純情戦士ミラキュルン




第十六話 超スケールの戦い! 純情昇華ミラキュイーン!



 速人が帰宅すると、リビングのテーブルには大量のDVDが散らばっていた。
 ハイビジョンテレビの正面のソファーでは美花が突っ伏しており、再生終了を示す黒い画面が映し出されていた。 見終わったのにDVDをプレイヤーから出さなかったため、トレイラームービーが自動再生されて流れ始めていた。 その内容から察するに、DVDは去年の戦隊ヒーローの映画版のようだ。テーブルに散乱したDVDはここ数年の ヒーローの映画版や本編のDVDで、速人も見慣れたタイトルが多かった。

「なんでこんなの見てたんだ?」

 速人は通学カバンを床に置いてから美花の隣に座ると、美花は顔を上げた。

「参考になるかと思って」

「何のだよ」

 速人はリモコン操作でDVDをプレイヤーから出して音量を調節し、テレビを適当なチャンネルに合わせた。

「巨大化の……」

 美花は目元を押さえながら体を起こし、あー、と低く呻いた。

「いくら実写でも、ずっと見てるのは辛いね……。日曜日の朝のやつは、三時間以上は見られるんだけど……」

「お前、何本ぐらい見たんだ」

「戦隊ヒーローの映画版を見て、次にライダーの映画版も見て、最後にライダーの本編の中盤を二話ぐらい……」

「戦隊ヒーローはともかく、ライダーは巨大化の参考になるのか?」

「なるような気がしたの。プリティでキュアキュアなのも借りようと思ったけど、それだけは出来なかった……」

「本放送見てるくせに」

「だって、面白いんだもん……」

 目が痛い、と美花が目元を手で覆うと、速人は呆れた。

「勉強はどうした」

「出来るわけないよ。だって、ずっと見てたんだもん」

 一戦終えた後のように疲れ切った美花に、速人は嘆息してから立ち上がり、DVDをケースに戻した。

「しかし、なんで急に巨大化する気になったんだ。ジャールの怪人はそこまで強敵じゃないだろ?」

「巨大化したんだよ。だから、私も巨大化しないと負けちゃうよ」

「負けるわけがあるか。いくら巨大化したって、ヒーローと怪人の実力差が埋められるもんか」

「でも、出来るんならしなきゃ。難しいけど」

 美花は大きく息を吸って吐いてから立ち上がったが、頭を押さえて顔をしかめた。

「頭痛い……なんか気持ち悪い……」

「そりゃ眼精疲労だ。今日はもう、何もしないで大人しく寝てろ」

「でも、勉強しないと……」

 美花は自室に向かおうとしたが、途中でよろけて方向転換し、背中を丸く曲げながらトイレに向かった。 どうやら、本格的に気持ち悪くなったらしい。長らく目を酷使すると、肩や首どころか胃に来てしまうからである。 速人も何度も経験したことだが、あれは物凄く辛い。そうなったら、目を閉じて横になって眠るしか治す術はない。 トイレから美花の死にそうな呻き声が流れてきたので、速人はそれに引き摺られないように気を逸らすことにした。 これから夕食を作ってレポートの作成に取り掛からなければならないのだから、気持ち悪くなってしまったら困る。

「巨大化なぁ」

 DVDを放映順に重ねて整理しながら、速人は何の気なしに呟いた。

「俺も出来るとは思うが、一生縁がないだろうな」

 巨大化は正義と悪の戦いのお約束だ。怪人が巨大化すればヒーローも巨大化して、派手な戦いを繰り広げる。 しかし、巨大化すれば燃費も悪くなり、動きが大きすぎて逆に隙が増え、利点があるようでいて少ない戦法なのだ。 巨大化とは、ヒーロー体質を応用して自分の肉体を数十倍に増幅させる術であり、大きさに応じてパワーも上がる。 だが、消耗するエネルギーが半端ではないのだ。ごく普通の人間では巨大化した時点で気を失ってしまうだろう。 ヒーローも、鍛え方がいい加減だと戦う前に負ける。だから、体力以外のエネルギー源で巨大化する場合も多い。 他人の生命エネルギーであったり、よく解らないアイテムであったり、解りやすく電気や太陽光やガソリンだったり。 野々宮家の両親も巨大化出来るが、この二人の場合はオーバースペックなのでエネルギー源は特に必要ない。 二人の体力は呆れるほど凄まじいので、巨大化した後の消耗も通常時より空腹が激しい程度でしかないそうだ。
 だが、ミラキュルンはそうもいかない。ヒーローとしての経験も浅く、鍛え方も不充分なので巨大化すれば倒れる。 もしそうなれば、街が潰れるだけでは済まない。速人はDVDの山を前にしてしばらく考えていたが、手を打った。

「ああ、これでいいか」

 速人は立ち上がると、トイレのドアをノックした。

「おい美花、生きてるか?」

「なんとかぁ……」

 ドア越しに返ってきた美花の声には覇気はなく、水を流す音に紛れてしまうほどだった。

「俺に良い考えがある」

「どんな?」

「お前さ、必殺技があっただろう。なんだっけ、あの、ハートのビーム出すやつ」

「あー、うん。ミラキュアライズね」

「そのミラキュアライズにハズい枕詞があったじゃんか」

「えー……と……。ああ、うん、初恋乙女の胸キュンエナジー、浄めのラブシャワー、だよ」

「そうそう、それそれ。その、初恋乙女の胸キュンエナジーをエネルギー源にして巨大化出来るんじゃないか?」

「えぇー……?」

 トイレのドアが細く開き、青ざめた顔で髪を振り乱した美花が目を覗かせた。

「なんでそうなるの? ていうか、それ、後付設定にしてもひどいよ」

「俺もそう思う。だが、お前が自力で巨大化出来ると思うか?」

「そりゃそうだけど、でも、なんでそんな恥ずかしいのを……」

 うぇ、と美花は顔を歪め、トイレのドアを閉めて呻き始めた。つわりみたいだな、と速人はちょっと思ってしまった。 だが、それ以外に思い付かなかったのだから仕方ない。自分のことなら労は惜しまないが、これは他人事だ。 妹の戦いではあるが速人には直接関係ない。速人や妹の呻き声を聞き流しつつ、カバンを持って自室に戻った。 レポート作成に必要な資料などを机に広げ、部屋着に着替えながら、サポートアイテムの在処を思い出していた。 元々変身や肉体強化が得意な速人には必要ないが、不器用な美花には必要なので、母親が買っておいたのだ。 変身ブレスレット以外はほとんど使う機会がないので、段ボール箱に詰めてどこかの部屋に置いてあるはずだ。 恋する乙女の胸キュンエナジーを巨大化のエネルギー源にするためには、何かに蓄積しなければ難しいだろう。
 自室を出た速人は、両親の寝室に入った。住人がいなくても埃は立ってしまうので、定期的に掃除している。 明かりを付けてクローゼットを開き、両親の衣服や変身不能時のための予備のバトルスーツの束を掻き分けた。 その奥にあった段ボール箱を引っ張り出した速人は、ガムテープを剥いで開いたが、目当ての物ではなかった。

「うわ」

 速人は声を潰し、思わず笑ってしまった。段ボール箱一杯に入っていたのは、速人の子供服だったからだ。 今となっては着せ替え人形の服のようなシャツやズボンを見ると、訳もなく照れくさくなって変な声が出てしまう。 そういえばこんなの着てたなぁ、と思いながら探ると、見覚えのあるキャラクタープリントのトレーナーが現れた。 広げてみると、それは実の父親であるパワーイーグルのアニメ版イラストがでかでかとプリントされたものだった。 当然、その下にはピジョンレディのアニメ版イラストがプリントされたトレーナーもあり、どちらも着古されていた。

「俺んちって……」

 何が悲しくて親の顔が入った服を着なければならないのだ。そして、なぜそんな服を着てしまったのだろう。 更に、変身後とはいえ自分の顔が入った服を自分の息子に着せていたとは、両親はどれだけナルシストなのだ。 様々な思いが去来した速人は、パワーイーグルのトレーナーとピジョンレディのトレーナーを握ったまま俯いた。

「レポート、頑張ろう」

 両親を反面教師にし、真人間になろう。二度とヒーローにはならず、ごく普通のどこにでもある人生を歩もう。 大学に行ったのも、普通に就職するためだ。ヒーローになどなったら、自分を持て余して方向を間違えてしまう。 ただ強いだけで、人生を生きられるわけがない。まともに勉強し、まともに働き、まともに生活してこその人生だ。 間違っても、ヒーローの力に陶酔した挙げ句に育児放棄して国外逃亡してしまうような親になってたまるものか。 速人はトレーナーを二枚とも段ボール箱に押し込め、強引に蓋を閉めてクローゼットに投げ込んで扉を閉めた。 美花のサポートアイテムを探し出すのが目的なのだから、余計な行動を取ってしまっては夕食の支度が滞る。
 両親の部屋を出た速人は納戸に向かい、掃除機やモップなどの奥に追いやられている段ボール箱を開けた。 その中には美花の靴やブーツが入っていたので、次の段ボール箱を開けると、ピンク色の物体が入っていた。 例によって、母親の趣味だ。速人は甘ったるい色彩にげんなりしながら、その段ボール箱を抱えて納戸を出た。 リビングに戻ると、青い顔の美花がソファーに寝そべっていたが、出すだけ出したおかげで少しは良さそうだった。

「ほら、サポートアイテム」

 耳障りなプラスチックの摩擦音を立てながら段ボール箱を床に置いた速人に、美花は目を向けた。

「あー、うん、ありがとう……」

「後で箱を片付けておけよな」

 速人は美花に背を向け、ダイニングテーブルの椅子の背に掛けておいたエプロンを取った。

「うん……」

 美花は頭を押さえながら身を起こして段ボール箱を開くと、中にはピンクのハート型のパッケージが入っていた。 幼い頃から美花を飾り付けるのが好きだった母親は、母親は魔法少女を意識したアイテムを買ってきたのである。 その頃は無邪気に喜んでいたが、今となっては恥ずかしい。美花は胃の痛みと頭痛を堪えながら、中を探った。 薄く埃を被ったハート型のパッケージを開き、透明のプラスチック製の梱包材と固定のテープを外し、取り出した。 出てきたのは、ハート型のコンパクトだった。蓋を開くと、やはりハート型の宝石に似たプラスチックが填っている。

「ちょっと可愛いかも」

 美花は埃を払ってから、コンパクトを裏返して電池ボックスの蓋を開いた。

「あ、そうか。これ、ヒーロー充電なんだ」

 中に入っていたのは、 Hero と印刷された単四電池だった。つまり、ヒーロー自身の精神力が動力なのである。 変身を補助するアイテムは基本的に使用者の精神力をエネルギーにしているので、このコンパクトも同様だ。 だが、今の美花には充電出来る気力はない。眼精疲労が予想以上に辛いので、夕食を食べたらすぐに眠りたい。 コンパクトを閉じてソファーに横たわった美花は、目を閉じて目元の凝りをほぐしてから、大きくため息を吐いた。

「ネーミング、どうしよう」

 ミラキュアライズの時は七瀬に考えてもらったが、巨大化後の名まで考えてもらうのは無遠慮極まりない。

「ミラキュルンは、ミラクルの捩りでしょ? んで、ミラキュアライズは、それにライズをくっつけただけでー……」

 だが、何も思い付かない。美花が呻きながら寝返りを打つと、ニンジンの皮を剥いていた速人が振り向いた。

「ミラキュリンセスとか?」

「あー、プリンセスってこと?」

「ありがちだけど、外してないだろ」

「でも、私、プリンセスって柄じゃないし、そもそもどこのプリンセスなの?」

「スーパーピュアハートキングダム。七十七万光年先の宇宙に浮かぶ宝石で出来た惑星を統一する国家だ」

「何それ。面白くないよ」

「言ってみただけだ。だけど、怪人にもいるじゃないか。部下のいない隊長とか手下のいない海賊とか」

「んー……だけど、他に何かあるかなぁ?」

「だったら女王はどうだ。ミラキュイーンになっちまうけど」

「キュイーン?」

 美花は寝そべったまま腕を組み、疲労の蓄積した脳で考えたが、安直で良いかもしれないと思った。

「うん、そうだね。それじゃ、巨大化後はミラキュイーンにしよう。どうせなら、ロボになっちゃおう」

「ロボになる必要性は見当たらないような気もするが」

「でも、バトルスーツのままじゃ、体型が丸出しじゃない。恥ずかしいもん」

「それもそうだな」

「考えないとなぁ、色々と……」

 美花はハート型のコンパクトを抱え、胎児のように丸まった。

「あーでも気持ち悪い、超頭痛い……」

 月に一度の貧血も辛いが、これはまた違った苦しみだ。美花は喉の奥に胃液の味を感じ、突っ伏した。 おかげで、物を考えようとしても苦しみが先立って考えられない。だが、イメージを固めなければ巨大化は難しい。 巨大化するだけでなく外見をロボットと化すためには、あらん限りの強さのイメージを振り絞る必要があるのだ。 しかし、ヒーローに対するイメージが貧弱で自分に自信がない美花では、思い付こうにもなかなか思い付けない。 だから、既存の特撮番組に登場する巨大ロボを参考にしようとしたのだが、ひどい眼精疲労に陥っただけだった。 考えるだけ考えてから寝よう、と美花は重たい瞼を閉じて、ソファーの隅にあった柔らかなクッションに頬を埋めた。 疲れのせいか、先程まで見ていた戦隊ヒーローやライダーがひたすら入り乱れるだけの変な夢を見てしまった。
 夢の中では、ピンクでハートな巨大ロボがひたすらドジを踏んでいた。





 


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