Metallic Guy




第六話 嵐、去らず



「ああ、うん、心配しないで」

携帯の向こうから聞こえる母さんの声は、相当心配していた。
だからあたしは、とりあえずこう言うしかない。
でも、母さんの心境は解る。こんな天気の悪い日に、しかもパルと一緒に外に出ちゃったのだから。

「気を付けて、見つからないように帰ってくるのよ」

「解ってる」

あたしは、背後でじっとレッドフレイムリボルバーと睨み合うインパルサーを横目に見た。

「明日の朝には帰るから、心配しないで」

「鈴音ちゃんによろしくね」

「うん。おやすみなさーい」

そう言い、あたしは携帯を切った。結び付けてある、イニシャルのキューブが付いたストラップが揺れた。
二つ折りのパールホワイトをぱちんと畳んでから、ラグの引かれた床にぱたんと倒れ込んだ。
手前には、同じように転がっている鈴音がいる。
鈴音の二つ結びにされているしっとりした黒髪が、扇形に広がっていた。


外は、相変わらずの雨と風だ。
新たなヒューマニックマシンソルジャー・レッドフレイムリボルバーがやってきた。
そのために、あたしは鈴音の家に泊まることを余儀なくされた。久々のお泊まりがこれとは、色気の欠片もない。
まぁ別に何をする、何が出来る、というわけでもないだろうけど。ただの女子高生に過ぎないのだから。
といっても、彼と話がしたい、と居座ったのはインパルサーなのだが。やっぱり、仲間のようだ。
あたしはそれに付き合わされる形で引き留められ、こうなっているわけだ。
鈴音はと言えば、いきなり池に飛び込んできた赤いロボット、レッドフレイムリボルバーに困惑しきりだった。
今もまだ困っているようで、形の良い細い眉を顰めている。


「正直なところねー…」

仰向けになり、額に手を当てる。
鈴音は、ふう、と高く盛り上がった胸を上下させる。

「どうしたらいいのか、マジで解らないの。この赤いのを、由佳みたいに、あしらえないっていうか…」

「あたしはあしらったわけじゃないよ」

上半身を起こし、鈴音を見下ろす。

「ただ、パルの方が物分かりが良かった、っていうかで」

「どうしたもんかね」

鈴音は、ひたすら睨み合っている二人へ顔を向けた。

この状態で、かれこれ二時間だ。

青と赤のロボットが並んでいるその光景は、鈴音の部屋に似合わない。
インパルサーの方はきっちり正座しているけど、レッドフレ…いいや、リボルバーの方は胡座のような状態だ。
両腕の長い銃身が畳に当たっていて、ちょっと擦っている。長すぎるのだ。
夕方にここへやってきて、部屋に入った直後から、ずっとこれなのだ。
たまに話しかけるとインパルサーは返事をするけど、リボルバーはそうじゃない。
最初に一言、あたしとインパルサーを挑発するようなことを電話口と出会い頭に、言っただけだ。
まぁ、あたしの方は意図的ではないだろう。たぶん。


インパルサーの背中がこちらに向いているため、その羽根の角度を見た。
へたれていない。
むしろ、いつもより角度が強くて、しゃきーんと上向いている。
あたしは、それがちょっと不思議に思えた。

「パル」

「はい」

黙り込んだ後はずっと、話しかけてもこんな感じなのだ。
やけに硬い声で、一言だけ返してくる。

「ねぇ、まだそのままなの?」

「あとしばらくです」

それだけ言って、またインパルサーは黙り込んだ。
リボルバーは、無言のままだ。
にやりと笑った口元も最初から変えておらず、まるで時間が止まったように固まっている。
あたしと鈴音は顔を見合わせた。

「放っておくしかないんじゃない?」

起き上がった鈴音は、あたしが持ってきたホットケーキを食べていた。
あたしは頷き、膝を抱える。

「だぁねぇ」

「にしてもこれさぁ、おいしいんだけど、食べても食べてもなくならないねぇ」

と、困ったように、鈴音はケーキ箱を指した。
大皿に乗っていた山を一つ突っ込んだのだから、そりゃあ減らないだろう。
ホットケーキはまだまだ余っていて、なくなりそうになかった。
さすがにあれだけ食べた後なので、あたしは食べる気が起きず、手を出していなかった。



更に二時間後。


午後八時。

「とまぁ、そういうわけだ」

唐突に、リボルバーが言った。
インパルサーは気が抜けたように、正座を崩して足を広げ、後ろへ手を伸ばして体重を掛けた。
そしてまた、落ち着かない様子でまた座り直す。肩を上下させ、深呼吸しているようだ。
リボルバーは、あたし達へ顔を向けた。

あたしと鈴音は、いきなりのことに驚いていた。
今の今までずっと動いていなかった二人が、いきなり動いたのだから。
インパルサーは上半身を、あたしへ向けた。

「予想以上に時間を喰ってしまいましたが…彼との、情報交換が完了しました」


「相変わらず回りくどいな」

リボルバーはうんざりしたように、表情を歪める。

「ただ、オレの戦果を話してただけじゃねぇか」

「話してたの?」

と、あたしが尋ねると、インパルサーが向き直った。

「はい。ノンケーブルダイレクトコミュニケートを使った方が、手っ取り早いと思いまして」

「赤外線通信みたいなもの?」

鈴音が頬杖を付いた。さらり、と解いた髪が背中に流れる。
リボルバーは体育会系の笑顔になり、立ち上がった。質問の答えはどうした。
鈴音にぐっと迫り、声を上げた。

「コマンダー! これでようやく、あんたとまともに話が出来るぜ」


鈴音は後退ったけど、リボルバーはそれを追う。
ベッドの側面に背を当てたまま、鈴音は弱り切った表情をしている。
だけどリボルバーはそれを気にしていないのか、更に力を入れた声を出す。

「ソニックインパルサーのメモリーによれば、あんたはスズネ・タカミヤっつったっけか、姉さん」

鈴音は、こっくりと頷いた。



「スズ姉さん!」

力強い手が、鈴音の目の前に突き出された。

「オレはあんたに惚れちまったかもしんねぇ!」



絶叫。

この家に、鈴音以外いなくて本当に良かったと、あたしは思った。
一体、なんなんだろうこいつは。
インパルサーを見てみると、彼は何をするでもなく、正座している。
鈴音に迫ったままのリボルバーの後ろ姿は、やっぱりごっつくて、インパルサーのそれとはかなり違った。
迫られたままの鈴音は、何を言われたのか一瞬理解出来なかったようで、動きを止めてしまっている。
しばらくして理解したのか、見開かれていた目が吊り上がり、嫌そうな顔になる。


「なっ…なんなのよぉあんた!」

鈴音はベッドの上に乗り、更に身を引いた。
リボルバーは仁王立ちしていて、突き出した手をがしっと握り締めた。

「要するに、あれだ!」



「姉さん、愛してるぜぇーっ!」



また、絶叫。

あたしは耳が痛くなった。だけど、至近距離の鈴音はもっと辛かっただろう。
インパルサーは、さすがに止めなければと思ったのか、おもむろに立ち上がった。
リボルバーの首根っこをネコのように掴んで、自分の隣に座らせた。
彼を立ち上がらせないためなのか頭を抑え付けながら、インパルサーはベッドの上の鈴音に頭を下げた。

「すいません。フレイムリボルバーのエモーショナルリミッターは、初期製造の影響で僕の十分の一なんです」

鈴音はすっかり困り果ててしまったようで、表情が曇っている。
座らされたリボルバーは無理矢理動くことはなかったが、動きたそうな顔をしていた。

「そこまで言うかよ…」

そうぼやいたリボルバーへ、インパルサーは顔を向けた。

「言いますよ。僕は鈴音さんと数回会っていますが、あなたは初対面です。礼儀ってモノを知らないなぁ…本当に」


「で、愛してるって?」

他人事であるため、あたしはなんとなくリボルバーに聞いてみた。
リボルバーは、にっと笑った。

「よくぞ聞いてくれた! ブルーコマンダー。オレはなぁ、スズ姉さんほどの、優しいマインドとうっつくしいボディを持った有機生命体、いや、ヒューマニックマシンソルジャーにも会ったことがなかったんだよ!」

「だから、ですか?」

インパルサーの声が、心なしか冷たい。
気遣いを欠かさない彼としては、きっと、理解出来ないのだろう。
リボルバーは深く頷き、拳を握った。

「そういうことよ。愛に時間は関係ねぇ、愛がなんだかよく解らねぇが、とにかくオレはスズ姉さんをだなぁ!」


「…いちいち叫ぶなぁ!」

ばん、とマットレスを殴り、鈴音はリボルバーに叫んだ。
息を荒げながら、立ち上がる。

「何度も何度も言わなくてよろしい! 私は馬鹿じゃないんだから、一度言えば解るわよそんなこと!」

「イエッサ」

こん、とリボルバーは敬礼した。
鈴音はどっかりとマットレスの上に座り、肩を落とした。
そして前髪を掻き上げ、いじる。

「何よ…愛って。解らないのに、なんでそんなこと言うのよ」


「メモリーバンクをひっくり返して語彙を捜したんだが…それしか、いいのがなくてよ」

気恥ずかしげに、リボルバーは笑った。
その首根っこを掴んだままだったインパルサーは、不意に手を放した。
途端に支えを失ったリボルバーは崩れ落ち、前のめりになる。パル、あんたそいつで遊んでないか。
インパルサーはあたしの前に、きっちりと正座した。

「悪い方ではないんです。ええと…そうだな、この星で言うところのギリニンジョウというかが好きな方ですし」

「…義理人情」

あたしは、変な顔をした。
良くあるあれか、江戸っ子タイプというやつか。
彼は頷き、起き上がったリボルバーを横目に、続ける。

「ただ見ての通り、エモーショナルリミッターがあってないような方なので…戦場では、この突っ走り具合が特攻隊長としては最適なんですが」

ふう、と深く長く、インパルサーはため息を吐いた。

「一度突っ走り出すと、止めるのは僕だけ、というか僕しか止めない、というかで」

「つまり、厄介なのね?」

「はい」

あたしが半ば冗談で言ったことを、インパルサーは否定しなかった。結構きつい。
ちょっと関わっただけでこれなのだから、きっと長いこと関わると面倒なことが次から次へと起こるのだろう。
想像しただけで、心底うんざりした。なぜ、インパルサーはあれが平気なのだろう。
いや、平気ではないんだ。
だからあれほど冷たくあしらって、受け流しているんだろう。パルも大変だなぁ。
でも、これから一番大変なのは。

そんなリボルバーのコマンダーになった、鈴音に違いない。


「あ」

ふと、あたしはあることに気付いた。
訝しげにこちらを見上げている鈴音に、顔を向ける。

「そうだよ…」

インパルサーも、不思議そうに首をかしげている。
あたしは、思わず声を上げていた。

「リボルバーの力加減、どうなってるの!?」


「あ」

思い出した、と言うように鈴音が顔を上げた。今の今まで、忘れていたのか。
あの紙風船百回を、鈴音とリボルバーもやるのだろうか。その様子は、想像出来ない。
すると、リボルバーは手を上げて軽く横に振った。

「ああ、あれか。あんなん、ソニックインパルサーからプログラムをコピーしたから問題はねぇぞ」

「はい」

インパルサーは、心底残念そうに頷いた。

「思い切り、楽をされてしまいました」


「…えー」

あたしは納得が行かず、気が抜けた。テーブルの上に、ぱたんと倒れる。
紙風船百回の苦労が、あっさりとコピーされてしまうなんて。なんか悔しい。
そんなことを考えてむくれていると、鈴音はあたしの肩を叩いた。

「そう残念がる程の事?」

「事だよ」

あたしは、肩を落とした。

「だって、あの苦労をさらっと持って行かれちゃったのよ? なーんか、腑に落ちない…」


「そうですよ」

インパルサーが、リボルバーを睨んだ。

「僕はともかく、由佳さんの苦労をあっさり持って行かないで下さい。ずるいですよ」

「んーなん、単なるプログラムじゃねぇか」

リボルバーはインパルサーに迫る。

「良くある事だろうが、オレ達ヒューマニックマシンソルジャーの間じゃあ」

「良くないですよ」

ぷいっとインパルサーはそっぽを向いた。

「昔からあなたはそうなんです。前も、僕が作った照準補正のデータファイルを皆に渡す前に、あなた一人だけ無断でロードしましたよね」

今度は怒っている。

「そういうの、いけないことなんですよ!」


「ソニックインパルサー…あの時ぁオレの出撃の日だったろうが、使えるもんはさっさと使った方がいいだろうが!」

「良くないんですよ、フレイムリボルバー!」

インパルサーの声が、裏返った。

「あなたがそういう細かいことを僕にばっかり押し付けてきたのはまぁ今は気にしてはいませんけど、あの時はまだデータの補正も行っていませんでしたしデータテストも終わったばかりの…ああもう、とにかく! 何かする前にせめて一言言って下さい、そしたら僕もこんなにいちいち声張り上げてあなたにガンガン言わなくて済むんですから!」


「…そりゃ、まぁ」

リボルバーは言葉に詰まり、顔を逸らす。
インパルサーは、いつになく強気な口調だった。

「いいですか、今回だけは由佳さんと鈴音さんのためにこれ以上はやりませんし言いません」

ぱん、とインパルサーが畳に平手を当てた。

「ですがフレイムリボルバー、次はありませんよ! 今度似たようなことをしたときには、あなたが僕がリペアしている時に勝手にコピーしていったデータの全て、バックアップの欠片も残さず消しますよ?」



消しますよ、がやたらに強かった。



「…解ったよ。くそー、バレてたかぁ」

リボルバーが顔を伏せ、呟いた。
インパルサーは胸を反らし、頷いた。

「当たり前ですよ」


不意に、リボルバーの彼の視線が鈴音に向いた。
鈴音は途端に身を引いて、嫌そうな顔をした。

「ていうかさ、私はいつあんたのコマンダーになんかになったのよ? ここにいる意義なんて、私は与えてないわ」

「んー、ああ」

思い出したように呟いてから、リボルバーは苦笑した。

「オレは確かにスズ姉さんに惚れたが、まだコマンダーの認定は完了していなかったっけなぁ…」


つまり、リボルバーが勝手に鈴音をコマンダー、と呼んでいただけと言うわけだ。
何か、順番を間違えている。
普通は一応コマンダー認定をして、親密になってから、告白ってものはするもんじゃないのか。
あたしにはそんなリボルバーの思考回路が、さっぱり理解出来なかった。
鈴音も同じような状態なのか、げんなりしている。


「短絡的すぎますね」

と、パルはさらっとひどい。
実は、結構口が悪いのかも知れない。さっきのあれは凄かったし。
リボルバーはそれに慣れているのか、笑った。

「いちいち手順を踏みまくった挙げ句、出撃のタイミングを逃して撤退しやがったてめぇよりはマシだ」

「言いますね…」

「てめぇが吹っ掛けたんだろうが」

リボルバーはにやりとした。


「意義か」

ベッドの上で、鈴音は寝っ転がっていた。
ハーフパンツから伸びたすらりとした足を組み、天井を見上げている。

「そりゃあレッドフレイムはやかましいけど、このままだと感情も何も消えるんだよね」

「おう」

リボルバーが、鈴音に言う。

「一ユニオンサイクル後、ってとこだな」

「えと、大体三十六時間でしょうか」

インパルサーが、地球時間に直してくれた。
意義を受けない場合のタイムリミットは、一日半、ということらしい。
鈴音は寝っ転がったまま腕を組み、唸る。

「そうねぇ…このまま消えちゃうとさすがに気分が悪いし、えらいことになるのも嫌だし…」


期待するように、リボルバーが身を乗り出した。
鈴音は体を起こしてベッドから降りると、びしっとリボルバーを指した。

「仕方ない」

本当に、鈴音は仕方なさそうな声だった。

「もう、どうにでもなれぃ!」



「あんたのコマンダー、引き受けてやるわよ!」



鈴ちゃん。
なんて、あなたは男らしいのでしょうか。
やっぱり鈴ちゃんは、あたしには勿体ない親友です。

鈴音は、じっとリボルバーを睨んでいる。
でも多少渋い表情なのは、言ってはみたものの、まだ覚悟がしっかり出来ていないからだろうか。
いや、違うだろう。きっと、これからの行く末が心配なのだ。
それとは対照的に、リボルバーは物凄く明るい笑顔を浮かべている。
ばしっと拳を握り締め、立ち上がった。

「ぃいよっしゃあ!」

だん、と一歩強く彼が踏み込んだ。
そのせいで、鈴音が積み直したビデオの山がばらばらと崩壊した。

「スズ姉さん、オレはあんたに、ボディが稼動する限り付いていくぜぇっ!」

「いちいち叫ぶな、ってさっき言ったでしょ」

リボルバーの熱の入りようとは逆に、鈴音は冷たく言い放つ。
インパルサーも同じようにしていたから、きっと、彼を扱うにはこの方法が確実なのだろう。
リボルバーはぴんと伸ばした手を額の前に当て、こん、と装甲を当てて鳴らした。

「イエッサァ!」


心なしか、先程よりリボルバーの声量は落ち着いていた。
鈴音は満足そうに頷く姿を、リボルバーは相当に嬉しそうな顔で見ている。
この二人の主従関係は、結構上手いこといくのかもしれない。
あたしはふと、インパルサーを見た。
彼は正座したまま、自分で作ったホットケーキを持って、眺めている。


「…何してるの?」

あたしがそう尋ねると、インパルサーはホットケーキを見つめる。
しかも、それはちゃんとキッチンペーパーに包んで持っている。なんと上品な。
彼はきつね色のまん丸いそれををあたしへ向け、残念そうな声を出した。

「本当に、今度はこれを三分の一の量しか作っちゃいけないんですか?」

「当たり前でしょ。これ以上作ったら冷凍庫が一杯になっちゃうし、食べ切れないし飽きちゃうもん」

「それじゃ、次はホットケーキ以外のものを作れば良いんですね?」

「うん。それなら、まあ…」

「あのエプロン、見た目は凄いですけど付けたら汚れが少なくて済みました。だから、また次の時も」

「いや、今度はちゃんとしたのあげるから。あれはあたしが悪かった」

「…はあ」

頂けるなら頂いておきます、と、パルは返した。


あれは、本気であたしが悪かった。
もう一度ふりふりエプロンを装備したインパルサーは、見たいようで見たくないようで、見たくない。
笑えるんだけど、笑った後になんともいえない複雑な心境になるのだ。
そんなことを思い出していると、背後でリボルバーと鈴音がなにやら言い合っている。
愛しているとか、これ以上言うなとか、要約すればそんな感じだ。

頑張れ、鈴ちゃん。
あたしも頑張る。







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