ヴァトラス。傭兵なんだけどさ、色々あって、今は死人なんだ」

「ですけど、ギルディオスさんは動いていますよね。マシン系のサイボーグなんですか?」

「サイボーグってなんだ? オレは魂を入れた魔導鉱石を甲冑に填め込んで、動いているだけなんだが」

ほれ、とギルディオスはヘルムを開けて見せた。銀色の下には、ぽっかりと暗闇が広がっている。
インパルサーは甲冑の中を見下ろし、金属板に埋められた石が胸の部分に付けられているのを見つけた。
スキャナーを作動させ、エネルギー値を計ってみた。多少の温度が感じられただけで、エネルギーは皆無だ。
どうやって甲冑を動かしているのか、まるで想像が付かない。インパルサーは、首を捻った。

「サイボーグにしては、生体反応がないので不思議だなぁと思っていましたが…。どういう構造なんでしょう?」

「なんでもいいが、オレの前からどいてくれ」

ギルディオスが言うとインパルサーは、すいません、と後ろに下がる。かしゃん、とヘルムが閉じられる。
胸元のベルトを外し、バスタードソードを床に置いてから、ギルディオスはソファーに腰掛けた。

「オレは、そっちの方面は少っしも知らないの。魔法のことなんざ、さっぱりなんだから」

「ほう。魔法というものは現実に存在していたのか!」

北斗は妙に嬉しそうに、表情を緩ませた。インパルサーを押し退け、ギルディオスの前に出る。

「とりあえず、その物騒なのを下ろせよ。それ、武器なんだろ?」

ギルディオスは、目の前の拳銃を押しやった。北斗は仕方なさそうに、拳銃をホルスターに戻す。
そしてすぐに、ギルディオスに迫った。リビングテーブルの上に手を付き、身を乗り出す。

「それで、魔法とはどういうものなのだ! やはり呪文を唱えるのか、変身出来るのか!?」

「えー、と」

インパルサーは、がくりと頭を落とした。先程から会話をしていても、さっぱり状況が進まない。
それどころか、どんどん訳が解らなくなってきている。仕方がないので、ここで説明をさせて頂こう。
インパルサーは、いつものように美空家の留守番をしていた。美空一家と彼の末妹は、揃って外出している。
そこへ大柄な甲冑、ギルディオスがやってきた。というか、玄関先に唐突に降ってきた。
アスファルトの上でひっくり返っている彼を、インパルサーはとりあえず拾って、とりあえず家に運び入れた。
さてこれからどうするか、というその時。これまた唐突に、戦闘服姿のロボット、北斗がやってきたのだ。
そして、ギルディオスを見つけた北斗は力一杯振りかぶり、ギルディオスも振りかぶり、冒頭に至るというわけだ。
インパルサーとしては、さっさと二人に帰ってもらいたかった。今のうちに、作っておきたい洋菓子があるのだ。
由佳が帰ってくる前にストロベリームースを作って、彼女を喜ばせたい。だが、この二人がいては出来ない。
インパルサーは内心で多少苛立ってはいたが、押さえた。下手に煽って、二人と戦いたくはない。
しきりに質問をしてくる北斗を押しやっていたギルディオスは、あ、と何か思い出したような声を出した。

「そうそう。オレさ、フィルに魔法で吹っ飛ばされる前に、手紙もらってたんだよね」

ギルディオスは、腰のベルトに下げていた袋を探った。羊皮紙の封筒を取り出し、インパルサーに差し出す。

「こいつ。オレがここに来させられた理由とか、書いてあるはずだぜ」

「でしたら、話がややこしくなる前に出して下さいよ」

インパルサーは手紙の宛名を、じっと眺めた。きっちりとした文字だが、地球言語ともユニオン言語とも違う。
中腰に立ち上がった北斗は、インパルサーの手元を覗き込んだ。見慣れぬ文字を、凝視する。

「一体、なんと読むのだ? 自分のメモリーには、このような言語や暗号は記憶されてはいない」

「ベベル系の技術言語にも似てるけど、ちょっと違うかもなぁ…。でも、読めないことはありませんね」

「お前、この珍妙な文字が解読出来るというのか? 暗号ではなかったのか」

「暗号じゃありませんよ。ただのお手紙です」

「それより、お前の名は何という。自分達が名乗ったというのに、お前だけが名乗っていないではないか」

「あ、僕ですか。僕はブルーソニックインパルサーと言いまして、ヒューマニックマシンソルジャーです」

「ヒューマニックマシンソルジャーという人型兵器は、自分と南斗の父だけではなかったのか。意外だな」

「そういえば北斗さんは、高宮重工が製造元でしたっけ。するとあなたは、フレイムリボルバーの系列機ですか?」

手紙を取り出して読みながら、インパルサーは返した。そうだ、と北斗は頷く。

「よく知っているな、インパルサーとやら」

「フレイムリボルバーは僕の兄さんですから。ということは、あなたは僕の甥っ子だったりしちゃうんですか」

思い切り、インパルサーは嫌そうな声を出した。北斗は、やりにくそうに顔を逸らす。

「その…甥っ子、というのはやめてくれないか。背筋の辺りが、どうにも変になってしまう」

「なんでもいいけどさー、インパルサー。フィルの手紙、読み終わった?」

足を組んで座り込み、ギルディオスが暇そうに言った。こん、こん、と膝を指で叩いている。
インパルサーは、もう一度手紙を読んだ。神経質そうな文字で、今回の事の次第が書き記してある。

「ええ、一応は。読み上げましょうか?」

ギルディオスの持ってきた手紙の内容は、こんなものだった。



  異界の者へ

  前振りのない馬鹿の訪問に、さぞかし戸惑われたことかと思う。だが、私は謝らない。
  なぜなら今回の事態は、私のせいではないからだ。微塵も責任はない。
  今回、ギルディオス・ヴァトラスがそちらに行くはめになった原因は、そこのニワトリ頭自身にある。
  数日前、ニワトリ頭は異界の穴に片足を突っ込んで帰ってきた。どこで踏んだかは知らない。
  異界の穴というものは、簡潔に言えば、異次元と異次元の繋ぎ目のようなものだ。
  ギルディオスは、その穴を引き摺ってきた。そのせいで、長々とした裂け目がこちらの空間に出来た。
  放っておけば裂け目は広がり、本来は交わることすらない双方の世界に、干渉が発生してしまう。
  そうなれば、噛み合わない時間と時間が過干渉し合い、どちらにとっても悪影響が出てしまうだろう。
  そうさせないために、私は魔法を用い、ギルディオスをそちらの世界に放り込んだ。
  ギルディオスの空間軸が、半分ほどそちらに移っていたから、というのも理由といえば理由だが。
  こちらの世界の歪みは、自己再生が働いているので、一定時間が経過すれば元に戻るだろう。
  異界の穴の歪みが消えて元に戻れば、そちらとの接点も同時に消え失せ、空間移動魔法も限界に達する。
  だから、時間が来れば、ギルディオスは勝手に消えるはずだ。確証はないが、恐らくはそうなるだろう。
  双方の接点が完全に消失するまでの間、その馬鹿を頼む。私に借金を返済し切っていないのだ。
  ちなみに、ギルディオスに魔法の原理やその他諸々は聞かないでやってほしい。答えられないからだ。
  それでは、どうかよろしく頼む。
  
  フィフィリアンヌ・ドラグーン


  追伸 ニワトリ頭へ

  貴様のことは、別に心配はしていない。が、一応書いておく。
  無事に帰ってこい。    



「…なんか」

羊皮紙の便箋から顔を上げ、インパルサーはげんなりした。読めば読むほど、既視感を覚える。

「意味もなく偉そうですね、この人。僕のお父さんみたいです」

「まぁ、そんなわけだからさ。ちょいとの間、よろしく頼むわ」

当のギルディオスは、平然と笑っていた。フィフィリアンヌに偉ぶられるのは、いつものことらしい。
インパルサーは、出会ったばかりの甲冑に少しばかり同情した。彼も、苦労しているに違いないからだ。
甲冑に向かい合う位置のソファーに座り、北斗は口元を曲げた。魔法の原理が聞けないと解り、不満なのだ。

「要するに、異世界からの訪問者というわけか。まるで、一昔前のライトノベルのヒロインのようだな」

「登校途中に異空間に飲まれて剣と魔法の世界で前世の因縁、みたいなやつですね。僕もちょっと思いました」

インパルサーは手紙をきちんと折り畳み、封筒に戻した。それを、ギルディオスに渡した。
北斗は、ギルディオスが手紙を物入れ袋に入れる様子を見ていた。表情を変えずに、不意に高い声を出した。

「私はお年頃の十七歳の女子高生、どこにでもいる普通の女の子なの! ある日、登校途中に転んだら、不思議な世界にワープしちゃった! そしたら美形の魔法使いに助けられて、私の前世は天使だっていうの! 何もかも信じられないけど、私はこの世界のために、美形のとりまきのために戦うわ! だって、私は聖天使なんだもの!」

甲高い裏声で、北斗はまくし立てた。言い終えると、すぐに声色を戻した。

「と、いうやつだな」

「あと、こんなのもありがちですよね。北斗さんの設定、ちょっと流用しますけど」

インパルサーは、リビングテーブルの脇に正座した。丁度、二人の間の位置になる。

「私は十七歳の女子高生、両親はいないけど明るく元気な女の子! ある日、行方不明だったお母さんが突然家に帰ってきて、私は地球の救世主で、闇の魔王と戦えっていうの! 何がなんだか解らないけど、地球には大好きな先輩や友達がいるんだし、とにかく頑張るっきゃないわ! そしたら、魔王の正体が、先輩でビックリ! ガビーン、超ショック! だけど私は戦うわ、先輩に取り憑いた魔王を倒して、地球に平和を取り戻すのよ!」

北斗のように、インパルサーも声を裏返して一気に喋った。少し間を置いて、声を戻す。

「と、いうのもありますよね」

どごん、と重たい音がした。ソファーからずり落ちたギルディオスが、ぽかんとしている。
北斗はギルディオスを上から下まで見回し、絶対にヒロインではないなぁ、とつまらなさそうに呟いた。
インパルサーは、マスクの顎に手を添えた。レモンイエローの奧で、サフランイエローの目が細められる。

「もしくは、魔界から現れる魔物を倒すためにやってきた異世界の勇者、というのかもしれません」

「…冗談だろ?」

恐る恐る、ギルディオスは言った。北斗とインパルサーは顔を見合わせていたが、声を揃えた。

「冗談だ」

「冗談です」

「ギルディオス。誰もお前に世界が救えると思ってはいないし、救って欲しいとも思わん」

北斗は生真面目な顔をして、ギルディオスをけなした。ひどいなぁ、とインパルサーは思ったが言わなかった。
ギルディオスは反論することもなく、体を起こした。すとん、とソファーに座り直す。

「うん、オレも思う。オレなんかに救える世界だったら、他の誰かがとっくに救ってらぁな」

「話をいきなり変えますけど、北斗さんはどうしてここに来たんです?」

インパルサーは、左手前に座る北斗を見上げた。北斗は腕を組み、前傾姿勢になる。

「本当に唐突だな。まぁいい、説明する。今朝、特殊機動部隊に出勤したら、隊長から命令書を渡されたのだ。高宮重工の総元締めである、高宮家からの命令だった。その中に、ここの住所が書き記してあって、こう書いてあった。『親戚なんだから、一度は挨拶ぐらいしておきなさい』、と。だから、挨拶をしに来たのだが」

「…鈴音さんのせいだったんですか。それ、別に戦闘命令じゃないじゃないですか」

「うむ。自分も今、思い出したのだ。それで来てみたら、そこにニワトリ頭がいて、これは敵に違いないと思い…」

「だからオレを殴った、と?」

ギルディオスは、殴られた右頬をがりがりと掻いた。北斗は、悪気なく答える。

「そうだ」

「あのですねぇ、敵っぽいからってだけで攻撃を仕掛けていたら、いつまでたっても戦争が終わりませんよ」

がっくりと、インパルサーは項垂れた。北斗はぐっと拳を握り、高々と振り上げた。

「疑わしきは攻撃せよ。そうでなくては、戦争では勝てないではないか!」

「泥沼になるだけだと思うがなぁ」

ギルディオスの意見に、インパルサーはうんうんと頷いた。疑わしきを倒し続けたら、敵も味方もいなくなる。
北斗は言い返したいようだったが、ぐっと堪えている。さすがに、こればかりは否定出来ない。
ようやく、リビングに静けさが戻ってきた。インパルサーは正座は崩さなかったが、少し姿勢を楽にした。
三人が黙って、しばらく間があった。天井を見上げていたギルディオスが、呟いた。

「なぁ」

「はい?」

インパルサーは、反射的に聞き返した。インパルサーに顔を向け、甲冑は首を捻る。

「オレら、何をすりゃいいんだろうな?」

「うむ。それは、自分も疑問に思っていたところだ」

北斗は片足を挙げ、ジャングルブーツを膝の上に乗せた。あ、とインパルサーはジャングルブーツを指す。

「ていうか、土足で家に上がらないで下さいよ! ごたごたのせいで忘れてましたけど、今、気付きました!」

「自分も、今言われて気が付いた。だが案ずるな、ちゃんと靴底は拭いてある」

北斗は膝の上の片足を、持ち上げて見せた。適度にすり減っている靴底には、確かに泥は付いていない。
足を戻してから、北斗はインパルサーを見下ろした。マリンブルーのロボットを、ダークブルーのゴーグルに映す。

「自分の用事はインパルサーへの挨拶というわけだが、その挨拶はもう終わってしまった」

「僕、北斗さんに挨拶された記憶が少しもないんですけど」

「細かいことは気にするな。自分は気にしない」

「僕は気にします、どこまでも気にします」

はぁ、とインパルサーはため息を吐いた。リボルバーを元にされただけのことはあり、思考が似ている。
あの厄介で騒々しい兄が増えたような気分になり、インパルサーは脱力した。実際、増えたようなものなのだが。
ギルディオスは腕を組み、かつんかつんと二の腕を叩いている。んー、と少し唸った。

「目的がないんだよな、オレ達。なんとなぁーく集まっちゃっただけで、することが皆無なんだよ」

「お前達が敵であれば、まだやることはあったのだが」

「そうですよねぇ。僕ら、揃いも揃って戦闘専門なんですから、戦う相手がいなくては話になりません」

「あー、インパルサーも戦闘職だったのかー。魔法も使えるみてぇだしなぁ」

さっきの雷撃、とギルディオスはインパルサーの腕を指し示した。インパルサーは、手を横に振る。

「いえ、別にあれは魔法じゃないです。ソニックサンダーと言いまして、僕の技のようなものです」

「しかし、妙なところで話が噛み合ったな」

北斗が言うとギルディオスは、しょーもねぇよなぁ、と両手を上向ける。

「全くだぜ。オレらにとっての共通事項が、目的がない、ってのはちょいと情けないけどな」

「それで、何かやります? 僕も今、暇と言えば暇なので」

インパルサーは、二人を見回す。ギルディオスは、上体を逸らした。

「何か…って言われてもなぁ。オレの世界なら話は別なんだが、ここじゃあ何も思い付かねぇ」

「自分も、トレーニングと北斗の拳以外の暇潰しの手段は知らない。インパルサー、何かないか?」

「少しは自分で考えて下さいよ、もう…」

最初から人任せの北斗に困りながらも、インパルサーは考え始めた。三人で出来る、暇潰しの方法を。
人生ゲームは、異世界のギルディオスを交えて行うことは難しすぎるので、すぐに却下した。
カードゲームも同じようなもので、勝負事に熱くなりそうな北斗が過熱しそうなので、これまた却下した。
自分が暇を持て余している場合は、大体は料理や読書に費やしている。だが、これは一人でしか出来ない。
かといって、ジャスカイザーのビデオを延々回し続けるのも、なんだか変な気がしてしまう。
三人ではキャッチボールは出来ないし、あやとりは絵的に嫌なものがあるし、ごっこ遊びは以ての外だ。
さて、どうするか。インパルサーはコアブロックのメモリーを探り、ここ最近の記憶を引き出した。
昨日の夜、いつものように由佳といちゃつきながら、言葉の言葉尻を繋げる遊びをしたことを思い出した。
使うものは言葉だけなので、道具も何もいらない。ギルディオスと言葉は通じているから、出来ないことはない。
その遊びの名を、インパルサーは喜々として挙げた。丁度良い、暇潰しになるはずだ。

「しりとりしましょう、しりとり!」

「…なぜ、しりとりなのだ」

不意を突かれたように、北斗が声を落とした。ギルディオスは、うん、と納得している。

「その辺が妥当だよな。一番平和的だし、たぶん時間も潰れるだろうし」

「それじゃ、さっさと始めましょうか!」

正座を正し、インパルサーは二人に向き直った。北斗は不服そうだったが、妥協した。

「それ以外にないのであれば、まぁ、仕方あるまい。自分は、あまり気は進まんが」


こうして三人は、しりとりを始めることになった。
順番は、インパルサー、ギルディオス、北斗の順である。三本勝負のあっち向いてほいの結果、こうなった。
テーブルとソファーを壁際に押しやって、車座に座った三人は、真っ昼間のリビングでしりとりを始めた。
平均身長、およそ二メートル。三人とも、分野は違えど戦闘を専門としているから、いずれも体格はかなりいい。
そんな彼らが身を寄せ合って、狭いリビングでしりとりをする光景は、変以外の何者でもなかった。
インパルサーは、セオリー通りの言葉から始めた。

「じゃ、僕から行きますよ。しりとり」

「り、りー…竜族」

「空砲」

「最初から物騒ですね。ウサギ」

「ぎー、ぎ、義理」

「陸上自衛隊」

「い、ですか。イチゴタルト」

「と、ねぇ…。と、とー、討伐」

「追撃」

「さっきから戦闘絡みばっかりですね、北斗さん。きー、キウイフルーツ」

「つ? つー、つ、つ、月」

「機銃掃射」

「やー、ヤンバルクイナ」

「なんだそりゃ。なー、な、難所」

「要人警護」

「ごー、ゴマペースト」

「また、と、かよ。とー、とー、と、鳥」

「先程から単語ばかりではないか、ギルディオス。離着陸」

「くー。栗まんじゅう」

「お前に言われたくはねぇよ、北斗。うー、う、裏!」

「また単語か。乱射」

「やー、安売り」

インパルサーが言い終え、自分の番が回ってきてから、ギルディオスは北斗に言い返した。

「うるせぇやい。りー、りー、り、緑竜族」

「先程の竜族と、ほぼ同じ意味ではないか。組み手」

「てー、照り焼き」

「インパルサー、お前も何か喋れよ。きー、き、き…傷」

「そうだともインパルサー、少しは会話に混ざってくれ。頭突き」

二人の妙な申し出に、インパルサーはマスクの下で変な顔になってしまった。

「しりとりをしながら、会話するのは無茶だと思いますけど。きー、キルシュ」

「多少ごちゃつくだけじゃねぇか、平気だろ。ゆー、ゆ、雪」

「そうだともそうだとも。だが、せめて勇気とか言いたまえ、ギルディオス。機雷」

北斗の意見には、インパルサーも同意した。短いよりも、長い方がいい。

「そうですよギルディオスさん、一文字ぐらい増やしましょう。いー、炒り卵」

「さっきから聞いてりゃ、食い物ばっかりだな、インパルサーは。ご、ごー、ゴーレム」

「うむ。我々は食せないはずなのだが、なぜそればかりなのだ。無反動砲」

インパルサーは二人から顔を逸らし、むくれた。

「放っておいて下さいよ、料理は僕の趣味なんですから。うー、打ち粉」

「じゃ、ほっとく。こー、こ、氷」

「うむ、自分も放っておく。リーサルウェポン」

ウェポン、と言い切ってしまってから、北斗は言葉を止めた。二人の視線が、彼に向く。
北斗は顔を伏せ、ヘルメットを抱え込んでしまった。悔しげに、奥歯を噛み締める。

「…抜かったぁ!」

「うっわー、弱ぁー」

自分の語彙の少なさを棚に上げて、ギルディオスは笑った。北斗は背を丸め、唸っている。
あまりの情けない姿に、インパルサーも笑いたくなったが我慢した。先程の、躊躇の理由はこれらしい。

「もしかして、弱いからやりたくなかったんですか?」

インパルサーの問いに、北斗は何も言わずに、こくこくと頷いた。自分でも情けないと思っているらしい。
ヘルムのマスク部分を押さえていたギルディオスが、吹き出した。肩をがしゃがしゃと震わせ、大笑いする。
身を捩って笑い転げるギルディオスの姿に、北斗は更に項垂れた。ヘルメットの下から、苦しげな声が洩れる。
ギルディオスの馬鹿笑いと、北斗の泣きそうな声を聞き流しながら、インパルサーは心底脱力した。
この状況を、いつまで続ければいいのだろう。夜になる前に終わって欲しいなぁ、と、内心で願った。
掛け時計を見上げると、時間は着実に経過しており、いつのまにか昼を過ぎていた。




数時間後。ようやく、しりとりが終了した。
窓の外はすっかり夕暮れて、空に浮かぶ雲が西日に焼かれている。午後六時を過ぎ、夜も近い。
三人はフローリングに座り込んで、それぞれにぐったりしていた。長時間続けると、しりとりでも力尽きる。
あれから更に七回、計八回のしりとりを行って、八回とも北斗が負けた。その度に、彼は半泣きになった。
戦闘には長けているのに、こういうゲームには弱いらしかった。壁に頭を押し付けて、ぐちぐちとぼやいている。
少ない語彙を捻り出し続けたギルディオスは、大の字に転がっていた。本当に、力尽きたようだ。
日光を反射しているヘルムを押さえ、うあー、と絞り出すような声を洩らした。がしゃり、と首が動く。

「頭、痛ぇ…」

「知恵熱ですか?」

テレビ脇のコンセントにケーブルを差し込み、充電しながら、インパルサーはギルディオスに尋ねた。
ギルディオスは怠慢な動きで、深く頷いた。ガントレットの手の甲を、かつんとヘルムに当てる。

「…たぶん」

「冷却シート、使います?」

「あー、別にいいさ。オレに体はねぇから、気分的なもんだし。放っときゃ治る」

仰向けに横たわるギルディオスは、片手を挙げ、ふらふらと揺らす。床から、手だけが出ているように見えた。
インパルサーは、そうですか、と返してから北斗を見た。最初の威勢はどこへやら、すっかり意気消沈している。
聞こえない程度に呟いている北斗の愚痴を、インパルサーは聴覚センサーを高め、端だけ聞いてみた。
自分は情けない、礼子君になんと言えば、南斗に馬鹿笑いされる、カンダタにも笑われる、ああもう自分は。
そんな言葉を、何度も繰り返していた。インパルサーはカンダタに聞き覚えがあるような、ないような気がした。
ギルディオスの手が傾き、フローリングに落ちた。かしゃん、と、やけに軽い金属音が起きる。
ガントレットの重量が失せたような感覚を覚え、ギルディオスは上体を起こした。手を、日光に翳す。

「おりょ?」

銀色が薄らぎ、影が弱まっている。半透明になったガントレット越しに、リビングの白い壁が透けて見えた。
ギルディオスの声に、北斗は目元を拭い、振り向いた。上半身から消えていく甲冑に、妙な顔をする。

「セオリーであれば、足から透けるものなのだが…。なぜ、頭からなのだ」

「オレに聞くなよ」

がしゃりと肩を竦め、ギルディオスは苦笑する。だが、その肩は消え失せていて、音だけがした。
インパルサーは、わぁ、と驚いて仰け反った。勢い余って、ごん、とダイニングカウンターに後頭部をぶつけた。

「足じゃないんですね、頭なんですね!」

「なんか、時間みてぇだから。あばよー、お前ら」

上半身が消えたため、ギルディオスは足を上げてみせた。げんなりと、北斗は口元を歪める。

「…感慨も、何もないな。むしろ、可笑しくてならん」

「ギルディオスさん、もう帰っちゃうんですか。でしたら」

インパルサーは立ち上がり、ダイニングキッチンに向かった。食器棚を開け、中を探っている。
ケーキ箱を取り出すと、手近な紙袋に入れて持ってきた。それを、ギルディオスの足に引っかける。

「ブランデーケーキが余っていたので、お土産にどうぞ。あのお手紙の、フィフィリアンヌさんに差し上げて下さい」

「了解、了解。だが何も、食い物を足に掛けるのはないんじゃねぇの?」

徐々に透け始めている腰が、前に傾く。ギルディオスが、背を曲げて足を見下ろしたらしい。
足が上げられ、ブランデーケーキの入った紙袋が動いた。インパルサーは、がりがりとマスクを掻く。

「仕方ないですよ、この場合。手が消えちゃってるんですから」

「ほんの一時であったが、それなりに楽しかったぞ、ギルディオス。また会うことがあれば、会いたいものだ」

北斗は壁から頭を外し、くるっとギルディオスの下半身に向き直った。が、数秒後、吹き出した。
ははははははは、と高らかに大笑いしている。紙袋のない方の足を高く掲げて、ギルディオスは北斗に叫ぶ。

「おい北斗、何もそこまで笑うこたぁねぇだろ! オレだって、他人事なら笑いたいけどさぁ!」

次第に、ギルディオスの足も薄らぎ始めた。同時にブランデーケーキの入った袋も、透けていく。
あばよ、ともう一度、ギルディオスは別れを言った。インパルサーが手を振ると、北斗もつられて手を振った。
ソファーの下に置かれていたバスタードソードも、ギルディオスが消えると同時に失せていった。
ギルディオスの足の先が透き通っていき、ついに銀色が見えなくなった。そして、ギルディオスは完全に消えた。
インパルサーは振っていた手を止め、隣に座る北斗を見た。じっと見つめられ、北斗は戸惑った。

「な、なんだ」

「北斗さんは帰らないんですか?」

「自分は国家機密だぞ、普通になど帰れるものか。基地に回収要請をして、ヘリでも呼ばんことには…」

「歩いて帰って下さいよ! それぐらい、横着しないで下さい!」

インパルサーはがばっと立ち上がり、北斗の襟首を掴んで持ち上げる。思わぬことに、北斗はきょとんとする。
リビングの掃き出し窓が、全開にされた。ずるずると引き摺られた北斗は、ぽいっと庭に投げ出された。
庭先に放り投げられた北斗は、体を捻って着地した。ざっ、と芝に膝を埋める。

「何をするのだ!」

「とにかく、もう、いい加減に帰って下さいよ。時間も遅いですし」

掃き出し窓を半分ほど閉め、インパルサーは外の北斗を覗き見る。北斗は、茜色の空を見上げた。

「確かに、日が暮れてしまうな。門限を守らないと、隊長とカンダタに小一時間叱られてしまう」

「門限なんてあるんですか」

「あるとも。それでは、インパルサー。また会」

「会いたくないです」

「…そこまできっぱり言われると、いっそ清々しいぞ」

ふいっと顔を逸らし、北斗は背を向けた。のろのろと庭を歩き、門へ向かっていった。
ホルスターを背負った戦闘服の後ろ姿を見送ってから、インパルサーは窓を閉めた。鍵を掛け、ため息を吐く。
レースカーテンもカーテンも閉め切ると、リビングは薄暗くなった。室内灯の紐を引き、蛍光灯を付ける。
煌々とした白い光が、眩しかった。インパルサーは全身に疲れを感じ、フローリングに座り込んだ。

「一体、なんだったんでしょうか…」




元の世界へ、無事に帰還したギルディオスは、フィフィリアンヌからなじられた。
どうせ持ってくるならワインにしろ、と。だが、インパルサーのブランデーケーキは、彼女にいたく気に入られた。
美空家から数十キロ離れた位置にある、自衛隊基地に徒歩で帰還した北斗は、神田葵に怒られた。
門限を破るな、と。しりとりに負けすぎて遅れた、と言い訳をしたら、南斗にひたすら笑われた上に馬鹿にされた。
エネルギーも精神力も果て、リビングでへこたれているインパルサーは、帰宅した由佳に変な顔をされた。
なんで家の中で疲れ果てているのか、と。彼が事の次第を説明をしたら、余計に変な顔をされてしまった。


異なる世界の三人を、同じ場所、同じ時間に並べてみたら。
三者三様、ろくでもない一日になっただけであった。






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