にゃあ、と神田の隣でネコノスケが鳴いた。くりっとした丸い目を向け、長い尻尾をぱたぱたさせている。 神田は包みの中身をテーブルにずらっと広げて、あたし達の誕生日プレゼントを睨んでいる。 難解そうに眉を顰めていたが、その視線はあのガチャポンに向かっていた。 一つのカプセルを開けて中身を出して、組み立て終えた。やたら胸のある、足の長い女の子が完成した。 神田は額を押さえ、がっくり項垂れてしまった。そんなにショックだったのか。 「よりによってギャルゲかよ…」 目が顔の半分くらいありそうな、赤っぽいピンクの髪をした女の子がスカート広げて笑っていた。 あまり大きさがないのに造形は細かく出来ていて、いやに派手なセーラー服のシワもきっちり刻まれている。 神田はその美少女をしばらく眺めていたが、はあ、と深く深くため息を吐いた。哀れだ、葵ちゃん。 ぞんざいにフィギュアは押しやられて、今度はロボット兄弟のプレゼントへ目が向けられた。 下手をしたら、いや、普通に見たらガラクタ同然の物ばかり。神田は、子供用リップを手に取る。 「…なんで、こんなもんまで」 キャップを開いて未使用と確認してから、首を捻った。それを置き、ガンダムマーカーと百円ライターを取る。 「ガンダムマーカーは大方リボルバーだろうけど、このライターって誰だよ?」 「あ、それは僕です」 と、インパルサーが挙手する。神田は、じりっとヤスリを回して火を点ける。 「お前ら、本気でオレを祝う気があるのか?」 「たぶんないんじゃない」 さゆりはネコノスケをひっくり返して、黒い毛に覆われた腹を撫で回していた。 横目に妹を見た神田は、苦々しげに呟く。 「お前のいらないもん押し付けるなよ。氷川きよしなんて、オレも興味ないんだから」 火を消したライターを置いた神田は、ペーパーナイフと飴玉の下に隠れていた、涼平のカードを見つけた。 それを裏返した途端、げんなりしてしまった。ザコカードだもんね。 「誰が何を寄越したか、大体解ってきた。つーか、オレもいらないよ攻撃力八なんて」 「防御は三」 と、涼平が付け加えた。聞いているだけで、使えなさそうなカードだ。 神田はその弱小モンスターのカードを、氷川きよしの笑うテレホンカードの上に置いた。 「役にも立たないカードだなぁ…」 一番かさばる文庫本六冊を持ってから、神田は律子へ振り向いた。律子は満面の笑みになる。 律子の文庫本六冊の背表紙を見、神田は、げ、と一声洩らした。内容に気付いたらしい。 ファンシーなリボンの掛けられたおどろおどろしい表紙の文庫本を下ろし、複雑そうな顔になる。 そんな神田の様子をなんとも思っていないのか、律子はにこにこしている。 「面白いよぉ。でも、一気に読んじゃダメだから。怪異が起きるかもしれないからね」 「了解」 あまり気のない声で律子に返し、神田は文庫本の束をどさりと袋に落とした。 「これから寒くなるのになぁ…。せめて夏にしてくれよ」 「葵ちゃんのくせに、ごちゃごちゃぬかすなよ」 まとわりついてきたネコノスケで遊びながら、ディフェンサーがにやりとした。 「ありがたく頂いておけよ? オレのペーパーナイフ」 「お前かよ!」 意外だったのか、神田は変な声を出した。確かに、普通はディフェンサーのものとは思わないよなぁ。 可愛らしい包装のメロン味のキャンディーを握り締めて袋の中に落とし、神田はイレイザーへ振り向いた。 「てことは、これはイレイザーか」 「いかにも」 腕を組んで神田の様子を眺めていたイレイザーが、頷く。いっちゃんのは、まだまともだと思う。 神田は、最後に残されていた網タイツに目をやった。今まで見ないようにしていたらしい。 ペーパーナイフで網タイツを手元に引き寄せた神田は、じっとそれを睨む。かなり警戒されている。 プレゼントの数を数えた後に指折ってなにやら考えていたが、しばらくすると、恐る恐るあたしへ振り向いた。 「まさか、とは思うけど…」 「ごめんそれあたし」 「うぉわ!」 素っ頓狂な声を上げ、神田はのけぞった。予想以上にいい反応だ。 網タイツとあたしを見比べ、複雑そうな表情になる。喜んでいいやら悪いやら、てな感じだ。 困り果てたような目をこちらに向ける神田に、あたしは言う。誤解があっては困るから。 「大丈夫、それ開けてないし使ってないから」 「そういう問題かなぁ…」 網タイツを手に取って眺めたあと、袋の中に戻す。他のプレゼントも中に戻され、全部納められた。 喜べないプレゼントで膨らんだその袋をちらりと見た神田は、いっそ笑えたら、と言いたげな表情をしていた。 「こんなに微妙な気分になった誕生日、初めてだよ」 やっぱり、網タイツはダメだったらしい。 ごめんよ葵ちゃん。マジで。 昼になったので、昼食を頂くことになった。 今回はインパルサーではなく、イレイザーが作ってくれた。彼の手による料理を食べるのは初めてだ。 居酒屋の居候となれば、仕込みの手伝いでもさせられるだろうから、覚えるのは当然と言えば当然だ。 細かく切られた野菜がたっぷり入ったドライカレーの上には、半熟の目玉焼きが乗せられている。 インパルサーの料理よりも、少しばかり味が濃いのは、場所のせいもあるのだろう。居酒屋だし。 半分くらいドライカレーを食べた鈴音は、残しておいた目玉焼きの黄身を崩し、スプーンで広げた。 「うん、なかなか」 「ちょっと辛いくらいかなぁ」 でも、嫌いな辛さじゃない。あたしは、こういうのも結構好きだ。 神田は既にドライカレーを食べ終えていて、水を飲んでいた。なんでいつも、こんなに早いんだろう。 コップを置くと、さゆりを指す。さゆりは神田の数倍遅い速度で、慎重に食べている。 「オレとしちゃ物足りないけどな。まぁ、さゆりに合わせてあるからなんだけど」 「イレイザー君も器用だねぇ」 と、感心したように律子が笑む。さゆりは食べる手を止め、顔を上げた。 「いっちゃんはなんだって出来るの。出来ないのは、接客ぐらいだから」 「さゆりどの…」 困ったように、イレイザーが苦笑する。人見知りは、まだ完全には直っていないようだ。 神田と同じく一足先に食べ終えていた涼平は、さゆりへ顔を向ける。 「そういやあさぁ」 振り向いたさゆりに、涼平は不思議そうに言う。 「神田って、イレイザーのどこがいいんだ?」 「全部」 迷わず即答したさゆりは、コップに半分くらい残っていた水を飲む。 そのまま俯き、気恥ずかしげに笑む。照れているらしい。 興味が湧いてきたのか、クラッシャーがさゆりの隣に降り、首をかしげて彼女を覗き込む。 「具体的にはー?」 「んー…そうだなぁ」 はにかみながら、さゆりはクー子から目を逸らす。膝の上で手を組み、それを見下ろした。 頬が心なしか赤らみ、表情と相まって可愛い。クラッシャーは期待した様子で、胸の前で手を組む。 さゆりは考えをまとめているのか、なかなか言い出さない。あたしは、その相手を見てみた。 つい先程まで厨房側に立っていたのだが、いない。久々に光学迷彩か。 さゆりはそれに気付いたらしく、むっとする。 「隠れることないじゃない」 「引っ張り出してきましょうか?」 厨房を指したインパルサーに、さゆりは首を横に振る。 「いい。すぐに出てくると思うから」 「で、さっちゃんはイレイザー兄さんのどの辺が好きなのー?」 早く続きが聞きたいのか、クラッシャーはわくわくしている。さゆりはクー子を見上げる。 「一番、好きなのは」 「二の腕」 何かをひっくり返したような音が、厨房から響いた。イレイザーが、何か落としたらしい。 あたしも、まさかそう来るとは思っていなかった。普通は性格とか見た目とかだろうに。 なぜ、二の腕。あたしにはさっぱり解らないぞ、その感覚。 さゆりはそれだけでかなり恥ずかしくなってきたのか、照れ笑いした。 重ねたボウルを持ったイレイザーが、厨房から姿を現した。さっき落としたのは、これだったようだ。 「そこ…なのでござるか?」 「うん」 さゆりは頷く。イレイザーは、複雑そうに口元を曲げた。 可笑しそうに肩を震わせていたディフェンサーが、笑い転げた。なぜそこで笑う。 ボウルを抱えたままのイレイザーを見上げ、さゆりは幸せそうに表情を緩めた。 「もっとあるけど、一番はそこなの」 クラッシャーはさゆりの隣に降り、組んだ両手をちょっと前に出してにじり寄る。 「もっとって、他には?」 「そうだなぁ…」 愛おしげに目を細めながら、さゆりはイレイザーを見つめた。 「まず、ずっと一緒にいてくれるでしょ。約束もほとんど破らないし、失敗だってあんまりしない」 突っ立ったイレイザーは、同じようにさゆりを見下ろしている。 赤いゴーグルの色が、徐々に強くなっていく。こちらもこちらで照れているようだ。 さゆりは少し間を置いてから、続ける。 「影丸で素振りしてるときの動きが凄く綺麗だし、ネコノスケの抱っこの仕方だって間違ってない」 「んで、シャドウイレイザーはさゆりんのどこがいいんだよ?」 にやにやしながら、ディフェンサーがイレイザーを突いた。なんだよ、そのさゆりんて。 多少よろけたイレイザーはボウルで顔を隠し、消え入りそうな声で呟く。 「その…やはり、さゆりどのの全てにござる。強いて、挙げれば」 ボウルに反響しているのか、声が籠もっている。イレイザーは、言葉に詰まりながらも続ける。 「えと、とにかく、全てに置いて、さゆりどのは愛らしいのでござる」 「それだけですか?」 と、インパルサーが茶化すと、イレイザーは困り果てたのか腰を引いてしまった。 だがなんとか踏み止まると、顔を上げる。やっとボウルを手放して、厨房に置いた。 「無論、それだけではござらん! だが、挙げていけば切りがないのでござる」 「よぉく解るぜ、そういうの」 そう言いながら、リボルバーがにやりとした。パルは心底同意したのか、深く頷いている。 ディフェンサーは顔を逸らし、あらぬ方向を見上げてにやついていた。三者三様だ。 じっとイレイザーの様子を見ていたさゆりは、あ、と小さく思い出したような声を出した。 「それとね」 「それと?」 目を輝かせながら、クラッシャーは更に距離を詰める。やよいみたいだなぁ。 さゆりは、んー、と声を洩らす。頬を赤らめ、顔を逸らした。 今までと違って言いづらいのか、そのまま黙り込んでしまった。可愛いなぁ。 当のイレイザーは、兄弟達のにやにやした視線を浴びているせいか、逃げ腰になっている。 膝の上に置いた手を組んださゆりは、上目にイレイザーを見、小さく呟いた。 「それと。んと、結婚したいなぁって言ってみたら」 「いいよって、いっちゃんが」 とうとう、さゆりは真っ赤になってしまった。イレイザーは困ったような、だけど嬉しそうな顔だ。 クラッシャーはそこまで聞いて満足したのか、きゃあーん、と声を上げている。 律子は驚いたやら困ったやらなのか、おろおろしている。その気持ち、ちょっと解る。 割に平然としているのは鈴音だけで、涼平は二人のラブラブぶりに圧倒されているようだった。 結婚と聞いて意気込んだのか、インパルサーは立ち上がって拳を突き上げた。 「そういうことなら、さっさとしましょうさっさと! ケーキは五段重ねぐらいにしましょうか!」 「やっぱ教会でドレスでブーケでオープンカーだよねー! 空き缶ガラガラ引き摺ってさぁー!」 と、クラッシャーも調子を合わせる。リボルバーが、にやりとした笑みを浮かべた。 「オレらに戸籍はねぇから、婿養子にでもなっちまえ。神田イレイザーにでも、なんでもよ」 「そしたら、葵ちゃんがオレの義弟になっちまうのかよ」 嫌そうに言うディフェンサーに、神田が言い返す。 「まだそうと決まったわけじゃないし、オレもお前と親戚にはなりたくない」 「…新婚旅行は」 そう呟いたイレイザーに、さゆりは一際嬉しそうに微笑む。 「どこだって」 もう、どこまでも行っちゃってくれ。この二人は恋じゃない、愛に達している。 あたしはすっかり二人の世界を造り上げたさゆりとイレイザーを、もう直視出来なかった。 見ている方が恥ずかしくなるくらい、ラブラブだ。あたし達の中で、実は一番進展していたようだ。 鈴音が口元を押さえて俯いたが、目は笑っている。深く息を吐いてから、呟いた。 「…見てるだけで口から砂糖が出そうだわ、マジで」 「でも、結婚はまだ無理だよね。さゆりちゃんは五年生だから十一歳だし、イレイザー君も実年齢は九歳だし」 と、律子が残念そうにする。確かに、言われてみればそうだ。 すると、イレイザーはゴーグルの中央辺りを押さえる。いっちゃん的には、そこが目元なのだろうか。 「それなのでござるよ。この国では、男子が十八で女子が十六だと聞く。拙者がそこまで到達するには」 「あと九年」 切なそうに、さゆりが目を伏せる。本気で結婚する気らしい。 だがすぐにきっと唇を締め、両手を握り締めてイレイザーを見上げる。 「でも、待つの。十年じゃないし、すぐに過ぎちゃうよ」 「ああ、そうでござるな」 深く頷いたイレイザーに、さゆりは縋り付く。どこまでもラブラブだ。 さゆりがずり落ちない程度に背を丸めて屈みながら、イレイザーは、ふと顔を上げた。 途端にさゆりを放し、ずざっと身を引いた。さすがにこの状況では、それ以上出来ないらしい。 さゆりも気付いたようで、あうー、とか変な声を出しながら顔を覆う。恥ずかしくなってきたようだ。 つい先程までラブラブっぷりを見せつけていた二人を見比べ、クラッシャーは組んだ両手を胸の前に掲げる。 「いいなぁー、さっちゃんもイレイザー兄さんも。私も結婚したいー」 すると。 揃えたように、四人の兄達の視線が涼平に向かった。なんでだよ。 ばきん、と拳を手のひらに当てながら、リボルバーはやけに凶悪な笑顔になる。悪役の顔だ。 片手を挙げたインパルサーも、がしりと手を握り締めた。何をやる気になっているんだ、パルまで。 ディフェンサーは立ち上がり、イレイザーは両手の甲からしゃきんと銀色のクローを伸ばした。 リボルバーはライムイエローの目を強めながら、にっと口元を広げる。 「セオリー通りでなんだが、手ぇ出すのはオレらを全員倒したあとだ」 「そういうことでしたら、手加減はしませんよ。遠慮もしませんからね」 「大事な大事な末っ子だからな。それを任せられるほどの野郎かどうか、ちょいと確かめるだけさ」 「うむ」 殺気立ってきた四人の兄達の姿に、涼平は口をぱかんと開いて呆れ果てていた。あたしもそんな気分だ。 当のクラッシャーは、きょとんと目を丸めている。しばらくして落ち着いたのか、涼平はやっと口を閉じた。 立ち上がると、兄達を指して反論する。さすがに言い返したかったようだ。 「だからなんでいっつもそうなるんだよ、パル兄まで! オレは別に、クー子のことは」 「ひどいわ涼、私という者がありながらー」 腰を捻りながら、クー子は口元へ手を寄せる。変なポーズだ。 涼平はクラッシャーへ振り返り、力一杯否定する。 「なんでお前もそうなるんだよ! オレはなぁ!」 でも、さすがにそれ以上続けなかった。結構、自制心がある。 涼平は苛立ち紛れに、コップに残った水を全部飲んで、がん、とテーブルに置いた。 「あーもう…」 「考えてみたらさ」 このままやさぐれてしまいそうな弟に、あたしはちょっと言ってみた。 「あ?」 「立場的には、一番あんたが大変だよね」 「んなこと、姉ちゃんに言われなくても解ってるよ」 また座った涼平は、ずるりとテーブルの上にへたれ込んだ。相当気力を消耗したらしい。 「クー子だけならまだいいんだ、まだ…」 「茨道だね」 と、さゆりが涼平に呟いた。ちらりとさゆりを見、涼平は肩を落とす。 「だーからだなぁ…」 クラッシャーは涼平の隣に降り、ぽんぽんと励ますように肩を叩いた。 もう何か言い返す気も起きないのか、涼平は変な声を洩らしながら潰れていた。 頑張れ、弟よ。兄達のシスコンがなくなる、その日まで。 「はい、どうぞ」 インパルサーがあたし達の前に並べたのは、つるんと滑らかなコーヒーゼリーだった。 これが、神田の誕生日ケーキの代わりになる。ついでに、お昼のデザートでもある。 神田に合わせてあるせいか、そのままで食べると甘さ控えめで苦い。当然と言えば当然だけど。 あたしがガムシロップとミルクを掛けて食べていると、インパルサーが解説する。 「せっかくなので、コーヒーリキュールを落としてみたんです。大した量じゃありませんけど」 「結構手が込んでるんだなぁ」 感心したように神田が言うと、インパルサーは手を横に振った。 「いえ、そうでもありませんよ。ただ、他にあまり甘くないお菓子を思い付かなかっただけで」 「ホントに、なんでここまでするんだか。いっそ感心するな」 と、神田が笑うと、インパルサーはがしがしと頬を掻いた。 「そうですか?」 「そうさ。オレとお前は、そんなにいい関係ってわけでもないだろ?」 何も掛けないまま、神田はまたコーヒーゼリーを食べ続けた。 半分以上食べてしまってから、インパルサーを見上げる。 「そんな相手になぁ…。オレには、インパルサーみたいなことは出来ないかな」 「それとこれとは別なんですよ、葵さん」 コーヒーゼリーを乗せていた盆を抱え、インパルサーは人差し指を立てて軽く振った。 確かに普通であれば、恋敵である相手の誕生日なんて祝いたくもないだろう。あたしには出来ない。 だけどパルがそれを出来るのは、神田が恋敵である以前に、友達だからということなんだろうか。 「おいしいですか?」 インパルサーはあたしを見、少し首を傾げた。あたしは頷く。 「うん、ちゃんとおいしいから」 不意に、神田の足元で丸まっていたネコノスケが立ち上がった。 とたとたと歩いて、引き戸の前に止まる。長い尻尾を振りながら、にゃあ、と一声上げた。 外から引き戸が開かれると、ネコノスケは外に出てしまう。また外で、にゃあ、と声がした。 からからと軽い音と共に完全に戸が開かれると、そこにはネコノスケを抱いたマリーが立っていた。 いつもの淡い色合いの服装ではなく、かっちりした感じのグレーのジャケットと、黒いミニスカート姿。 少しヒールのある靴のせいか、高い足音を立てながら、近付いてきた。 「ごきげんよう」 「マリーさん、用事終わったんですか?」 神田が尋ねると、マリーはネコノスケを足元へ下ろしてから神田を見上げる。 「ええ。終わりましたし、せっかく葵さんが十七歳になられたのですから、プレゼントを持って参りましたの」 「…プレゼント?」 今までの前例のせいか、神田が恐る恐る呟いた。マリーは頷く。 「先日の戦闘の際に、葵さんは、ほぼ自力でノーマルマシンソルジャーを百機撃墜いたしましたでしょ?」 「え、まあ」 生返事をした神田に、マリーは両手を重ねて頬の横に傾けた。 「その戦績を認めるよう本部を丸め込みまして、許可を下ろさせましたの。パイロット登録の変更許可を」 「葵さん」 マリーは重ねた両手を胸の前で組み、満面の笑みを浮かべる。 「今日からナイトレイヴンは、完全にあなたのものですわ」 ゆっくり立ち上がった神田は、まじまじとマリーを見下ろした。 今し方言われたことを信じられなかったようで、目を見開いて呆然としている。 一分ほど経って深呼吸してから、やっと神田は言葉を発した。 「マジ…ですか?」 「ええ」 深く頷き、マリーは神田を見上げる。 「いい誕生日プレゼントが出来ましたわ」 肩から提げた小さなポシェットから、二つ折りの携帯電話ほどの大きさのものを取り出した。 マリーはそれを開いて少し操作し、液晶パネルのような部分を上へ向ける。淡い光が伸び、立体映像が現れる。 たぶん学生証と思しき神田の顔写真と、その周囲に並ぶ、あの読めない文字が表示されていた。 そして、中心に直立するのは、紛れもなくナイトレイヴンだった。すらりとした黒いボディが、回っている。 ホログラフィーを神田に向けながら、マリーは軍人の顔になる。 「銀河連邦政府軍大佐、マリー・ゴールド直属の地球特別隊員として登録いたしましたわ、葵さん」 ぱちん、とコンピューターを閉じてホログラフィーを消し、マリーは表情を元に戻す。 「といっても、扱いは以前と変わりませんけれど。訓練も引き続き行いますわ。今までずっと、あの機体はレイヴンのものとして登録されていましたけれど、さすがにもうあの人が乗ることはないと思いますわ。ですからいっそ、葵さんのものとした方がよろしいと思いましたの」 「隊員…」 信じられないような顔をして、神田は左手首に巻いているコントローラーを眺めた。 しばらくすると、ようやく喜びが沸き上がってきたのか、ぐっと拳を握って唸っている。 やっとまともなプレゼントをもらえたからか、余計に嬉しそうだった。良かったね、葵ちゃん。 畳の上から床に降りてマリーの両手を掴むと、それを持ち上げて深々と頭を下げる。 「ありがとうございますマリーさん! マリーさんて、ホントはいい人だったんすね!」 「何を今更おっしゃいますの?」 にっこりと微笑み、マリーは歓喜に満ち溢れた神田の手を下ろさせる。 それを放して体の前で手を組むと、体を傾げて、あたし達のいるテーブルを見上げた。 「あら、珍しい。お誕生日なのに、ケーキはありませんのね」 「神田君、甘いの好きじゃないんで」 あたしが説明すると、マリーは意外そうに目を丸める。あらあら、と頬に手を添えた。 「同じ機体に乗っているのに、レイヴンとはまるで逆ですわね」 「そっちの方が意外だわー」 と、鈴音が言うと、マリーは何か思い出したのか、くすりと笑う。 「あの人は凄いのですわよ。放っておけば、いくらでも甘い物を食べてしまいますの」 「…いくらでも?」 そう呟いた律子に、マリーは顔を向ける。両手を広げて丸い形を作り、こちらに示す。 「ええ。ケーキを一ホールで済むならまだいい方なのですけれど、二つ三つ食べてしまうことがありましたわ」 「…うっわぁ」 聞いただけで、胸焼けを起こしそうな話だ。あたしは、思わず変な声が出てしまった。 腕を組み、鈴音は壁にもたれた。こっちは平然としている。そうか、鈴ちゃんもかなりの甘党だったっけ。 「一つはやったことあるけど、二つ三つって…どういう腹してるのよ」 「腹が異空間なんじゃねぇの?」 げんなりしたように、涼平が言う。さゆりが、きっと眉を顰めた。 「ブラックホール…」 想像も付かない。ケーキなんて、一切れか二切れ食べるので精一杯なのに。 それを、ホールで。しかも二つか三つ。理解なんて出来ないし、常識の範疇じゃない。 それどころか、胃袋の大きさが恐ろしい。地球人とユニオン人じゃ、そんなに違うのか。 考えてみればマリーも体格の割によく食べるし、その倍近い体格のレイヴンなら出来るかもしれない。 けど、けど。物事には、限度ってものがあるだろうに。ああ、本気で胸焼けしそうだ。 だけどマリーとしては普通の話をしたつもりなのか、あたし達の反応を不思議がっている。 銀河の、ユニオンの普通って。一体。 04 7/1 |