リボルバーを従えて悠然とソファーに腰掛ける鈴音は、とてもじゃないが同い年には見えなかった。 長い髪を綺麗に結い上げて後頭部でまとめて、アクセサリーが差してある。化粧も、大人っぽい。 黒くて上品なドレスが、いかにもお嬢様らしい。その耳元と首筋には、見覚えのないアクセサリーが光っている。 足を組んでいた鈴音は体を伸ばして腕を伸ばすと、膝の上に置いた。頬杖を付き、呟く。 「時間があれば、着替えてきたんだけどなぁー…」 「話が長引いちまったからなぁ、スズ姉さんの親御さんと」 彼女の後ろで、リボルバーは胡座を掻いた。つまり、ボルの助が鈴ちゃんの両親に会ったのか。 髪止めを外した鈴音は、癖の付いた髪を指で軽く梳く。あたしは、ロングヘアに戻った鈴音に尋ねた。 「だけど鈴ちゃん、ご両親とはホテルのレストランじゃなかったっけ?」 「お昼食べるだけなのに、わっざわざ個室用意してくれたのよ。ボルの助連れてこいって言うから、何かと思ったら」 白い耳たぶに付いていた、淡いピンクの宝石の目立つピアスを外した鈴音は、それをハンドバッグに押し込む。 しばらくハンドバッグを探っていつもの銀のピアスを取り出すと、穴に差し込んで止める。 「久々に娘に会ったって言うのに、ボルの助で三時間が潰れちゃったわよ」 「とことん聞いてくるんだぜ、姉さんの親御さんらは」 リボルバーは腕を組み、にやりとした。 「どこから来たとか何をしてたとかどういう構造で動いてるんだとか、その辺はまだいいんだ」 「その辺はなんとかはぐらかせたし、いつものことだからいいんだけどね」 鈴音は、深くため息を吐く。髪を掻き上げ、ちらりとリボルバーを見る。 「うちの父さんと母さん、いやにボルの助が気に入っちゃってさ。最後、なんて言ったと思う?」 「これからもうちの娘をよろしくお願いします、だとさ」 と、満足そうにリボルバーは笑った。なんだか、結婚する前のやりとりみたいだ。 あからさまに嫌そうな顔になり、鈴音は顔を背ける。 「まるで私がボルの助に嫁入りするみたいじゃないの」 「まぁ、オレは姉さんさえ良きゃあ」 「誰がするか!」 すかさず言い返してから、鈴音はぐったりしたように肩を落とした。そんなに大変だったのか。 即座に否定されたためリボルバーは肩を竦めたが、あまり残念そうでもなかった。 律子はにこにこしながら、二人の様子を見ていた。律子も、なかなかドレスアップした衣装を着ている。 ライラック色のロングスカートのドレスで、落ち着いたデザインだけど、胸元には立派なコサージュがある。 「あ、これ?」 長いスカートを持ち上げて見せた律子は、気恥ずかしげに笑う。 「午前中に、うちの教室でコンサートしてきたの。着替えたかったんだけど、高宮さんと同じでうちに帰れなかったの」 「りっちゃんの…ああ、ピアノの。そっか、クリスマスだからか」 「うん、すっごく緊張した。でもね」 くすくす笑い出した律子に、ディフェンサーがぎょっとしたように振り向いた。 慌てて立ち上がったディフェンサーが律子を制止しようとしたが、その前に律子は彼を指す。 「フェンサー君、私のピアノ聞くの初めてじゃないのにすっごく感心しちゃって。大したことないのになぁー」 「おい、それ以上」 困り果てたディフェンサーを横目に見、律子は更に笑う。 「でね、フェンサー君、魔法みたいだって。私が弾くと、ただの弦の音じゃないんだって」 途端にディフェンサーは俯いて、大きな手で顔を抑えた。恥ずかしくなったらしい。 うあー、とか変な声を洩らしている。大方、言ったことを後悔しているのだろう。 インパルサーとかリボルバーならまだ解るけど、まさかディフェンサーまでもが気障なことを言うとは。 ちょっと意外だったし、可笑しく思えた。やっぱ、こいつもパル達の兄弟だなぁ。 項垂れたままのディフェンサーを、早速クラッシャーはいじり始めた。にんまりして、兄を覗き込む。 「ディフェンサー兄さんも、言うときは言うんだーあ」 「全くもって不思議でござる。そういったボルトの緩みそうなセリフは、赤と青の兄者方だけかと思っていたが」 と、にやにやしながらイレイザーがディフェンサーを見下ろす。つまり、歯の浮きそうな、ということか。 指の隙間から弟達を見たディフェンサーは背を向け、座り込んだ。 「るせぇ」 かなり恥ずかしかったのか、ディフェンサーは何も言い返さずにむくれている。 その後ろ姿に、律子はまだ笑っていた。すっかり、りっちゃんのペースだ。 イエローの上官と部下は、程良い関係になっているようだ。 「雪、降らないね」 外に面した大きな窓の前に立ち、さゆりが呟いた。イレイザーは、その後ろに立った。 イレイザーは赤いゴーグルの光をガラスに映しながら少し唸ったが、首を横に振り、さゆりを見下ろす。 「降らぬでござるな。雨雲の状態としては悪くないのでござるが、あと一歩、といったところか」 「カミナリでも鳴れば違うかもね」 鉛色を見上げていたさゆりが言うと、涼平が嫌そうに口元を曲げた。ああ、嫌いだったもんね。 めざとくそれに気付いたクラッシャーが、ぽすんと涼平の頭の上に体を乗せる。 「カミナリなんて、単なる空中放電現象じゃーん。インパルサー兄さんのソニックサンダーと、原理は同じだよー」 「違うんだよ…」 力なく呟いた涼平を見下ろし、クラッシャーは首をかしげる。 「どの辺が怖いの?」 「説明したって解らないさ、どーせ」 と、涼平は投げやりに返した。あたしにも、弟の感覚はさっぱり解らない。 おもむろに手を伸ばした涼平は、だんだん近付いてくるクラッシャーのヘルメット部分をぐいっと押し上げる。 「つーか、なんでどんどん近付いてくるんだ?」 「なーんででしょーねー」 と、クラッシャーは涼平の手からヘルメットを離した。あまり機嫌が良くない。 涼平はその理由が掴めないのか、訝しんでいる。クラッシャーはちらりと鈴音を見たが、すぐに目線を外した。 しばらくすると、弟の視線は徐々に鈴音へ向けられた。ああ、そういうことか。 黒のドレスを着て化粧を決めた鈴音はいつもより綺麗だし、憧れている涼平が見取れるのも無理はない。 クー子はそれに妬けている、という状態のようだ。こっちもか。 涼平の関心がすっかり鈴音に向かっていることが、あまり面白くないのか、クー子はしばらくむくれていた。 訓練明けの神田とマリーは、特によく食べた。 インパルサーがいつも以上に手を掛けて作ったクリスマス料理の数々は、すぐに減っていった。 あたしは洋風の味付けをされた唐揚げを食べながら、神田の分までケーキを食べる鈴音が気になっていた。 黒いドレスに包まれた細身の体の、どこにそんなに入るんだろう。鈴ちゃんて、その辺りが不思議だ。 生クリームがたっぷりデコレーションされたケーキを食べ終えた鈴音は、フォークを置いて、紅茶を傾けた。 「相変わらず上手よねー、ブルーソニック」 「いい旦那様になれるよね」 イチゴの挟まったケーキを半分ほど食べていた律子は、頷いた。あたしもそう思う。 インパルサーは褒められたことが照れくさいのか、がりがりマスクを掻いている。 昨日のうちに焼いておいたスポンジケーキもふんわり柔らかくて、生クリームに良く馴染んでいる。 甘いけどしつこくはなくて、丁度バランスが取れている。ああ、幸せになれる。 あたしがケーキを食べ終えたタイミングに合わせて、パルはこちらへ振り向いた。 「あの、どうでした?」 「ちゃんとおいしいよー」 ケーキの幸せに緩んだままあたしが返事をすると、インパルサーは嬉しそうに笑う。 「なら、良かったです」 「ところでさぁー」 クリスマスツリーのデコレーションを増やしていたクラッシャーが、不意に振り向いた。 てっぺんの星の上につま先を軽く乗せ、身を屈めてこちらを見下ろす。 「サンタさんて、いるの?」 「いるといえばいるかもな」 ケーキを食べていた涼平が、無難な答えを返した。うん、いるといえばいる。 クラッシャーは、ふーん、とあまり満足していないらしい声を出した。 胡座を掻いて背を曲げていたリボルバーは、窓の外を見上げた。オレンジ色のゴーグルが、ガラスに映り込む。 「だがそのサンタって野郎は、ソニックインパルサーよりも速ぇよな」 「一晩で地球中の子供にプレゼントを配っちゃいますからね、凄いですよ」 と、インパルサーは感嘆している。こっちも、サンタの真実を知らないらしい。 サンタの正体は子供の親だと言ってしまうべきなんだろうけど、なんだかそれを言うのは悪い気がした。 頬杖を付いていたディフェンサーが、兄達を見上げた。 「けどよ、そのサンタって本当に有機生命体か? 生身じゃねぇだろ、絶対」 「新手のマシンかもしれぬな。一晩で地球中くまなく回るためには、かなりの速度が必要でござる」 イレイザーまでもが、本気で考え込んでいる。全員信じてたりするのか、サンタを。 それを素直に受け取ったのか、ディフェンサーが身を乗り出して面白そうな声を出す。 「すげぇなサンタって! 地球限定とはいえ、一晩で全部終わらせちまうんだろ?」 「そんな速度で進んでもプレゼントが無事なのは、袋の耐久力が凄いんですよ!」 と、インパルサーは感心しきりだ。いや、それ違うから。 するっとツリーの上から降りてきたクラッシャーは、両手を胸の前に合わせて目を輝かせる。 「じゃ、あのソリもトナカイも凄いよね! 豪速出せるんだもん!」 「あの巨体ながらも、煙突に入り込める身軽さも凄いでござる。しかも、家人に気付かれぬとは…」 なかなかの使い手でござるな、とイレイザーはにやりとした。こっちも、かなり勘違いしている。 ばぎゃん、とリボルバーは拳を手のひらに当てた。お前もかボルの助。 「この星の空はそんなに安全じゃねぇはずなのに、がんがん飛び回るたぁなぁ。きっと、強いんだろうぜ」 「根本的な部分から勘違いしてるよなぁ…」 呆れたように、神田が呟いた。あたしは苦笑する。 「勘違いの価値観そのものが違ってるよね、なんか」 「でも、面白いからこのままでもいいんじゃない?」 ケーキを食べていた手を止め、さゆりが笑う。まぁ、それは確かに。 涼平は説明したくて仕方ないのか、何か言いたげに勘違いしたやり取りを繰り返すロボット兄弟を見ていた。 シャンパングラスに入れられたシャンメリーを少し飲んだ鈴音は、にやりとした。 「それもそうねぇ。夢を壊しちゃうのもなんだし」 「そうだよねぇ、フェンサー君達も実年齢は十二歳だもんね。まだ、真実を知らせない方がいいよね」 可笑しげに笑いながら、律子も頷く。ここだけ子供扱いなのか。 枕元の靴下の許容範囲がどうとか、トナカイのパワーがどうとか、赤い衣装の防御力はどうとか。 どんどん、彼らの勘違いはエスカレートしている。ここまで勘違いが進むと、いっそ見事だ。 あたしはもう止めてやりたかったが、今否定したらどうなるのか、ちょっと心配なので言えなかった。 マリーを見ると、食べるだけ食べて満足したのか、コーラを優雅に飲んでいた。 そうか、マリーさんて。突っ込まないタイプの人なんだ。 薄暗かった外は、更に暗くなっていた。夕方を、過ぎたからだ。 雪も雨も、降り出しそうで降り出さない状態が続いている。微妙な感じだ。 あたしは窓の外を見上げていたが、食器の片付けが終わったのでリビングへ振り返った。 あれだけ料理の積まれていた皿は片付けられ、今は食後のお茶としてリンリンリンガーが入れられている。 ふわりと湯気の立ち上る七つのカップが並べられていて、緑茶っぽい香りが漂っていた。 あたしはクリスマスツリーの裏を覗いてから、リビングへ振り返る。 「そろそろ出しても良いんじゃない?」 「それもそうね」 ソファーから立ち上がった鈴音は、あたしの後ろからツリーの裏へ手を伸ばした。 膨らんだテーブルクロスをめくって、その下に隠していたプレゼントを出した。 昨日のうちに、あたし達が運び込んでいたものだ。これは、ロボット兄弟へのプレゼントだ。 買ったときに店でラッピングしてもらったので、それぞれの店の包装紙で包まれている。 リボンの色は、解りやすくそれぞれの色になっている。こういうとき、カラーリングリーダーって便利だ。 鈴音は大きな箱を引っ張り出して抱えると、それをリビングへ運び出した。あたしも続く。 黒いセロファンとピンクのリボンに包まれた包みを持った涼平は、気恥ずかしげにそれを持ってくる。 それらの後ろ側に隠れていた薄べったいものは、律子とさゆりのものだ。中身は何なのだろう。 A4版の本らしきものに紫のリボンが掛かった包みを大事そうに抱え、さゆりはすとんとソファーに座る。 最後に、黄色いリボンを巻き付けた小さな四角いものを持ってきた律子は、あのにんまりした笑みになっていた。 あたしは、その表情につい不安になってしまった。 「りっちゃん、それ、また?」 「今度は違うよぉ」 と、にこにこしながら律子はプレゼントを眺める。他人事ながら、心配だ。 あたしは青いリボンの包みを持ちながら、手にずっしりと重みを感じていた。オモチャって、意外に重たい。 テーブルの上には、さっき持ってきて皆に配ったチーズクッキーの包みが並んでいた。大きさは全部同じだ。 マリーは、一足先にプレゼントをもらっていた。ロボット兄弟が共同出資して買ってきた、ポインセチアの鉢植えだ。 まさかもらうとは思っていなかったようで、先程からまじまじとポインセチアを眺めている。 「不思議な気分ですわね」 「パル達からプレゼントをもらうことが?」 あたしが尋ねると、マリーは嬉しそうな目をこちらへ向けた。 「それもそうですけれど、なんだかくすぐったいんですの」 そう言ったマリーの表情は、うちの母さんが時たま見せる表情に良く似ていた。母親の心境なのだろう。 人当たりの良い少女じみた笑顔とも、険しい軍人の顔とも懸け離れている。これが、母としてのマリーなんだ。 ロボット兄弟達は、自分へのプレゼントが何なのか楽しみで仕方ないらしく、どこか落ち着かない様子だった。 あんまり焦らすのも良くないだろうと思い、あたしは抱えていた包みをインパルサーへ差し出す。 「はい。クリスマスプレゼント」 「ありがとうございます」 ずしりとした箱を渡されたインパルサーはそれを受け取り、包装紙のセロハンテープを指先で切った。 べろっとめくったその中からは、派手なタイトル文字とロボットの絵が目立つ大きな箱。 食い入るように箱を見つめたパルは、一度あたしと見比べてから、ぐわっとそれを掲げた。 「アルティメットジャスカイザーだあ!」 予想以上に、インパルサーは喜んでいる。新商品で一番大きかったから、買ってみただけなんだけど。 感嘆の声を洩らしながら、何度も何度も箱を裏返したりしている。その中身は、五体のロボットだ。 前よりもどぎつい色合いになった、パワーアップしたらしいジャスカイザーと、そのサポートロボットが四体。 確か、サンダードリラーと、ハイドロマリナーと、ヒートガーディーと、ウィンドスラッシャーだったっけ。 とにかくそのセットなのだ。やたら長い名前は、その全部が合体した名前だったと思う。 アルティメットジャスカイザーを脇に抱えたインパルサーは背筋を伸ばし、あたしへ敬礼した。 「ありがとうございましたぁっ!」 「他にも悪役ロボットとかいたけど、パルにはそっちの方が良かったと思って」 「はい! ファイナルエヴィロニアスも捨てがたいと思っていましたけど、やっぱりジャスカイザーなんです!」 インパルサーは、ぐっと拳を握って力説した。その手を広げ、涼平を指す。 「それに、ファイナルエヴィロニアスはもう涼平君が買っていますし、僕も何度か遊ばせてもらいましたし」 「ファイナルエヴィロニアスは貸したんだから、今度はアルティメットジャスカイザー貸してくれよ、パル兄」 当然のように言う涼平に、インパルサーは仕方なしに頷いた。 「ええ。ですけど、電池の絶縁体を抜くのもワイヤーを外すのも説明書を最初に広げるのも、僕ですからね!」 「解ってるって」 涼平は大事そうに箱を抱えるパルを見上げ、可笑しげに頷いた。まるで小学生のやり取りだ。 クラッシャーは期待に満ちた目で、じっと涼平の手元を見つめている。 「それ、私の!?」 「ほい、クー子。選んだの、姉ちゃんだけどな」 と、涼平はぞんざいにセロファンの包みを差し出した。それは、半分くらい嘘だ。 昨日プレゼントを買いに行ったとき、確かにあたしはクー子へのプレゼントを選ぶのを手伝った。 だけど、最終的に決定したのは涼平だ。レジへ持って行ったのも、ラッピングの色を決めたのも。 結構、涼平も意地っ張りだなぁ。ディフェンサーもそうだけど、男の子って大抵そうなんだろうか。 リボンを解いてセロファンを開けたクラッシャーは、五十センチくらいの大きさのぬいぐるみを取り出した。 柔らかい毛並みの、ストロベリーピンクのテディベア。丸いボタンの目が、クー子と合った。 クー子はしばらくの間、そのクマと見つめ合っていたが、満面の笑みを浮かべた。 「今日から君はギガクラスターだー!」 「ギガ…?」 困ったように、涼平はピンクのクマを抱き締めるクー子を見上げた。メガブラストと同じか。 ふわふわしたクマを撫でながら、クラッシャーは頷く。本気らしい。 「そう、ギガクラスター。可愛いでしょ?」 「いや、可愛くない。むしろ強そうじゃん」 「ギガクラスターはクマさんだもん、強くないの。可愛いの!」 そう言い返したクラッシャーは、ぷっと頬を膨らませた。マジでそう思っているのか。 これ以上言っても無駄だと思ったのか、涼平は複雑そうにため息を吐いた。頑張れ、弟よ。 クラッシャーはピンクのクマのギガクラスターを抱き締め、また嬉しそうな笑顔になる。 「涼、ありがとー!」 「まぁ、なら良いんだけどさ」 と、照れくさそうに涼平は目を逸らした。まんざらでもないらしい。 クラッシャーは満足そうに、ギガクラスターを抱えている。しばらく離しそうにない。 大事そうに包みを持っていた律子は、ディフェンサーの前に出た。ディフェンサーは、なぜか一歩下がる。 その一歩を詰めた律子は、はい、と差し出した。恐る恐るとした動きでそれを受け取った彼に、律子は言う。 「プレゼント。中身、たぶん大丈夫だから」 「たぶんって…」 それでも不安なのか、ディフェンサーは慎重にリボンを解いて包装紙を破いた。 出てきたのは、洋画のロゴが入ったDVDケース。ラベルを見てから、ディフェンサーは律子を見上げた。 「エイリアン?」 「怖いけどね、お化けじゃないから。エイリアンだから」 「まぁ、こういう系統のマシンとかバイオロイドとかは何度かぶちのめしたことあるから、平気だけどさ。ありがとな」 「なら、良かった」 と、律子は安心したように笑む。エイリアンて、あれか。たまにテレビで放映してる、あの映画。 ドロドロした液体ぶちまけながら人間食べて、成長して子供増やすエイリアンが出てくるやつだったっけ。 あたしは好きじゃないなぁ、ああいう系統。りっちゃんて、怖い話だけじゃなくて、そういうのも平気なんだ。 ていうか、ロボット兄弟はそんな宇宙生物とも戦ってたのか。そういえば、パルもそんなことを言っていた。 普通のロボット同士の戦いなら、まだいい。でも、そういうグログロしい話はダメだ。あたしはダメだ。 何があっても、宇宙生物との戦いの話は聞かないことにしよう。うん、そうしよう。 鈴音は思い出したように、赤いリボンの掛かったいやに大きな包みをリボルバーへ差し出す。 「ほい。一応クリスマスだからね」 「ありがとうございますスズ姉さん!」 大きな四角い包みを受け取ったリボルバーは、丁寧に包装紙を破いていった。 中身はいくつかの箱が並べてあり、紐で括って繋がれていた。それは全部が全部、DVDだった。 ざっと値段を考えてみたけど、考えたらいけないような気分になったので、やめた。鈴ちゃん、大散財だ。 大量のDVDボックスを眺めていたリボルバーは、それをまた丁寧にテーブルに置いてから声を上げた。 「なんで解ったんすかぁ!」 「そりゃ、ずっとCS付けて馬鹿みたいに任侠映画見てるんだもの。好きかなーって思って」 「一生付いていきます、スズ姉さん!」 深々と頭を下げたリボルバーは、相当に嬉しそうな声を洩らした。見ると、全部が任侠映画だ。 ボルの助、任侠映画が好きだったのか。意外じゃなくて、むしろしっくり来る。似合いすぎだ。 最後に残っていたさゆりは、すいっとあの本らしき包みをイレイザーに向けた。 「はい、いっちゃん」 「ありがとうでござる」 受け取った包みの包装紙のセロテープを、インパルサーと同じように指先で切った。 イレイザーはリボンを外して中身を見、そしてさゆりを見下ろした。中身は、由美かおる写真集だった。 それをまじまじと眺めたイレイザーは、表情を緩ませた。好きなのか、由美かおるが。 さゆりは、じっとイレイザーを見上げていた。イレイザーも、さゆりを見下ろす。 どちらも何も言わないけれど、二人はすっかり世界を造り上げていた。ああもう、さっさと結婚しちゃいなさい。 「そうだ」 ピンクのテディベア、ギガクラスターがちょこんとソファーに座らされた。 クラッシャーは兄達を手招きすると、即座に兄達は集まっていった。通信で話しているのか、聞こえない。 すぐに相談が固まったらしく、ロボット兄弟はくるりとこちらに背を向けて、掛け時計のある壁の前に立った。 赤い光が溢れて扉になると、彼らはその中に入っていった。クー子は、一度振り向いてからその中に入る。 「ちょっと待っててねー、いいこと思い付いたから!」 赤い光が彼らと入り口を覆い隠し、下へずれていった。地下の宇宙船に向かったようだ。 あたしはそれを見送ったあと、いいことが何なのかちょっと考えてみたけど、まるで予想が付かなかった。 プレゼントを受け取って大騒ぎしていた彼らがいなくなると、リビングは少し寂しく思えた。 騒ぎから一人外れていた神田は、あたしのあげたクッキーを見ていた。まだ手を付けてなかったらしい。 「それ、そんなにまずそう?」 「いや、そうじゃなくてさ!」 弾かれるように立ち上がった神田は、どう取り繕おうか慌てているようだった。そんなに困らなくても。 あたしはその様子があまり面白くなかったので、神田を見据えた。味の保証はちゃんとある。 「そりゃあたしが作ったもんだけどさ、パルの作り方でやったんだから、少なくともまずくはないよ」 「あー、だからさぁ…」 困り果てたように肩を落とす神田は、すっかり言葉に詰まっていた。 あたしはまだ面白くなかったが、これ以上問い詰めるのも良くないと思い、背を向けた。食うなら食ってくれ。 しばらく神田は考えていたようで、間が空いた。やっと、あたしの背に言葉が掛けられる。 「なんか、勿体ないだろ?」 これは珍しい。 それが、実直な感想だった。 ここまで明確に、神田があたしに好意を示すなんて。 心なしか、神田の口調が変わっていた。やっぱり、変わってきている。 どこがどう、と具体的に言うことは出来ない。だけど、確実にどこかが違ってきている。 振り返ると、照れくさいような嬉しいような、そんな表情で神田はあたしを見ていた。 あたしは慌てて目線を逸らすと、神田も同じようにした。 しばらくして、やっとあたしは目線を窓の外へ向けた。すっかり闇が濃くなって、夜になっている。 Kの願掛け、神田が強くなりたい理由、戦士になった理由。そんなことが、次々に思い出された。 今の表情とそのことを重ねていくと、神田があたしが好きなのがよく解った。必死なんだ、神田は。 パルに負けないよう、少しでもあたしに自分を見て欲しいと、そのために突っ走っているんだ。 だけど、ごめん、神田君。 あたしは、パルが好き。 本当に、心の底から大好きで仕方がない。 だから、もう。あたしのことは、諦めて。 04 7/8 |