「スズ姉さん」 障子戸に、幅と高さのあるシルエットが出来た。軽く、戸が開かれる。 身を屈めてこちらを覗き込んできた彼女の部下は、太い指でがりがりと頭部を掻いていた。 「シンブンシ、どこに置いてたっけか?」 「足の爪でも切るの?」 人間相手のような鈴音の言い回しに、リボルバーは笑う。 「似たようなことさ。んで、どこにあるんだ?」 「昨日のなら、居間にあると思うわ」 シャーペンを持った手で、鈴音は居間の方を指す。彼は、そちらを見た。 どん、と重たい足音を響かせながらリボルバーは方向転換し、障子を閉めた。 「おう、ありがとな」 その足音とシルエットが遠ざかってから、鈴音は勉強机の椅子にもたれた。 しばらくすると、近くの縁側でばさばさと紙を広げる音がし、どん、と軽く家が揺れた。 リボルバーが、縁側に座ったのだ。あの体重と体格のせいで、高宮邸ではよくこういうことが起こる。 何かをばらまくような音のあと、小さく金属の擦れる音が聞こえてきた。 「また整備?」 胡座を掻いて座り込むリボルバーを見下ろし、鈴音はその隣に座った。 広げた新聞紙の上に座り込んだまま、彼は動かしていた手を止め、振り返る。 口元には、煙草のように金色の円筒が挟まっている。その先端は先細っていて、鋭い。 同じ形状で大小様々な円筒が、新聞紙の上にばらされた何かの部品と一緒に転がされていた。 口元から弾丸を外したリボルバーは、空いている方の手でくいっと足の間を指す。 「ああ、ちぃとな。ちゃんとしねぇと、いざってときに油が固まっちまう。目詰まり起こしたら最悪だしよ」 胡座を掻いた足の間に乗せられているのは、黒い機械油にまみれた部品の数々。 無造作に置かれた汚れた布を取ると、大きな手で布で部品を包んだ。 それをごしごしやっていたが、弾丸の一つを取る。きちり、と金色の円筒が指の間で回される。 「いい弾じゃねぇなぁー…。やっぱ、弾はロインズのじゃなきゃな」 「ロインズ?」 聞き慣れない単語に、鈴音は聞き返した。 リボルバーは、鈴音へ異星の言葉が刻まれた弾丸を差し出した。 「ユニオン近くの、ぎりぎり合法の武器屋さ。オレらが使う弾丸は、大抵そこから買い付けてたんでな」 「あら、意外だこと」 「マザーシップが造れるのは、マシンソルジャーだけだ。大型ミサイルはともかく、弾の類まで手は回せねぇんだよ」 と、リボルバーは弾丸を下ろした。それを縦に置き、他の弾丸も並べていく。 ことんことん、と硬い音が続き、順序よく綺麗に並べられた。 「だが、こんな屑弾でもないよりマシだな」 「でもさぁ、ボルの助」 いつになく真面目な顔付きで弾丸を調べていたリボルバーは、鈴音へ向いた。 「なんでぇ」 「銀河連邦政府軍の命令で武装解除したんじゃなかったの? ていうか、そんなに弾丸持ってて良いの?」 明らかに銃刀法違反だ。そう思ったが今更言うことではないと思い、鈴音は続けなかった。 先程のものより大きめの弾丸を取ったリボルバーは、それを太陽へ向けた。 金色の表面に付いた傷が光り、リボルバーは細い影の下でライムイエローの鋭い目を細める。 「規定違反なんざ、いつものことさ。それに、オレから弾を抜いたら、残るのはボディだけになっちまう」 その弾丸をまた縦に置くと、右腕を挙げる。ばしゅん、と隙間から蒸気が吹き出た。 オレンジ色の装甲が滑って収納され、内側から銃身が飛び出る。銃身の脇には、銀色の刃が埋まっていた。 ばちん、と滑らかな刃を跳ね上げて飛び出させると、それもまた太陽に掲げた。 「こいつもアンチルスターで磨かねぇとな…ほとんど使わねぇが、錆びたら事だ」 銀色のジャックナイフに似た刃が、ぎらりと光を跳ねた。その眩しさに、鈴音は顔をしかめる。 すると、その光に影が出来た。太めの銃身が、じゃこんと伸びてナイフを覆う。 黒い銃身をあの布で拭いていたが、リボルバーは手を止めた。 「ソニックインパルサーみてぇにコアブロックまで平和に浸かるこたぁ、オレには出来ねぇみてぇだなあ」 その目線の先には、あの池があった。 近くの木から葉が水面に落ちて、弱い波紋が広がり、岩に当たって消えた。 「所詮はマシンソルジャー、生まれながらの戦争屋ってこった」 長く伸ばした銃身を池へ向けながら、リボルバーは呟いた。 口元を締めてしばらくそのままでいたが、ゆっくりと銃身を下ろした。 ざあ、と風が吹き抜け、庭の植木を揺らしていった。池にも、僅かなさざ波が起こる。 リボルバーの足元に置かれた部品から、刺激のある機械油の匂いが漂った。 「ボルの助」 膝を抱えてから、鈴音はいやに真剣な横顔を見上げた。 右腕の銃身を押さえたまま、リボルバーは目線だけ鈴音に向ける。 「なんでぇ、姉さん」 「あんたは、何が怖いのよ」 文化祭の戦いのときに、彼が言っていたことだ。鈴音はずっと、これが気になっていた。 一見、怖いものなんてほとんどなさそうなロボットなのに。だから、余計に彼女には引っかかっていた。 「色々さ。自分の力も怖ぇし、スクラップになりたくねぇし」 にやりと笑ったリボルバーは、空を見上げた。 「だが何よりも怖ぇのは、姉さんに恐れられることだな」 「パープルシャドウと同じこと言うのね」 「オレらだけじゃねぇよ、弟達もきっとそう思ってるさ。まぁ、推測に過ぎねぇけどな」 もう一度吹き付けてきた風が、リボルバーの足元の新聞紙を揺らした。がさり、と薄い紙がめくれる。 大きな足を動かしてそれを押さえてから、リボルバーは右腕の銃身を握る。 数回捻ったかと思うと、すぽんとそれが抜けた。外された銃身は、弾丸の隣に転がされる。 「文化祭んときの戦闘で、改めて思い知ったよ。オレはどうあっても、コンバットマシンなんだってな」 オレンジ色のゴーグルに、鈴音が映る。 「何が言いたいのよ?」 「オレは戦いの中でしか、稼働目的を見つけられねぇ。戦いの方もそれを知ってて、あっちから近付いてきやがる」 少し笑いながら、リボルバーは鈴音を見下ろす。 秋の弱まった日光に、艶やかな黒髪が照らされている。細い髪が数本ばらけ、白い頬に落ちていた。 見た目通りの気の強さを感じさせるコマンダーの表情を見ていたが、彼は目を外して庭へ向けた。 「つくづくオレは、平和を楽しめねぇ性分だな。ここにある弾も、近いうちに撃つことになるだろうぜ」 怖いか、姉さん。オレも、怖ぇさ。 戦士の顔付きになったリボルバーに、あの時の言葉が重なって見えた。 鈴音はしばらく真紅の戦士を見上げていたが、目を外し、彼の見る先を見る。 庭の池には、また数枚の葉が落ちていた。赤茶けて乾いた葉が、空の色を映した水面にゆっくり沈む。 また、隣でリボルバーは整備を続行し始めた。かちゃりかちゃり、と金属が当たる。 黒光りする銃身をばらして、布で大事そうに部品を擦っているリボルバーを見ながら、鈴音は思っていた。 他の兄弟が武器を手入れしている話など、誰からも聞いたことがない。だから、整備しているのはこいつだけだ。 今までにも、ちょくちょく整備していた。部品をいじる手付きも、かなり手慣れている。 夏祭りの時と文化祭の時以外、戦いなんて起きなかったのに。起きても、撃ってはいけないと知っているくせに。 あまり、行動が状況に準じていない。それどころか、戦いのことしか考えていないように感じる。 それが鈴音には面白くないことに思えたが、言わないことにした。 がこん、と大きな音がした。見上げると、リボルバーが肩の弾倉を開けている。 少し肩を上下させ、すぽんと大きな銀色の円筒を飛び出させた。それは抜かれ、新聞紙の上に転がされる。 「それは?」 鈴音が尋ねると、リボルバーは円筒を裏返す。 同じく銀色のくぼんだ底は、ブースターの発射口に良く似ていた。 「小型ミサイルだ。完全に装填しない限り信管が作動しねぇ作りになってるから、安心してくれや」 同形状のミサイルを、弾丸と同じように並べていく。 銀色の円筒が三つ並べられると、金色の列に影が伸びた。 「こいつは爆発力はいいんだが、ちぃーと値が張るところが好かねぇ。一発五百なんて、馬鹿げてるぜ」 「そういう弾薬を買うお金って、どこから湧いてきてるのよ?」 不思議そうに、鈴音は首をかしげた。長い髪が、肩から滑り落ちる。 小型ミサイルの一つを持って型番をじっと睨みながら、リボルバーは返す。 「銀河中で起こってる内乱とか、どこぞの戦争とかに手ぇ貸したりしてな。とにかく、ろくでもねぇ稼ぎ方してたのさ」 「反乱軍て割には、結構手が広いのね」 「オレらも親父も不本意だったが、金だけはいくらあっても足りなかったからな」 小型ミサイルを置いたリボルバーは、巨大な弾倉の中から更に円筒を出していく。 今度はボディと同じく赤く塗られた円筒が、小型ミサイルの隣に置かれた。 その裏側を親指で押し、ぐいっと中身を迫り出させる。金色のものよりも大きめの弾丸が、詰まっていた。 「エネルギー代に弾薬代に船の維持費にオレらの部品代に部下達の生産用のフリーメタル、その他諸々だな」 「請求書の長さ、どれくらいになった?」 「一番長かったのは、この星の単位で十五メートルと八十三センチ七ミリ。ヘビークラッシャーが造られたときだ」 話しながらその時のことを思い出し、リボルバーはつい笑ってしまう。 ずるずるとブリッジのモニターに伸び続ける請求書に、さすがのマスターコマンダーも動揺していた。 クラッシャーのボディを成す超重金属は、予想以上に値が張ったのだ。値段の桁数は、凄いことになっていた。 伸びに伸びた請求書の最後の桁を見たとき、当のクラッシャーが一番驚いていたことも思い出した。 そのあとに出撃した紛争で得た資金ではまるで足りなかったため、数週間、必死になって戦い続けたことも。 鈴音はクラッシャーの値段がいくらか予想してみたが、まるで見当が付かなかったのでやめることにした。 「戦うのって、結構大変な稼業なのねぇ」 「おう。下手に装備をケチると、すぐにやられちまうからな。金は掛けるに越したことはねぇんだ」 弾丸の巻き付いた円筒をがしゃりと回してから、リボルバーはまた赤い円筒の中に戻した。 「消耗品ばっかりだから、不経済もいいとこだけどな」 しばらくすると、リボルバーの整備も大分片付いてきていた。 ばらされていた銃も元に戻され、並べられていた弾も彼の体の中に納められていく。 新聞紙の上に残る黒ずんだ油染みが気になり、鈴音はめくってみた。ぎりぎり、床板には染みていない。 立ち上がったリボルバーはその新聞紙をぐしゃりと握り、乱暴に手の中で押し固める。 数枚分の新聞紙はあっという間に野球ボールほどになってしまい、更に縮こまっていくようだった。 これだけ近くに長くいても、鈴音にはまだ、リボルバーのことが理解し切れていなかった。 出来るものなら、この不器用な戦士のことを理解したい。そうは思っても、プライドと意地がいつも邪魔をする。 近頃頻繁にリボルバーに言われる、素直じゃない、と言う言葉は間違いではなかった。 戦いの影が濃くなるほど、理解出来る範囲は狭まっていく。鈴音は戦士ではないのだから、無理からぬ話だ。 それと同時に、時間が経つほどにいかに自分が彼に好かれているか、身に染みてきた。 強烈に愛される感覚は最初は戸惑いばかりだったが、最近はやっと慣れることが出来てきた。 どうしてそこまで愛されるのか、鈴音としてはよく解らなかった。これも、理解し切れない部分の一部だ。 右目をオレンジ色のゴーグルで覆った横顔を、彼女は視界から外した。 「ボルの助ー」 「んあ?」 気の抜けた声を出したリボルバーを、鈴音は見上げずに呟いた。 「ちょっとは、戦わないでいたらどうなのよ。あんた、暇さえあればガンプラか訓練か整備じゃない」 「心配すんな、スズ姉さん。いついかなるときも、オレのマインドの八十七パーセントは姉さんだ」 そう上機嫌に笑ったリボルバーは、新聞紙の紙をぽんと投げる。 手の中に落ちた灰色の玉を持ち、彼は妙な笑い声を挙げながら縁側を歩いていった。 真紅のボディの背に目立つ白い001を見送りながら、鈴音は言い返した。 「そう言う意味じゃないわよ」 ため息を吐いてから、鈴音は腕を組む。くるりと背を向け、部屋に戻る。 先程のリボルバーの言葉に、鈴音は妙な嬉しさを感じてはいたが、それを認めたくはなかった。 それを認めたくない理由は、彼女には今ひとつ見当が付かなかった。 彼の名残のように、辺りには機械油の匂いが残っていた。 04 7/22 |