Metallic Guy




第二十三話 ハッピー・バースディ



にゃあ、と神田の隣でネコノスケが鳴いた。くりっとした丸い目を向け、長い尻尾をぱたぱたさせている。
神田は包みの中身をテーブルにずらっと広げて、あたし達の誕生日プレゼントを睨んでいる。
難解そうに眉を顰めていたが、その視線はあのガチャポンに向かっていた。
一つのカプセルを開けて中身を出して、組み立て終えた。やたら胸のある、足の長い女の子が完成した。
神田は額を押さえ、がっくり項垂れてしまった。そんなにショックだったのか。

「よりによってギャルゲかよ…」

目が顔の半分くらいありそうな、赤っぽいピンクの髪をした女の子がスカート広げて笑っていた。
あまり大きさがないのに造形は細かく出来ていて、いやに派手なセーラー服のシワもきっちり刻まれている。
神田はその美少女をしばらく眺めていたが、はあ、と深く深くため息を吐いた。哀れだ、葵ちゃん。
ぞんざいにフィギュアは押しやられて、今度はロボット兄弟のプレゼントへ目が向けられた。
下手をしたら、いや、普通に見たらガラクタ同然の物ばかり。神田は、子供用リップを手に取る。

「…なんで、こんなもんまで」

キャップを開いて未使用と確認してから、首を捻った。それを置き、ガンダムマーカーと百円ライターを取る。

「ガンダムマーカーは大方リボルバーだろうけど、このライターって誰だよ?」

「あ、それは僕です」

と、インパルサーが挙手する。神田は、じりっとヤスリを回して火を点ける。

「お前ら、本気でオレを祝う気があるのか?」

「たぶんないんじゃない」

さゆりはネコノスケをひっくり返して、黒い毛に覆われた腹を撫で回していた。
横目に妹を見た神田は、苦々しげに呟く。

「お前のいらないもん押し付けるなよ。氷川きよしなんて、オレも興味ないんだから」

火を消したライターを置いた神田は、ペーパーナイフと飴玉の下に隠れていた、涼平のカードを見つけた。
それを裏返した途端、げんなりしてしまった。ザコカードだもんね。

「誰が何を寄越したか、大体解ってきた。つーか、オレもいらないよ攻撃力八なんて」

「防御は三」

と、涼平が付け加えた。聞いているだけで、使えなさそうなカードだ。
神田はその弱小モンスターのカードを、氷川きよしの笑うテレホンカードの上に置いた。

「役にも立たないカードだなぁ…」

一番かさばる文庫本六冊を持ってから、神田は律子へ振り向いた。律子は満面の笑みになる。
律子の文庫本六冊の背表紙を見、神田は、げ、と一声洩らした。内容に気付いたらしい。
ファンシーなリボンの掛けられたおどろおどろしい表紙の文庫本を下ろし、複雑そうな顔になる。
そんな神田の様子をなんとも思っていないのか、律子はにこにこしている。

「面白いよぉ。でも、一気に読んじゃダメだから。怪異が起きるかもしれないからね」

「了解」

あまり気のない声で律子に返し、神田は文庫本の束をどさりと袋に落とした。

「これから寒くなるのになぁ…。せめて夏にしてくれよ」

「葵ちゃんのくせに、ごちゃごちゃぬかすなよ」

まとわりついてきたネコノスケで遊びながら、ディフェンサーがにやりとした。

「ありがたく頂いておけよ? オレのペーパーナイフ」

「お前かよ!」

意外だったのか、神田は変な声を出した。確かに、普通はディフェンサーのものとは思わないよなぁ。
可愛らしい包装のメロン味のキャンディーを握り締めて袋の中に落とし、神田はイレイザーへ振り向いた。

「てことは、これはイレイザーか」

「いかにも」

腕を組んで神田の様子を眺めていたイレイザーが、頷く。いっちゃんのは、まだまともだと思う。
神田は、最後に残されていた網タイツに目をやった。今まで見ないようにしていたらしい。
ペーパーナイフで網タイツを手元に引き寄せた神田は、じっとそれを睨む。かなり警戒されている。
プレゼントの数を数えた後に指折ってなにやら考えていたが、しばらくすると、恐る恐るあたしへ振り向いた。

「まさか、とは思うけど…」

「ごめんそれあたし」

「うぉわ!」

素っ頓狂な声を上げ、神田はのけぞった。予想以上にいい反応だ。
網タイツとあたしを見比べ、複雑そうな表情になる。喜んでいいやら悪いやら、てな感じだ。
困り果てたような目をこちらに向ける神田に、あたしは言う。誤解があっては困るから。

「大丈夫、それ開けてないし使ってないから」

「そういう問題かなぁ…」

網タイツを手に取って眺めたあと、袋の中に戻す。他のプレゼントも中に戻され、全部納められた。
喜べないプレゼントで膨らんだその袋をちらりと見た神田は、いっそ笑えたら、と言いたげな表情をしていた。

「こんなに微妙な気分になった誕生日、初めてだよ」

やっぱり、網タイツはダメだったらしい。
ごめんよ葵ちゃん。マジで。




昼になったので、昼食を頂くことになった。
今回はインパルサーではなく、イレイザーが作ってくれた。彼の手による料理を食べるのは初めてだ。
居酒屋の居候となれば、仕込みの手伝いでもさせられるだろうから、覚えるのは当然と言えば当然だ。
細かく切られた野菜がたっぷり入ったドライカレーの上には、半熟の目玉焼きが乗せられている。
インパルサーの料理よりも、少しばかり味が濃いのは、場所のせいもあるのだろう。居酒屋だし。
半分くらいドライカレーを食べた鈴音は、残しておいた目玉焼きの黄身を崩し、スプーンで広げた。

「うん、なかなか」

「ちょっと辛いくらいかなぁ」

でも、嫌いな辛さじゃない。あたしは、こういうのも結構好きだ。
神田は既にドライカレーを食べ終えていて、水を飲んでいた。なんでいつも、こんなに早いんだろう。
コップを置くと、さゆりを指す。さゆりは神田の数倍遅い速度で、慎重に食べている。

「オレとしちゃ物足りないけどな。まぁ、さゆりに合わせてあるからなんだけど」

「イレイザー君も器用だねぇ」

と、感心したように律子が笑む。さゆりは食べる手を止め、顔を上げた。

「いっちゃんはなんだって出来るの。出来ないのは、接客ぐらいだから」

「さゆりどの…」

困ったように、イレイザーが苦笑する。人見知りは、まだ完全には直っていないようだ。
神田と同じく一足先に食べ終えていた涼平は、さゆりへ顔を向ける。

「そういやあさぁ」

振り向いたさゆりに、涼平は不思議そうに言う。

「神田って、イレイザーのどこがいいんだ?」

「全部」

迷わず即答したさゆりは、コップに半分くらい残っていた水を飲む。
そのまま俯き、気恥ずかしげに笑む。照れているらしい。
興味が湧いてきたのか、クラッシャーがさゆりの隣に降り、首をかしげて彼女を覗き込む。

「具体的にはー?」

「んー…そうだなぁ」

はにかみながら、さゆりはクー子から目を逸らす。膝の上で手を組み、それを見下ろした。
頬が心なしか赤らみ、表情と相まって可愛い。クラッシャーは期待した様子で、胸の前で手を組む。
さゆりは考えをまとめているのか、なかなか言い出さない。あたしは、その相手を見てみた。
つい先程まで厨房側に立っていたのだが、いない。久々に光学迷彩か。
さゆりはそれに気付いたらしく、むっとする。

「隠れることないじゃない」

「引っ張り出してきましょうか?」

厨房を指したインパルサーに、さゆりは首を横に振る。

「いい。すぐに出てくると思うから」

「で、さっちゃんはイレイザー兄さんのどの辺が好きなのー?」

早く続きが聞きたいのか、クラッシャーはわくわくしている。さゆりはクー子を見上げる。

「一番、好きなのは」



「二の腕」



何かをひっくり返したような音が、厨房から響いた。イレイザーが、何か落としたらしい。
あたしも、まさかそう来るとは思っていなかった。普通は性格とか見た目とかだろうに。
なぜ、二の腕。あたしにはさっぱり解らないぞ、その感覚。
さゆりはそれだけでかなり恥ずかしくなってきたのか、照れ笑いした。
重ねたボウルを持ったイレイザーが、厨房から姿を現した。さっき落としたのは、これだったようだ。

「そこ…なのでござるか?」

「うん」

さゆりは頷く。イレイザーは、複雑そうに口元を曲げた。
可笑しそうに肩を震わせていたディフェンサーが、笑い転げた。なぜそこで笑う。
ボウルを抱えたままのイレイザーを見上げ、さゆりは幸せそうに表情を緩めた。

「もっとあるけど、一番はそこなの」

クラッシャーはさゆりの隣に降り、組んだ両手をちょっと前に出してにじり寄る。

「もっとって、他には?」

「そうだなぁ…」

愛おしげに目を細めながら、さゆりはイレイザーを見つめた。

「まず、ずっと一緒にいてくれるでしょ。約束もほとんど破らないし、失敗だってあんまりしない」

突っ立ったイレイザーは、同じようにさゆりを見下ろしている。
赤いゴーグルの色が、徐々に強くなっていく。こちらもこちらで照れているようだ。
さゆりは少し間を置いてから、続ける。

「影丸で素振りしてるときの動きが凄く綺麗だし、ネコノスケの抱っこの仕方だって間違ってない」


「んで、シャドウイレイザーはさゆりんのどこがいいんだよ?」

にやにやしながら、ディフェンサーがイレイザーを突いた。なんだよ、そのさゆりんて。
多少よろけたイレイザーはボウルで顔を隠し、消え入りそうな声で呟く。

「その…やはり、さゆりどのの全てにござる。強いて、挙げれば」

ボウルに反響しているのか、声が籠もっている。イレイザーは、言葉に詰まりながらも続ける。

「えと、とにかく、全てに置いて、さゆりどのは愛らしいのでござる」

「それだけですか?」

と、インパルサーが茶化すと、イレイザーは困り果てたのか腰を引いてしまった。
だがなんとか踏み止まると、顔を上げる。やっとボウルを手放して、厨房に置いた。

「無論、それだけではござらん! だが、挙げていけば切りがないのでござる」

「よぉく解るぜ、そういうの」

そう言いながら、リボルバーがにやりとした。パルは心底同意したのか、深く頷いている。
ディフェンサーは顔を逸らし、あらぬ方向を見上げてにやついていた。三者三様だ。
じっとイレイザーの様子を見ていたさゆりは、あ、と小さく思い出したような声を出した。

「それとね」

「それと?」

目を輝かせながら、クラッシャーは更に距離を詰める。やよいみたいだなぁ。
さゆりは、んー、と声を洩らす。頬を赤らめ、顔を逸らした。
今までと違って言いづらいのか、そのまま黙り込んでしまった。可愛いなぁ。
当のイレイザーは、兄弟達のにやにやした視線を浴びているせいか、逃げ腰になっている。
膝の上に置いた手を組んださゆりは、上目にイレイザーを見、小さく呟いた。

「それと。んと、結婚したいなぁって言ってみたら」



「いいよって、いっちゃんが」



とうとう、さゆりは真っ赤になってしまった。イレイザーは困ったような、だけど嬉しそうな顔だ。
クラッシャーはそこまで聞いて満足したのか、きゃあーん、と声を上げている。
律子は驚いたやら困ったやらなのか、おろおろしている。その気持ち、ちょっと解る。
割に平然としているのは鈴音だけで、涼平は二人のラブラブぶりに圧倒されているようだった。
結婚と聞いて意気込んだのか、インパルサーは立ち上がって拳を突き上げた。

「そういうことなら、さっさとしましょうさっさと! ケーキは五段重ねぐらいにしましょうか!」

「やっぱ教会でドレスでブーケでオープンカーだよねー! 空き缶ガラガラ引き摺ってさぁー!」

と、クラッシャーも調子を合わせる。リボルバーが、にやりとした笑みを浮かべた。

「オレらに戸籍はねぇから、婿養子にでもなっちまえ。神田イレイザーにでも、なんでもよ」

「そしたら、葵ちゃんがオレの義弟になっちまうのかよ」

嫌そうに言うディフェンサーに、神田が言い返す。

「まだそうと決まったわけじゃないし、オレもお前と親戚にはなりたくない」


「…新婚旅行は」

そう呟いたイレイザーに、さゆりは一際嬉しそうに微笑む。

「どこだって」


もう、どこまでも行っちゃってくれ。この二人は恋じゃない、愛に達している。
あたしはすっかり二人の世界を造り上げたさゆりとイレイザーを、もう直視出来なかった。
見ている方が恥ずかしくなるくらい、ラブラブだ。あたし達の中で、実は一番進展していたようだ。
鈴音が口元を押さえて俯いたが、目は笑っている。深く息を吐いてから、呟いた。

「…見てるだけで口から砂糖が出そうだわ、マジで」

「でも、結婚はまだ無理だよね。さゆりちゃんは五年生だから十一歳だし、イレイザー君も実年齢は九歳だし」

と、律子が残念そうにする。確かに、言われてみればそうだ。
すると、イレイザーはゴーグルの中央辺りを押さえる。いっちゃん的には、そこが目元なのだろうか。

「それなのでござるよ。この国では、男子が十八で女子が十六だと聞く。拙者がそこまで到達するには」

「あと九年」

切なそうに、さゆりが目を伏せる。本気で結婚する気らしい。
だがすぐにきっと唇を締め、両手を握り締めてイレイザーを見上げる。

「でも、待つの。十年じゃないし、すぐに過ぎちゃうよ」

「ああ、そうでござるな」

深く頷いたイレイザーに、さゆりは縋り付く。どこまでもラブラブだ。
さゆりがずり落ちない程度に背を丸めて屈みながら、イレイザーは、ふと顔を上げた。
途端にさゆりを放し、ずざっと身を引いた。さすがにこの状況では、それ以上出来ないらしい。
さゆりも気付いたようで、あうー、とか変な声を出しながら顔を覆う。恥ずかしくなってきたようだ。
つい先程までラブラブっぷりを見せつけていた二人を見比べ、クラッシャーは組んだ両手を胸の前に掲げる。

「いいなぁー、さっちゃんもイレイザー兄さんも。私も結婚したいー」


すると。
揃えたように、四人の兄達の視線が涼平に向かった。なんでだよ。
ばきん、と拳を手のひらに当てながら、リボルバーはやけに凶悪な笑顔になる。悪役の顔だ。
片手を挙げたインパルサーも、がしりと手を握り締めた。何をやる気になっているんだ、パルまで。
ディフェンサーは立ち上がり、イレイザーは両手の甲からしゃきんと銀色のクローを伸ばした。
リボルバーはライムイエローの目を強めながら、にっと口元を広げる。

「セオリー通りでなんだが、手ぇ出すのはオレらを全員倒したあとだ」

「そういうことでしたら、手加減はしませんよ。遠慮もしませんからね」

「大事な大事な末っ子だからな。それを任せられるほどの野郎かどうか、ちょいと確かめるだけさ」

「うむ」

殺気立ってきた四人の兄達の姿に、涼平は口をぱかんと開いて呆れ果てていた。あたしもそんな気分だ。
当のクラッシャーは、きょとんと目を丸めている。しばらくして落ち着いたのか、涼平はやっと口を閉じた。
立ち上がると、兄達を指して反論する。さすがに言い返したかったようだ。

「だからなんでいっつもそうなるんだよ、パル兄まで! オレは別に、クー子のことは」

「ひどいわ涼、私という者がありながらー」

腰を捻りながら、クー子は口元へ手を寄せる。変なポーズだ。
涼平はクラッシャーへ振り返り、力一杯否定する。

「なんでお前もそうなるんだよ! オレはなぁ!」

でも、さすがにそれ以上続けなかった。結構、自制心がある。
涼平は苛立ち紛れに、コップに残った水を全部飲んで、がん、とテーブルに置いた。

「あーもう…」

「考えてみたらさ」

このままやさぐれてしまいそうな弟に、あたしはちょっと言ってみた。

「あ?」

「立場的には、一番あんたが大変だよね」

「んなこと、姉ちゃんに言われなくても解ってるよ」

また座った涼平は、ずるりとテーブルの上にへたれ込んだ。相当気力を消耗したらしい。

「クー子だけならまだいいんだ、まだ…」

「茨道だね」

と、さゆりが涼平に呟いた。ちらりとさゆりを見、涼平は肩を落とす。

「だーからだなぁ…」

クラッシャーは涼平の隣に降り、ぽんぽんと励ますように肩を叩いた。
もう何か言い返す気も起きないのか、涼平は変な声を洩らしながら潰れていた。
頑張れ、弟よ。兄達のシスコンがなくなる、その日まで。




「はい、どうぞ」

インパルサーがあたし達の前に並べたのは、つるんと滑らかなコーヒーゼリーだった。
これが、神田の誕生日ケーキの代わりになる。ついでに、お昼のデザートでもある。
神田に合わせてあるせいか、そのままで食べると甘さ控えめで苦い。当然と言えば当然だけど。
あたしがガムシロップとミルクを掛けて食べていると、インパルサーが解説する。

「せっかくなので、コーヒーリキュールを落としてみたんです。大した量じゃありませんけど」

「結構手が込んでるんだなぁ」

感心したように神田が言うと、インパルサーは手を横に振った。

「いえ、そうでもありませんよ。ただ、他にあまり甘くないお菓子を思い付かなかっただけで」

「ホントに、なんでここまでするんだか。いっそ感心するな」

と、神田が笑うと、インパルサーはがしがしと頬を掻いた。

「そうですか?」

「そうさ。オレとお前は、そんなにいい関係ってわけでもないだろ?」

何も掛けないまま、神田はまたコーヒーゼリーを食べ続けた。
半分以上食べてしまってから、インパルサーを見上げる。

「そんな相手になぁ…。オレには、インパルサーみたいなことは出来ないかな」

「それとこれとは別なんですよ、葵さん」

コーヒーゼリーを乗せていた盆を抱え、インパルサーは人差し指を立てて軽く振った。
確かに普通であれば、恋敵である相手の誕生日なんて祝いたくもないだろう。あたしには出来ない。
だけどパルがそれを出来るのは、神田が恋敵である以前に、友達だからということなんだろうか。

「おいしいですか?」

インパルサーはあたしを見、少し首を傾げた。あたしは頷く。

「うん、ちゃんとおいしいから」


不意に、神田の足元で丸まっていたネコノスケが立ち上がった。
とたとたと歩いて、引き戸の前に止まる。長い尻尾を振りながら、にゃあ、と一声上げた。
外から引き戸が開かれると、ネコノスケは外に出てしまう。また外で、にゃあ、と声がした。
からからと軽い音と共に完全に戸が開かれると、そこにはネコノスケを抱いたマリーが立っていた。
いつもの淡い色合いの服装ではなく、かっちりした感じのグレーのジャケットと、黒いミニスカート姿。
少しヒールのある靴のせいか、高い足音を立てながら、近付いてきた。

「ごきげんよう」

「マリーさん、用事終わったんですか?」

神田が尋ねると、マリーはネコノスケを足元へ下ろしてから神田を見上げる。

「ええ。終わりましたし、せっかく葵さんが十七歳になられたのですから、プレゼントを持って参りましたの」

「…プレゼント?」

今までの前例のせいか、神田が恐る恐る呟いた。マリーは頷く。

「先日の戦闘の際に、葵さんは、ほぼ自力でノーマルマシンソルジャーを百機撃墜いたしましたでしょ?」

「え、まあ」

生返事をした神田に、マリーは両手を重ねて頬の横に傾けた。

「その戦績を認めるよう本部を丸め込みまして、許可を下ろさせましたの。パイロット登録の変更許可を」



「葵さん」

マリーは重ねた両手を胸の前で組み、満面の笑みを浮かべる。

「今日からナイトレイヴンは、完全にあなたのものですわ」



ゆっくり立ち上がった神田は、まじまじとマリーを見下ろした。
今し方言われたことを信じられなかったようで、目を見開いて呆然としている。
一分ほど経って深呼吸してから、やっと神田は言葉を発した。

「マジ…ですか?」

「ええ」

深く頷き、マリーは神田を見上げる。

「いい誕生日プレゼントが出来ましたわ」

肩から提げた小さなポシェットから、二つ折りの携帯電話ほどの大きさのものを取り出した。
マリーはそれを開いて少し操作し、液晶パネルのような部分を上へ向ける。淡い光が伸び、立体映像が現れる。
たぶん学生証と思しき神田の顔写真と、その周囲に並ぶ、あの読めない文字が表示されていた。
そして、中心に直立するのは、紛れもなくナイトレイヴンだった。すらりとした黒いボディが、回っている。
ホログラフィーを神田に向けながら、マリーは軍人の顔になる。

「銀河連邦政府軍大佐、マリー・ゴールド直属の地球特別隊員として登録いたしましたわ、葵さん」

ぱちん、とコンピューターを閉じてホログラフィーを消し、マリーは表情を元に戻す。

「といっても、扱いは以前と変わりませんけれど。訓練も引き続き行いますわ。今までずっと、あの機体はレイヴンのものとして登録されていましたけれど、さすがにもうあの人が乗ることはないと思いますわ。ですからいっそ、葵さんのものとした方がよろしいと思いましたの」

「隊員…」

信じられないような顔をして、神田は左手首に巻いているコントローラーを眺めた。
しばらくすると、ようやく喜びが沸き上がってきたのか、ぐっと拳を握って唸っている。
やっとまともなプレゼントをもらえたからか、余計に嬉しそうだった。良かったね、葵ちゃん。
畳の上から床に降りてマリーの両手を掴むと、それを持ち上げて深々と頭を下げる。

「ありがとうございますマリーさん! マリーさんて、ホントはいい人だったんすね!」

「何を今更おっしゃいますの?」

にっこりと微笑み、マリーは歓喜に満ち溢れた神田の手を下ろさせる。
それを放して体の前で手を組むと、体を傾げて、あたし達のいるテーブルを見上げた。

「あら、珍しい。お誕生日なのに、ケーキはありませんのね」

「神田君、甘いの好きじゃないんで」

あたしが説明すると、マリーは意外そうに目を丸める。あらあら、と頬に手を添えた。

「同じ機体に乗っているのに、レイヴンとはまるで逆ですわね」

「そっちの方が意外だわー」

と、鈴音が言うと、マリーは何か思い出したのか、くすりと笑う。

「あの人は凄いのですわよ。放っておけば、いくらでも甘い物を食べてしまいますの」

「…いくらでも?」

そう呟いた律子に、マリーは顔を向ける。両手を広げて丸い形を作り、こちらに示す。

「ええ。ケーキを一ホールで済むならまだいい方なのですけれど、二つ三つ食べてしまうことがありましたわ」


「…うっわぁ」

聞いただけで、胸焼けを起こしそうな話だ。あたしは、思わず変な声が出てしまった。
腕を組み、鈴音は壁にもたれた。こっちは平然としている。そうか、鈴ちゃんもかなりの甘党だったっけ。

「一つはやったことあるけど、二つ三つって…どういう腹してるのよ」

「腹が異空間なんじゃねぇの?」

げんなりしたように、涼平が言う。さゆりが、きっと眉を顰めた。

「ブラックホール…」

想像も付かない。ケーキなんて、一切れか二切れ食べるので精一杯なのに。
それを、ホールで。しかも二つか三つ。理解なんて出来ないし、常識の範疇じゃない。
それどころか、胃袋の大きさが恐ろしい。地球人とユニオン人じゃ、そんなに違うのか。
考えてみればマリーも体格の割によく食べるし、その倍近い体格のレイヴンなら出来るかもしれない。
けど、けど。物事には、限度ってものがあるだろうに。ああ、本気で胸焼けしそうだ。
だけどマリーとしては普通の話をしたつもりなのか、あたし達の反応を不思議がっている。


銀河の、ユニオンの普通って。一体。






04 7/1