リビングに散らばっていた武器の部品と、あたしの布団は片付けてリビングの隅に追いやってある。 細かい部品は冷凍保存用のビニール袋に入れてあって、ご丁寧にも母さんの字で「パル 部品」と書いてある。 それはなぜかあたしの布団の上に乗せられていて、妙な感じだった。 大きい部品とかは、もうちょっと大きめの袋に入って、やっぱりあたしの布団の隣に置いてある。 たった一晩で、あたしとインパルサーの生活スペースは一緒にされてしまっているようだ。ちょっと腑に落ちない。 ソファーに座っている鈴音は、じっとインパルサーを眺め回している。 インパルサーは昨日みたいに正座して、大人しくしていた。 彼はキッチンから出てきたあたしを見上げ、言う。 「由佳さん」 「何、パル?」 「あのばらした部品、捨てないで下さいね」 「なんで?」 「使えそうなものがあったので、アンチグラビトンコントローラーを直すときに使おうと思いまして」 インパルサーは、自分の背中を指した。 「その時は、少し手伝って下さいね。自分の背中は、自分で開けませんから」 うん、とあたしは生返事をして、アイスティーの入ったコップを二つ持ち上げた。 それをリビングのテーブルまで運ぶと、鈴音の前に置く。 あたしは鈴音の隣に座ると、彼女を見た。 「どしたの?」 「うん…」 鈴音にしては珍しく、返事がはっきりしていない。 やっぱり、話すよりも見てもらった方がその衝撃は凄まじいのだ。 彼女はまた、じっくりインパルサーを眺めていた。あんまり見られて、インパルサーは困ったように俯いた。 「えと、その、スズネさん?」 背中の翼が少しへたる。良く動くなぁ、そこ。 「僕、そんなに面白いですか?」 鈴音は頷いた。両者の自己紹介は、玄関先で済ませてある。 あたしはアイスティーを飲みながら、その真剣な横顔を見た。 黒髪の間から見える白く薄い耳には、あのピアスが光っている。 鼻筋から顎まで、滑らかなラインが続いて、その間の薄い唇が半開きだ。何度見ても、鈴音は美人だ。 鈴音の唇が閉じられ、その顔があたしへ向いた。 思わず、あたしは身を引いた。 「…何?」 「ブルーソニックインパルサー、だっけ?」 「はい」 インパルサーが返事する。 鈴音は、勢い良くあたしの両肩を掴んだ。 「確かに…こいつは、写真取って公表したら絶対にまずいわね」 あたしは、横目にインパルサーを見た。 当のインパルサーは、大人しくしている。 鈴音はあたしを見ながら、続けた。 「よぉーっく解った。何があっても、私はこのブルーソニックの写真撮らない!」 力を込めたのか、あたしの肩に鈴音の指先が少し食い込んだ。ちょっと痛い。 「撮ったりしたら、絶対出したくなる! だから、由佳んちいるときは、カメラ封印しとくわ!」 鈴音の足元にある赤いデイパックの蓋が、開いていた。 その中に見えるのは、新聞部で使っている立派な一眼レフのカメラと、鈴音の趣味のデジカメが入っている。 よく見てみると、どちらもキャップを被せられているし、一眼レフの方はフィルムは抜かれているようだ。 ありがとう、鈴ちゃん。あなたはやっぱり、あたしにはもったいないくらいの親友です。 鈴音は顔を上げ、インパルサーへ振り返った。 そして、笑う。 「だって、こんな可愛いのが色んな人間に扱われて、分解されたりしたらかわいそうじゃない」 可愛い。 可愛い、のか。インパルサーが。 あたしには、到底そうは思えない。身長は二メートル以上はあるし、肩幅はあたしの倍くらい広い。 そりゃ情けなくて子供みたいで可愛気はあるかもしれないけど、鈴音はまだその辺りを知らない。 だからきっと、インパルサーの見た目のことを言ったのだろう。あたしには、これもまたよく解らない感覚だ。 可愛いと言われたインパルサーは、戸惑ったようにあたしへ目を向けた。 そりゃ戸惑うだろう。可愛いなんて、言われたことがないに違いない。戦士だし。 彼は、弱ったように呟いた。 「その…僕、えと」 「素直に喜んでおけば?」 と、あたしが言うと、インパルサーはああそうか、と頷いた。 「ありがとうございます」 冗談だったのに。 まさか本当に言うとは、予想していなかった。 可愛いと言われて喜んだインパルサーを見、鈴音はもっと嬉しそうだった。やっぱり可愛い、と連呼している。 そしてインパルサーは、あろうことに照れているらしく、しきりに頬を掻いていた。 そんな彼の姿は、やっぱりあたしには情けなく見えた。と同時に、中身は相当子供じみているのだな、とも思った。 感情の起伏が激しいのも、子供っぽいからなんだろうか。だとしたら、とりあえずの納得は行く。 でも、合わない。見た目がこんなにがっしりしたロボットだから、余計に不自然だ。 やっぱり今のところ、こいつが戦士だとは思いたくはない。 ていうか、全然思えない。 途中で買ってきたお昼を食べた後、ようやくあたし達は新聞部の仕事をやりはじめた。 新聞、といっても校内誌が基本だからやることは多い。 写りの良い写真を選定して、記事の内容を書いて、編集して、推敲して、推敲して、更に推敲する。 でもダメなときはかなりダメで、いくら推敲しても書くのに何時間掛けたとしても、編集長というか部長に突っぱねられることはある。 部長が通っても、顧問の先生に止められることもごくたまにある。 だから何度も手間取ってしまわないためにも、文章を練って練って、簡潔に、だけど事柄がしっかり伝わるものを書かなければならない。 面倒だけど、その分達成感は大きい。当たり前だけど。 記事は、教室で鈴音が言っていたように、この間の陸上部の合宿だった。 鈴音の撮った写真はどれも絶妙なタイミングで捉えていた。でも、本人はそれをよしとしていないらしい。 テーブルの上に広げた大量の写真の中から数枚選ぶけど、それらをどれも弾いていた。ぴん、と写真が宙を舞う。 それをなぜかインパルサーは受け取り、自分の隣に写真の束を作っていた。暇なんだろう、きっと。 原稿用紙と睨み合うあたしの向かいで、鈴音は声を上げた。 「しっくりこないなー、もう」 「良く撮れてるじゃん」 「それはそれ、これはこれだって。もうちょい、ダイレクトに青春! 陸上! ってのが撮りたかったのになぁ」 と、鈴音は力を込めて拳を握った。 その気持ちは、解らないでもない。 いくら書いている方、作っている方が力を込めたところで、それが伝わらなければ意味はない。 何枚か物珍しげに写真を眺めていたインパルサーが、顔を上げた。 「ただ状況が掴めればいい、というものではないのですか?」 「状況っていうか…」 鈴音は、彼を見下ろす。 「場の空気っていうのかな。私は、そういうのを目指してるわけ」 「空気、ですか?」 インパルサーは、不思議そうに返した。 しばらく考えていたが、鈴音を見上げる。 「僕には、良く解りません」 「そりゃ一日二日で解るもんじゃないよ」 と、言いながら、鈴音は適当に写真を一枚取った。 そしてソファーにどっかりと座り、足を組む。 「私だって、最近までよく解らなかったんだから。難しいのよ、こういう世界」 この辺なら、あたしも少しは解るような気がしないでもない。 でも、はっきりと明確に解るわけではないから、結論としては解っていないのだ。 こういう世界は、実に奥が深いから。 ふと、あたしはインパルサーの正座している隣を見た。 中心当たりをまるで銃とかで撃ち抜かれたみたいな感じの写真が、数枚フローリングの上に散らばっている。 鈴音の放り投げた没写真が、かなり妙な物体になっているのだ。 あたしは立ち上がると、それを手に取った。 「何これ?」 そして、インパルサーの手元を見た。 ついさっき鈴音が飛ばした写真を、右手の親指と曲げた人差し指で挟むようにして持っている。 薄っぺらいものの持ち方は、あたし達人間とそっくり同じだ。ヒューマニック、と付くくらいだからだろうか。 写真を指の間に挟んであるが、親指がぐぐっと写真を押している。 中心に向けてどんどんめり込んでいってアリジゴクみたいになり、ついには親指が残りの指の間に没した。 べりっ、と小さく印画紙の破ける音がした。 直後。 ばすん、と彼の親指が写真を貫いた。 「あ」 インパルサーは、ちょっと失敗した、みたいな声を出した。 あたしは彼の右手を開かせると、その親指に引っかかっている中心の抜けた写真を抜いた。 陸上部の面々が、合宿先のグラウンドごと見事に破られている。園田先輩も、被害に遭っているようだ。 それをひらひらさせながら、あたしは変な顔をした。 「あんた、何してんの?」 鈴音が、なんともいえない表情をしていた。 怒りたいような困ったような、何か言いたいような言いたくないような、要するに混乱しているらしい。 あたしは彼女へ苦笑し、またインパルサーへ向き直った。 インパルサーはぎっちょんがっちょんと右手を開いたり閉じたりしていたが、その手で後頭部を押さえた。 「また、やっちゃったみたいです」 「また?」 鈴音が、変な顔をした。 インパルサーは、リビングの隅を指した。 そこには、粉砕された食器や日用品が、ごっちゃごちゃとゴミ袋に詰められている。 落としただけならお皿の破片は大きいはずなのだが、どうにもその破片が粉々になっている。 ステンレス製のマグカップらしきものは、指の形に丸かった表面が曲がっていて、ほとんど原形を止めていない。 他にもお茶碗とかあるけど、どれも、ぐしゃっと握り潰されたみたいな壊れ方だった。 彼はそれを指したまま、あたし達へ顔を向けた。 「パワーリミッターの設定が、故障の影響で上手く行かないんです。アンチグラビトンコントローラーの故障は、パワーリミッターと関係があったようなので」 ゴミ袋を指していた指先はくにゃっと力が抜けて、一緒に手も力が抜かれる。 ぱたん、と軽くフローリングの上に落ちた。 「すいません…あれ、全部、僕が壊しちゃいました」 本当に、すいません。 薄暗いリビングに、気弱な声が広がって消えた。 あの武器はちゃんとばらせていたのに、と思ったけど、あれは戦車が踏んでも壊れないようなシロモノだ。 きっと、力の調節が上手く行かないだけのインパルサーなんて、平気だったのだろう。 考えてみれば、玄関の上の部分に頭をぶつけてへこませたのだって、勢い良く踏み込みすぎていたのだ。 いくら身長が高かろうが、自分が硬かろうが、力を込めなきゃそう簡単に壁は壊れるもんじゃない。 きっと、あたしの部屋の窓をぶち抜いたのだって、そんな感じだったのだろう。 あたしは記事の文章を捻り出せないこともあって頭が痛かったけど、もっと痛くなった。 インパルサーはあたしを見、言った。 「パワーリミッターは僕のメモリーバンクに直結していますから、加減を覚え込ませることは出来ますけど…」 「けど?」 「回数が必要なんです」 「どのくらい?」 「僕のメモリーバンクのキャパシティはコマンダークラスですから、そうですねぇ…」 あたしと鈴音を、レモンイエローのゴーグルが見つめた。 「最低でも、百は訓練しないと」 鈴音が額に手を当て、はぁ、と首を振った。 インパルサーが力加減をちゃんと覚えてしまうまで、百個も何かを壊されるということだ。あの食器の山みたいに。 それは想像しただけで、相当にうんざりしてしまうようなことだ。 彼は恐縮しきりで、大きな体を縮めた。 「本当は、その、プログラミングが一番簡単で、それは僕にも出来ることなんですけど」 後頭部に当てていた手を、膝に置く。 「プログラミングに必要なプログラムターミナルと、インストーラーがないんです」 隣の道を、数台の車が通っていった。 変な静寂を、じぃじぃとセミの声が満たしていく。 正座して膝の上で固く両手を握り締めているインパルサーの姿は、まるであたし達に怒られているようだ。 いや、怒れるものならあたしも鈴音も怒りたい。 でもこれ以上他のものを壊されるよりも、百回訓練して、力加減を覚えさせてしまった方がいいに決まっている。 怒るのはいつでも出来るけど、この状況を放置していくわけにはいかない。 あたしは真っ白なままの原稿用紙をちらりと見、ため息を吐いた。ああ、幸せが逃げていく。 鈴音も同じ事を考えていたのか、ご愁傷様、と言いたげな顔をした。 あたしは、呟いた。 「パルの訓練、するしかないか…」 チュイン、とモーターが動いた。彼が体を動かすたびに、この音はする。 頭を下げて両手を床に付き、体を伏せた。つまり、インパルサーは土下座の格好になっている。 土下座なんて、いつか浮気されたときぐらいにしかされないと思っていたから、凄く意外だった。初めてされたよ。 その格好をしたまま、彼は心底申し訳なさそうな声を出した。 「お手数掛けます、由佳さん」 鈴音が、あたし達を見下ろして苦笑していた。 「大変ねぇ、あんたら」 全くだ。 04 3/6 |