あの日から、オレの悩みは尽きない。 いや、悩みが悩みを呼ぶ、と言うか…とにかく、気が付くとつい考えてしまうのだ。 文化祭でうちのクラスがやった演劇、メタリック・サーガのことだ。 あの演劇は色んな意味で凄いことになったのだが、気になることが多すぎる。 いきなり、リボルバーに展開を早めるように言われたと思ったら、インパルサーと一緒に屋上に行ってしまった。 その辺りは、驚いたからよーく覚えている。黒マント着てるだけで、かなり凄いことを言われたのも。 で、問題はそのあとだ。 存在感はあるがこれといって目立たない、神田が操縦する巨大ロボが空に消えたかと思ったら。 黄色い光がばーっと空を覆って、何やらどっかんどっかんと爆発炎上しはじめた。 そのせいで、何が起きてるのかさっぱり解らなかった。いや、見えなかった、といった方が正しい。 神田に聞いても、あれはただのショーみたいなものだから、としか答えてくれなかった。 屋上にいた、他の人間に聞いても同じような答えだった。クラスの皆は、それを信じてるみたいだが。 だが、オレはそれがちっとも腑に落ちない。全く持って腑に落ちない。 あの大騒動が起こる前に、リボルバーが言い残したことがやけに引っかかるのだ。 仕事って、何の仕事だ。あの大爆発の向こうで、マジでお前らは何をしてきたんだ。 気になって仕方ない。だけど今は授業中だから、そっちに集中しなければ。歴史は弱いんだし。 黒板に書かれた世界史は、フランス革命に差し掛かっていた。ルイ十六世が、民衆に打ちのめされる辺りだ。 その原因となったのは、よく知られていることだが、マリー・アントワネットのたがの外れた金銭感覚だ。 マリー。 マリー・ゴールド。 なんで、ストレートにファミリーネームがゴールドになるんだ。違うだろオレ。 元々目立つ人間ではあったけど、以前にも増して、その名の主は目に止まってしまう。 まぁ要するに、気になって気になって仕方ないのだ。紺色の制服に似合わない、長い金髪の持ち主が。 明るく屈託のない笑顔が可愛らしいが、どこか謎めいている部分がある、イギリスからやってきた天才美少女。 数日前に行われた文化祭の演劇が終わるやいなや、控え室でオレはマリーに抱き付かれた。 ちょっと度胸があっただけのオレに、だ。何か裏があるんじゃないか。 だが、一体何の裏だ。 そういえば。演劇の後から、そのマリーの周囲にいる人間が、やけにオレに優しくなったのも気になる。 一見冷たく見えるほどの美貌とスレンダーでナイスな体型の持ち主、高宮鈴音がまずそうだ。 昨日、いきなりコーラを貰った。おいしく頂いた。 部活帰りだったから非常にありがたかったが、本当に、オレはそんなに凄いことをしたのか? 次に。普段はそんなに目立つわけじゃないが、高宮の隣にいると可愛さが際だってくる、美空由佳もそうだ。 マリーともよく一緒にいるから、なんとなく目で追ってしまうと目が合うのだが、その時に笑い返してくれる。 それがまた、隣の美人二人に負けないくらい可愛い。あんなに可愛かったのか、美空は。知らなかった。 いいよなぁ、インパルサーは。どこでどうやって、あんな彼女を捕まえた。ロボットのくせして。 でもって。その美少女三人と仲が良くて巨大ロボも操縦出来て、色んな意味で羨ましすぎる、神田葵もそうだ。 今まではそう仲が良いわけでもなかったのだが、近頃やけに親しくされる。悪い奴じゃないから、嫌ではないが。 A組の三つ編みメガネっ子、永瀬律子にも礼を言われた。なんでだ。 あのアドリブが、そんなに良いことだったのか? 破綻しそうになった話を繋げるために、西野や他のメンバーとその場しのぎの話を作って、演じたことが。 後から考えてみれば無茶苦茶もいいとこな設定の方が多いし、棒読みだらけの素人演技だったのに。 そりゃ、演劇を破綻させないで済んだことはいいことだろう。だがなんで、それが抱き付くことに繋がるんだ? さっぱり解らない。普通は手止まりじゃないのか。 そうだ。 あれも、さっぱり解らない。 神田の乗ってる、Gガンダムのマスターガンダムみたいな巨大ロボ。名前はナイトレイヴンだったかな。 ブじゃなくて、ヴだと何度も神田に強調されたから覚えてしまった。変なこだわりがあるもんだなぁ。 そのナイトレイヴンと、あの白いロボット。白い方は確か、プラチナって言ったかな。 その巨大ロボ二体と、五体の人間型ロボットをどうやってマリーは作ったんだかさっぱりだ。 まるで、特撮とかアニメ辺りから引っ張り出してきたみたいだ。 あんなに大層なもの、本当に地球の科学力で作れるのか? 作れたとして、なんでインパルサー達は。 日本語で喋るんだ? イギリス出身のマリーに作られたのであれば、奴らも出身地は同じイギリスのはずだ。 普通に考えたら、英語で喋るはずだ。母国語のイングリッシュを。最初から日本語なんて、都合が良すぎる。 だけど、その日本語にしたって、リボルバーのあれは一体なんなんだ。一昔前の、任侠映画みたいだ。 あいつ、本当に高校生なのか? 同じクラスにいるんだから、高校生なのは間違いないが。 十七歳なのかどうなのか、怪しくてならない。リボルバーは、絶対に年上に違いない。 インパルサーも、あんまり同い年っぽくはない。こっちは、絶対年下だ。 言動が、幼すぎてならない。マスクの中にあるアイドル系の顔が、かなり子供っぽく見えるくらいに。 美空にちょっとでも褒められたら大喜びだし、動きがあまり男らしくない。むしろ女々しい。 携帯のメールに顔文字とか絵文字とか、ごてごてに使うタイプだ。間違いない。 ロボットが、携帯でメールをやりとりするのかは解らないが。携帯、いらなさそうだしなぁ。 隣のクラスのディフェンサーと、妙に影が薄いイレイザーも、同い年だとは思えない。 ディフェンサーは、ありゃ絶対中学生だろう。思考も言動も。たまにいるよなぁ、ああいう奴。 イレイザーはあの中途半端なござる口調のせいで、年齢不詳にしか思えない。声も渋いし。 イギリス製のロボットが、どうして忍者なんだ。他の三人の性格付けから、まるで脈絡ってものがない。 アメリカ忍者なら良く聞く話だが、大英帝国出身の忍びなんて初めて聞いたぞ。 そういえば、その四人の下には末っ子がいたっけ。文化祭の最中に、ちょっと会った記憶がある。 黒くてちっちゃくて、可愛い感じの少女型ロボットだった。名前は確か、クラッシャーだったかな。 ぶっちゃけ有り得なーい、と言っていたが、あんたはプリキュアか。キュアブラックなのか。 そう、突っ込みたくて仕方なかった。白もいるのかなぁ。いるとしたら、正しくプリティでキュアキュアだ。 マリーの作ったロボット達の出身地は、本当にイギリスなのか。確証はないが、絶対に違う気がする。 そのマリー・ゴールドの席は、窓際の一番後ろだ。 廊下側から三列目で前から七番目のオレの位置からは、良く見えないが、つい見てしまう。 赤くて馬鹿みたいにでかい、障害物のようなリボルバーの向こうに、小柄な姿があるのが解る。 ゆるいウェーブの掛かったふわふわした金髪が、窓からの日光を浴びてきらきらしている。美しい。 すると、彼女は近くを歩いていた教師に指された。椅子を引いて立ち上がる動きが、無駄なく上品だ。 教師に指示された箇所を読むマリーの声は、その見た目と釣り合って可愛らしい。 仕草の一つ一つが洗練されている、というか。上流階級の、優雅な空気が漂いまくりだ。 神よ、あなたに感謝します。こんな美少女を、この世に生み出して下さって。 一度も詰まることはなくすらすらと読み終えたマリーは、座る前にこっちに気付いた。見過ぎたか。 すると彼女は、にこっと微笑んでから席に着いた。今、オレに笑ったのか。 授業の内容が、まるで頭に入ってこなくなった。 いかん。 黒板に集中して、教師の話を頭に叩き込まねば。ただでさえ、歴史には弱いのに。 ノートに書き写すだけ書き写して、と思うが、それすらまともに出来そうにない。 気が立ってきた、というとかじゃない。ああ、なんだこの感じは。 視界から、マリーの笑顔が消えない。消えるどころか、焼き付いてしまった。 もしかして、これは。こういった、不可解で掴み所のない感情の名は。 そうこうしているうちに、チャイムが鳴る。世界史の授業が、いつのまにか終わってしまった。 周りが立ち上がって教科書を片付けているのは解るが、同じように行動が出来ない。どうしたんだ。 相当ぼんやりしていたのか、目の前に神田が立っていたのにも気付かなかった。 「授業、終わったぞ? つーか加藤、ノート真っ白じゃんか」 「英司さん。必要であれば、僕のを貸しましょうか?」 と、親切なことにインパルサーがノートを掲げている。ありがたいので、後で貸して貰うことにしよう。 周りの人間がジャージを取りだしている様子に、次の授業が体育であることをやっと思い出した。 女子達は、早急に移動していった。ただ着替えるだけなのに、そんなに女は手間が掛かるのか。 人間が半分抜けてすっきりした教室を眺めていたが、視線がついマリーの席に向かう。 「神田」 「なんだ?」 ブレザーを脱いで椅子の背に掛けながら、神田が振り返る。 オレは、自分の表情が緩むのを感じていた。 「マリーさんて、いいよなぁ」 「やめとけ」 神田が手を翳して、オレを制止する格好になった。 後ろを見ると、インパルサーがうんうんと頷いている。リボルバーは、なぜか笑っている。 神田はマリーの席とオレを見比べ、ゆっくり首を横に振る。 「あの人に関わると、ろくなことは起きないんだ。まぁ、いいことはあるけど、それ以上にだなぁ…」 「マリーさんには深入りしない方が身のためですよ、英司さん」 と、インパルサーが苦笑したような声を出す。お前ら、一体何なんだ。 笑いを堪えたリボルバーは、にやりとしながらオレを見下ろす。やっぱりお前、絶対に十七歳じゃない。 「魔王さんよ。あんまり、あの姉ちゃんに期待しない方がいいぜ?」 「お前らなぁ…」 なんだ、その言い草は。マリーさんがそんなに恐ろしい存在だとは、オレには到底思えない。 言い返そうとすると、教室の後方のドアが叩かれた。神田は辺りを見、ドアに言う。 「ああ、まだ大丈夫だから」 ドアを開けて入ってきたのは、そのマリーだった。何か忘れたんだろうか。 マリーはいつも両耳に付けている羽根みたいなものを外していて、それを手に持っていた。 自分に机に駆け寄ると、机に掛けた通学カバンを開けて、中に入れている。 マリーを見つつ、神田は笑う。何が可笑しいんだ。 「それに、マリーさんはもう旦那がいるんだ。それがまた凄い奴でさぁ…だから、歯牙にも掛けられないぞ?」 「…だんな?」 つまりその、なんだ、男か、彼氏か。 だがそんな相手なんて、今まで一度だって見たことも聞いたことも。 お願いだマリーさん。嘘だと言ってくれ。 神田の、葵ちゃんの戯言だと。 「ええ、いますわよ」 「私には、レイヴンという人が」 きょとんとしたような顔で、マリーはオレ達を見上げる。 「ですけれど、葵さん。それが、どうかいたしましたの?」 「…マジっすか」 さらば、オレの初恋。 五分もしないで木っ端微塵だ。ブロークン恋心。 魂が抜けるのって、こういう感覚のことを言うのかもなぁ。 マリーは不思議そうな目をしてオレを見ていたが、小走りに教室を出て行った。 どん、と強く背中を叩かれた。見上げると、リボルバーがオレの背に拳を当てていた。 「ま、そういうこった」 どうやらオレは、幸運を文化祭で使い切っていたらしい。 人生、そんなもんだよな。 ていうか普通に考えて、いない方がおかしいか。そうだよな。 せめて、あと五分。いや、三十秒だけでも。 夢を、見させていて欲しかったなぁ。 ああ。 青春て、甘苦い。 04 6/26 |