命を捨てるか、誇りを捨てるか。 いつかはねだられると思っていた。 マサヨシはハルが熱っぽく語る大型犬に対する興味を聞き流しながら、眠気覚ましのコーヒーを啜っていた。 ペットが飼いたい、と言い出すのは時間の問題だと思っていた。だが、マサヨシはそれほど動物が好きではない。 なんというか、苦手なのである。確かに見た目は可愛いとは思うが、近付かれると訳の解らない畏怖に襲われる。 特に、イヌはきつい。あの牙の生えた口や大きな鳴き声が好きになれず、イヌに近付かれると逃げ出したくなる。 「ねえパパ、いいでしょ?」 ハルは愛らしく首を傾げるが、マサヨシはそれにほだされないために顔を逸らした。 「だから、ダメと言っているだろう」 「だってだってぇ、飼いたいんだもん」 「ペットみたいなのはもういるじゃないか」 イグニスとか、とマサヨシが言うと、ハルはむくれる。 「おじちゃんはおじちゃんでワンちゃんじゃないもん! 違うもん!」 「いいじゃないっすか、ワンコ。オイラは別に悪くないと思うっすよ」 ヤブキはダイニングテーブルの上に置かれた炊飯器を開け、白飯を自分の茶碗に山盛りにした。 「でも、そういうのってすぐにボク達がお世話することになるんですよねぇ。みゅーん」 ミイムは仕事が増えるのが嫌なのか、素っ気ない。マサヨシはコーヒーを啜り、唸る。 「そうなんだよなぁ…」 ただでさえ頭の痛い事態になっているというのに、その上で大型犬なんて飼われてしまったら気疲れしてしまう。 トニルトスを回収したはいいが、その後が大変だった。負傷が激しいせいか、未だに彼は目覚めていなかった。 あれから、三日が過ぎた。帰還したイグニスは自分のガレージに籠もり、サチコの手を借りて己を治療している。 そのせいで時間が取られてしまうらしく、トニルトスの治療は一向に進んでおらず、未だに両腕も外れたままだ。 肝心の本人の意識が戻らない上にイグニスの治療が完了していないので、仕方ないと言えば仕方ないのだが。 だが、トニルトスには目覚めてもらわなければならない。先日の襲撃には、色々ときな臭い部分が多かったのだ。 密輸船の貨物を奪還する依頼を受けたはずなのに、指定された宙域に現れたのは機械生命体の戦士だった。 それだけでも充分怪しいのだが、仕事を失敗したという旨を依頼主に伝える前に報酬が振り込まれたのである。 それも、破格の金額だった。どう考えても口封じのための金であり、トニルトスの存在を隠したがっているようだ。 そもそも、依頼主の意図が掴めなかった。なぜ、こんなに手の込んだことをして二人を引き合わせたのだろうか。 二人を引き合わせて殺し合わせるだけなら、トニルトスにイグニスの居場所を伝えるだけで事足りるはずである。 なのに、わざわざマサヨシらを巻き込もうとしている。挙げ句に、一万クレジットもの大金を渡してくるとは大事だ。 だから、トニルトスには早く目覚めてもらわなければならない。本人が眠っていては、問い詰められないからだ。 「ねぇってばー」 ハルに揺さぶられたので、マサヨシは飲みかけのコーヒーカップをテーブルに置いた。 「だから、ダメだと言っているじゃないか」 「もしかしてパパさん、動物が嫌いなんですかぁ?」 ミイムは味噌汁を飲み干し、椀を置くと、頬を押さえて身を捩る。 「うみゅうん、心外ですぅ。それは可愛い可愛い獣人であるボクに対する差別ですぅ、冒涜ですぅ、侮蔑ですぅ」 「そこまで言っていないだろう」 マサヨシが苦笑いすると、ミイムは大きな目を瞬かせて潤ませる。 「ていうか、イヌって肉食獣じゃないですかぁ。そんな怖い生き物と一緒に暮らしたら、ボクなんてすぐに食べられちゃいますぅ。だってぇ、ボクってか弱いからぁ」 「むー」 ハルはミイムにまで反対されたことが面白くないのか、むくれた。 「ミイムのどこが弱いんすか、どこが。むしろイヌに逃げられるっすよ、凶暴っすから」 ヤブキに茶化され、ミイムはむっとして言い返す。 「ヤブキはむしろ見下されますぅ。ちょっとは役立つかも知れないけど、やっぱり底辺は底辺なんですぅ」 「パーパァー! お願いってばおーねーがーいー!」 ハルはマサヨシの服の裾を掴むと、ぐいぐいと引っ張った。マサヨシはほとほと困り果て、曖昧な表情を作った。 ハルの願いを聞いてやりたいのは山々だが、やはり動物は苦手だ。誰しも生理的に好きになれないものはある。 それに、イグニスとトニルトスのこともある。二人が全快し、事態が快方へ向かわないことにはペットなど飼えない。 それ以前に、経済的余裕がない。イグニスが使えないとなっては、マサヨシも傭兵の仕事を取りづらくなるのだ。 イヌを始めとした愛玩動物は人間と同じく遺伝子操作で産み出されているが、調整が難しいので値段も割高だ。 需要が少なければ供給も少ないので一匹当たりの単価も高く、定期的な投薬を行っての生命維持も欠かせない。 人間は保険が利くので割安で投薬出来るのだが、動物は各種保険が適用されないので人間の数倍の値段だ。 だが、ハルがせっかく興味を示しているのだから、という親心も頭をもたげてくるので、ますます悩んでしまった。 毎日毎日、悩みは尽きない。 最も大きな悩みの種は、ガレージの奥で横たわっていた。 両腕が大破してしまったトニルトスは十数本のケーブルを繋げられ、エネルギーを一定レベルで注がれている。 彼の傍に置かれたホログラフィーモニターにはトニルトスの容態が表示されているが、意識はまだ戻っていない。 やはり、妨害パルスを撃ち込んで強制的に全ての回路をシャットダウンさせてしまったのがまずかったのだろう。 だが、あの時は他の方法が思い付かなかった。レーザーロープで拘束しても、機械生命体の力には敵わない。 それに、ああでもしなければイグニスだけでなくこちらも危なかったのだ。非常時は非常手段を執るのが当然だ。 眠り続けているトニルトスを見上げるマサヨシの背後では、イグニスがサチコに腹部を修理されながら暴れている。 「いだだだだだだぁっ!」 イグニスの破損した腹部には溶接機が差し込まれ、ばちばちと激しい火花が飛び散っている。 「痛、いだっ、つうか、そこはっ、あうあぎゃっ!」 〈はーい、痛かったら手を挙げてねー〉 「挙げるも何も手を拘束しやがってでぁあぎゃぐあっ!」 両手両脚をレーザーロープで固定されたイグニスは、簀巻きにされた魚のように胴体をくねらせて悶えている。 〈ほーら次行くわよー〉 「ぎゃぐがばおわっ!」 イグニスの凄まじい絶叫に、マサヨシは耳を押さえずにはいられなかった。サチコは容赦がないどころか冷酷だ。 トニルトスとの戦闘で貫かれた腹部を治すために、スペアの部品を入れて溶接しているのだが、悲鳴が絶えない。 サチコの治療自体は正確なのだが、イグニスのことを生命体ではなくただの機械として扱って治療しているのだ。 故に、微塵も手加減しない。イグニスの反応を見るためだ、と言って痛覚回路を切ることすら許さなかったほどだ。 傍目に見るだけで辛い。マサヨシも麻酔が切れたまま歯を治療された経験があるので、文字通り痛いほど解る。 だが、歯とは比べものにならない痛みに違いない。人間で言えば、麻酔なしで開腹手術を行うようなものだからだ。 イグニスの苦しみようにマサヨシも思わず腹を押さえると、何が起きてもサチコには治療は頼むまい、と決意した。 〈ここも交換しなきゃならないわねー、ねじ切れちゃってるわ〉 サチコは作業用アームを操作してイグニスの腹部に差し込むと、ぐいっと引っ張ってボルトを引き抜いた。 〈えいっ〉 「ぎゃばっ!」 これもまた痛かったらしく、イグニスは跳ねた。彼が落下した瞬間、マサヨシが浮き上がるほどの衝撃が起きた。 「サチコ、少しは手加減してやれ…」 マサヨシは青ざめながら、サチコに声を掛けた。サチコは抜いたボルトを、部品を入れたコンテナの中に放る。 〈あら、これでも優しくしている方よ。うふふふふ〉 「いや…これは明らかに拷問だろう…」 見ている方も痛くなってきた、とマサヨシは口元を歪めた。イグニスは痙攣するかの如く、瞳を震わせる。 「は、吐かねぇぞ、何されたって、俺は吐かねぇぞぉ…。こんなもんに屈したら、せ、戦士の名折れだぁ…」 「とうとう記憶も混濁してきたぞ…」 相棒の弱り具合にマサヨシは本気で不安になってきたが、サチコの治療を妨げるわけにはいかない。 〈あら、根性がないわね〉 サチコは少し残念そうにしつつ、再度イグニスの腹部の穴に溶接機を差し込み、火花を散らした。 〈えいっ〉 「うががががぐばぶあっ!」 イグニスの悲鳴は、音割れするほど悪化していた。マサヨシは正直出ていきたくなったが、一応踏み止まった。 ここで逃げ出しては、相棒の名が廃る。トニルトスとの戦闘時に、イグニスを援護しなかった自分にも非がある。 この調子では、トニルトスも同じ目に遭うに違いない。奇襲を仕掛けた彼が悪いのだが、それでも同情はする。 マサヨシは複雑な思いを抱きながらトニルトスを見上げたが、彼に繋がっている計器のモニターに目を向けた。 一瞬、ホログラフィーモニターにノイズが走った。イグニスの悲鳴による影響か、と思ったが、少し引っ掛かった。 マサヨシはホログラフィーキーボードを表示させて手早く操作し、計器がモニタリングしている情報を切り替した。 今、モニタリングしているのはトニルトスの意識中枢を司る回路のパルスだが、別の回路のパルスに切り替えた。 すると、ホログラフィーモニターの立体的なグラフが上下した。イグニスの悲鳴に合わせて、かすかに揺れている。 今、調べている回路は緊急避難回路だ。ということは、トニルトスは激しい危機感に駆られているということになる。 緊急避難回路はそのまま意識中枢の自己認識回路にも繋がっており、当然ながら思考回路にも繋がっている。 だが、その二つの回路に反応はない。マサヨシは不審に思いながら調整を重ねていき、ある違和感に気付いた。 意識中枢を司る複数の回路だけが、不自然に通電していない。他の回路は至って正常なので、余計に変だった。 つまり、トニルトスは意識的に眠っているらしい。マサヨシは彼の気持ちが解らないでもなかったが、強攻に出た。 「起きろ、トニルトス」 マサヨシは作業用アームを操ってケーブルをトニルトスの回路に直接繋げ、意識中枢に電流を流し込んだ。 「ふぐぉっ!」 途端に、トニルトスが変な声を上げてびくんと痙攣した。 「ん、少し強かったか?」 マサヨシは計器から離れ、トニルトスに近付いた。トニルトスは苦しげに喘いでいたが、上体を起こした。 「きっ、貴様ぁっ! 無礼にも程があるぞ! 私の優秀な頭脳回路が焼き切れたらどうしてくれるのだ!」 「まあ、お前が起きたくなかった気持ちは俺にも良く解るんだが…」 マサヨシは、腹部から火花を散らしながら悲鳴を撒き散らしているイグニスを見やり、苦笑した。 「う…」 イグニスの苦しみようを目の当たりにしたトニルトスは、僅かに身を下げた。 「ぐえぇえええええええ」 イグニスは縛られた手足をぶるぶると震わせながら、最早声とは言い難い音声を漏らしている。 「貴様、私の両腕はどこにある」 トニルトスは両腕がないためか、少々気弱に尋ねてきた。マサヨシは、ガレージの奥の壁を指す。 「あそこだ」 マサヨシが示した先の壁には無数のジャンク品が積み重ねられ、その中に、両腕が乱雑に突っ込まれていた。 イグニスが買い集めたはいいが全く手入れをしていないジャンク品の埃と油にまみれており、汚らしくなっていた。 完全に破損しているので、ただでさえオイルにまみれていた外装が一層汚れていて、一見しただけではゴミだ。 その傍にはトニルトスの長剣が置いてあるが、こちらもジャンク品の山に突っ込まれていて、ゴミ扱いされている。 「侮辱にも程があるぞ貴様ぁっ!」 当然、トニルトスは激昂したが、エネルギーが足りていない上に両腕がないので何も出来なかった。 「俺に言わないでくれ。お前を収容した時、イグニスも重傷だったんだから」 マサヨシは肩を竦めるも、トニルトスの怒りは収まらない。 「この私を敗北に貶めたばかりか、私の腕と剣をぞんざいに扱うとは! この屈辱、晴らさずにはおれんぞ!」 「そのことについては謝っておこう」 「そして最優先するべきは私であってそこの尖兵ではない! 一刻も早く我が両腕を修理して接続するのだ!」 「サチコ」 マサヨシはダメ元でサチコに声を掛けてみたが、案の定サチコの返事は冷ややかだった。 〈マサヨシの頼みでもそれだけは無理ね。機械生命体の構造は私達が普段扱う機械に比べて遥かに複雑だから、イグニス一人を修理するだけでもかなり大変なのよ。今だって、本体のコンピューターの処理能力をフル稼動させているからCPUが過熱しちゃっているくらいなのよ。併せてイグニスの各回路のチェックを行わなければならないし、近隣の宙域も警戒していなければならないし、コロニーの管理だってしなくちゃいけないのよ。この状態でトニルトスまで修理したら、過負荷で私が落ちちゃうわ〉 「だ、そうだ」 マサヨシが両手を上向けると、トニルトスは苛立ちを露わにした。 「なんという文明の低さだ」 「そういうお前は、ちゃんと俺達の言葉を使っているじゃないか」 「貴様らの蛋白質製の生温い脳髄には我らが会話に用いる高周波電波が届かない。故に非効率的かつ前時代的だが、貴様らの言語パターンを習得して音声変換しているのだ。そうでもしなけれれば、まともに意思の疎通も出来ないようだからな」 「ぶべばばばばばばばばば」 「ええい黙れ、黙らんか! 聴覚センサーが割れそうだ!」 トニルトスは自由の効く足を伸ばし、悶え苦しむイグニスの頭を蹴り上げた。 「ぶばっ」 イグニスは頭部を蹴られた拍子に、ぐぎ、と首関節が鈍く軋んだ。サチコは作業用アームで、彼の首を動かす。 〈あら、今の一撃で弱っていたシャフトがとうとう折れちゃったわ。また修理箇所が増えちゃったわね〉 「もう…楽にしてくれぇ…」 首を支える軸が折れたせいで機械油が漏れたらしく、イグニスは目の隙間からぼろぼろと黒い滴を零した。 「サチコ…」 マサヨシがサチコを見やると、サチコは慌てた。 〈だっ、大丈夫よ! スペアの部品はまだまだたっぷりあるんだし、頸部の破損箇所は右のシャフトとシリンダーだけなんだから! そりゃ、私は宇宙が滅びたってイグニスには欠片も好意を抱けないけど、これでもうちの稼ぎ頭なんだから、殺したりしないわよ! 嘘じゃないわよ、コンピューターは嘘なんて吐けないんだから!〉 「イグニスはともかく、私の体をこの女に任せて本当に大丈夫なのか」 トニルトスは不安を滲ませながらマサヨシに問うてきたので、マサヨシは言葉を濁した。 「サチコはナビゲーターとしては最高なんだが、なぁ…」 だが、この機会を逃せばトニルトスを問い詰める機会は失われる。両腕が治ってしまえば、彼は逃げるだろう。 そうなってしまう前に、事の真相を聞き出さなければ。マサヨシは仕切り直そうとしたが、外から少女の声がした。 同時にぱたぱたと軽い足音が駆け込んできて、マサヨシの背後で止まった。振り返ると、仏頂面のハルがいた。 「パパぁ、ワンコ飼ってぇ!」 「だからダメだって言っているじゃないか」 マサヨシが諭すも、ハルは地団駄を踏む。 「欲しいもん欲しいもん欲しいもん!」 「ハル…」 愛しい少女の声で、イグニスは痛みで薄らいでいた意識を戻した。それに気付いたハルは、イグニスに近寄る。 「おじちゃん、どうしたの? パパにお仕置きされてるの?」 「つうか、電卓女に殺されかけてるっつうかだな…」 イグニスは僅かに声を震わせていたが、力尽きてがくんと頭を落とした。ハルは、小さな手でイグニスを叩く。 「おじちゃーん、どうしたの、おじちゃんってばー。おじちゃんからもパパに頼んでよー、ワンコが欲しいのぉ」 「軍のイヌなら、そこに転がってるぜ」 「え、ホント!?」 「ああ」 「わぁい、おじちゃんありがとう! 大好きぃー!」 ハルはイグニスにしがみつき、頬摺りしてくる。イグニスは意識が朦朧としていたが、今ばかりは頑張っていた。 装甲越しではハルの頬の柔らかさは解らないが、ハルの気配や体温は感じ取れるので、全力で感知していた。 イグニスを単なる戦闘兵器ではなく一人の男にしてくれた存在であると同時に、守らなければならないものなのだ。 そして、宇宙で一番可愛い生き物だ。全身が動かないことが憎らしいが、ハルに擦り寄られているだけで満足だ。 イグニスはうっとりとしていたが、長時間の無茶な修理で過負荷が掛かって消耗していたため、遂に意識を失った。 ハルはイグニスが気を失ったことに気付き、おじちゃーん、と呼びながらぺちぺちと叩いてみたが、応えなかった。 「おじちゃん、寝ちゃったよ」 ハルは残念そうに、マサヨシに振り返った。が、すぐにトニルトスに駆け寄る。 「ワンちゃんのお名前は?」 「我が名はトニルトス、カエルレウミオンの誉れ高き将校だ!」 「じゃ、トニーちゃんね」 「…あ?」 初めて愛称で呼ばれたので、トニルトスは戸惑った。ハルはにこにこしながら、手を伸ばす。 「お手!」 「誰が貴様などに手を差し伸べるか! 分を弁えろ、下等種族が!」 「お手!」 「私に命令を下せるのはカエルレウミオンの上士官からであって!」 「おかわり!」 「人の話を聞かんか!」 「ちんちん!」 「このぉ!」 トニルトスは全く話の通じないハルに苛立ち、腰を上げた。すると、ハルは小さな手を叩いて喜んだ。 「えらいえらい! お利口さんだね、グンのワンちゃんって!」 「…貴様、どういうことか説明しろ」 トニルトスはハルへと踏み出しかけた足を下げ、マサヨシを睨んだ。マサヨシは渋い顔をする。 「そこの子はうちの娘でな。ここのところ、ペットを、つまり愛玩動物を欲しがっていたんだ。そこで俺の相棒がつまらない比喩を使ったもんだから、お前のことをイヌだと認識してしまったらしい」 「この私が愛玩動物だと、なんたる屈辱だ!」 トニルトスはどぅんと床を鳴らすほど強く踏み込み、マサヨシに詰め寄った。 「お座り!」 ハルは調子付き、トニルトスに命じる。トニルトスは、マサヨシに詰め寄った際に腰が下がったことに気付いた。 「あ…」 ハルの命じることは今一つ理解しかねるが、座った状態に近いのは確かだ。これでは、ますます愛玩動物だ。 そのせいで、ハルは余計に喜んだ。トニルトスに駆け寄ってくると足の装甲を撫でて、良い子良い子、と上機嫌だ。 トニルトスは足にまとわりついてくるハルを振り払おうとしたが、後頭部に溶接機の付いた作業用アームが迫った。 ハルを睨み付けると、頭上で火花が散った。どうやら、サチコはトニルトスの思考パルスを読み取っているらしい。 頭部に電流を流されては、機械生命体であっても辛い。増して、かなりダメージを受けている今では防ぎきれない。 トニルトスは、ばちばちと荒々しく電流を散らす溶接機と気絶した同族を見つめていたが、視線を足元に向けた。 ハルという名の少女は、にんまりと笑っている。その傍では、マサヨシが納得しがたい目でこちらを見上げている。 トニルトスはこの場から逃げ出そうと後退ったが、壁に積まれたジャンク品に衝突し、それ以上は下がれなかった。 こんなことなら、潔く敗北するべきだった。 08 5/1 |