Metallic Guy




遠く離れた、砂の星で



砂塵を擦り抜けた白い機影は、ふわりと浮上すると、あっという間に地上から距離を開いた。
すらりとした流線形から伸びる翼に備え付けられたブースターから炎が走り、一気に上昇して消え去った。
赤茶けた砂に薄汚れた強化パネルの窓に手を添えながら、彼女はそれを見送っていた。
銀河連邦政府本部のスペースシップが完全に見えなくなってから、バーバラは背後へ振り返る。
簡素なスペースポートに見合った、飾り気の欠片もない待合室の長椅子に、紺色の制服姿のエラが座っていた。

「…行っちゃったねぇ」

キャラメル色の量の多い髪を後頭部で一括りにした吊り目気味の彼女は、足を組んでいた。
その上に腕を乗せて長身を縮めているエラに、バーバラは頷く。

「うん」

ふわふわと波打った短い髪を耳へ乗せ、もう一度バーバラは赤茶けた空を見上げる。

「本当に、戦うんだ。マリーは」


こういった待合室にありがちな、彩りの観葉植物に挟まれた大型のホロモニターが、先程から騒いでいた。
惑星ユニオンで起きた異変と、突発的に始められた無理矢理な戦いの報道が続いている。
銀河連邦政府の本部が存在するユニオンは、厳重で潔癖なまでの安全管理で、ここ数百年は平和だった。
だからこそ、この異変は一大事だった。しかもそれは、実質一人の男によって起こされた事だったのだから。
その男に操られたマシン達は、次々にあらゆる都市の防衛を突破して、ユニオンを混乱の極みに陥れている。
緊張しきった面持ちのアナウンサーが伝える情報は、どんどん悪い方に傾いていった。
何度目かの臨時ニュースを読み上げるアナウンサーを、エラは眺めていた。

「調子乗ってるわねぇー、あの鉄仮面」

「中央からどどんと攻めるんじゃなくて、軽い陽動気味の作戦だね」

アナウンサーの背後に表示されている、壊滅した地域の地図を指しながらバーバラは目を動かす。

「こんな作戦、先読み出来るじゃないのよー。ちょっと周りから攻めてるし、あの赤いマシンが一歩遅れてきてる辺りを考えれば、いくらだって対応策を練られるよ」

「ちょっと周りを攻められたからって、半分以上そっちに回すことはないじゃない」

半透明のバイオプラスチックカップを傾けたエラは、その中に入っていた、苦み混じりの温い液体を飲み干す。
べったりした甘さが喉にまとわりつき、それが彼女には少々不快に思えた。

「おかげで、どんどん市街地の中心をやられてるじゃないの。下手な指揮官」


「だけどさ、ちょっとおかしくない?」

出入り口近くの自動販売機に、マネーディスクを差し込みながらバーバラは首をかしげた。

「鉄仮面こと、レイヴン・シルバーのレの字も出てこないなんてさぁ。これ、絶対本部が手ぇ回してるよね」

地球で言えば、ホットココアに当たる飲み物のボタンを押したバーバラは、エラへ振り返る。
透明のパネルに塞がれた自動販売機の取り出し口に、ことん、とカップが落ち、その中に液体が満ちていった。
パネルが開いたので、それを取り出したバーバラは、マネーディスクを胸ポケットに入れた。
エラはホロモニターを見上げつつ、呟く。その隣に、バーバラは座る。

「うん、間違いないわー。外部送りにした隊員が敵になったー、なんて言われたら、平民共は戦々恐々」

「銀河連邦政府の信用はブラックホールの底へ、だもんねぇ。ま、妥当な判断だよね」

そう言い終わったバーバラは、湯気の昇るホットココアを口に含んで飲み下した。

「んー…やっぱり甘いわ、ここの」


「あの赤いのってさぁ」

空になったバイオプラスチックカップを手の中で弄びながら、エラは頬杖を付いた。
その目線を辿ったバーバラは、ホロモニターに映し出されるマシンを見つけた。
これでもかと言わんばかりに派手に塗られた、人間よりやや大きめの体格の二足歩行型ロボット。
その両肩には、回転式弾倉、いわゆるリボルバーが付けられている。それも、かなり大型なものが。
リボルバーの下から伸びる銃身の長さは自在なのか、先程から伸縮させて発射していた。
真っ赤な銃身から放たれた炎の固まりが、半壊した都市部の空へ向かい、一気にアドバンサーを十数体焼く。
どぉん、と激しく爆発した一体から広がった炎が空を満たし、小隊を一つ焼き払ってしまった。
撃墜が終わるやいなや、弾かれたように赤いマシンは飛び出した。その機影が抜けた後は、やはり炎が満ちた。
化粧気はないが長さのある睫毛を伏せ、エラは薄めの唇を開く。

「戦い方、マリーに似てない?」

「あー、言われてみれば。マリーが大部隊を相手にしてるときって、こうだったもんねー」

中身が半分ほどになった熱いバイオプラスチックカップを両手に持ち、バーバラは頷く。

「一気に突っ込んで蹴散らすんじゃなくて、ちょっと離れて攻撃。うん、似てる似てる」

「でしょ?」

きつく結んだポニーテールを揺らし、エラはバーバラへ顔を向ける。

「後方支援の時のマリーとほとんど同じだよ。的確にダメージを与えられる位置へ、的確に攻撃する」

「射撃の性能も悪くないー、ってか、ほとんどブレってものがないや。伊達に肩が銃じゃないってことかー」

「あの炎の固まりが直撃してる位置、エンジンじゃなくてバッテリーとオイルタンクだわ。うん、間違いない」

足を組み直し、エラはホロモニターを凝視した。

「大量殲滅にはもってこいの戦法ね。むかつくぐらい、効率的だわ」

にやりとしながらエラは立ち上がり、軽く空になったカップをダストボックスへ投げる。
傾斜の付いた長方形の入れ口に、すとんと逆さにカップが納まった。
バーバラは思い出したように、待合室の壁に掛けられた丸い掛け時計を見上げた。
それを見、立ち上がったバーバラは、同じようにダストボックスへ空のカップを投げ入れた。

「勝てるかなぁー、うちら」

「さあて、どうだか」

肩を竦めたバーバラは、髪を揺らしながら背を向ける。
薄いカーペットの敷き詰められた床にブーツのヒールを鳴らして止まり、ドアの前に立って開かせる。
多少冷え気味の外気が待合室に滑り込むのを感じながら、バーバラは少し笑った。

「負けるんじゃないの? あんな具合じゃ」


突然、けたたましいアラームが二人の胸ポケットから発せられた。
甲高い呼び出し音が吐き出されているのは、小型のコミュニケーターだった。バーバラはそれを取り出す。
二つ折りのフリップを開いて受信ボタンを押すと、ホロモニターに見慣れた男の姿が浮かび上がる。
ざんばらに短く切った黒髪と無精髭に、色素が濃く、いかつい顔立ちに似合いすぎるグレーのゴーグル。


「隊長」

意外そうにバーバラが言うと、ホログラフィーの隊長は逆手に背後を指す。

『お前ら、さっさと戻ってこい』

「なんかあったんですか?」

同じようにコミュニケーターを開き、エラが尋ねる。隊長は笑う。

『解り切ってるだろ。今からユニオンに突っ込むんだ、ディアブロスのエンジンはもう熱いぜ』

「今更頼ってきたかー…」

呆れたようにエラは洩らし、ホロモニターを見上げた。中継とニュースは、更に続いている。
あちらでも同じチャンネルに合わせているのか、隊長の背後から流れる音声が見事に重なった。
奥の見えないほど深いグレーのゴーグルを指で直してから、隊長は苦笑いする。

『ああ、本当に今更って気がするけどな。んでさっき、本部にマスターコマンダーから通信があってな。赤くて火力の固まりみてぇな、あのマシンの名前はレッドフレイムリボルバーだそうだ』

「うわストレート!」

と、思わずバーバラは声を上げる。隊長は肩を上下させ、笑っているようだった。

『全くなぁ…。普通、もうちょい捻るだろうが。あの野郎らしいぜ。んで、そのリボルバーを撃破しろ、だとさ』

「撃破ぁー?」

表情を引きつらせながら、エラは乾いた笑い声を発する。

「あれだけ火力のあってすばしっこい相手に、接近戦でも仕掛けろっての?」

「一発でも、そのリボルバーに当ててから言えっての。さっきから見てれば、掠りもしてないじゃんかー。そんな、ノーダメージの相手に生身で突っ掛かるのは無謀すぎじゃない?」

肩を竦めたバーバラは、嫌そうに舌を出す。隊長は、顔を逸らした。

『オレじゃねぇ。本部の連中だ。とにかく、てめぇらが戻ってこねぇと出られねぇんだから』

「了解、りょーかーい」

そう返したバーバラはホロモニターを切り、ぱちんとコミュニケーターを閉じた。
あまり気が進まないのか、重たい足取りでバーバラはエラの隣を抜け、薄暗い通路を歩いていった。
小柄な制服姿の背を見送りながら、エラはその後に続く。二人が出ると、待合室のライトは消えた。
二人分のブーツが鳴る硬い足音が繰り返されて、誰もいないエレベーターホールに出た。
しゅっ、と軽く開いた扉から光が溢れた。二人が入ると、固く閉じられる。
下降する独特の感覚を味わいながら、ふと、思い出したようにバーバラはエラへ振り返る。

「忘れた」

「何を?」

「ほら、ドレス。仕立て直したじゃん、あれ」

どたばたしてたらうっかり渡すの忘れちゃったよ、と、残念そうにバーバラは肩を落とす。
すると、モーター音が弱まって止まる。とん、とエレベーターは停止し、また軽く扉が開く。
スペースポートよりは少し明るい基地の通路へ出、エラはバーバラを見下ろす。

「また今度、会ったときに渡せばいいじゃん」

「今度…ねぇ」

整備員も出払ってしまって静まり返った通路を歩きながら、バーバラはエラを見上げる。

「マリーがここに帰ってくると思う?」

「思えないねぇ」

緩めて広げていた襟元を正し、オレンジ色のネクタイをきゅっと締め直した。
エラは口元を絞めていたが、こん、と足音を止めた。長い影が、通路に横たわる。


「だぁよねぇ」

制服のポケットから取りだしたインカムを広げ、耳元へ掛ける。彼女が、オペレーターである証のようなものだ。
イヤホンマイクを伸ばして口元へ伸ばし、装備を終えた。バーバラは足早に、エラの隣を通り過ぎる。
基地の中心部、スペースポートで待ち構えている巨大なヘビーバトルシップが、砂嵐に隠れていた。
かりかりと霞んだ強化パネルを擦っていく砂粒が、乾いた星の姿を霞ませていた。
バーバラは子供じみた柔らかい唇の端を、ほんの少し上向ける。

「どっちも、戦いが終わるまで、絶対に帰ってこないよね」



「二人とも、負けず嫌いだから」


見事に、エラとバーバラの声が重なる。
二人はあまりのタイミングの良さに、くすりと笑い合った。
直後、待ち兼ねていた隊長に基地内放送で急かされたため、彼女達は駆け出していった。


向かうは。

その二人がぶつかり合う、戦場だった。







04 6/21