Metallic Guy




第十一話 サイボーグ・エンジェル



「おはようございます」

起き上がってぼんやりしていると、窓の下で正座しているインパルサーが声を掛けてきた。
彼はとっくに起きて何かしていたようで、エプロンを着ていた。結構早起きだ。
目覚まし時計を見ると、もうとっくに朝は過ぎている。午前九時半だから、もう昼間だろう。
インパルサーはカーテンを全開にしてから、振り向いた。

「あの」


「何?」

あたしはベッドから下りて体を伸ばしながら、彼を見上げる。
インパルサーは多少心配げに、尋ねてきた。

「朝方うなされていたようですけど」

「あ、ああ」

あたしはぐしゃぐしゃの前髪をいじりつつ、思い出した。

「たぶんあのせいだと思う」

「あの?」

「うん。パルがウェディングドレス着てて、ふっわふわのヴェールなびかせてこっちに走ってくる夢見たの」

「はぁ」

なにやら複雑そうに、彼は首を捻る。
あたしは、まだ視界にまだありありと残る夢のビジュアルを、なるべく簡潔に描写する。

「でね、ゆっかさーんて言いながら、あんたがこっちに来るのよ。あたしはなーんでか知らないけど紋付き袴でさぁ」

夢の中のあたしは、まるで七五三だった。当然ながら、笑えるくらい似合っていなかった。

「結構すんなり式が終わったその後に、パルがあたしを抱えてどこに行ったと思う?」

「どこですか?」

「アステロイドベルト」

自分で見た夢ながら、なんて素っ頓狂な夢だろう。きっと、色々と混ざったに違いない。
新婚旅行が宇宙だってのはまだロマンがあるけど、その行き先がただの小惑星帯なんてつまらない。
インパルサーはしばらくきょとんとしていたが、吹き出した。マスクを押さえつつ、返す。

「なんですか、それ」

「あたしが今さっきまで見てた夢」

「その夢、脈絡というものがまるでありませんね」

「あったらあったで、ちょっと嫌だけどね」

話し終わってから、あたしはちょっと恥ずかしくなった。無茶苦茶なストーリーとはいえ、結婚式は結婚式だ。
しかも相手はパルときたもんだ。もっとも、彼は新郎じゃなくて新婦だったけど。
インパルサーは、両手でエプロンを掴んで広げている。ドレスを広げたつもりらしい。

「ドレス着てたんですか、僕」

「うん。白い花満載のブーケも持ってたけど、そのブーケはたぶん…マスターコマンダーに渡ったと思う」

「は!?」

裏返った声を上げ、インパルサーはのけぞった。あたしもそんな心境だ。でも、出てきちゃったんだから。
だけど、パルがチャペルから投げたブーケを受け取ったのは、間違いなく黒いマントのサイボーグだった。
あたしが知っている黒マントは、見たことはないけどマスターコマンダーだけだ。だから、そうとしか考えられない。

「黒マント広げながら、めっちゃめちゃ嬉しそうにブーケ持って行っちゃった」

「…凄い夢ですね」

「あんたの話が強烈すぎたみたいねー」

「みたいですね」

と、インパルサーは力なく呟いた。最後のマスターコマンダーが、相当効いたらしい。
あたしは自分の頭は大丈夫なのか、とつい疑ってしまった。支離滅裂もいいところだ。
彼は腕を組み、俯いて唸る。

「…マスターコマンダー、マスターコマンダーが…僕のブーケを」

「嫌でしょ」

「嫌すぎます。次の花嫁が、あの人だと思うと…」

インパルサーは顔を上げ、首を左右に振った。うん、あたしも嫌だ。
その格好のまま、パルは体を屈めてドアから出てしまった。
が、すぐに上半身を捻りながら、開けたドアの向こうからこちらを覗き込んできた。

「由佳さん」

「ん?」

「アサゴハン、タマゴサンド作ってみたんですけど」

「食べる食べる」

「了解しました。準備しておきますね」

敬礼し、頷いた。
インパルサーはぱたんと静かにドアを閉め、階段を下りていった。
その足音が充分遠ざかってから、あたしはまたベッドの上に身を投げた。タオルケットに顔が埋まる。
まだ自分の体温が残っているその中に埋まったまま、昨日の夜のことを思い出した。
一晩経っても胸の中からあの感覚は消えておらず、しっかり残っている。困ったものだ。
それと同時に、今夜は眠れないかもしれない、とか思っていたことも。だけど。

あんなに変な夢を見る程、爆睡してしまった。

眠れないくらい深い悩みではなかったのか、あたしよ。ていうか寝付き早すぎ。
もうちょっと、もうちょっとだけでもしんみりしたっていいじゃないか。あんなにぐるぐる悩んだんだし。
自分の寝付きの良さが、少し嫌になった。

「あーもう…」

だけどこんなことを考えていてもどうしようもないので、とりあえず着替えることにしよう。
起き上がってクローゼットに向かい、開ける。中に掛けてある服をしばらく眺め、適当に引っ張り出した。
スカートを履きながら、あたしは、夢の中でパルの着ていたとても可愛いウェディングドレスを思い出してしまった。

「ずるい」

理不尽だ。
あんなに可愛いドレスをあたしが着られずに、なぜパルが着ているのだ。
夢の中の事ながら、かなり馬鹿馬鹿しい理由だと解っていても、多少苛付いてしまった。




リビングに下りると、母さんがダイニングテーブルに座り、テレビを見ながら紅茶を傾けていた。
テレビの中身はワイドショーだ。あたしに気付くと、振り向いた。
母さんは白くて繊細な模様の入ったティーカップをかちゃりとソーサーに置き、あたしを見上げる。

「おはよう」

「おはよ」

あたしはダイニングテーブルに座り、ダイニングカウンターの向こうで作業するインパルサーを見上げた。
マリンブルーのボディに掛けられたジーンズ地のエプロンは数回洗ったのか、少しばかり色が掠れている。
大きな汚れや染みは見えず、大事に大事に使っているようだ。もらったことが、相当に嬉しかったんだろう。
コールカイザーも、たまに出して遊んでいるけどやっぱり大事に遊んでいる。多少大事にし過ぎだとは思うけど。
だけど買ってやった方としては、嬉しい限りだ。そこまで喜んでもらえると、こっちまで嬉しい。
彼の背後のオーブンの中には、丸くて背の高い型が入っている。あれは、確か。

「シフォンケーキ?」

「よく解りますね」

「型がシフォン型だからね」

オーブンレンジのオレンジ色の光の中、ぐるぐると回っている。匂いからして、きっとココアだ。
インパルサーは水色の皿の上にサンドイッチを並べながら、あたしを見下ろす。

「焼けたら後で食べます?」

「うん!」

あたしは全力で頷いた。パルのお菓子は、料理と一緒でおいしいからだ。
母さんは、楽しみね、と笑い、ソーサーに伏せてあったティーカップをひっくり返し、それに紅茶を注ぐ。
ダージリンの良い香りがココアシフォンケーキの焼ける匂いに混じり、ふわりと広がっている。
母さんは紅茶をあたしの前に置いた。あたしはそれをまずストレートで飲んでから角砂糖を落とし、ありがたく頂く。
その紅茶を飲んでいると、次第に目が覚めてきた。目の前に座る母さんは、少し呆れたように言う。

「だけど、九時半なんて寝過ぎよ。もうちょっと、早めに起きないと。そろそろ新学期も始まるし」

「今度からそうするよ」

「宿題、ちゃんと進んでる?」

「…それなりに」

「それくらい、ちゃんと終わらせなさいね。まだまだ夏休みはあるんだから」

「ふあい」

あたしはそう力なく答えた。部屋の机の上で、宿題は、まだまだ残っている。
いい加減に終わらせないとなぁ、と思いつつも、パルやボルの助についかまけてしまう。
それがいけないって解ってはいるんだけど、どうしてもやる気が起きない。勉強は、あまり好きではない。
せめて今日は勉強しないと。さすがにそう二日続けて、ゴタゴタはないだろうから。




タマゴサンドを食べ終わってしばらくの間、あたしは至福に浸っていた。
お腹が落ち着いたら勉強しよう。いや、しなければならない。
母さんは今日も仕事だ。今夜は夜まで長引くそうだから、夕飯は父さんと涼平とで三人になる。
パルは作るけど食べられない。だから、カウントしようにも出来ないのだ。でも、やっぱりカウントすべきだろうか。
オーブンレンジを覗き込むインパルサーの後ろ姿は、凄く楽しそうだ。その中で、シフォンケーキが回っている。
あたしは芸能人が結婚したのしないのと騒がしいテレビから目を離し、ふと、窓の外を見た。
門を開けるか開けるまいか、と迷っている少女の姿がある。ふわふわした金髪が、動くたびにつやりと輝く。
昨日の天使だ。そのうち、彼女の目線がこちらに向いた。彼女の瞳が、ふっとあたしを見上げる。

目が合った。

すると天使は両手を胸の前で組み、懇願するような表情になる。うちに入りたいのだろうか。
あたしはインパルサーを手招きした。

「パルー」

「あと少しで焼けますから」

「ちょっとこっち来て」

「はぁ」

インパルサーは渋々こちらにやってくると、あたしの後ろから玄関先を見下ろした。
そして一度首をかしげ、あたしと天使を見比べる。

「リーダーさんですね」

「とりあえず、うちに上げないとね」

「そうですね。丁度、シフォンケーキも焼けますし」

と、インパルサーは薄手のゴムに包まれた手をぱたんと合わせた。どこぞの主婦がやりそうなポーズだ。
あたしは三分の一程飲んだカフェオレを置き、立ち上がる。呼び鈴、押してくれればいいのになぁ。


玄関に向かい、ドアを開けて母さんのサンダルを引っかけ、外に出る。
ドアを閉めてから門まで歩いていくと、昨日と同じ制服姿の天使が、にっこり笑って待っていた。

「お待ちしておりましたわ、ブルーコマンダー」

「あの、そこの呼び鈴、押してくれればいいんですけど」

あたしは表札の下に付けてある、呼び鈴のスイッチを指した。なぜか、敬語になってしまう。
天使はきょとんとし、嫌ですわもう、と恥ずかしげに頬を手で覆う。この人、本当に軍人なんだろうか。
しばらく彼女は恥ずかしげにしていたが、エメラルドグリーンの瞳があたしを見上げた。身長差があるからだ。

「ブルーコマンダー…いえ、お名前は」

「美空由佳。自由の由に、佳境の佳って書くんです」

この説明、パルの時にもした気がする。だけど、それ以外に説明の仕方を知らないのだ。
天使は体格に伴ってあまり起伏のない胸元に手を添え、少し頭を下げた。

「銀河連邦政府軍、コズミックレジスタンス特別担当官のマリー・ゴールドと申します。以後、お見知り置きを」

「いえ、こちらこそ」

あたしは恐縮してしまった。こんなしっかりした挨拶を美少女からされると、戸惑ってしまう。
門を開け、身を引いた。玄関を指しつつ、あたしも軽く頭を下げた。

「とりあえず、上がって下さい。立ち話ってのもなんですから」

「はい」

天使こと、マリー・ゴールドはにっこり微笑み、頷いた。とても可愛らしい。
だけど思わず守ってやりたくなるような雰囲気ではなく、つい見入ってしまうような雰囲気だ。
あたしは、やっぱりこの人がサイボーグだなんて信じられなかった。
どこからどう見ても、多少暑苦しい格好をした美少女だ。




玄関のドアを開けると、インパルサーが仁王立ちしていた。
あたしがなぜここにいるか尋ねようとするまえに、背後のマリーがするりと脇を抜けた。
とん、と軽くジャンプし、目の前に金髪が広がった小さな背が浮かぶ。凄く身が軽い。
紺色のタイトスカートから伸びた白い足が、がしりとインパルサーの首元を捕らえたかと思うと、思い切り蹴った。
廊下に着地すると同時に、マリーは声を上げる。

「ごきげんよう!」

インパルサーは勢い良く天井へ飛ばされ、ぶつかりそうになる。あんたら、いきなり何をしているんだ。
彼は片手を天井に付いて勢いを殺してから、くるっと姿勢を整えて廊下に着地する。天井は、壊れていない。
廊下に膝を付いて、インパルサーはレモンイエローのゴーグルを上げた。

「こんなところで、仕掛けないで下さいよ!」

「条件反射ですわ」

と、マリーは天使の微笑みのまま、応戦のために構えを作るインパルサーを見上げた。
あたしは、訳が解らなかった。なんでいきなりこの二人は、しかも玄関先で格闘なんてしちゃうのさ。
インパルサーは立ち上がると、びしっとマリーを指した。

「由佳さんちに何かあったら、どうしてくれるんですか!」

「直せばいいことですわ」

「そういう問題じゃないと思うんですけど…」

インパルサーは、かしんと頬を掻いた。あたしもそう思う。
あれだけの大立ち回りをしたのに髪が乱れていないマリーは、笑顔のままだった。
その笑顔を見つつ、あたしは実感した。いや、せざるを得なかった。
この人は人間じゃない。宇宙人で、サイボーグなんだ。しかも、戦闘に長けたその道のプロフェッショナル。
パル達って、こんなに凄い相手と戦い続けていたんだ。




ソファーに座った天使は、あたしが淹れたために、多少渋みがある紅茶を傾けていた。
細い指に、白いティーカップがよく似合う。ダージリンの香りを楽しんでいるのか、満足げにしている。
インパルサーの焼いたココアシフォンケーキは切られて皿に乗せられ、ご丁寧にホイップクリームが添えてある。
あたしはそれを食べつつ、飲みかけのカフェオレも飲みつつ、彼女を眺めた。
インパルサーはいつものようにフローリングに正座していたが、その首は外れていた。これで二度目だ。
マリーの蹴りは見た目以上に強烈だったようで、リビングに向かう途中で落ちたのだ。首は、彼の膝の上にある。
レモンイエローのゴーグルを手が上向け、インパルサーはあたしを見上げる。

「えと」

「くっつけときなさいよ。怖いから」

「そうですね」

と、インパルサーは首を乗せた。ぐっと首根っこを押し込み、くいっと捻る。
かちゃりと何かが噛み合い、パルの首は繋がったようだ。その首が、マリーへ向けられた。

「リーダーさん」

「なんですの、ソニックインパルサー?」

「リーダーさんのお名前って、マリー・ゴールドって言うんですか? 随分と地球っぽいですけど」

「あら、ソニックインパルサーはご存知ないの? ユニオンの共通語は、日本語では発音出来ないんですの」

「そうすると、そのお名前は」

「地球での名前ですわ。でも、元の名前とそう大差ない名ですのよ」

マリーは半分程飲んだティーカップをソーサーに置き、きっちりと白い足を揃えて膝の上に手を重ねる。
ストッキングは惑星ユニオンにもあるようで、その足を包む薄手のストッキングがつやりと光る。
背筋を伸ばして正座しているインパルサーは、繋げたばかりの首をかしげた。

「何の用事ですか? 僕を連行するにしては装備がありませんし、あのアドバンサーに乗ってきていませんし」

「今回の目的は、それではありません。別のことが目的ですの」

「そうですか」

安心したように、パルは肩を落とした。

「良かった。由佳さんちや他の家を巻き込んで、プラチナに大暴れされたら困っちゃいますから」

「失礼ですわね。私が破壊を好むと思って?」

と、マリーは少し頬を膨らませた。プラチナというのが、彼女の愛機のようだ。
あたしは空になったティーカップを置いてから、尋ねる。

「マリーさん」

「はい?」

「その、マリーさんがここに来た目的って」

あたしがそこまで言うと、マリーは表情を引き締めた。いきなり軍人っぽくなった。
澄んだ瞳が、こちらを見据えた。その目はいやに強く、あたしはちょっと戸惑ってしまった。
微笑みの消えた口元が、開く。

「最初の目的は、マスターコマンダーがブルーソニックインパルサーに搭載したバックアップメモリーの回収ですわ」

彼女の目線が、インパルサーに向けられる。

「よろしいですわね?」


インパルサーは頷き、片手で胸元を押さえながら立ち上がった。
彼がスカイブルーの装甲を軽く押して動かすと、細い隙間から蒸気を噴き出しながら、胸装甲が開いた。
薄暗い中で露わになったインパルサーの内側は、複雑に金属や回路が絡み合い、所々ちかちかと動いている。
それらから伸びたケーブルが、人間で言えば心臓の位置にはめ込まれた、球体に全て繋がっていた。
淡く柔らかい青い光が、銀色の球体から溢れている。まるで、月明かりだ。
インパルサーが両手を胸の前で広げると、生きているかのように球体が胸の奥から外れる。
ふわりと漂い、ゆっくりとマリンブルーの手の中に収まる。不思議な光景だ。
様々な色と種類のケーブルが繋がった球体を、彼はあたしへ向ける。

「由佳さん。これが僕です」

「それがコアブロックなの?」

機械にしては、いやに神秘的だ。
あたしは胸の中を晒したインパルサーと、その手前に差し出された球体を見上げる。
インパルサーは球体を手の間に浮かばせたまま、言う。

「はい。この中に、僕の感情や記憶の全てが入っています」

「パルの本体ってことか」

「そんなところです」

と、インパルサーは答えた。
だがすぐに、それを持ったまま、ソファーから立ち上がったマリーへ向き直った。
マリーは片手を挙げ、白い手を伸ばす。彼は体を屈め、天使に身長を合わせる。
綺麗に磨かれた爪が乗った指先が、コアブロックの前で止まる。すると、するりと滑るように銀色が開いた。
球体の内側にもびっしりと並んだメカニズムの中から、指先が銀色をした逆三角のものを取り出す。
マリーは小さなそれを目の前に掲げ、じっと睨む。瞳孔が一瞬広がって、また縮む。カメラのレンズのようだ。

「これですわね。マスターコマンダーの、バックアップメモリーは」

「はい。中身も後で確かめてみて下さい。プロテクトは解除されていますから、すぐに見ることが出来ます」

「してあったとしても、五分で解除は終わりますわよ。確かに、回収させて頂きましたわ」

マリーはその逆三角を、優しい手付きで撫でた。

「まだこんなもの、持っていたんですのね。あの人は」

「そういえば」

胸の中にコアブロックをゆっくり戻し、装甲を閉じる。また、隙間から蒸気が漏れた。
インパルサーは不思議そうに、マリーに尋ねた。

「バックアップメモリーが入っていた箱にも、同じ形のエンブレムがありました。それ、一体なんですか?」

「あなたが知る必要のないものですわ」

「はぁ」

「ソニックインパルサー。それ以上お尋ねになるのであれば、もう一度首を落としますわよ?」

「解りました」

少し残念そうに、インパルサーは呟いた。相当気になっていたんだろう。
彼がまた正座したので、同じようにソファーに座り直した。マリーも、向かいに座る。
逆三角のバックアップメモリーをジャケットの内側に納めてから、またきっちりと足を揃える。

「もう一つの目的をお話しいたしますわ」

「はぁ」

あたしは、なんとも気の抜けた返事をした。
今さっき見たパルの中身の印象が強すぎて、意識をそう戻せなかったのだ。
マリーは両手を合わせて胸の前で組み、満面の笑みを浮かべた。




「私、マリー・ゴールドは、カラーリングリーダー共々、あなたの学校へ転校いたしますわ」




一瞬、あたしはマリーの言ったことが理解出来なかった。
マリーさんがうちの高校に転校してくる。のは、なんとなく理解出来る。
だけど、なんでまたパルやボルの助が一緒に行かなきゃならないのだ。大騒ぎになっちゃうじゃないか。
カラーリングリーダー、ということはパルの兄弟も一緒、てなことになるじゃないか。
それこそ大事だ。今までの、彼らという存在の隠蔽の苦労は、一体。
なんだったというんだ。
インパルサーも相当驚いているらしく、おろおろと手を広げている。当然だ。

「ガッコウ…それ、一般社会じゃないですか」

「お嫌ですの?」

「いえ、そうじゃなくて…その、僕ら、曲がりなりにも戦闘専門のマシンですから。混乱を起こしちゃいますよ」

「大丈夫ですわ。全ての武装を解除すればいいだけのことですし、第一これは銀河連邦政府の方針ですの」

地球での学校生活を夢見ているのか、マリーは楽しそうだった。

「ヒューマニックマシンソルジャーに社会性を持たせるためには、この方法が確実ですもの」


「いや…その、マリーさん?」

あたしは混乱して、言葉が上手く出てこなかった。なんだ、この展開は。
片手を伸ばしてマリーへ向け、顔を上げる。

「ちょっと待って。パル達、戸籍もないし中学出てないし、編入試験だって受かるかどうか…」

「作りますわ」

「うおぅ!」

思わず、のけぞってしまった。そいつは立派な犯罪だぞ。
マリーはあたしの考えを見透かしているのか、微笑みを崩さない。

「大丈夫ですわよ。この国の法に触れないやり方で、入らせて頂きますわ」

「ですが、マリーさん」

「なんですの?」

と、マリーはインパルサーへ振り向いた。
インパルサーは頬をがしがし引っ掻きながら、俯く。

「僕もフレイムリボルバーもこの星の言語を読むことは出来ないので、ガッコウに行っても勉強出来ませんよ」

「これをインストールなさればよろしいですわよ、ソニックインパルサー。作っておきましたの」

マリーは紋章の付いた胸ポケットを探り、MDくらいの大きさの、白いディスクを取り出した。
それが差し出されたので、あたしはそれを受け取り、眺めてみた。MDよりもちょっと薄くて、軽い。
どちらかと言えば小型のフロッピーに近いディスクを、パルに渡す。

「はい」

「…大丈夫ですよね?」

不安げに、インパルサーはマリーを見上げた。
マリーは腕を組み、にやりとする。その容姿にしては、狡猾な表情だ。

「あら。信用なさらないの?」

「昨日の今日ですから、不安にもなりますよ。一応、信じますけど…」

そうぶつぶつ言いながら、インパルサーは側頭部に手を当てた。
銀色部分を掴んでかちりと捻り、ずるっと引っ張り出す。その中には、何かが填るための溝がある。
細い溝にディスクを当てながら、彼はあたしへ振り向いた。

「何かあったら、逃げて下さいね」

「心配しすぎ」

「ですが」

インパルサーはディスクを読み込みながら、俯いた。

「マリーさんて、末恐ろしいんですもん」



恐る恐る振り返ると、マリーは微笑みを崩していなかった。ああ、せめて怒って。
あたしはフォローしたくとも出来ず、黙り込むしかなかった。どうにもパルは、言い過ぎるきらいがある。
柔らかに波打つ金髪がきらめき、その下で細められていた目が開かれた。もう、笑っていない。
隣で不安げに俯いたままのインパルサーが、がりがりとディスクを読み取っている音が、やけにやかましい。
張り詰めた緊張感で充ち満ちたリビングの空気を感じ、あたしは実感した。


この二人、まだ敵同士だ。



…この場から、逃げて良いですか。







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