「れっつごー、げっちゅー! える、おー、ぶい、いー、らぶらぶ、げっちゅー!」 少しテンポの遅れた歌が、先程から続いていた。この曲は、もう五度目だ。 テーブルに座り、裏返した広告紙の白い部分にクラッシャーはサインペンを動かし、絵を描いていた。 「だってぇー、やってらんなぁいじゃあーん。ふぁいたぁーよりー、おとめちっくにー」 この間延びした歌声に、涼平は無性に苛ついていた。机に向かってはいたが、まるで集中出来ない。 机の上に広げたまま睨み付けていた算数の計算ドリルから目を外し、椅子を回して振り返ってみる。 多少歪んでいるうさぎに、ぐりぐりと丸い目を描いたクラッシャーは、機嫌良く歌い続ける。 「げっちゅー、らぶらぁぶもーどじゃあーん。身も心もすいーつにぃ、とけてみたいもぉーん」 涼平は、二つ返事で留守番を引き受けたことを後悔していた。 父親は出張で母親は休日出勤、姉は友人と買い物で、インパルサーはマリーの家へメンテナンスへ行った。 涼平も家から出たくなっていたのだが、誰かと遊ぶ予定もなかった。仕方ないので、宿題に手を付けていた。 だがその宿題も、一向に進まない。原因は、当然ながらクラッシャーの歌だった。 何度かやめろと言ったはずなのに、せめて歌を変えろと言ったはずなのに、延々とプリキュアのEDだ。 せめてテンポは早くしてくれ。そう思いながら、涼平はまたクラッシャーに背を向ける。 デスクライトに照らされた、計算ドリルのページに並ぶ割り算を計算していると、舌っ足らずな声が掛けられた。 「ねー、涼ー」 「なんだよ」 嫌々ながら涼平が答えると、クラッシャーは耳の短めなうさぎの絵を押しやり、身を乗り出す。 「この歌の二番って、なんだっけ?」 「知るかよ! ていうかオレが知ってるわけないだろ、そんなもん!」 「なんだぁ。んじゃ、あっちにしよ」 不満げにぼやき、クラッシャーはまた座った。とん、と曲げた膝を床に付けてから腰を下ろす。 テーブルの下から新しい広告紙を出し、裏返して白い面を広げた。サインペンを動かし、ネコの輪郭を描く。 「プリッキュアプリッキュアー、ぷーりきゅーあーぷーりきゅーあーぷーりきゅーあーぷーりきゅーあー」 きゅっ、とサインペンを振り上げたクラッシャーは、一際高らかに歌った。 「プーリティでぇー、キューアキューアー、ふったりぃはー、ぷりっきゅあー!」 「…その歌、やめてくんないか?」 連呼されるプリキュアにうんざりしながら、涼平はクラッシャーへ手を翳す。 歌うのを止めたクラッシャーは、ぷうっと頬を張る。中断されたことが、あまり面白くない。 「えー、なんでー? こっから一番が始まるのにぃ」 つまらなそうにむくれ、クラッシャーは涼平を見上げた。涼平は、勉強机の上を指す。 「集中出来ないんだよ、さっきから! お前も宿題しろよ」 「算数のでしょ? 私は昨日の夜に終わらせちゃったもん」 と、クラッシャーは部屋の隅を指した。その先には、壁に立て掛けられた赤いランドセルがある。 涼平はため息を吐いてから、くるりと椅子を回す。頬杖を付きながら、横目にクラッシャーを見下ろす。 「せめて歌はやめろ。いくら絵ぇ描いててもいいから、歌だけはやめてくれ」 「命令?」 「そうだよ。このまんまじゃ、どうにもならねぇし」 「アイアイサー」 むくれたまま、クラッシャーはサインペンを持った手で敬礼した。その手を降ろし、絵描きを続行する。 これでどうにかなった、と内心で安心し、涼平は机に向き直った。背後からは、サインペンの擦れる音がする。 先の丸まった鉛筆を、電動鉛筆削りに突っ込んで尖らせてから、それを空欄ばかりの計算式へ向けた。 涼平としても、なるべく早く終わらせたかった。最終ボス手前でセーブしたままの、RPGの続きをやりたかったのだ。 十分後。 涼平は、自分の判断の甘さを痛感していた。絵描きに飽きたクラッシャーが、別の遊びを始めたのだ。 先程から、テーブルの周辺から嫌な音がしていた。どがっしゃ、というプラスチックの倒れる音だ。 その出元が何なのか、予想は付いていた。だが、考えたくはなかった。 涼平は三つほど答えが埋まった計算ドリルから目線を外し、ちらりと後ろを覗き見た。 クラッシャーは白いうさぎのぬいぐるみ、メガブラストを掲げている。それを、ふわりとテーブルの上に浮かべた。 タオル地のうさぎは空中を漂いながら、テーブルの上に並べられた色鮮やかなロボット達を見下ろす。 「敵影、複数確認! 攻撃を開始しますっ、ブラックリーダー!」 少し声を低くして言ってから、クラッシャーは、うん、と頷いた。また、いつもの声に戻す。 「よーし、行っちゃっていいよー、メガブラスト。プレッシングアタック、開始!」 ぱちん、とクラッシャーの指が弾かれる。途端に、うさぎのぬいぐるみは重力を取り戻し、テーブルに落下した。 どがっしゃん、と白いうさぎがロボット達を押し潰す。涼平は、恐る恐る下敷きになったロボットを確認した。 見覚えのある形状の、変形機構を備えたロボットのおもちゃ。それらが何か解った瞬間、立ち上がって声を上げる。 「オレのジャスカイザー!」 「ご報告申し上げますっ、ブラックリーダー! 敵はっ、まだ動ける模様でありますっ! 追撃許可を!」 軍人口調のクラッシャーが手を挙げると、うさぎのメガブラストは浮上した。涼平は、思わずぬいぐるみを奪う。 重力制御のせいで多少ふわふわした感覚を覚えながら、涼平はしっかりとメガブラストを抱え込んだ。 そして、倒れたままの変形ロボット達を起こした。ジャスカイザーとその仲間達が、変な姿勢になっている。 涼平は彼らに傷がないことを確認してから、クラッシャーを睨んだ。クラッシャーは、びしっと涼平を指す。 「敵機確認! 追撃開始!」 「あのなぁ、人のロボットで変なことして遊ぶんじゃねぇよ!」 「だって暇なんだもーん」 指を下げ、クラッシャーはそっぽを向いた。涼平は、テーブルに横たわるジャスカイザーを指す。 「壊れたらどうしてくれんだよ。結構高いんだぜ、これ」 「じゃあ涼が遊んでよぉ」 「お前が遊びに出ればいいだろ。神田んとこにでも」 「さっちゃんはバレエ教室の日だもん」 「兄貴共は?」 「兄さん達と遊ぶと、途中から絶対に戦闘訓練になっちゃうんだもーん」 と、クラッシャーは顔をしかめる。確かにあの兄達ならありそうなことだ、と涼平は妙に納得してしまった。 「だから、涼が遊んでよぅ」 まじまじとこちらを見つめるクラッシャーから、涼平は目を逸らした。 ここでクー子に応じるのは簡単だが、問題はそのあとだ。宿題をすることを忘れてしまったら、どうにもならない。 しばらく考えて、妥協点を探る。ゲーム機を繋いである小型テレビの上にある時計は、午後三時過ぎを示している。 遊ぶといっても、そうそう長時間にはならないだろう。クラッシャーは、これで結構飽きっぽいところがある。 その辺りも含めて考え、せいぜい二時間程だろう、と、涼平は思った。それなら、午後五時から宿題を再開出来る。 一旦遊んでしまえば、クラッシャーも大人しくしてくれるはずだ。そう思い、涼平は頷いた。 「少しだけだぞ」 「うぁーい」 にこにこしながら、クラッシャーは声を上げる。ふわりと浮かび上がり、涼平の前に滑り出た。 由佳の部屋に比べて狭めの涼平の部屋を見回してから、クラッシャーは彼を見下ろす。 「それで、何するのー?」 「オセロは?」 「それ、涼が楽しいだけじゃん。私は絶対勝てないから、それはやー」 涼平の提案に、クラッシャーはぷいっと顔を背けてしまう。先日のオセロは、涼平の完勝だった。 その態度にちょっとむっとしながらも、涼平はクラッシャーと同じように部屋を見回す。 「お前から言い出したくせに…。んじゃ、クー子のやりたいのでいいよ」 「んっとねー」 ころっと機嫌を直したクラッシャーは、考えるように顎へ手を添える。そのまま俯き、唸る。 そして、あ、と顔を上げる。とても楽しげにしながら、ずいっと涼平へにじり寄った。 「おままごと!」 「…オレに、それをやれと? 五年にもなって?」 「涼以外の誰が、私と遊んでくれるっていうの? ていうか、男が約束破っちゃうわけぇ?」 にやにやしながら、クラッシャーは涼平を覗き込む。変に体をしならせながら、目を逸らした涼平へ近付く。 「なんだったら、プリキュアごっこにするぅ? 涼がキュアブラックで、私がキュアホワイトー」 「クー子が白かよ! 普通は黒だろ!」 振り返りながら叫ぶと、涼平のすぐ傍にクラッシャーがいた。浮かんでいるせいで、距離感が掴めなかったのだ。 ずり下がって机に背中を当てると、クラッシャーは間を詰めるようにするりと近付いてくる。まだ、にやけている。 絶対に逃げられない。何があろうと、この状況から、クラッシャーの遊び相手から逃れることは出来ない。 仕方なしに、涼平はクラッシャーを見上げた。満面の笑みだ。 「で、涼。どっちにするぅ?」 拒否権はなかった。ついでに、選択肢は最初からあるわけがなかった。 涼平は俯くと、おずおずと片手を挙げる。消え入りそうな声で、小さく返事をした。 「…ままごとで」 あまりの光景に、涼平はテーブルの上を正視することが出来なかった。 由佳からのお下がりである着せ替え人形の服を着せられた、ロボット達がうさぎのぬいぐるみの前に座っている。 おひめさまセットをフルで装備させられたジャスカイザーは、正義の味方とは程遠い外見にされていた。 鋭いアンテナの目立つ頭には、安っぽい金メッキの王冠。武器を握っていたはずの手には、小さなパーティバッグ。 戦闘ロボットとしては悲惨な姿のジャスカイザーの隣には、純白のウェディングドレスを着せられたアウトロードが。 そしてその右側には、無理矢理ミニスカートを着せられた暗黒将軍・エヴィロニアスが立っていた。 クラッシャーは上機嫌に鼻歌でプリキュアのOPを歌いながら、更にもう一体へ可愛らしい人形の服を着せていく。 涼平は全身の力が抜けるのを感じながら、クラッシャーの作業を見つめているしかなかった。 エヴィロン四天王の一人、残忍参謀・デスダークが真っ赤なチャイナドレスを着せられ、ちょこんと座らされる。 クラッシャーはぬいぐるみを並べて、服を着せたロボット達を取り囲む。彼らを見回し、満足げに頷く。 おもむろにお姫様姿のジャスカイザーを指し、にっこり笑った。 「この子はね、りょうかちゃん」 「は?」 唐突な言葉に、涼平は呆気に取られる。クラッシャーは、今度はアウトロードを指した。 「あいこちゃん」 その指先が、エヴィロニアスに向かう。ピンクのカーディガンに、青紫の分厚い胸装甲がねじこまれている。 「なつみちゃん」 最後に、クラッシャーはデスダークを指しながら涼平へ笑う。 「みきちゃん。四人とも大学の時からのお友達で、同じ会社でOLさんをしているの」 「そういうところだけまともなんだな、クー子のネーミングセンス…」 テーブルに突っ伏しながら、涼平が力なく呟く。クラッシャーはデスダークのみきちゃんを、彼の目の前に立たせる。 同じように体を傾けると、横になりながら涼平を覗き込んだ。二人の視界の間で、みきちゃんが倒れる。 「この子達は女の子だもーん。可愛い名前にしてあげなきゃ」 「だったらどうして、うさぎはメガブラストなんだよ」 「メガブラストはメガブラストなの」 「わっけわかんねぇ」 体を起こした涼平は、倒れているみきちゃんを立たせた。メカワイバーンに変形するため、大きな翼が背中にある。 哀れな姿となったデスダークを見つめていたが、とりあえず、大人しく座っている三体の元へ戻して座らせた。 一体で見ると恐ろしく変な物体だが、同じように変なものが集まれば、なんとなく平気ような気がした。 涼平は次第に見慣れてきた、服を着たロボット達から目を外した。クラッシャーが、うさぎの頭をぽすんと押さえる。 「メガブラストがお父さんね。で、りょうかちゃんはそのメガブラストの奥さんなの」 「はぁ」 「でね、あいこちゃんはメガブラストのことが好きなの」 「いきなり三角関係かよ!」 「まだあるんだなー。でもね、メガブラストは昔の彼女だったなつみちゃんが忘れられないの」 「それ、男としてダメじゃんか」 「そして、りょうかちゃんはね、みきちゃんの彼氏のことが好きなのー」 「ドロドロしてるなぁ…」 半ば呆れつつ、涼平は目の前のロボット達を眺めた。奇妙な物体と化した彼らを、余計に敬遠したくなる。 ここまで面倒な愛憎関係を、ままごとでしていいのだろうか。それ以前に、絶対に誰かが誰かに刺されそうだ。 クラッシャーは、うかれながらメガブラストとりょうかちゃんの夫婦生活を始めていた。愛憎劇の始まりだ。 時折クラッシャーから指示を出され、涼平は適当に服を着たロボット達を動かした。セリフは全て棒読みだ。 そうこうしている間に、みきちゃんにりょうかちゃんが崖から突き落とされた。幸い、りょうかちゃんは生きていた。 今度は、あいこちゃんがりょうかちゃんに狙われた。あいこちゃんを庇ったなつみちゃんが、帰りに事故に遭った。 女役達の血生臭い寸劇の間、メガブラストはおろおろとしているだけだ。あまり役に立っていない。 前半では、りょうかちゃんの見舞いに行ったその足で、なつみちゃんのマンションを訪ねている始末。ダメな夫だ。 涼平はそう思いながらも、ひたすらロボット達を操っていた。この愛憎ままごとがいつ終わるのか、解らない。 ぼんやりしている間に、あいこちゃんがメガブラストに迫っていた。また、一波乱ありそうな展開だった。 愛憎ままごとは、時折誰かが死にかけながら順調に進んだ。 そして、そろそろ話が終わるようだった。 「わたしが本当に好きなのは、メガブラスト、あなただけよ。やっと解ったの」 中途半端に大人びた口調を作ったクラッシャーは、りょうかちゃんをメガブラストの腕の間にもたれさせた。 涼平はみきちゃんの彼氏であるイヌのぬいぐるみを、一歩前に出す。歩かせながら、やる気のない演技をする。 「ああこれで、ようやく僕らは幸せになれるんだね、みきちゃん」 「ええ、ストロングアタッカー。わたしはずっと、あなたの傍にいるわ」 みきちゃんを歩かせたクラッシャーは、イヌのストロングアタッカーの隣へ寄り添わせる。 これで、二組のカップルは落ち着いたことになる。やっと終わることが出来る、と、涼平は少し嬉しくなった。 だが、あいこちゃんとなつみちゃんが残っている。この二人は果たして、幸せになるんだろうか。 さすがにここまで来ると、新しい男が出てきそうな気配はない。というか元々、男は二人だけしか登場しなかった。 新婚旅行の日程を話し合っていたみきちゃんとストロングアタッカーを手放し、クラッシャーは一体を手に取る。 あいこちゃんは、とことことテーブルを歩かされた。ひょいっと屈み、アウトロードの武器を手に持った。 くるっと首だけ回して、メガブラスト・りょうかちゃん夫妻を見つめていたが、背中を向ける。 「わたしはあの人を忘れられない…でも、あの人と幸せになれるのはわたしじゃない…」 あいこちゃんは、ゆっくりテーブルの上を歩いていく。クラッシャーの声は続く。 「当分、日本には戻れないわね…。さよなら、メガブラスト、あなたを忘れるまでわたしは旅に出るわ…」 「んな強引な」 涼平の呟きに、クラッシャーはむくれる。 「強引じゃないもん。昼メロはそういうふうになるって、決まってるんだから」 あいこちゃんは、テーブルへ横たえられた。これで、エヴィロニアスの出番は終わったらしい。 クラッシャーは最後に残されたなつみちゃんを立たせ、また歩かせた。あいこちゃんとは、別の方向だ。 「わたしは男が絡むと、いつもろくなことがないのよね。だからもう、絶対に恋なんてしないわ」 クラッシャーに操られたなつみちゃんは、片手を高々と挙げる。 「さあ、早く本社に戻らなきゃ! ニューヨーク進出プロジェクトが、わたしを待っているんだから!」 「って、いつのまになつみちゃんはキャリアウーマンになったんだ?」 仕事が出来る、という描写はあるにはあったが、そこまでのエリート社員ではなかったはずだ。 納得行かない様子の涼平に、クラッシャーはにんまりする。手を翳して重力を弱め、なつみちゃんを浮かばせた。 「いいの、その辺のことは。ゴツゴウシュギってやつー」 「…いいのかなぁ」 訝しむ涼平に、クラッシャーはけらけら笑った。 「いいの、いいのー」 ふと、クラッシャーは顔を上げた。重力制御が解除され、ぱたんとなつみちゃんはテーブルに落下した。 涼平が何事かと尋ねる前に、立ち上がったクラッシャーはドアを開ける。廊下伝いに、声と足音が聞こえている。 声からして、どうやら姉が帰ってきたらしい。男の声もするので、インパルサーも帰ってきたようだ。 一瞬安堵感を覚えたが、すぐに涼平は慌てた。テーブルには、愛憎関係にあったロボット達が散らばっている。 このままでは、姉に何を言われるか解ったものじゃない。片付けられないまでも、服を脱がしておかなくては。 そう思って、りょうかちゃんに手を掛ける。すると、階段を昇ってきた足音が、涼平の部屋の前で止まった。 恐る恐る涼平が振り返ると、呆れたような馬鹿にしたような顔で、由佳がドアに手を掛けて立っていた。 「なーにやってんのよ。ていうかそれ、何? あたしの着せ替え人形の服じゃない」 「あ、おかえりー、インパルサー兄さんにおねーさん。これねー、涼がねー」 由佳の隣へ滑り込んだクラッシャーが、くすくす笑う。その後ろから、インパルサーが顔を出す。 りょうかちゃんを持って硬直している涼平と、クラッシャーを見比べていたが、マスクを押さえて顔を逸らす。 吹き出したかと思うと、肩アーマーを細かく震わせ始めた。インパルサーまでも、笑っている。 「パル兄まで…」 あまりの状況に絶望しそうになりながらも、涼平はりょうかちゃんを手放した。ごとん、とテーブルに転げ落ちた。 クラッシャーが身を伸ばし、なにやら由佳に囁いている。すぐに由佳も吹き出し、げらげら笑い出した。 「それじゃあ何よ、ロボットに服着せたのは涼平なの?」 「なんだよそれ! クー子に決まってんだろ、そんなことしたの!」 「えーでもー、涼も楽しんでたじゃーん。おままごとをさぁ」 「あんなドロドロの愛憎劇なんか、誰も楽しんでねぇよ!」 そう涼平が叫ぶと、いやーん、と高い声を出しながらクラッシャーは階段を滑り降りていった。 インパルサーは、一階へ向かった妹を見送った。そしてまた、ままごとの名残を眺めては吹き出している。 苛立ちと憤りで荒くなった息を整えている涼平を、由佳は笑いを堪えながら見下ろした。 「あんたも結構、大変よねー」 「ヘビークラッシャーの相手をするのは、僕らでも大変なことがありますからね」 お疲れ様です、とインパルサーは涼平を労った。涼平は、がっくりと肩を落とす。 「もう二度と、クー子と留守番だけはしねぇ…」 涼平は、横目にテレビに乗っている時計を見る。今は、一体何時なのだろう。 矢印を模した赤い短針は、午後六時を指していた。窓の外も、すっかり暗くなっている。 時間を感じた途端に、涼平はどっと疲れを感じた。愛憎ままごと三時間分の疲れなのだから、相当なものだ。 ちらりと机に目をやったが、今更宿題に手を付ける気力は少しだって残ってはいなかった。 涼平は、また後悔した。算数は元より得意ではないのだから、自分の計算を信用したのが間違いだったのだ。 それ以前に。クラッシャーに対して、浅はかな計算が通用すると思っていたこと自体が間違いだったのだ。 げんなりしながら涼平が顔を上げると、由佳が苦笑していた。ぽんぽん、と軽く肩を叩いてくる。 「ま、頑張りなさいな。ブラックコマンダー」 「…アイアイサー」 涼平は、力の抜けた敬礼をした。 彼と彼女、涼平とクラッシャー。 この二人の関係に、元より上下は存在していない。 04 11/1 |