Metallic Guy




第二十七話 モータル・コンバット



何度か深呼吸して、やっと鈴音は落ち着いたようだった。振り向いた彼女の表情は、気恥ずかしげだった。
さっきのことが照れくさかったらしい。それとは対照的に、リボルバーは上機嫌そのものだった。
くぁー、と妙に高い声を発してから、満足げな声を上げる。今日もテンションが高い。

「おうよ、オレも姉さんに会えて嬉しいぜ! メンテ一回、サボった甲斐があったってもんだな!」

「そういうことは怠っちゃいけない部類でしょ」

と、鈴音が変な顔をした。メンテナンスは、ロボットにとってかなり大事なことのはずなのに。
リボルバーは一度高笑いをしてから、がつんと胸を殴った。

「一度ぐれぇ、別にどうってことねぇさ。エネルギー値はまだまだアベレージライン、あと三十体は余裕で捌けるぜ! ま、ちぃとジョイントパーツの摩耗とパワージェネレーターのセッティングは微妙だけどよ、大したことはねぇし。どうせ弾は撃てねぇんだから、補給もエネルギーだけでいいしよ」

「良くないでしょ。さっさと整備してきなさいよ、壊れたら元も子もないんだから!」

鈴音は声を上げながら、リボルバーの右目を指す。

「そっちのゴーグルだってそう! ないまんまだと、なんか変な感じがして落ち着かないのよ!」

「あ、これか?」

鈴音が頷くと、リボルバーは右目を手で覆う。心なしか、その下の色が薄い。
手を外してから睨むように目元を強めたリボルバーは、悔しげに舌打ちする。故障しているのか。
黒い装甲に包まれた大きな人差し指で、右目を軽く叩いた。こつん、と硬い音がする。

「ドジっちまったんだよ。見えないことはねぇんだが、ちぃと接触が怪しくなっちまった。こいつも交換しとかねぇとな」

はあ、とため息を吐いたリボルバーは、大きな弾倉の填った肩を落とす。

「目の前で砲撃喰らってな、避け損ねちまったのさ。で、割れた。情けねぇ話さ」

「…よく無事でいたわね」

鈴音が、呆れたような感心したような声を洩らした。さすがはボルの助、てことか。
あたしは律子と一緒に、鈴音の後ろに立った。近付いてみると、赤い装甲の所々が汚れている。
硝煙のきつい匂いがした。これは、毎日のように戦っているから付いてしまうのだろう。
ライムイエローの目は、以前よりもどこか険しくなっているように見えた。
リボルバーは、元々鋭くて怖い感じの目をしていたけど、それが強くなったように思えた。
ふと、リボルバーは上空を見上げた。つられてあたしもその方向を見ると、黒い機影が夕暮れの空を飛んでいる。
こちらを見下ろしたナイトレイヴンは、あたし達へ敬礼に似た格好をしてから、どこかへ飛び去っていた。
こんな状況だからこそ、神田は訓練を欠かしていないようだ。神田も神田なりに、戦っているんだ。
その機影を見送ってから、リボルバーはあたしを見下ろした。

「ブルーコマンダー。ソニックインパルサーは戻ってきたか?」

「パルは、戻ってきてないよ」

あたしはリボルバーを見上げ、なるべく軽く言った。言うと、余計に寂しい。
そうか、と返したリボルバーは顎に手を添える。考え事をするポーズは、兄弟共通のようだ。

「ブルーコマンダーの元に戻る機会はあったはずなんだがなぁ…まだまだ荒れてやがるぜ、あいつぁよ」

リボルバーの目線が、あたしの左足へ向かう。それが、絆創膏で止まった。
絆創膏を睨むように目元を強めながら、彼は声を沈める。

「最初の襲撃の後、オレらはさっさと集合して作戦練ったんだけどな。その時からもう、気が立っててよ」

らしくねぇよ、と、リボルバーは呟く。

「まるであいつらしくねぇ。一度エモーショナルリミッターが切れたせいかもしれねぇんだが、戦うことしか考えてねぇみてぇだった。そりゃオレも、0.1秒でも早くこの戦いは終わらせたいし蹴りを付けたい。だがな、だからって相手を誘い出して撃墜しまくるなんざ…ソニックインパルサーの流儀に反することのはずなんだがなぁ」


パルが、優しくなくなった。
それも、間違いなくあたしのせいなんだ。
パルの瞳を赤くさせたのは、ケガをしちゃったのは、戦いを起こしちゃったのは。

やっぱり。


「あたしが悪いんだ、あたしが全部!」


そう叫んでから後のことは、良く覚えていない。
とにかく走って走って、逃げていたことだけは覚えている。
何から逃げていたのか、なぜ逃げていたのか、その理由は解らなかったけど。
逃げずには、いられなかった。ああ、やっぱり。
あたしは、戦士にはなれない。戦うことなんて、出来ないんだ。




気が付いたら、どこかの土手にいた。知らない場所で、高校からもうちからも離れているようだった。
すっかり日が暮れていて、辺りは真っ暗だ。見えるものは、土手の脇に並ぶ街灯の明かりと街のネオン。
パルに、悪いことをしてばっかりだ。あたしは、ろくなことを起こさない。
ずっと、好きだと言うことが出来なかった。戦いを、起こしてしまった。彼を、傷付けてしまった。
そのことばかり考えていて、足元を見ていなかった。そのせいで、転び掛けた。
なんとか踏ん張って立ってから、後ろを見た。やっぱり、パルはいない。いるわけがないのに。
もう、どうしたらいいのか解らない。今度会ったとき、パルにどんな顔をすればいいんだろう。
夜空を見上げると、月は欠けていた。前に見たときよりも、三分の一くらい減っている。
しばらくそうしていると、それが滲んだ。やばい、泣いてしまう。
一度涙が出てしまうと、もう止めることは出来なかった。あたしは力が抜けてしまい、しゃがみ込んだ。
なんとか土手に座って拭っていくけど、無駄だった。次から次へと出てきてしまう。
悔しい。自分が弱いことが、情けないことが悔しくて仕方ない。


「…美空?」

その声に、涙を拭ってから振り返ると、神田が立っていた。どうしてここに。
ふと河原の方を見ると、闇に溶け込むようにしてナイトレイヴンが膝を付いている。飛んできたのか。
あたしは薄暗い中で神田を見上げながら、声を出そうとした。でも、喉が詰まって無理だった。
泣くのを堪えようとしたけど、もっとしゃくり上げてしまう。ああもう、こんなときに。
神田はあたしの隣に座ると、少し笑ったような声を出した。

「いいよ、無理しなくて。すぐに泣き止めるわけないもんな」

あたしは申し訳なく思いながら、それに甘えることにした。
ハンカチで顔を何度も拭っているうちに、やっと落ち着いてきた。でも、声は詰まったままだ。
ちゃんと落ち着くために深呼吸を繰り返していると、神田はナイトレイヴンを眺めていた。

「ナイトレイヴンを出すためにマリーさんのところに行ってきたんだけど、会えなかったよ」

辺りが静かだから、神田の声が良く聞こえる。

「あの人は確かに強いけど、強がってるだけなんだ。あんまり、無理して欲しくないなぁ」

どうして解るの、とあたしが尋ねる前に、神田は笑う。

「訓練とはいえ、長いこと一緒にいればそれくらいは見当が付くさ」

ゆっくりと水の流れる音が、川から聞こえていた。あの夜と同じように、水は底が見えない闇の色。
その傍らに膝を付くナイトレイヴンは、まるで神田の従者のようだった。さしずめ、魔王の従者、使い魔だ。
散々泣いたせいで目が痛く、喉はまだ詰まっている。なんでこう、あたしはすぐに泣いちゃうんだろう。
辛いのはあたしだけじゃないのに。皆、それぞれに辛くて苦しいのを堪えているのに。
パル。結局あたしは、あんたの苦しみを和らげることが出来ないんだ。

それどころか。


「…苦しませてばっかりだ」

掠れて弱い声が、あたしの口から出た。神田は黙っている。

「もう、パルを苦しませたくなんてないのに」


どこにいるの、パル。どこで、どんなマシンソルジャーと戦っているんだろう。
いつもいたから、いるのが当たり前だったから忘れていた。
パルの存在の大きさを。あたしの心の半分以上を、彼が占めていたんだ。
好き。大好き。すぐにでも、会いたい。
あたしは、左足の絆創膏を押さえた。傷の痛みは、もう感じない。
胸の奥が潰れそうな痛みの方が、余程強いから。


ざあ、と風が吹き抜けた。氷のような空気が、頬に当たる。
あたしは、横目に神田を見た。
いつか、パルに戦いの申し出をしたときのような、険しい表情になっている。
そうだよね。考えてみたら、あたしは神田がいるのに、凄く嫌なことを言っている。
なのに、神田はここにいてくれる。あたしが立ち直るまで、いるつもりなのかもしれない。
結構、優しいじゃないか。さすがに、自己犠牲しまくりのパルには負けるけど。
暗闇に身を潜めているナイトレイヴンの目が、煌々と眩しく輝いている。神田の意思に、反応しているのかな。
その赤は、あの時のパルの瞳に似ていた。

不意に、神田が呟いた。

「ずるいな」

「誰が?」

あたしが振り向くと、神田は不機嫌そうな声を出す。

「インパルサーだよ。離れていようが戦っていようが、美空の思考を占領してる」

「あ、ごめん」

条件反射で謝ってしまうと、神田は、いや、と首を横に振った。なんか、怒っている。

「オレは、そもそも射程範囲に入っていないってわけか」

答えづらい。あたしは、すっかり言葉に詰まってしまった。
確かにあたしはパルが好きで、神田のことは、最初からなんとも思っていないけど。
あんまりはっきり言うと、さすがに傷付くだろうと思って、今まで言うに言えなかっただけだ。
でも、言わないままだともっと悪い。好きな相手がいるのに、半端にそれを示したままの方が、きっと。
だからあたしは、頷くことにした。ごめんよ、葵ちゃん。

「うん」

あたしは、夜風に冷え切った膝を抱える。

「ごめん、神田君。あたしは、パルが好き」

隣から、深く深く、全身の力を抜くようなため息が聞こえた。
知ってはいたのだろうけど、改めて言われるとショックらしい。そうだろうなぁ。
目元を押さえていた神田は、もう一度ため息を吐いた。かなり辛そうだ。
手を外してから、遠い目をした神田は呟く。

「いつから?」

「解らないけど、気が付いたら。最初はあたしも信じたくなくて、信じられなかったけど」

「そっかぁ」

気力の抜けきった声を出しながら、神田は肩を落とした。相当応えたらしい。

「オレはオレで、頑張ってみたつもりだったんだけどなー…」

「あ、でも、そのうち神田君にもいい人が」

「慰められてるのか、とどめ刺されてるのか…」

神田は、がっくりと項垂れた。あたしとしては、慰めたつもりだったのに。
あたしは、自己嫌悪に陥りそうになった。パルだけでなく、神田までざっくりだ。ダメだなぁもう。
だけど、神田があたしがパルを好きだと知った今なら、二人が戦う必要はなくなったんじゃないだろうか。
そう思って、言ってみた。二人の戦いも、起きて欲しくはない。

「でもこれで、神田君とパルが戦う必要は」

「いや、なくならない。一度宣言した手前、引っ込められるわけないだろ?」

顔を上げ、神田は拳を握る。それを、ぱしんと手のひらに当てた。

「それに、オレとインパルサーはいつか戦わなきゃならないんだ。やれるうちにやっとかないとな」

「だけど、勝ち目なんてないよ。どう考えても、神田君はパルには勝てないよ」

「あっさりぶった切ってくれるなぁーもう…」

途端に、神田は泣きそうな声を出した。いや、普通に考えたらそうじゃないか。
しばらくしてから、神田はあたしへ振り向いた。戦士の表情になっている。

「勝ち目があろうがなかろうが、やりたいんだ。オレは、自分がどこまで強くなれたか知りたいんだ」

「いいなぁ」

ふと、こんな言葉が出ていた。あたしは、素直に羨ましいと思ってしまった。
戦う力を持っていることもそうだけど、明確な目標があることが、かなり羨ましかった。
ただ漠然と過ごしているよりも、その方がずっといい。凄いじゃないか、葵ちゃん。
神田はちょっと面食らったように目を丸めたが、照れくさそうに笑った。

「…そうか?」

「そうだよ。そういうの羨ましいよ、マジで」

次第にその光を強めだした星々が、夜空を支配している。
あたしは夜空の中で一際目立っている銀河の側面、天の川を見ていた。
遠くを通る電車の音と窓明かりが、遠ざかっていく。神田は携帯を取り出し、開いた。
その白っぽい光をしばらく見ていたが、神田はぱちんとそれを閉じる。

「もう七時半か。さすがに、そろそろ帰らないとな」

立ち上がった神田は、一際明るい方を指した。市街地のようだ。

「駅とバス停、あっちだから。落ち着いたみたいだし、帰れるだろ?」

「あ、うん。ありがと」

神田の指した方を見、あたしは頷いた。良かった、帰り道が解って。
土手の斜面を滑り降りて河原へ下り、神田はナイトレイヴンのある方へ駆け出そうとした。
だがその途中で、じゃりっ、と石を踏む音が止まる。神田は振り返ると、あたしを見上げた。

「美空」

「何?」

少し間を置いてから、神田は声を上げた。

「きっと、インパルサーも同じこと思ってるだろうさ。自分が美空を苦しめてるってな」

「どうして、そんな」

「あいつの性格と思考パターンは、美空が一番良く知ってるだろ?」

と、神田はにっと笑った。確かに、言われてみればそうだ。
パルならきっと、そう考える。優しすぎて、全部を背負い込もうとするようなやつだから。
じゃな、と神田は軽く手を振ってナイトレイヴンへ駆けていった。すぐに、ナイトレイヴンが立ち上がる。
風を巻き起こしながら浮上した闇夜のカラスは、すぐに高度を上げて飛び去っていった。
夜空に溶け込む漆黒のアドバンサーを見送ってから、あたしは街の方へ向いた。




うちに帰ると、もう八時頃だった。すっかり遅くなってしまった。
リビングのドアを開けると、母さんと涼平がいた。母さんはあたしを咎めることもなく、弟の隣を指す。
見覚えのある長方形のブースターが二つ、上向いて見えている。これは、もしかしなくても。
あたしは涼平の後ろに回り込み、見下ろした。辟易している様子の涼平に、クラッシャーがへばりついていた。
背を丸めて身を縮めながら、クー子は眠っているようだった。

「クー子ちゃん、夕方に帰ってきたのよ。ちょっとは休める時間が出来たから、って」

ソファーから立った母さんは、エプロンを掛けてキッチンに入る。リボルバーと、同じ時間帯だったようだ。
顔を伏せたまま微動だにしないクラッシャーの隣で、涼平は抱えられている腕を抜こうとした。
でも、しっかり掴まれているようで、抜けない。もう一度引っ張ってみてから、涼平はあたしを見上げた。

「散々泣いて、さっきやっと寝たんだけどさ。離しちゃくれないんだ」

「お帰り、クー子」

あたしは手を伸ばし、丸っこいヘルメットを撫でる。塗り直したのか、色が綺麗だ。
安心したような寝顔のクー子を見ていると、ダイニングカウンターの向こうから母さんが言う。

「色々聞いたわ、クー子ちゃんから。今、パル君達も戦ってるんですってね」

鍋をコンロに置き、火を点ける。焦げ付かないように混ぜながら、母さんはあたしを見た。

「深い事情は解らないけど、理不尽な戦いには違いないわ」

「どこまで聞いたの?」

あたしが聞くと、母さんは少し唸る。鍋を混ぜる手を止め、顎に手を添える。

「そうねぇ…ゼルって人が、復讐しに来たってことは解ったわ。後の事情はちょっと複雑で…すぐには」

鍋の中身は、ビーフシチューのようだった。温まってきたのか、良い匂いが広がっている。
クー子の寝顔は、以前のように安らかなものではなかった。戦いが、厳しくて辛いせいだろう。
泣いていたせいでもあるのだろうけど、何かを堪えるかのように口元を固く締めている。
当然だ。毎日のように襲われて、毎日のように自分の部下を手に掛けなきゃならないんだから。
鍋を混ぜる手を止めて、母さんは微笑んだ。

「早く全部終わって、また学校に行けるようになればいいわね」

涼平はクラッシャーを見ていたが、何も言わなかった。
このまま、戦いが終わっても。また以前のように、クー子が小学校に行けるようになるんだろうか。
戦いが世間に知られてしまっているのだから、全てが前と同じというわけではないだろう。
実際、彼らの戦いは危険だし、一般人に被害が及ばない可能性は全くないわけじゃない。
今までマリーの情報操作で保ってきた彼らと世間のバランスが、どこかしら崩れてしまうのは間違いない。
その崩れが少ないことを、あたしは祈るしかなかった。
不意に、クー子が少し体を動かした。掴まれている手が緩んだのか、涼平はすかさず腕を抜いた。
色の失せていた目にショッキングピンクの光が戻り、クラッシャーはゆっくり起き上がる。
ごしごしと目元を擦ってから、あたしを見上げた。

「おねーさん。お帰りなさい」

ちょっと泣きそうにしていたが、すぐに笑った。無理しちゃって。

「私、もうちょっと頑張る。私と兄さん達が戦わなきゃ、東京なんて五時間で焦土だもん」

あたしが頭を少し撫でてやると、クラッシャーは俯いた。
緩めていた手が固く握られて、ぎちりと小さく関節の軋む音がする。

「これしか、私には能がないんだもん」

「クー子」

涼平が呼ぶと、クラッシャーはゆっくり振り返った。弟は立ち上がり、ばこんと拳を当てた。
今し方殴られたヘルメットの下から、クラッシャーは涼平を見上げる。

「何すんのさぁ」

「そりゃお前は、名前からして破壊することが仕事だっただろうさ。でもな、今は違うだろ?」

「…だけど」

「クー子はオレの部下だ。忘れたのか?」

もう一度、涼平はクラッシャーを殴った。ごん、とさっきより強い音がする。
表情からして、これは弟の照れ隠しのようだ。なんだか、ボルの助みたいだけど。

「オレの部下は単なる破壊兵器じゃなくて、すぐに泣いてすぐに怒って、すぐに笑うようなガキンチョロボットなんだ」

「何も、そこまで言わなくてもいいじゃないのぉ」

と、クラッシャーは頬を膨らませる。でも、本気で怒っているわけじゃない。
その様子に安心したのか、涼平は少し表情を緩ませた。クー子は、ぷいっと顔を逸らす。
だけど、すぐに涼平へ向き直り、嬉しそうに笑った。

「涼、ありがと」

「解ったんなら、帰れるときはちゃんと帰ってこい。どうせ学校には行けないんだし、ずっといるからさ」

「うん。メガブラストもギガクラスターもストロングアタッカーもレーザースラッシュもヒートバスターもいるしね!」

と、クラッシャーは頷く。涼平は、げんなりしたように口元を歪める。

「やっぱさ、その名前変だぞ? 絶対それ、ぬいぐるみの名前じゃねぇ」

「変じゃないよー」

きょとんとしたように、クラッシャーは首を傾げる。涼平はもう諦めたのか、それ以上言わなかった。
知らないうちに、ロボットみたいな名前のぬいぐるみは増えていたようだ。しかも、悪化している。
あたしは、ストロングアタッカーとレーザースラッシュとヒートバスターが、どんなぬいぐるみなのか想像してみた。
でも、さっぱり見当が付かなかった。クー子のネーミングセンスは、未だに理解出来ない。




翌日は、朝から雨が降っていた。
天気が悪いからか、神田とは一緒にならなかった。こういう日は、神田はバスに乗るからだ。
朝とは思えないくらい薄暗くて、眠かった。でもちょっと外を歩くと、寒さで目が覚めてくる。
少しでも冷え切った雨を浴びないように傘を握り締めながら、あたしはマフラーを引っ張り上げる。
しばらく歩いて、土手の傍の横断歩道までやってきた。なんとなく、土手の方を見上げた。
赤信号だから、目の前を数台の車が通っていった。ばしゃり、と水を跳ねる音がする。
草が枯れて青味のない土手は、雨のせいでもやが掛かっている。戦いの後は、まだ残っていた。
あたしは、横断歩道の向こうにある児童公園の時計を見た。まだ、始業まで時間はある。
少し離れた位置の階段を昇って土手の上に出ると、川から強い風が吹き付けた。めちゃくちゃ寒い。
濡れて黒っぽくなったアスファルトに広がっている水溜まりを踏まないようにしながら、割れた部分へ近付いた。
赤いコーンとポールに四角く囲まれたその中には、僅かながら、マシンソルジャーのオイルが残っている。
砕けたアスファルトに擦れている藍色の塗料を見ていたが、ふと、あたしは顔を上げて川を見下ろした。
直後。灰色の水面が、爆発した。
いや、上から何かが落ちてきたのだ。高く跳ねた水は、あたしのいる位置まで飛んできた。
その水が思い切り足に掛かって、ハイソックスからローファーまで濡れた。なんてことだ。
だけど、今はそれを気にしている場合じゃない。緩んだ土の斜面を降りて、河原に駆けていく。
ごろごろした石に足を取られながらも、なんとか走っていった。川の中に、色が見えた。
高く水柱の上がった位置を囲むように、更に何かが落下してきた。
あたしは足を止めて、川の手前で立ち止まる。自分の吐き出す息が白いせいで、視界が少し曇っている。
ざばん、と水が跳ね上がる。同時に、半壊した青いマシンソルジャーが、あたしの脇に降ってきた。
青いボディが滑り、石が砕かれて破片が飛び散った。歪んで割れた装甲の隙間から、電流が爆ぜる。
変な方向に曲がっているマシンソルジャーの首に目立つ、レモンイエローのゴーグルが光を失った。

雨音が、いやにうるさい。


「よんじゅうはちぃっ!」

マリンブルーの拳が、水中からマシンソルジャーを突き上げた。
ざばあ、と大きく波が起きる。その中で一際目立つのは、真紅の二つの目だった。
その目があたしを捉えることはなく、すぐに背を向けて蹴りを放つ。

「よんじゅうきゅうっ!」

先程のマシンソルジャーのいた位置に、更に二体が落ちてきた。
三体目はかなり強く蹴られたのか、地面に背中を引き摺って跡を残しながら、土手に衝突した。
水を含んで柔らかくなった土に半身を埋めながら、そのマシンソルジャーは数回電子音を発する。
だが、それはすぐに消えた。レモンイエローの単眼から、色が消えてしまったからだ。
壊れた彼らから立ち上る弱い蒸気が、冷たい風に流されている。


「五十!」

一際大きなマシンソルジャーの胸を、彼の拳が貫いていた。
その拳に弾き出された銀色の円筒に指が掛けられると同時に、べきり、と強く握り潰される。
ぼたぼたとオイルの溢れるエンジンを離すと同時に腕が抜かれ、巨体のマシンソルジャーは支えを失った。
それがゆっくりと仰向けに倒れると、青い巨体の影にいた彼の姿が見えた。
肩を上下させながら、泥ともオイルとも付かない汚れにまみれた手の甲で口元を拭う。
右肩に目立っている白い002には、雨が伝い、汚れと水で薄く筋が出来ている。
空から切り取られたような、色鮮やかなマリンブルーに形作られた彼が、そこに立っていた。
口の中に入っていた泥水を吐き出してから、インパルサーは、やっとあたしへ目線を向けた。
瞳の色は、赤いままだった。


名前を、呼ばれたような気がした。

名前を、呼んだような気がした。



だけど。

あたしには、雨音しか聞こえていなかった。







04 8/19