DEAD STOCK




6.Carry Out



『我らがヒーロー、クリスタライズ!』

『ダウナーとしてこの世に生まれながらも、正義と慈愛と美しき能力を備えた、ヒーローの中のヒーロー!』

『クリスタライズ、その能力は華麗にして神秘! 彼は触れたものを全て、水晶の如き透明度とダイヤモンドにすら 匹敵する強度を併せ持つ結晶に変えることが出来るのです! ですが、それ故にクリスタライズは他人と触れ合う ことは出来ないという悲劇にも見舞われてしまいました! 彼の素肌は常に結晶体で作られたアーマーで覆われ、 素顔も隠しておりますが、私達は彼の心と触れ合うことは出来ます! 彼の純然たる正義を知ることも出来ます!  今日もまた、クリスタライズは我らアッパーを守るために戦ってくれました! その様子をご覧に入れましょう!』

『銀行強盗が発生しましたが、クリスタライズのおかげで被害は未然に防がれ、現金も無事でした!』

『バスジャックが発生しましたが、クリスタライズのおかげで犯人は無事結晶化され、射殺されました!』

『難病に冒された孤児がいましたが、クリスタライズの能力を用いた治療法で完治しました!』

『モノレールが故障して脱線しそうになりましたが、クリスタライズの活躍で被害は最小限に留まりました!』

『自然災害が発生しましたが、クリスタライズのおかげで都市と市民は傷一つありませんでした!』

『クリスタライズ!』

『クリスタライズ!』

『クリスタライズ!』

『クリスタライズ!』

『クリスタライズ! 我らがヒーロー、クリスタライズ! 愛しいクリス、クールなクリス、最高だよクリス!』




 ノイズ混じりに流れてくる映像を殴ったが、その奥のフロントガラスが割れただけだった。
 仕方ないのでその真下にあるヴィジョン受像機を叩き潰すと、プラスチック製のカバーが割れて基盤もレンズも 粉々になり、音声も沈黙した。左手に刺さりかけている破片を抜いてから、ぺちゃんこになったヴィジョン受像機を フロントガラスの穴から外に放り出すと、一拍置いてタイヤに踏み潰された。卵を握り潰したような音がした。
 ヴィジランテの街に近付くに連れてアッパーが放送するヴィジョンの電波が強くなるのはいいのだが、その内容が 偏りすぎているのが不愉快極まりない。どうせなら、もっと過激な番組を放送してほしいものだ。錆び付いたトラック の助手席に巨体を沈めながら、スマックダウンは腹部をさすった。不死に近い自己再生能力を持っていた能力者の 女、リザレクションの肉片を喰ったおかげで傷はかなり回復して、内臓も繋がり、穴も塞がったが、まだまだ不完全 なので油断は出来ない。なので、体が本調子に戻るまでは思い切り喰えないが、体力の消耗も激しいので、度々 空腹に襲われてしまった。それ故に、スマックダウンは苛ついていた。

「腹が減るのは解るが、少し良い子にしていてくれよ」

 運転席でハンドルを握っているのは、バードストライクである。ロングコートの下のベルトに挟んでいる鳥の死骸は そのままなので、彼の周囲には饐えた死臭と羽毛が常に漂っている。スマックダウンは言い返そうとしたが、道に 転がっている何かを踏んだらしく、車体が大きく上下した。感触からして、行き倒れの死体だろう。

「クソッ垂れ共めがぁ」

 スマックダウンは当の昔に割れた窓から顔を出し、唾を吐いた。

「ヴィジョンの放送局には、クリスタライズ専門チャンネルがあるようだからねぇ」

 バードストライクが肩を竦めると、スマックダウンは右手の動きを確かめつつ、言い返す。

「そんなもんを作る方もイカレているがなぁ、そんな電波を拾って拡散する方もイカレていやがるぜぇ」

「それは言えているね。ヴィジランテはなんていうか、上昇志向で思想を固めているからねぇ」

「大昔の宗教と同じだぁなぁ」

「ああ、全く。俺は宗教には疎いけど、天国に行くためには祈って祈って狂うまで祈らなきゃダメだ、ってぇのが主流 だったんだろ、確か。そりゃ信じるものがあれば、気が楽になるだろうとは思うが、安直すぎやしないかねぇ」

「能力を持たねぇ連中はよぉ、総じて脳足りんだからなぁ」

「うひゃははははははっ、ああそうだねぇっ、そうだよねぇー。あいつらは俺達とは別の生き物だね、うん」

「随分前に頭の回る野郎がいてなぁ、そいつがこんなことを言っていたんだ」

 スマックダウンは太い指で側頭部を小突く。傷跡の残るスキンヘッドには、ドクロのタトゥーが入っている。

「俺達が変な力を使えるのは、汚染物質やら放射能やら何やらで遺伝子の構造が変わっちまったってぇのと、その せいで脳の変なところが使えるようになったから、だぁそうだぁ。だから、俺達は言っちまえば優れた生き物なんだ、 アッパーよりも、遠い昔の俺達よりも、それ以前に繁栄した生き物共よりも、ずうっと優秀なんだとよぉ。だったら、 なんで俺達は塔をぶっ壊してアッパー共のケツの穴をしばきに行けねぇんだよぉ、って言い返したらよぉ、そいつは なんて言ったと思う? 俺達は進化の途中だから、俺達の次の世代なら行けるはずだぁ、ってよ」

「そりゃ凄い」

「だろぉ? だから、そいつの土手っ腹をお仕置きしてやったがなぁ」

 スマックダウンは笑みを漏らしたが、まだ腹に力が入らないのであまり声が出なかった。

「それでこそ、俺達のスマックダウンだ。んで、アッパー共の尻を舐めまくりのクリスタライズについてはどう思う」

「あのスカしたガラス男は思い出すだけで反吐が出そうだが、生憎、俺の腹の中は空っぽだぁ。あいつがこの世界に 出てきたのは十何年も前だったかぁ……。いや、そんなもんはどうでもいいなぁ。あの野郎、最初は何を思ったのか ガス野郎と組んでいやがった。その頃から、ガス野郎はイカレていやがったが、ガラス野郎もそれ以上にイカレて いたから、微妙な釣り合いが取れていたみてぇでよぉ、割と長いこと連んでいたぜぇ」

「ああ、それは俺も少し覚えているよ。なんでああいうことになっていたのか、今でも理解に苦しむがねぇ」

「話は簡単だ、あいつらは一人の女を間に挟んでいやがったのさ」

「あー……そう。なんて陳腐な」

「俺もそう思うが、俺も身に覚えがねぇわけでもねぇ。馬鹿なもんさ、若い頃ってのはよぉ」

「で、その女ってのが、あのリズ?」

「そうだ、このリズだ」

 スマックダウンは、リザレクションの肉片を消化したばかりの自身の胃袋を親指で示した。

「ヤったら腐る男と、ヤったら固まっちまう男ねぇ。取り合われた方は溜まったもんじゃないよねぇ」

 バードストライクの極めて冷静な意見に、スマックダウンは古傷が付いた片頬を持ち上げる。

「だが、きっと具合が良かったのはガス野郎の方だったんだろうさ。犯罪者狩りをしまくったガラス野郎がアッパーに 見初められた時、リズももちろん誘ったが、ガラス野郎は袖にされた。んで、逆上したガラス野郎はリズを固めて、 殴って、壊して、売り捌いた。おかげで、俺達は起死回生の道具を手に入れられるようになったが、ガラス野郎は 最後までリズを手に入れられなかった。童貞臭ぇ話だぜ」

「なんてアホらしい」

「下らねぇ連中しかいねぇんだよ、このゴミ溜めにはよぉ」

 スマックダウンは分厚い腹筋も蘇った腹部をさすってから、袖でガスマスクの内側を拭い、被る。

「だから、俺も下らねぇし、お前だって下らねぇんだよ、バーディ」

「ははは、異論はないね」

 軽やかに笑った男の横顔は、鳥のクチバシに似せた覆面と、鍔の広い帽子の下から出ているクセ毛のせいで、 本物の鳥のようだった。覆面の目の部分は丸いレンズが填っている上に、帽子の鍔でレンズが翳るのでほとんど 表情が見えないために、バードストライクの素顔は一切解らない。長い付き合いではあるが、スマックダウンは彼の 素顔を目の当たりにしたことは数少ない。しかし、スマックダウンが自身の能力に気付いてスマックダウンと名乗る ようになり、本名も素性も捨てたように、バードストライクもバードストライクであることで過去の自分を葬っている。 だから、敢えて過去を掘り返すようなことはするべきではない。無粋であり、無意味だからだ。
 光量が乏しいヘッドライトを頼りに、荒くれた道を進んでいく。ヴィランの街を後にしてから、半月程の時間が経過 したが、デッドストックの足取りは下水道で途切れてしまった。下水道よりも更に地下にある、地下鉄の路線に迷い 込んでいるとしたら、生きている保証はない。下手に追い掛けると自分までもが迷ってしまう危険性があるし、地下 の地下の住人達と争えるほどの余力もないので、追撃出来なかった。だが、仮にもヴィランである男が、あの程度の ことで死んだとは思いがたいし、死んでしまったら退屈だ。だから、生きていると仮定して行動しているが、本当に 死んでいたとしても構わない。あの、忌々しいイカヅチにケンカをふっかける口実が出来たからだ。
 数日前、スマックダウンはバードストライクが運転するトラックで、バードストライクの巣を後にした。デッドストック に殺し尽くされてしまったヴィラン共に代わって、新たな配下とすべく、見込みのありそうな能力を持ったゴロツキ共 を掻き集めてトラックの荷台に詰め込んだ。それから、ヴィジランテの住む街を目指して走り続けていた。
 ヴィジランテの街は、ヴィランの街とは正反対の場所にある。ヴィランの街は元々は埋立地であって、四方を海に 囲まれている人工島で、また別の派閥のヴィランが掌握している橋を渡るか、地下の地下の住民達が跋扈している 下水道を通って出入りするしかない。遠い昔は人工島以外の場所でもヴィランはのさばっていたのだが、イカヅチ が勢力を増すに連れて徐々に追いやられ、有力なヴィランも次々に殺されて、人工島に押し込められた。その後も 何度かイカヅチとやり合ったのだが、ヴィジランテは日に日に強大になり、組織的になった。そして今や、イカヅチの 領地は塔の四方を支配するようになり、イカヅチ自身が生み出す豊富な電力で文化的な生活を送っている。
 それが、面白いわけがない。スマックダウンはバードストライクにトラックを留めさせると、助手席から下り、久々に 拳を固めて指の骨を鳴らした。体力は心許ないが、腕力は充分元に戻っている。

「手を貸そうか?」

 バードストライクは運転席の窓から顔を出し、にやついた声を出したが、スマックダウンは一瞥した。

「いらねぇよぉ、そんなもん。肩慣らしには丁度良い」

 煌々と明かりの灯る都市に囲まれた、天を塞ぐ壁を貫く巨大な塔。それをぐるりと取り囲んでいるのが、一本の線 だった。線といっても、目に見えるものが引かれているわけではない。言ってしまえば、泥と瓦礫の溜まった地面に 引かれた太い溝だ。幅は一メートルもない。その溝の上には何もないように見えるが、その実は、透き通った障壁 が立ちはだかっている。物理的な壁ではなく、空間のずれとでも言うべきか。
 それを生み出したのは、どんなものにも境界線を作ることが出来る能力を持つダウナー、クローズラインである。 昔はヴィランだったが、今ではヴィジランテの主要な能力者として重宝されているのだ。しかし、クローズライン本人は この近辺には見当たらない。クローズラインの生み出す障壁は本人を起点として円を描いているものだが、本人が 内側にいる必要はあっても線の上にいる必要はない。よって、クローズラインは安全な内側で、ヴィジランテの上層 の裕福な生活を送っているだろう。だとしても、いちいち本人を捜して倒そうとは思わない。スマックダウンの能力で、 障壁を壊してしまえば片付くからだ。

「さあてぇ」

 右手の拳を握り締めて腰を据え、肺を大きく膨らませ、スマックダウンは高らかに叫んだ。

「クソッ垂れなクローズラインのクソ壁を、お仕置きしてやらぁああああああああっ!」

 聞け、聞こえるか、聞いたな、聞こえないわけがない。聞き届けなかったとしても、聞こえたならば壊してしまえる。 スマックダウンは短く息を吐きながら拳を振り抜き、真っ直ぐに目に見えない壁に打ち込んだ。分厚い合金製の壁 に激突したかのような嫌な手応えが指の付け根から肩に響き、背骨を痺れさせたが、痛みはすぐに治まった。
 足元で、線が抉れたからだ。つまり、障壁にダメージが及んだ証拠である。素直な良い子ちゃんじゃねぇかよぉ、 とガスマスクの中で零してから、スマックダウンは二発目のお仕置きを叩き込んだ。またもや線が歪んで、砂埃が 線の内側で波状に起きた。と、同時にトラックに詰め込んできたゴロツキ共が沸き立った。スラングだらけの賛辞 とも罵倒とも付かない叫声を背に受けながら、スマックダウンは三度目の拳を障壁に抉り込ませた。
 暴風が渦巻き、線が消えた。





 


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