豪烈甲者カンタロス




第十四話 壊れた絶望



 真の女王は思考する。
 なぜ、人間は交尾するのか。なぜ、人間は虫を滅ぼそうとするのか。なぜ、人間は心を通わせようとするのか。
知識を得れば得るほど、疑問は連鎖的に増殖していく。だが、知識を得なければ、真の女王は空虚な生物だ。
繁殖することだけしか知らず、産むことしか出来ず、世代を重ねるためだけの生命。だが、それでは虚しすぎる。
 生まれてきた意味、進化した意味、繁栄するための意味、あらゆる意味を求め、見つけるために知識を求めた。
けれど、それは皆、人間側の知識だった。虫の生態系も、名称も、分布も、何もかもが人間が付けたものだった。
虫は存在する。だが、虫は虫としてしか生きられない。人間を越えることは出来ない。と、人間が決め付けていた。
それが理不尽でなくて何であろうか。虫は生きている。生き続けたい。だからこそ、都市の地下に巣を作り上げた。
頭上で蠢く数多の人間を捉え、喰い、孕ませ、殺し、増殖し、いつの日か人間を淘汰し、この星を虫で埋め尽くす。
だから、一匹でも多くの女王を育て、地上に送り出したがその傍から殺された。人に、虫に、どちらでもない者に。
 なぜ、殺されなければならないのか。なぜ、生きてはいけないのか。なぜ、同じ生命体だと認めてくれないのか。
人間も虫も、同じものから生まれ落ちる。卵と精子。蛋白質。有機物。水と土。血と肉。なのに、なぜ、拒絶する。
なぜ、誰も虫を認めない。生かさない。愛さない。求めない。様々な疑問が脳を駆け巡り、老いた神経を痛ませた。
 疑問は飢えとなり、乾きとなり、心を干涸らびさせる。だが、真の女王の空しさをを潤し、満たすものは現れない。
女王を放ち、虫を放ち、神経糸を放ち、その末に見つけ出したのは、地上に蠢く人間の愚かな面ばかりであった。

「ほほほほほほほほほほほほ」

 人の声を真似た音を胸郭から響かせながら、ぎしり、と真の女王は重たい頭を起こした。

「人は皆、愚かよのう」

 ぎちぎちぎちぎちぎちぎち。ぎしぎしぎしぎしぎしぎしぎしぎし。

「なぜ、皆、妾のように生きられぬのかえ」

 愛されず、認められず、求められないのならば、喰えばいい。ただ、それだけのことだ。

「それこそが、この世の真理よ」

 十数メートルはあろうかという巨大な逆三角形の頭部。三十メートルは悠に超える長さを持つ巨大な六本足。
その足が下方から生えている、大型旅客機をも凌ぐ直径の胸部。そして、無数の卵を産み出す肥大した腹部。

「ほほほほほほほほほほほほほほ」

 真の女王は笑う。東京タワーと呼ばれる建造物の直下に作り上げた、直径五百メートルを超える地下空洞で。
これこそが、全ての人型昆虫が生み出された生命の泉だった。地下空洞を支えているのは、太い神経糸だった。
クモの巣のように細かく編み上げられた神経糸が、幾重にも土壁に重なり、鉄骨よりも頑強な基礎を作っていた。
それは頭上だけでなく、側壁や地底部分も支えており、真の女王の常識外れの巨体を包み込む寝床でもあった。
レースのような繊細さと鉄線の頑強さを併せ持つ神経糸の網は一本一本に意志が宿っており、時折動いていた。

「…おや」

 女王の苗床を収めている地下空洞に繋がるトンネルに、聞き慣れぬ足音が聞こえた。

「そなた、妾と謁見なさるつもりかえ」

「そのつもりじゃなかったら、こんなところまで来やしないさ」

 脱皮直前の女王の体液を外骨格から滴らせ、濡れた足跡を連ねながら、声の主は歩み寄ってきた。

「ほほほほほほほほほほほほほ。妾はそなたを存じておるぞ、黒田輝之二等陸佐、じゃったかのう」

 真の女王は大量の卵を用いて造り上げた玉座から、人と虫を入り混ぜた異形を見下ろした。

「違うな。俺は、通りすがりの正義の味方だ」

 青い体液に汚れた赤いマフラーを背中に払ってから、ブラックシャインは高らかに名乗った。

「世界が滅びに向かう時、闇の底より現れる、光を抱いた正義の戦士! その名もブラックシャイン!」

 ポーズを付けたブラックシャインを見、真の女王は貴婦人を思わせる仕草で口元に足先を添えた。

「ほほほほほほほほ、奇天烈な男よのう。して、そなたは妾を殺すのかえ?」

「お前の放った女王が、お前の卵から生み出された虫が、俺から全てを奪い、壊した」

 ブラックシャインは上両足の拳を握り締め、躊躇いなく歩み出した。

「だから、俺はお前を殺す。それで何かが戻ってくるわけじゃないが、俺はもう、これ以上何も失いたくない」

「ほう…」

 真の女王は触角を動かし、ブラックシャインから零れる匂いの粒子を絡め取った。

「そうか。そなたは、妾が情報を喰った人間と交わっておったのか」

「何だと!?」

 ブラックシャインが目を見開くような気持ちで顎を全開にすると、真の女王はきりきりと顎を擦らせた。

「そなたらについての情報を得るために、妾はそなたらの巣を襲ったのよ。妾の子達とそなたらが小競り合いをしている間に、神経糸を伸ばしてのう。まあ、思ったほど情報は得られなかったが、面白いものを捉えたのじゃ」

 真の女王の放つ声は巨体故に低かったが、女王に相応しい優雅さを備えていた。

「そなたら人間が交尾に至るために必要な、恋愛感情とやらじゃ。妾にはそのようなものは不要だが、後学のためにと啜り出してみたのよ。生殖行動と直結しているが、曖昧で生温い感情ばかりでのう、手応えはなかった。だが、役に立つことは立った。あれがなければ、妾は愚かなオス共に女王の苗床との交尾を促そうとは思いもしなかったじゃろうて。もっとも、思ったほど効果は出なかったようじゃのう」

「それじゃ、紫織、は…」

 がくがくと震え出したブラックシャインに、真の女王は高笑いを浴びせかけた。

「脳を抉り抜いたのじゃ、死んでしもうたに決まっておるわ」

「なんで、紫織まで、そんな…」

 先程までの勢いを失い、ブラックシャインは後退った。

「ほほほほほほほほほほほほ。さあ、何を弱っておるのかえ。早う、妾を殺してみせぬか」

「紫織ぃいいいいいいいいっ!」

 頭を抱えてその場に座り込んだブラックシャインに、真の女王はしゅるしゅると神経糸を伸ばした。

「せっかくじゃ、妾が啜った情報をそなたに流してやろうぞ。妾との謁見を果たした褒美じゃ」

 地下空洞を揺らがすほどの慟哭を放ち続けるブラックシャインの首筋に、真の女王の神経糸が差し込まれた。
強引に頸椎に繋げられた神経糸から、膨大な量の思念が流し込まれる。無遠慮で無秩序な記憶の暴力だった。

「紫織ぃ…」

 恥じらいながらも笑みを向けてきた時の表情。声。言葉。匂い。感触。体温。気配。

「俺は、一体何をしてきたんだ…」

 気を抜けば吹き飛ばされそうなブラックシャインの意識に、紫織の感情や感覚が重ねられ、彼女と化していた。
紫織は黒田を見ていた。だが、それは好意だけではなく、黒田を政府側に繋ぎ止めるための任務のためだった。
百香と櫻子を失い、薫子に対する復讐心だけで生きている黒田は、それを果たしてしまえば抜け殻になるからだ。
それを見越した上で、紫織は黒田にあてがわれた。紫織もまた犠牲者であり、道具であり、そして、道化だった。
 黒田の第一印象は、怪人ゴキブリ男だった。任務のためだと割り切らなければ、相手に出来ないほど不気味だ。
話しかけてもまともに答えることは少なく、たまに喋ったとしても斜に構えた言葉しか吐かず、鬱陶しい男だった。
国民を守るために、人型昆虫や女王を掃討する任務を一人でこなしているのは凄いと思ったが、それだけだった。
改造人間を政府側に繋ぎ止めるための楔になるために、大学を卒業したわけじゃない、勉強をしたわけじゃない。
だが、政府には逆らえなかった。人型昆虫に関わってしまった時点で、紫織も政府から目を付けられてしまった。
だから、対策班から抜け出すことも出来ず、黒田から逃げ出すことも出来ず、作り笑顔を貼り付けるしかなかった。
 だが、ある日、事件が起きた。大量に地中に産み付けられた人型昆虫の卵を処分する作業を行っていた時だ。
自衛軍による消毒と焼却の後、紫織を含めた研究員達が卵に近付こうとした時、地中から女王が出現したのだ。
命懸けで産み落とした卵を殺されたことで怒り狂った女王は、紫織らに目掛けて土に汚れた上両足を振り回した。
その瞬間、黒田が現れた。人型昆虫の掃討を終えて帰還してきた黒田は、紫織らを守るために猛烈に戦った。
その様に、紫織は見入ってしまった。そして、今まで交際した男に感じなかったものを感じ、胸が締め付けられた。
ゴキブリだけど、格好良い、と。そう思ってしまったが最後、雪崩れ落ちるように、紫織の心は黒田に占められた。
 抱いてもらえて嬉しかった。愛されなくても、好意を持たれただけでも良かった。ずっと、支えてやりたいと思った。
死にたくない。怖い。痛い。助けて。助けて。助けて。助けてお願い怖いよ嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌。

「うぐぁああああああっ!」

 紫織の断末魔と死に間際に感じた痛みや感情が全て注ぎ込まれ、ブラックシャインは仰け反った。

「ごぉ、ぐぇあ、おぐぅ、おおおおおおっ!」

 外骨格が削れかねないほど激しく頭を掻き毟るブラックシャインに、真の女王は笑う。

「そなたらは、妾には到底理解出来ぬわ。失うのが辛いなら、なぜ求めるのかえ? 裏切られるのが怖いなら、なぜ好くのかえ? すぐに死ぬ相手なのに、なぜ愛するのかえ?」

「ぐぇあおうおあがぁああああっ!」

 唾液と胃液を撒き散らしながら、ブラックシャインは頭を地面に打ち付けた。

「在りもせぬものに縋って、掴めぬものを握ろうとして、そなたらは皆、地獄へと堕ちるばかりよ」

 真の女王は上両足を地面に突き立てて頭を出し、神経糸をざわめかせながらブラックシャインに顔を寄せる。

「もう良い。妾は存分に楽しんだ。喰うてしんぜよう」

 紫織、紫織ぃ、と濁った声で名を叫び散らすブラックシャインの頭上に、真の女王の先細りの顎が迫ってきた。
アリのそれに似た顎が左右に開き、薄青い唾液の絡んだ細長い舌がにゅるりと伸ばされ、唾液が滴り落ちた。
雨粒よりも大きく粘つく雫に外骨格を濡らされ、ブラックシャインは僅かに動きを止めたが、苦痛は途切れない。
頸椎に差し込まれた神経糸を引き千切ろうとしても、脳を掻き混ぜられる感触が凄まじく、爪を伸ばせなかった。

「…ん?」

 真の女王の舌先がブラックシャインの触角に触れたが、不意に止まった。

「なんだ、これは」

 ブラックシャインも、何かを感じた。流し込まれていた情報が途切れたかと思うと、奇妙な感覚が混ざった。

「お、あ、おおおうっ!」

 がちがちがちがちがちぃっ、と激しく顎を鳴らしながら頭を反らした真の女王は、肥大した腹部を波打たせた。

「あ、うぁ、お、くああああっ!」

 左右に頭を振って唾液を散らしながら、真の女王は六本の足を慌ただしく動かした。

「止めろ、止めんか、ああ、こんなもの、妾は感じとうはない! かっ、感じるはずがないぃいいいっ!」

 何かを堪えるかのように、真の女王はしきりに土壁を引っ掻く。その様に、ブラックシャインは既視感を覚えた。
つい先程見た光景に似ている。セールヴォランが、実際にはその体内に収められた桐子が快感を堪える様だ。
爪で地面を掻きむしり、甘ったるい声を上げて身悶えしていた。だが、真の女王がそんなものを感じるわけがない。
第一、相手は昆虫だ。どれほど巨大で知能が優れていようとも、人間とは違い、性交が快楽であるとは思えない。
その上、真の女王は永遠の処女だ。受精を行わなくても卵が産み出せるのだから、交尾する必要も意味もない。
ブラックシャインが何かしらの情報を送った覚えもなければ、情報を送り返せるだけの技量も精神力もなかった。
となれば、考えられることはただ一つだ。有り得ない、とは思ったが、現に目の前で真の女王がよがり狂っている。
 ブラックシャインは真の女王を経由して彼女から注がれる性感を感じることを避けるため、神経糸を引き抜いた。
赤い血と青い体液に濡れた神経糸を投げ捨て、千切ったが、脳内に残る様々な種類の痛みだけは抜けなかった。
下両足で踏み込もうとしても、紫織が死に間際に感じていた凄まじい恐怖が抜けず、力を入れても抜けてしまう。
紫織を救えなかった現実を知り、ブラックシャインは強烈な罪悪感に駆られたが、戦うしかないのだと思い直した。

「今のうちに、せいぜい楽しんでおけよ」

 ブラックシャインは、引きつった悲鳴を上げ続けている真の女王を見据えた。

「気持ち良く逝かせてやる」

 土塊と神経糸を蹴散らし、力強く踏み切ったブラックシャインは、一息で数十メートルの高さまで跳ね上がった。
神経糸を介して流し込まれた快感から逃れようとする真の女王の目線まで飛び上がり、襲ってきた足を蹴った。
純白の上右足を踏み台にし、次に肩を踏み台にし、背を足場にして駆け、銀色の薄い羽を破り、腹部へ向かう。
真の女王に僅かに残った理性が操っているのか、腹部の周囲から神経糸が伸び、しなやかに振り下ろされた。
背中の分厚い外骨格を蹴って上昇し、今し方振り下ろされた太い神経糸を蹴って、更に前へと突き進んでいく。
肥大した腹部は、近付くと小山のようだった。足を踏み入れると、外骨格とは違った不気味な感触が返ってくる。
柔らかいが、体重を掛けると足の下で異物が歪む。一歩進むごとに数個の卵が潰れ、内容物が散るのが解る。

「おのれぇっ、ブラックシャイン!」

 真の女王は首を捻り、頭と胴体よりも二回り以上大きく肥大した腹部を駆けるブラックシャインを睨み付けた。
途端に神経糸の動作が冴え、それまではブラックシャインを捉えるどころか掠りもしなかった神経糸が接触した。
下左足を掬われたブラックシャインは腹部の上で転倒したが、爪を立ててすぐさま起き上がり、力一杯跳躍した。
頭上に張られた神経糸の網を掴み、数本の神経糸を握った状態で腹部に戻ってくると、襲ってくる神経糸を掴む。
両者を結び合わせると、抜けそうになった性感がまたもや逆流したらしく、真の女王は苦しげながら甘く喘いだ。

「くぅあぁあ、はぁあっ!」

「とおっ!」

 腹部の真上に到達したブラックシャインは、出せる限りの力で跳躍した。

「必殺! シャイニングキィーック!」

 下右足を突き出し、爪を起こした状態で落下する。重力に伴って加速した足が、真っ直ぐに腹部に突き刺さる。
分厚いが手応えの頼りない腹部の皮が裂けると、ブラックシャインの下右足は膝上まで没し、爪が卵に触れた。
そのまま、下左足で腹部を思い切り蹴り付けると、ブラックシャインは下右足で皮を裂きながら降下していった。
足に引っ掛かった卵、神経、内臓などを切り裂きながら落ちていくと、真の女王が撒き散らす喘ぎが鈍くなった。
痛みが性感に勝ったらしく、ばたばたと暴れている。だが、ブラックシャインは足を抜かずに地面まで降下した。

「てぇあっ!」

 下左足で腹部を蹴り付け、下右足を引き抜いたブラックシャインは、真の女王の腹部から離脱して着地した。

「思い知ったか、正義の力を!」

 真の女王の肥大した腹部には切り口が荒いが鋭利な傷が縦一線に作られていて、青い体液が溢れ出していた。
体液の滝に混じって卵や内臓も零れ、玉座を青く染めていた。そして、玉座を成していた卵も大半が潰れていた。
中には女王の卵と思しきものもあり、幼虫になりかけていたモノが無惨に潰され、柔らかな体が平らになっていた。
腹部を切り裂かれて体液の大半を失いつつある真の女王は触角を細かく震わせていたが、大きく頭を反らした。
そして、そのまま倒れ込んだ。地震のような震動が起き、頭上からは石や土に混じって飛び散った体液が落ちた。

「少し遅かったな、諸君」

 触角を立てたブラックシャインは、トンネルに振り返った。

「てか、お前がマジ先走りすぎだし。つか、マジ空気読め」

 ベスパと化したねねは、鋭い爪に貼り付いた女王の幼虫の体組織を払い落とした。

「ふふふふふふ。はしたないわねぇ、女王様なのに。気持ち良すぎたのかしら?」

 桐子の人格であるセールヴォランは、だらしなく顎を開いて唾液を零している真の女王を見上げた。

「うわ、おっきい」

 カンタロスと化した繭は、真の女王を見上げ、至極真っ当な感想を述べた。

「ゴキブリ男。あなたは、もう下がってくれるかしら? 主役は私とセールヴォランなんだから」

 セールヴォランはブラックシャインに歩み寄ると、乱暴に突き飛ばした。

「てか、あたしが勝たなきゃマジ意味ねーし! つか、あんたらなんてマジいらねーし!」

 ベスパは足早に歩くと、セールヴォランをぐいっと押しやった。

「ここまで頑張ってきたんだもん、最後までやり通さなきゃ」

 カンタロスは二匹の間に割って入り、結果として一番前に出た。

「おのれ…おのれぇえええええっ!」

 自身の体液の海から起き上がった真の女王は、傷口から、顎から、関節から、ぐねぐねと神経糸を踊らせた。

「妾の子達を殺めたばかりか、妾を穢しおって! その命、妾が喰らうて清めてくれるわ!」

 悶え苦しんだために傷付いた足で巨体を持ち上げた真の女王は、触角が折れるのも構わず頭を打ち付けた。
一度、二度、三度、と土壁に叩き付けられると、土壁を内側から支えていた神経糸が千切れ、解け、土が割れた。
三千六百トンもの重量を誇る巨大建造物を支える岩盤に稲光に似たひび割れが走り、砕けた岩が振ってきた。
轟音と共に落下する無数の岩の雨を浴びながら、真の女王がぐっと首を上げると、割れ目から光が差し込んだ。
人工の光が幾筋も降り注ぎ、体液の海を輝かせる。三匹と一人の戦士達は、己の身を守るだけで精一杯だった。
背後ではトンネルが落盤し、頭上からは車両よりも大きな岩石が絶え間なく落下し、真の女王を追う余裕はない。
 落盤が収まった頃には、真の女王の姿は消えていた。カンタロスらは、土埃に汚れながらも生き延びていた。
岩石の間からツノを出したカンタロスは、セールヴォラン、ベスパ、ブラックシャインの生存を知り、顎を擦らせた。
また、皆が生きていた。いい加減に一人ぐらい死んでほしいな、と思いつつ、カンタロスは穴から夜空を仰いだ。
 そこに、あるはずのものがなかった。





 


09 3/19