Metallic Guy




第十九話 作戦、開始



メタリック・サーガの第一部は予想以上に好評だったらしい。
ステージ前の観客席は、前にも増して観客が集まっていた。嬉しいやら、恥ずかしいやら。
それはひとえに、見た目美形なインパルサーと、正にお姫様のマリーのおかげとしか言いようがない。
リボルバーの役、ルベオンはなぜか子供に受けたらしく、年少者も観客に増えている。良かったね、ボルの助。
鈴音とあたしはあの衣装のせいで、別の意味で注目を集めているようだ。ハイレグと網タイツの効果は凄かった。
ステージの裏から空を見上げると、またあの銀色の機体が見えた。さっきよりも、近付いている。

「来ないでよ」

あたしは、その銀色が心底嫌になった。せっかくの文化祭に、なんでわざわざ戦いなんて。
お祭り騒ぎになっているのは、見れば解るだろうに。ちょっとは遠慮して欲しい。
屋上を見ると、神田はもうナイトレイヴンに乗り込んでいるのか、マスクフェイスが上を見ている。
すかっとした秋晴れの空の中に、無数の敵が来るなんて考えたくもない。その後の、騒ぎも。
イレイザーの感知した機体数から考えて、きっと、インパルサー達の能力はかなり発揮されるだろう。
元々戦闘用だから、それも相当な力に違いない。想像も付かないけど、かなりの破壊力があると思う。
リボルバーは、二千メートル級の宇宙船を一人で撃墜出来るくらいなんだから。
あたしは正直、彼らの力を目の当たりにすることが怖かった。それを見た自分が、恐れてしまうかもしれないから。
そんなことにはなりたくはないけど、絶対にない、とは言い切れない。人間て、勝手だから。

「やだなぁ」

これから始まるであろう戦いが迫るにつれて、自分の弱さが身に染みてくる。
パルはあんなに強いのに、どうしていつもあたしはこうなんだろう。弱すぎて、嫌だ。
隣で出番待ちの鈴音を見ると、彼女も同じように銀色の機影を目で追っていた。
マスカラを乗せた重たそうな睫毛をぴんと上向けて、赤い口元を歪める。

「そうねぇ。なーにも、わざわざ文化祭に来なくたっていいじゃないの」

「元来自分勝手な生き物ですもの、人というものは」

姫君らしさを残した、だけど女勇者のような格好のマリーが呟く。
ベビーピンクのリップグロスが艶やかな唇を突き出し、むくれている。

「けれど勝手すぎますわ。上官侮辱と任務執行妨害と無許可武装で減俸と降格処分、もっと下りますわね」

「上官?」

あたしは、その響きがちょっと意外だった。マリーは、胸元のマント止めの辺りに手を当てる。

「ええ。担当区域は違えど、私は彼らの上官ですわ。あの機体は少佐クラスですから、下に違いありませんわ」

「マリーさんて、結構偉かったんだ」

同じく意外だったのか、鈴音が目を丸める。あたしは、今度はその地位が気になった。

「で、どのくらいの地位なの?」

「そうですわね…地球的に言えば、大佐辺りですかしら。大したことありませんわ」

そう言ったマリーは、にっこり笑った。それって、かなり大したことあるんじゃないですかマリーさん。
伊達に最前線でエースパイロットをやってない、てことか。通りで、命令口調にも違和感がなかったわけだ。

「そろそろ出番ですわね。それでは」

と、マリーは軽く頭を下げてステージ袖へ小走りに向かっていった。大佐なのか、マジで大佐なのか。
あんなに可愛いのに、美少女なのに。それが、大佐。
あたしはそんなに軍の地位とかは知らないけど、響きで偉いってことは解る。絶対に偉い。

「大佐…マリー大佐…」

うわごとのように呟いていた鈴音は額に手を当て、唸る。

「でもアズナブルじゃないから、赤は好きじゃないのね。ツノもないし、金キラでもないし」

「何それ」

「大佐って言ったら、通常の三倍の人でしょ。私はヒャクシキが見た目的には一番好きかな、アズナブルの人のは」

それしか思い付かないの、と鈴音は返し、笑った。あたしにはさっぱりだ。なんだよヒャクシキって。
なんで大佐って言ったら通常の三倍なんだろう。ていうか、何が三倍なんだ。
神田がいれば即答していただろう。あたしは知らないことを、二人はやけに知っているし。
ヲタクの世界は深すぎて、おまけに広すぎてさっぱり理解出来ない。いや、あんまり理解したくないかも。
下手に足を踏み入れたりしたら、後戻りは出来なさそうな気がするから。マジで。




第二部は、比較的順調に進んでいた。
あたしも結構慣れてきたから、そんなにセリフもとちらなくなったし、立ち回りもなんとか出来ていた。
今はサファイスとルベオンの旅の途中で、魔王軍の亡霊兵士達を相手に戦う場面だった。
亡霊兵士がステージの両側から現れるのだが、今はその寸前だ。使い魔役達が入り乱れるまで、もうちょいだ。
サファイスは聖剣を抜き、掲げる。きっと表情を締め、声を上げた。

「死者達よ! 我が聖剣の力を受け、光の元へ帰るがいい!」

「いちいち口上すんなよ、サファイス。時間喰ってるぜ、それ」

肩の上にがつんがつんと剣を乗せながら、ルベオンが嫌そうにする。サファイスは言い返す。

「何を言うルベオン! 聖剣の力を用いるには、精神統一が欠かせないことはお前も知っているだろう!」

「ああ、知ってるとも。嫌んなるくれぇ、そういうのはお師匠さんに叩き込まれたからな」

ルベオンは大きな剣、いわゆるバスタードソードを下ろして辺りを見回した。
アメジスティはその隣で杖を振り下ろし、どん、と足元に突き立てる。

「エナジーフィールド!」

「ホーリーフィールド!」

どん、とあたしもその反対側で杖の先を落とす。これで、防御バリアーが出来たつもりだ。
真上から照射されたライトが、丸くあたし達を照らす。これで、それっぽく見える。
中心に立つエメラルダ姫は目を閉じ、胸の前で両手を組んでいる。

「来ました!」

直後、どやどやと亡霊兵士役の生徒達が駆け込んできた。
一応骸骨っぽいものだから、黒い上に白いラインで骨っぽいものが書いてある。
両脇で二人のナイト達は彼らを斬り付けるふりをし、倒していく。
倒す方も倒れされる方もしっかり練習したおかげで、タイミングが実に丁度良い。
観客席から歓声が上がり、主にサファイスが応援されている。途中で彼は観客席を見、少し笑った。
途端に黄色い声が増幅され、一気に騒がしくなる。美形の威力は物凄い。
あたしは杖で亡霊兵士の槍を受け止めて弾いたりしながら、またちょっと複雑な心境になっていた。
すると、隣に立った亡霊兵士がちょっと動きを止めている。タイミングがずれてしまった。
あたしは慌ててそちらへ振り返り、杖を上げるとその位置へ槍が下ろされた。かん、と棒同士が当たる。

「てぇっ!」

その兵士を弾き飛ばすと、ステージの袖でやよいが合図した。あたしは、杖を突き上げる。

「ラァイトニング!」

カミナリにも似た効果音が鳴り響き、それが終わると同時に杖の先を兵士達へ向けた。

「サンダー!」

すると少し動いていた兵士達は動きを止め、やられた格好になった。よし、打ち合わせ通り。
あたしの背後で、今度はアメジスティが杖を振り上げた。今度の魔法は、確か。

「バーニング!」

ひゅん、と振り下ろされた杖の先が足元に向かう。アメジスティの構えは、ガーネッタより大人っぽい。

「フレイム!」

爆発音にも似た効果音の後、やっぱり兵士達は動かなくなった。魔法の威力は凄い、ってことだ。
散々切り結んでいた二人は、ほぼ同時に最後の一体を切り倒した。これで、全部倒したことになる。
最後の兵士が倒れた後、サファイスは剣を鞘に戻した。ルベオンも、腰の後ろにかちんと戻す。

「やるじゃねぇか、姉ちゃんら」

「当然」

笑うでもなく、アメジスティは杖の先を床に当てた。元に戻ると無愛想、との設定だからこんな口調なのだ。
あたしは同じように、杖の先を足元に当てる。これで、バリアが解除された。

「伊達に魔導師やってませんから」

エメラルダ姫は立ち上がり、にっこり微笑んであたし達を見上げる。

「頼れる方々ですね」

「ルベオンはともかく、私は頼れないとでも?」

不満げに、サファイスが呟く。ルベオンはサファイスに突っ掛かる。

「んだと?」

「正直に評価したまでだ。君の戦法は悪くないのだが、力任せだから効率が悪すぎてならない」

淡々と述べるサファイスに、ルベオンは言い返す気も起きなくなったのか背を向けた。
サファイスは続ける。きつすぎるナイトだ。

「せっかくの聖剣も、君が持てばただのバスタードソードと同じだ。切れ味も鈍ってしまうぞ」

「るせぇ」

「地位と立場で言えば、この場合の隊長は私だ。少しは…」

「てめぇの命令なんざ聞けるか!」

さすがにルベオンも怒って、声を荒げる。この場合、サファイスが悪いと思う。
あたしは二人に近寄り、彼らの間に杖を振り下ろした。ガーネッタは、終始こういう役目なのだ。

「サファイス、ルベオン。あんたら、仲が良いのか悪いのかさっぱりね」

「良いわけがないだろう」

苦々しげに言い返したサファイスに、ルベオンは頷く。

「どこをどう見たら、オレとこいつが仲良しこよしに見えるってんだよ。ガーネッタ」

「ほらあ、良く言うじゃない」

そうあたしが言うと、アメジスティが呟く。

「ケンカするほど仲が良い」

「そんなわけあるかぁ!」

同じタイミングで言い返した二人に、エメラルダ姫は笑う。凄く楽しそうに笑う。
二人は顔を見合わせたが、すぐに逸らしてしまった。結局のところは仲が良いんだよね、この騎士達は。
アメジスティはこちらへ目を向け、口の端だけで少し笑う。

「面白いこと」

「だ、そうだな」

そうにやりとしたサファイスに、ルベオンは嫌そうにする。

「そりゃてめぇのことだろ。何かにつけて型に填めたみてぇなことばっかりで、可笑しくてならねぇ」

「それを言ったら、ルベオンの短絡的な思考も充分に面白いだろう。見ていて、馬鹿馬鹿しくてならない」

と、サファイスも返す。不毛な言い争いだ。
あたしは杖を後ろ手に持ち、数歩下がってエメラルダ姫の隣に立った。

「早く行かなきゃ、って思うんだけど…」

「しばらく、動くことは出来ませんね。あの二人がいなければ、これ以上進むのは難しいですから」

可笑しげに、エメラルダ姫は笑う。なんとも余裕のあるお姫様だ。
アメジスティはちらりと横目に二人のナイトを見たが、また前を見た。

「頼れるのか頼れないのか、よく解らない男達ね」


ここで、一旦幕が下りた。
あたし達はさっさと立ち位置を変えて、どやどやと亡霊兵士達は去っていく。今回もご苦労様。
すると反対側から、上から下まで真っ黒い衣装に身を包んだ、魔王オニキスがやってきた。
といっても、この中の人は神田ではなくて、演劇部員のクラスメイトだ。神田は、既にナイトレイヴンの中にいる。
魔王は片手を挙げて親指を立ててみせ、頷く。

「しっかり行こうぜ!」

あたしはとりあえず頷いたが、かなり張り切っている舞台での魔王役の彼、加藤英司には悪い気がした。
加藤の出番は実質最後まであるのだが、その途中で戦闘が始まってしまうから中断されるのが目に見えている。
その間、ナイトレイヴンもいなくなるから、引っ込んでなきゃならないだろうし。不憫だ。
魔王の長い黒マントを眺めていたインパルサーは、あたしへ身を屈め、嫌そうに口元をひん曲げた。

「英司さんの衣装は、マスターコマンダー思い出しちゃいます」

「ちゃんと押さえてよ」

あたしが言うと、インパルサーは渋い表情のまま、少し敬礼する。

「解っています。けど、やっぱりあのマントは嫌です。英司さんには悪いですが、剥がしたくてなりません」

「あら、あなたもそう思いますの、ソニックインパルサー?」

片手を頬に当てたマリーは、ふう、と息を吐く。

「あの人の長いマントは、私も見るたびにめくりたくてめくりたくて…」

「あ、それは私もなんとなく解るかも」

と、鈴音は頷く。あたしも、マリーさんのはちょっと解るかもしれない。

「…焼きてぇ。思いっ切り、フレイムボンバーかましてやりてぇ」

声を潜めてリボルバーが呟くと、さすがに加藤も気付いたのかこちらを見上げた。
顔の上半分に仮面を付けているから表情は解らないが、明らかにあたし達を怪しんでいる。

「オレは確かに魔王だけどさ、なんか悪いことでもしたか? さっきから、物騒なことばっかり言ってさあ」

「いえ、英司さんには関係のない話です。ただ」

「ただ?」

「ただ僕らは、その衣装に似た服を着ていた人に対して、してみたいことを述べていただけです」

「述べるなよ、そんなもん」

てっきりオレがやられるかと思ったじゃないか、と呟き、加藤は正面を向いた。
あたしは杖を後ろに上げ、こん、とパルに当てた。パルは苦笑しながら、頬を掻く。

「すいません」

ステージを覆い隠す厚い幕の向こうから、観客のざわめきが聞こえてきた。
ちょっと、アイドルにでもなった気分だ。もしくは舞台女優とか。
あたしにはそんな夢はないし、これからも持つことはないだろう。だけど。
こういうのって、気持ちいいかもしれない。出てくることを期待されているのは、悪い気はしない。
第一部と同じ、放送部の子のナレーションが続いている。とうとう魔王の城へ、と聞こえる。
そろそろ、あたし達の旅も終盤だ。長いようで短い演劇も、終わりが近付いていた。




ゆっくりと、幕が上がっていく。観客が、待ちかまえていたようにフラッシュを焚く。
その眩しさは頭上のライトにも負けないくらい凄まじく、最初に比べてかなり数が増えていた。
変な写真が撮られなければいいなぁ、と思いながら、足元に貼られたピンクのビニールテープの前に立つ。
ほぼ反対側に立つ魔王は、こちらに背を向けていた。弱い風で、長いマントがひらひらしている。
数歩前に出たサファイスは胸を張り、すらりと剣を抜いて掲げる。

「魔王オニキス! 二人の麗しき魔導師達を惑わし、エメラルダ姫を攫った貴様は許さん!」

あたしは、一瞬戸惑った。麗しき、ってそんなのセリフに入っていたっけ。
アメジスティは鈴音の顔に戻って、困ったようにあたしと顔を見合わせる。これ、パルのアドリブだ。
一歩前に出たルベオンも、高々と剣を突き上げる。

「貴様の長ったらしいマントを切り裂ける日を、楽しみにここまでやってきたんだからな!」

これもアドリブだ。ていうか、なんでボルの助までいきなり。
魔王の後ろ側のステージ袖を見ると、やよいが凄い勢いでばらばらと台本をめくっている。
一通りめくって、やよいは顔を上げた。おろおろしながら台本を握り締めていて、すっかり混乱している。
アメジスティは杖で軽くルベオンの背を叩くと、彼は少し笑う。心配するな、てことか。
こちらに横顔だけ向けたサファイス、この場合はインパルサーは頷く。そして前を見、二人は声を揃えた。

「数多の命を影の中へ喰らい、あらゆる国へ闇を広げ、この世の光を飲み尽くさんとする貴様を!」


どん、と二人は足を踏み出した。

「許すわけに行かない!」


サファイスは細身の聖剣を斜めに構えて足を広げ、腰を落とす。いつものパルの構えだ。
ルベオンは両足を広げて前傾姿勢になり、大きな剣を突き出す格好をする。これも、いつものボルの助だ。
今までの演技とはまるで違う。二人が戦闘をするときの、あの張り詰めた空気に変わっている。
魔王、加藤はそれを感じているようだったが、感じていないような表情をし、腕を組んで胸を張る。

「だったらどうだ。貴様ら如きの力で、我を打ちのめそうというのか!」

「解ってるじゃねぇか、魔王さんよ」

これは、もうルベオンじゃない。リボルバーだ。
かちりと剣を回したサファイスは片手を挙げ、ばさりとマントを広げてあたしの前を被った。
横目にこちらを見、声を落とした。これも、もうインパルサーだ。

「由佳さん。そろそろ連中が来ますので、準備を」

マントとあたしの影の中で、マリーはどこかから銀色のコントローラーを取り出していた。
彼女はそれを握り締め、口元に指を添えた。

「来ますわよ」

踏み込んだリボルバーは剣を振るうと、がきん、と魔王の剣と当てた。
軽く押し合いながら、魔王へリボルバーは顔を寄せた。観客には聞こえないように、小さく言う。

「悪ぃがこの後のアドリブは任せたぜ、加藤魔王。ちぃとこれから、オレらには仕事があるんでね」

「仕事…?」

訝しげに呟いた魔王に、リボルバーは頷く。

「おうよ」

がちん、と両者の剣が外れた。リボルバーが引いたのだけど、一見すると魔王が押したように見えた。
ずざっと足を擦るようにして下がったリボルバーは、手の甲でぐいっと口元を擦る。

「ちぃっ!」

ちらりとリボルバーがインパルサーへ目配せすると、彼は頷いてその前に出た。

「これは本体ではない! 魔王の、操り人形に過ぎない!」

魔王は一瞬戸惑ったようだが、腹を括ったのかにやりとしながら立ち上がった。

「よく解ったな! そうだ、ここにいる我は真実の我ではない! 我の、真の姿は!」

やけっぱちなのか、声の調子が上擦っている。ここまで調子を合わせてくれるなんて、加藤君はいい人だ。
ばさりと黒マントを広げて、かなり手間の掛かっているであろう重たそうな鎧が露わになる。
マントの下から爪先の尖ったグローブを付けた手が出され、屋上に向けられた。観客の視線も、そちらに向かう。
同時にナイトレイヴンは浮上し、背中の翼の一つを抜いて伸ばし、じゃきんと長いナギナタに変えた。

「あれだぁあああっ!」

加藤魔王は絶叫の後、ぜいぜいと荒く息を繰り返した。早すぎる、とか呟いている。
ステージの袖にもたれながら、やよいは死にそうな顔をしている。ごめんやっちゃん、でも仕方ないんだ。
いかにも悪役っぽい立ち姿のナイトレイヴンは、悠然とこちらを見下ろしている。
観客からは、だと思った、とか、あれも本物?、とか聞こえてくる。うん、全部本物だよ。
ほぼ真下から見上げているせいで、鋭いマスクフェイスの隙間から覗く赤い目が、実に魔王らしい。
その背後、直線上に。ナイトレイヴンの、影になるように。


あの銀色のアドバンサーが、武装を整えて浮かんでいた。


だけどそれは、目を凝らさなければ見えない位置だ。
観客や他の生徒達は、圧倒的な威圧感を誇るナイトレイヴンに目を奪われて、その後ろには気付いていない。
あたしはインパルサーのマントから出ようとしたが、その前にくるりと体を抱え上げられる。
彼の背の翼にマリーは捕まり、銀色の機影を見据えて呟いた。

「あの機体は…」

「行きますよ、由佳さん、マリーさん!」

そう声を上げたインパルサーは、どん、とステージを蹴って高くジャンプした。
するりと滑るようにナイトレイヴンの頭上を抜け、その背後に降りる。
一瞬にして屋上へ視界が切り替わったため、あたしはちょっと戸惑った。すぐ後に、リボルバーも鈴音と来る。
フェンスを蹴ってから中に降りたリボルバーは、ずざりとコンクリートに膝を擦って止まった。
リボルバーの腕から解放された鈴音は、こちらへ振り向いたナイトレイヴンを見上げる。
屋上に来ると、黒い機体と至近距離になった。ナイトレイヴンはゆっくり上昇してから、今一度こちらを見下ろす。
がばん、と勢い良く扉が開き、息を荒げた律子とディフェンサーが駆け込んできた。
その後ろに、クラッシャーとイレイザー、涼平とさゆりがやってきた。クー子は片手を挙げ、軽く振る。

「やほ」


「うぉう、いるいる、オレらの可愛い可愛い部下達が。コアブロックを抜かれて、みーんなただのマシンになってるぜ」

上空を睨みながら、ばきん、とディフェンサーは指の関節を鳴らす。
あたし達には見えないが、確かに彼らの部下達は接近しているようだった。
ディフェンサーのマリンブルーの目が、銀色のアドバンサーで止まる。

「パルスからしてリーダーアドバンサー、それが一機か…まずはあいつを弾いた方がいいが、どうするよ兄貴?」

「弾く前に逃げられるのがオチだな、フォトンディフェンサー」

剥がすようにマントを脱ぎ捨て、剣を外して足元へ転がす。ヘルムも外され、マントの中に投げられた。
リボルバーは肩をぐるりと回してから、ばしんと拳を手のひらに当てる。

「あいつぁ…そこそこ性能がいいな。アーマーの強度がいい上にユニットが上物とくりゃ、こりゃ新型だな」

「私達とあれだけ戦ったのに、まだ新型を作れるお金があるなんて意外ー。ぶっちゃけ有り得ないー」

まだ野球帽を被ったままのクラッシャーが、腰に手を当てる。
背中に付けた二つのブースターから、銀色の円筒が伸ばされて出された。一瞬、強い風が起こった。
ショッキングピンクの吊り上がり気味の大きな瞳が空に向かい、小さな口元が固く締まる。


「報告いたす。レッドサブリーダー機はバルカンタンクが三体に、ブラスタータイプが二体でござる、赤の兄者」

銀色の機影を赤いゴーグルに映しながら、イレイザーが報告する。リボルバーは、ちぃ、と舌打ちする。

「ブルーサブリーダー機はハイジェットタイプが三体に、ロングウィングタイプが二体でござる、青の兄者」

その言葉を聞いたインパルサーは、やはりそうですか、とだけ呟いた。

「イエローサブリーダー機はフルアーマータイプが三体、ダブルシールドタイプが二体でござる、黄の兄者」

上空を見ていたディフェンサーは、心底嫌そうに表情を歪める。

「パープルサブリーダー機は…ユニットチェンジャーが三体、イレイズボマーが一体、サプライタイプが一体」

苦々しげに呟き、イレイザーは片手を握り締める。

「ブラックサブリーダー機は、全てマックスヘビータンクでござる、ヘビークラッシャー…」

一瞬、クラッシャーは泣きそうな顔をしたが、なんとかそれを元に戻した。


「葵どの、残りは全てノーマルマシンソルジャー…だが、くれぐれも油断はなさるな。我らの部下でござるからな」

そう返し、イレイザーは上昇していくナイトレイヴンを目で追った。腰の後ろに手を回し、何かを出す。
手裏剣のようなものを取り出して、その中央をかちりと押した。振りかざし、投げ付ける。

「ぬん!」

がん、とそれがナイトレイヴンの足に張り付いた。黒い機体に、一点だけ紫が付く。
片手を側頭部に当てながら、イレイザーは声を上げた。

「葵どの! それは拙者のユニットの一部でござる、十五分程度なら姿を消せる!」

急上昇したナイトレイヴンは、漆黒の機体が消えた。早速、神田は使ったらしい。
イレイザーはナイトレイヴンが消えた位置を見ながら、続ける。

「だがそれは人に対する目くらましに過ぎぬ、マシンには効かぬでござる。心して挑まれよ、葵どの!」

イレイザーは一度上空へ頷いてから、エプロンを外した。
それを折り畳んでさゆりに渡すと、さゆりは心配げにイレイザーを見上げる。

「いっちゃん」

「大丈夫でござる。兄者方を、拙者を信じて下され」

「うん。帰ってきてね」

泣くのを堪えているのか、さゆりの声は少し震えていた。その頬に手を添え、イレイザーは身を屈める。
二人は慣れた仕草で軽く唇を重ねて、名残惜しげに離れた。あれから、どんどん進展しているらしい。
イレイザーは気恥ずかしげに顔を逸らし、敬礼してからコンクリートを蹴り上げた。

「拙者は先に行く! 拙者の部下共を片付けたら、葵どのの援護に回るでござる!」

あっという間に上昇して消え去った細身のボディを見送り、さゆりはきゅっとエプロンを抱き締めた。
その姿を見、律子はちょっと慌てた様子であたしに顔を向けた。あたしは何も言えず、苦笑する。
ディフェンサーは大きな手で後頭部を掻きつつ、どこか羨ましげな目で弟を見送った。

「んだよ…見せつけやがって」

クラッシャーはイレイザーに続こうと、少し上昇した。
屋上から数メートル離れたが、一度涼平の真上にするりと戻ってくる。
野球帽を外すと、ぽすんとそれを涼平に被せた。

「汚しちゃいけないから、返すー」

「被っとけ」

今し方被らせられた野球帽を頭から外し、クー子に被せ直した。
涼平は最初は目を逸らしたが、クラッシャーを見上げる。

「帰ってきたら、ちゃんと返せよ」

「アイアイサー」

頷き、クラッシャーは高めの敬礼をした。もう、笑顔ではない。
くるっと背を向けて背中のブースターを強めたが、横顔だけ涼平へ向けた。
クラッシャーは何か言おうと口を開き掛けたが、結局何も言わないまま、飛び出していった。
ぶわりと凄まじい風が吹き抜け、一気に小さなボディが空へと消えていく。あたしは、それを目で追う。
ディフェンサーは両腕を掲げ、ばきんとそれを切り離した。

「フォトンシールダー一号機、二号機、射出!」

勢い良く飛び出した大きな腕は、真っ直ぐに空へと向かった。
銀色の機体のすぐ手前で、それらはぴたりと動きを止めた。その直後、銀色の機影が遠ざかる。
一瞬、激しい光が空を覆い尽くした。だがその光はすぐに失せ、またすぐに空が見えた。何が起きたんだろう。
ディフェンサーは両肘から先がない状態のまま、にやりとする。

「ちぇ、避けやがった。エネルギーバランスはこれくらいでいいだろ。どうせ、砲撃量なんて高が知れてる」

「ディフェンサー君、腕…」

律子が覗き込むと、ああ、とディフェイサーは腕を上げた。

「こっちを使うのも、久し振りだな」

じゃこん、と二の腕から腕が飛び出した。あまり大きさのない手を握ったりしていたが、背中に回す。
戦闘機の翼のような背中のアーマーを外すと、それを横に開く。ナイトレイヴンの、武器に似たものが出来た。
アーマーの間に現れた持ち手を握り、ディフェンサーはそれを振り上げながら浮かぶ。

「んじゃ、行ってくる。本当はフォトンディフェンスにしてぇんだけど、ありゃあ眩しすぎてさ」

「ディフェンサー君、それ、エプロン」

律子は片手を伸ばしてエプロンを指すと、ディフェンサーは片手でぽいっとそれを脱ぐ。
ひらひら落ちてきたそれを受け取った律子を、彼はちょっと不満げに見下ろした。
だがすぐに表情を戻し、飛び出していった。
ディフェンサーのエプロンを抱いたまま、律子は小柄な彼の後ろ姿を見送っていた。
が、一歩踏み出して、彼のエプロンを振りかざしながら声を上げる。

「がんばってー!」

ディフェンサーは振り返らなかったが、片手の武器を掲げて振り回してみせた。


ばきん、と指の関節を鳴らしたリボルバーは上空を睨み付けた。
鈴音に背を向け、声を上げる。

「しっかり待っててくれよ、スズ姉さん! なぁに、十五分も掛からねぇよ!」

どん、と足元を蹴り上げたリボルバーは、一直線に飛んでいった。
あたしはその先に、ちらほらと小さな影が見えていることに気付いた。
それはどんどんと増えていて、最初は数える程度だったのに、今はもう無数だ。
隊列を組んでいるのか、あの銀色の機体が真正面にいる。余裕を示すように、こちらを見下ろしていた。
ここまで近付いてやっと気付いたが、その機体の目の色は、ナイトレイヴンとまるで同じだった。
ボディラインもほとんど同じで、ナイトレイヴンを銀色にしたらああなる、というようなものだった。
あたしは髪を押さえ、ふと鈴音へ目をやる。
鈴音はずっと、リボルバーの飛び去った方を見ていて、銀色のナイトレイヴンは目に入っていないようだった。
いつのまにかマリーはいなくなっていて、その代わり、遥か上空に純白の機体が見えた。プラチナだ
空中で静止しているディフェンサーの腕の手前にプラチナは浮かんでいて、武器を抜かずに構えている。
しなやかなボディラインの背に伸ばされた純白の翼には、電流が走り、大きく広げられていた。


戦いは、既に始まっている。



「由佳さん」

あたしは、彼の声に振り返った。
ナイトの扮装を脱いで、マスクを元に戻す。マリンブルーを、口元に被せる。
しゃこん、とレモンイエローのゴーグルで目元を被ってから、あたしに顔を向ける。
背中の翼は、二倍ほどの大きさになっていた。彼が、戦いに行く姿だ。
あたしは何か言おうと思ったが、その前に肩へ腕を回され、すぐに抱き竦められた。
目の前のスカイブルーの胸装甲からは、じんわりとした熱さが、彼の熱が伝わってくる。
肩に当てられた手を軽く押され、あたしは離される。離れてしまうことが、凄く惜しいことに思えた。
インパルサーは、いつもと色の違うあたしの髪を軽く撫でる。

「すぐに、終わらせてきますから。ちゃんとここで、待っていて下さいね」


「パル!」

背中を向けて飛び立とうとした彼を、思わず呼び止めてしまった。
浮かびながら振り返ったパルに、あたしは何も言えなかった。
だけど、何か言いたい。


「いってらっしゃい」

やっと出てきた言葉は、こんなものにしかならなかった。
彼は意外そうにしていたが、敬礼し、頷いた。

「行ってきます」


すぐに、青いボディは上空へ消えていった。
季節の移り変わりと共に青が弱まった空に、存在感のある色のインパルサーは馴染まない。
グラウンドや校舎から聞こえてくるざわめきは、これから始まる事に対しての期待に満ちている。
傍目に見れば、これは演劇の延長でしかないからだ。そう思わせる手筈を踏んできたのだから、当然だ。
パルの起こした風があたしの衣装と髪を揺らし、気を緩めたら霞んでしまいそうな視界を明瞭にさせてくれた。


空に消えたパルの姿は、もう、いくら探しても見つからなかった。

見えるのは。


あの、銀色のアドバンサーだけだった。







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