豪烈甲者カンタロス




第十一話 濁った正義



 この眠気が晴れれば、戦いが始まる。
 黒田は、さざ波のように打ち寄せる眠気と、戦闘高揚剤が切れたことによる精神の乱れを鬩ぎ合わせていた。
頭を休めれば、薬で誤魔化している記憶が溢れる。体を休めれば、痛んだ肉体が悲鳴を上げる。どちらも辛い。
だが、眠らなければもっと辛い。しかし、眠れば記憶の蓋が外れる。葛藤の中、黒田は暗い天井を見つめていた。
 三人の少女達。三匹の戦術外骨格。彼女達が人型昆虫と戦えているのは、百香や櫻子の犠牲があったからだ。
それがなければ、彼女達は戦うどころか力を得ることも出来なかった。そして、百香と同じ境遇の犠牲者なのだ。
だが、彼女達が生きていることが憎らしく、溶岩のように煮え滾る。同情すべき相手なのに、逆の感情が生じる。
 枕元に散らばる注射器に上右足を伸ばしたが、中身は空だった。それを捨てた黒田は、頭を抱えて身を丸めた。
安易に薬に頼っては、ますます己を見失う。ブラックシャインと化してしまえば、黒田は正義のために戦う戦士だ。
だが、薬が切れてしまえばブラックシャインとしての力は失い、ヒーローとは正反対の脆弱な男、黒田輝之に戻る。

「百香…」

 黒田は歯を鳴らす代わりにがちがちと顎を打ち鳴らし、分泌物で汚れたシーツに複眼を埋めた。

「俺は、どうしたらいいんだ」

 戦うべきだ。勝ち抜くべきだ。改造手術を乗り越えた自分を誇るべきだ。だが、戦えば戦うほど人が死んでいく。
水橋薫子も、殺すべきではなかった。誰よりも憎らしい女だったが、科学者としては優秀で生かす価値はあった。
それなのに、憎しみに駆られて殺してしまった。城岡も道具として利用した。人を殺す躊躇いが消え失せていく。
 自分は怪物だ。人にもなれず、虫にもなり切れない半端な生き物だ。だから、戦うことでしか自分を生かせない。
過剰に正義に固執するのは、自分の所業を正視出来ないからだ。黒田は息を荒げて、妹の名を繰り返し呼んだ。
 そうすれば、苦痛が薄らぐような気がした。




 子供の頃から、ヒーローに憧れていた。
 凶悪な怪人に何度倒されても挫けずに立ち上がり、愛する者を守るために戦い抜く姿に、心を奪われていた。
近所の子供達とこぞって真似をして遊んでは、いつかは自分もそうなれるのだろうと根拠のない確信をしていた。
妹が生まれてからはますます強く思うようになり、他の誰かを守れなくても妹だけは守ってやろう、と思っていた。
 黒田輝之の八歳年下の妹、黒田百香は小さな頃から体が弱く、一年の大半を病院で過ごすような子供だった。
そのため、同年代の子供に比べて一回りは体が小さかったが、黒田には良く懐いていて何はなくとも甘えてきた。
思春期を迎えても、それを鬱陶しいとは思わなかった。それどころか、兄弟仲が良いことを誇らしく感じたほどだ。
 大した事件も起きず、穏やかで温かな家族の日々が続くと思われたある日、両親は交通事故で死んでしまった。
黒田が十八歳の頃、百香が十歳の頃だった。突然のことに頭が付いていかず、義務的に葬儀や手続きを終えた。
黒田自身もショックが大きかったが、百香は悲しみのあまりに体調を崩し、葬儀を終えてすぐに倒れて入院した。
百香に付き添って病院に寝泊まりしながら、黒田は考えた。妹を守るためには、まず強くならなければならない。
強くなるには、心身を鍛えるしかない。だから、卒業目前だった高校を中退し、兵士になるべく自衛軍に志願した。
軍に入隊すれば、政府から援助を受けられ、給料も出る。百香から離れるのは不安だが、これも百香のためだ。
 そう決意した黒田は軍に志願したが、それが最初の誤りだった。




 六年前。三ヶ月程度の訓練を終えた黒田は、いきなり実戦配備された。
 陸軍の一等陸士となった黒田はトラックに乗せられて基地から移送され、上官に言われるがまま戦闘を行った。
当初は、これは訓練なのだと思っていた。入隊してからまだ日が浅い兵士を投入する現場などないと思っていた。
他の面々もそう思っていたらしく、周囲の兵士達も上官が力強く読み上げる作戦を訓練の一環として聞いていた。
 だが、すぐにその認識が誤りだと知った。黒田を始めとした歩兵部隊が投入された先には、異形が待っていた。
関東北部の山間に位置する峠道を駆け上った黒田らは、峠道を塞ぐ異様な物体に思わず言葉を失ってしまった。
曲がりくねった細い道を横切るように転がっているそれは、白く柔らかな腹をうねらせ、きいきいと細く鳴いていた。
 金色の複眼、銀色の羽、純白の体。十メートルは悠に超える巨大な虫が、六本の足を蠢かせて這いずっていた。
女王だった。初めて見た時黒田は、毎日過酷な訓練をやりすぎて幻覚を見るようになったのか、と思ってしまった。
だが、同年代の兵士達が絶叫して取り乱している様で、幻覚ではないと悟った。すぐに、小隊長が号令を掛けた。
 黒田らは訓練で決められた配置に並び、遮蔽物に身を隠し、自動小銃を発砲して女王の腹部に弾丸を埋めた。
無数の弾痕が出来た腹部からは青い体液が迸り、びしゃびしゃと道路を濡らし、女王は頭を振って苦痛に悶えた。
女王の動きが止まった頃、銃撃は終わった。図体の割は弱かった、と黒田が少し安堵していると、女王が爆ぜた。
 弾丸で破れたはずの腹部が膨らんで、内側から何かが飛び散り、手榴弾の破片のように周囲に被害を与えた。
黒田は岩の影に身を隠したが、一瞬動作の遅れた兵士の上半身が何かに分断され、下半身だけが崩れ落ちた。
折れた背骨と千切れた腸を零しながら倒れた下半身は、びくんびくんと不気味に痙攣し、上半身は崖下に消えた。

「あ…?」

 急転した事態に黒田が動揺していると、錯乱した兵士の一人が女王に突っ込んでいくが、何かに頭を喰われた。
ぶぢゅりっ、と頭蓋骨が噛み砕かれて脳漿が散り、肌色の柔らかな肉片が血溜まりに落ち、血臭が濃さを増した。

「い、嫌だ、嫌だぁ、俺はまだ死にたくねぇええっ!」

 黒田と同い年の兵士が自動小銃を投げ捨てて逃げ出したが、退路に何かが飛び降り、行く手を阻んだ。

「なんだ、これ…?」

 恐怖に声を引きつらせた兵士が網膜に捉えたのは、赤い外骨格に黒い斑点の異形、人型テントウムシだった。
人型テントウムシは顎に挟んでいた他の兵士の内臓をじゅるりと吸い込んでから、顎を開いて、唾液を落とした。
途端に絶叫した兵士は、今し方逃げてきた方向に戻ろうとしたが、人型テントウムシの上右足が振り上げられた。
人の腕力を遙かに超えた力で兵士の首は切断され、断面から赤黒い液体が吹き上がり、雨のように降り注いだ。
 どちゃ、との濡れた音に黒田が目線を向けると、死にたくないと叫んだままの表情の兵士の首が転がってきた。
黒田は血臭を感じるよりも早く、嘔吐した。その場にうずくまり、出撃前に詰め込んできた食糧を全て吐き出した。

「吐くより先にすることがあるだろうが!」

 上官は黒田を叱責してから駆け出し、人型テントウムシに銃口を定めて連射するが、ほとんどが跳弾した。

「なんだと、銃が効かないのか!?」

 上官は唖然として、たちまちに空になったマガジンを交換して再度引き金を引いたが、結果は変わらなかった。
ひとしきり弾丸を浴びていた人型テントウムシは、硝煙のまとわりついた外骨格を払うと、兵士の死体を囓った。
ぎちゃぎちゃ、ぐじゃぐじゃ、と気味の悪い音を立てながら、首を失った兵士の装備ごと強靱な顎で噛み砕いた。
 ぎち、と外骨格が擦れる音に、黒田が胃液を吐き出し終えてから振り向くと、女王が人型昆虫に喰われていた。
人間だけでは食い足りなかった人型テントウムシ達は、女王を取り囲むと、破れた腹部や内臓に喰らい付いた。
女王はまだ絶命していないらしく、ぎいぎいと耳障りな咆哮を上げながら六本足を蠢かせるが、その足も折られた。
虫は生まれてすぐに親を喰うという話は聞いたことがある。だが、どちらも大きすぎて異様としか言いようがない。

「…あれが喰い終わったら、次は俺達か」

 上官は黒田や怯えきって使い物にならなくなった兵士達を背中で守りながら、自動小銃を構えた。

「意識があるまま喰われるのと、なくなってから喰われるの、どっちがいい」

「何、言ってんですか…?」

 黒田が後退ると、上官は銃口を黒田らに向けてきた。

「どうせ俺達は犬死にだ。だから、せめて俺がお前らを殺してやろうって言ってんじゃないか」

 上官は引き金に掛けた指を震わせて、今にも押し込んでしまいそうだった。追い詰められたのは、皆、同じだ。
どちらもいいわけがない。自分が死んだら妹はどうなる。だから死ねない、と言おうとした時、背後で銃声がした。
黒田と同じく座り込んで震えていた兵士が、自動小銃とは別に所持していた拳銃をこめかみに当て、撃ったのだ。
ヘルメットの下からだらりと一筋の血を流した兵士は、黒田の背にもたれるように倒れてきたので黒田は避けた。
俯せに倒れた兵士は浅く呼吸し、痛い、痛い、と掠れた声で繰り返していたが、すぐに弱まって聞こえなくなった。
 もう、耐え切れなかった。黒田は自分の自動小銃を握り締めると、上官に体当たりして倒してから、駆け出した。
女王の方向でもなければ退路でもなく、道路の斜面に飛び降りた。木々の枝をへし折って降り、そしてまた駆ける。
身長よりも高い雑草を掻き分け、道なき道を死に物狂いで進む黒田の耳に、上官と他の兵士の断末魔が響いた。
だが、振り返ることは出来なかった。異常事態に怯えた心は縮み上がり、戦闘服のズボンは失禁で濡れていた。
ジャングルブーツの中にまで入った生温い液体が煩わしいと思う余裕もなく、黒田は逃げて逃げて逃げて逃げた。
 逃げることしか、考えられなかった。




 夕方まで逃げ惑った黒田は、処罰を覚悟でキャンプに戻った。
 あの峠道の山麓に設置されていたはずの軍のキャンプは無惨に荒らされていて、生きている者はいなかった。
装甲車は横倒しにされ、重装備の兵士と思しき武器を持った腕はあるが、胴体や頭はどこにも見当たらなかった。
ミリタリーグリーンのテントは全て破かれ、物資も散乱している。佐官も尉官も通信兵も衛生兵も、喰われていた。
 黒田は泥と血にまみれた顔を拭い、自動小銃を下ろした。鉛のように重たい体を引き摺り、キャンプ地に入った。
喰うだけ喰って満足したのか、あの大きな虫の姿はない。油断は出来ないが、しかし、出会ったところで何をする。
敵に自動小銃が効かないのなら、今の黒田に出来ることはない。それ以上の武器は、扱ったことがないからだ。
テントの周辺には弾薬や大型の銃も転がっているが、使用方法が解らない。経験豊富な兵士だったら別だろうが。

「なんだ、あれ」

 西日を陰らせたものを目の端に捉えた黒田は、空を仰いだ。数機の武装ヘリコプターがこちらに接近してきた。
黒田の頭上を通り過ぎた重装備の機体は次々にミサイルを発射し、山の斜面に着弾させて炎の海を作り出した。
轟音と共に押し寄せる熱風を浴びながら、黒田は呆気に取られ、山が焼き尽くされていく様を眺めるしかなかった。
木々を焦がしながら荒れ狂う炎は西日より眩しく、強かった。それに気を取られすぎて、車の音に気付かなかった。
 ブレーキ音でようやく我に返った黒田は、キャンプ地に入ってきた数台の車両を見、その側面の文字を読んだ。
国立生物研究所。援軍ではなさそうだな、と黒田がぼんやりしていると、ワゴン車から防護服姿の人間が現れた。
彼らは兵士のように統率の取れた動きで駆け出し、揃って背負っている噴霧器のノズルをキャンプ地内に向けた。
号令と共に噴射された消毒薬を吸って黒田が咳き込んでいると、ワゴン車からもう一人防護服の人間が出てきた。

「生存者の方ですか?」

 防護服の中から聞こえたのは、意外にも若い女の声だった。

「敵前逃亡してきたんだ」

 再度咳き込んでから黒田が言うと、彼女は黒田をワゴン車の中に示した。

「こちらにどうぞ。お話しを聞かせて下さい」

「聞かせるほどの話はないと思うけどな」

 黒田は彼女に促されるまま、ワゴン車に入り、シートに身を沈めたが自動小銃を手放すことは出来なかった。
役に立たないものだが、握っていなければ怖かった。ワゴン車のスライドドアを閉めた彼女は、黒田の隣に座る。

「まず、お名前を」

「黒田輝之一等陸士」

 黒田が平坦に名乗ると、彼女は防護服のゴーグルを上げて目元を見せ、名乗った。

「水橋櫻子です。国立生物研究所の者です」

「あんたらは、あれが何なのか知ってるのか?」

 黒田が焼き尽くされていく山を見やると、櫻子と名乗った女は頷いた。

「はい。黒田さんが交戦した相手は、人型昆虫と呼ばれるミュータントです」

「人型昆虫? ミュータント?」

「政府の意向で公表されていないのですが、現在、人型昆虫が爆発的な勢いで繁殖しているんです」

「だが、なんで、俺達がそんなのの相手を…」

 黒田は、爆撃を終えて上空を旋回する武装ヘリコプターを見上げた。

「最初から、あれで焼けば良かったじゃないか」

「いきなり上空から爆撃しても、女王や人型昆虫は飛んで逃げてしまいます。ですから、しばらくは地上に釘付けしておかなければいけないんです。本当なら、もう少し早く来るつもりだったんですが、私達と空軍との作戦会議が手間取ってしまいまして…」

「それじゃ何か、俺達は囮ってことかよ!」

 黒田が激昂すると、櫻子はびくんと身を縮めた。

「そうではありません! ですが、そうしなければ人型昆虫を焼くことすら出来ないんです!」

「あんたにはそう説明されたんだろうが、俺は現場にいたんだぞ! あれが囮じゃなきゃなんだってんだ!」

「ですが、私達は」

「何をどう言われたって、信じられるもんか」

 黒田はスライドドアを開けて車から出たが、櫻子は黒田を追い縋った。

「待って下さい、今、出たら危険です! 私達と一緒に研究所に来て下さい!」

「俺は家に帰る。妹がいるんだ」

 黒田はスライドドアを閉めようとして、気付いた。炎に巻かれた人型昆虫が、ぎいぎいと喚きながら飛び出した。
黒田と似たようなルートで山の斜面から転げ落ちてきた人型テントウムシは、焼けた外骨格から煙を上げていた。
複眼は割れて体液が零れ、羽は焼け落ちて骨も残っていない。炎を纏った異形の虫は、地面を這いずってきた。
その口には、何かが銜えられていた。割れた頭蓋骨の奥でぐつぐつと脳が煮え滾った、焼け焦げた死体だった。

「おぐえっ」

 途端に、黒田の背後で櫻子が嘔吐した。べしゃっと防護服の内側で吐瀉物が飛び散って、白い生地が汚れた。
黒田も吐きたい気分だったが、水一滴も飲んでいないので胃液すら出ず、込み上がってきても何も出せなかった。
焼け焦げた死体を囓りながら、人型テントウムシは黒田らを目指して近寄ってくる。これなら、勝てるかもしれない。
 黒田は強張った腕で自動小銃を上げ、銃口を据えた。だだだだだっ、と腹に響く発砲音の後、外骨格が割れた。
人型テントウムシの頭部と胸部に穴が開いて硝煙が散り、ぎいいっ、と頭を反らして顎を開き、死体が落下した。
頭を半分以上喰われた死体からは割れた目玉ととろけた脳髄が流れ出し、その上に人型テントウムシが倒れた。
ぐじゅっ、と焼けて中が煮えた死体が押し潰され、体液の池を作る。その様を見てしまい、櫻子は激しく嘔吐した。

「おい、大丈夫か?」

 さすがに黒田が心配になると、櫻子は首を横に振った。

「それ、脱いだ方が楽だろう。一人で脱げるか?」

 妹の世話をする時のような口調で黒田が声を掛けると、櫻子は弱々しく懇願した。

「おねがい、します」

 黒田はがくがくと震えている櫻子を支えてやり、キャンプ地から外に出ると、道端に立たせて防護服を脱がした。
吐瀉物と胃液が詰まった防毒マスクを外し、頭部のカバーを外し、全身を包む防護服のファスナーを引き下げた。
防護服の下から現れたのは少女と言っても差し支えのない年代の女性で、真っ青を通り越して白い顔をしていた。

「すいま、せ」

 言葉を言い切る前にまた波が来たのか、櫻子は座り込んでげえげえと吐いた。

「お互い様だ」

 黒田は櫻子の背をさすってやりながら、ばちばちと燃え盛る人型昆虫と、その下で潰れた人間の死体を見やる。
蛋白質が焦げる匂いが鼻を掠め、喉に異物が迫り上がる。だが、何も出てこないので、気分の悪さだけが残った。
死体を見たのは彼女も初めてなのだろう。黒田は櫻子に妙な親近感が湧いたが、自動小銃だけは放さなかった。
 山の鎮火を確認した後、黒田は移送された。当然ながら行き先は、櫻子や防護服を着た面々の勤務先だった。
抵抗することも出来なければ、する気もなかった。逃げ出したところで捕まるのだし、逃げ出せる気力もなかった。
 国立生物研究所では、黒田は一週間近く拘留された。事情聴取から始まり、ありとあらゆる身体検査をされた。
何の因果か、黒田の世話をしてくれたのは櫻子で、再会した当初は櫻子はかなり気まずげに黒田に接していた。
何度も嘔吐する現場を見られたのだから、当然の反応だ。だが、そのうちに、櫻子は黒田に心を開くようになった。
黒田もまた、同年代の櫻子が相手なので警戒心が緩み、会話するうちに話題が弾んで笑い合ったこともあった。
 そんな日々の中で、黒田は知った。東京を中心にして繁殖する異形の生物が、人の世界を脅かしていることを。
いつの頃からか現れた人間の体格を凌ぐ大きさの昆虫の主食は人間であり、既に何十人と喰われていることも。
世間には猟奇殺人事件として報道されているが、その実は人型昆虫に捕食されている場合も決して少なくない。
だが、人型昆虫の生息域を把握出来ていないため、人型昆虫が出現したら、その都度倒す以外の方法がない。
そのためにも人型昆虫を捕獲して、生態を調べて対処を取らなければ、いずれは大規模な被害が及びかねない。
 今まで知りもしなかった事実の数々に黒田は圧倒され、畏怖し、戸惑い、そして決意した。虫と戦うべきだ、と。
だが、それが二度目の誤りだった。あれほどの目に遭ったために、青臭い正義感が奮い起こされてしまったのだ。
大義名分は妹を守るためだったが、もう一つの理由は、親しくなりつつある櫻子との距離を縮めたいからだった。
子供染みた正義感と幼い功名心が黒田から判断力を奪ったばかりか、生まれて初めての恋に目が眩んでいた。
 だから、本当に見るべき現実が見えていなかった。





 


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