純情戦士ミラキュルン




五つの力を一つに合わせろ! 正義戦隊パワーファイブ!



 いつもの土曜日なのに、何かが妙だった。
 大神は、朝、目覚めた時から違和感を感じていた。嫌な予感とでも表すべきだろうか、収まりが悪い気分だった。 変なことが起きなければいいが、と、大神が頭の片隅で考えながら布団を上げていると美花からメールが届いた。 なんでも、急用が用事が出来て昼食を作りに来られなくなった、とのことで、それが予感の正体かと心底落胆した。 大神以上に落胆したのは、美花の作る昼食を当てにしているムカデッドとユナイタスであり、一層やかましかった。 耳障りで目障りな二人をあしらってから、大神は悪の秘密結社ジャールに出社すると、義兄の名護がいなかった。 理由を聞くと、姉の弓子と母親学級に行ったらしい。その後も定期検診があるので、今日は出てこられないそうだ。 それ自体は妙なことでも何でもないのだが、常に何かが引っ掛かっていて上の空で、四天王から心配された。
 大神、もとい、暗黒総統ヴェアヴォルフは、四天王ではなく広報のカメリーを連れ立って駅前広場へと向かった。 理由は簡単、決闘の補佐役が一巡してカメリーに当番が回ってきたからだ。一応、カメリーも幹部怪人なのである。 今日、ミラキュルンと戦う怪人は監視カメラ怪人のロックガーだった。頭部は長方形の箱形でレンズが付いている。 それなのに、首から下は戦闘員のような簡素さで、磁性テープのような艶のある全身タイツにベルトを巻いている。 ロックガーは頭部以外は至って普通の人間体なので、自分なりのバトルスーツだと以前に説明してくれた。多種 多様な怪人がいるので、そんなことは珍しいことでもないのだが、黒の全身タイツが目を引くのは確かだった。
 駅前広場に到着すると、ヴェアヴォルフは嫌な予感の原因を悟った。実弟、鋭太が正義側にいたからだ。いつも はミラキュルンの立ち位置である定位置に野々宮一家が一列に並んでいることも充分妙だが、鋭太は浮いていた。 一人だけオオカミ怪人であることも浮いている一員ではあったが、その中で鋭太だけが恐ろしく渋い顔をしていた。 時折ミラキュルンとジャールの決闘を見物に来る七瀬も駅前広場に来ていたが、いつも以上に距離を置いていた。

「お、じゃなくて、ヴェアヴォルフさん。その、今日はちょっと、ごめんなさい」

 美花はヴェアヴォルフに頭を下げてから、愛想笑いにしようとして失敗したような顔を向けた。

「ねえねえ若旦那ぁ、この流れだと、もしかしたらアレじゃないのかしらん?」

 カメリーが両目をぎょろぎょろとさせながらヴェアヴォルフに近付くと、ヴェアヴォルフも理解した。

「うん、アレだ」

「どうしましょう、総統……。俺、死ぬんじゃないっすか……?」

 ロックガーが震え出したので、ヴェアヴォルフは彼の不安を払うかのようにマントを翻して口上を述べた。

「我が名は暗黒総統ヴェアヴォルフ! 悪の秘密結社ジャールの総統にして、世界の全てを悪に染める者である!  ミラキュルンと戦うはずだったのだが、どうも今日はそうではないらしい! だから今日はこう言おう!」

 ヴェアヴォルフは隊列のセンターを陣取っている鷹男を指し、叫んだ。

「貴様ら、何者だ!」

「はーっはっはっはっはっはっはっはっはっ! 知りたければ教えてやろうっ、知りたくなくても教えてやろうっ!」

 鷹男は悪役よりも堂に入った高笑いを放ってから、変身し、分厚い筋肉を強調するポーズを決めて名乗った。

「情熱のパワー・オブ・ジャスティスッ! パゥワァーレッドォオオオオオッ!」

「うふふふふ、頑張っちゃうんだから」

 鳩子は楽しげに笑んでから、変身し、女性らしさを前面に出したポーズを決めて名乗った。

「穢れなきピュア・オブ・ハート! パワーホワイト!」

「後で穴埋めはします。だから、今日のところは父さんに付き合ってやって下さい」

 速人はジャールの面々に謝ってから、変身し、格好良さだけを追求したポーズを決めて名乗った。

「理性と知性のクール・オブ・シャープ! パワーブルー!」

「来週からはまた私だけで戦うから、だから、本当にごめんね!」

 美花は涙目ではあったがヒーローモードに切り替え、変身し、昭和のアイドルのようなポーズを決めて名乗った。

「花も恥じらうプリティ・オブ・ミラクル! パワーピンク!」

「……俺、今、超死にたい」

 鋭太は絶望と後悔を限界まで詰め込んだ呟きを漏らすと、変身し、へっぴり腰でポーズを決めて名乗った。

「華麗で過激なスパイシー・オブ・ストロング! パワーイエロー!」

「五人合わせてぇえええっ!」

 パワーレッドが音頭を取ると、五人は一斉に同じポーズを決めて声を揃えて叫んだ。

「正義戦隊、パワーファイブ!」

 何の前触れもなく爆発が発生し、五色の煙が五人の背後に広がった。そのせいで罪もない通行人が咳き込んだ。 ヴェアヴォルフは耳とマズルのせいでバトルマスクの形が異なるパワーイエローを見ると、ロックガーも目を向けた。 パワーイエローは懸命にポーズを続けようとしていたが、わなわなと震え出し、とうとう尻尾を巻いて逃げ出した。

「うわあやっぱ無理、超マジ無理だしっ!」

「待てぇいパワーイエローッ!」

 だが、すぐにパワーレッドに尻尾を掴まれ、戦隊の列に戻された。

「敵前逃亡なんてヒーローのすることじゃないわぁ!」

 さあさあさあ、とパワーホワイトがパワーイエローの背を押すが、パワーイエローは必死に抵抗した。

「無理超無理マジ無理だし! てか、相手はロックガーだし! 全部録画されるし! そういう怪人だし!」

「いいじゃん、戦隊ヒーローごっこを録画されたって。最悪、結婚披露宴で上映されるだけだし」

 遠巻きに見物していた七瀬が精神的な死刑宣告を下すと、パワーイエローはますます抵抗した。

「だぁから嫌だっつってんだろーがー!」

「気持ちは解る! だが、解るからと言って、お前の逃亡を許せるわけがない! 俺も逃げたいからだよ!」

 パワーブルーはパワーイエローの肩を押さえ、恨みがましく言った。

「カラオケ、奢るから。ね?」

 パワーピンクが懇願するが、パワーイエローは喚き散らした。

「そんなんで俺の心の傷が誤魔化されるわけねーし!」

「思い切り名乗ってばっちりポーズまで決めておいて、今更何を言っているんだか」

 似たようなことを毎週やっているヴェアヴォルフの反応は冷ややかで、カメリーも彼に同意した。

「そうそう。正義と悪の戦いってば、恥を捨てた方の勝ちなのよね」

「総統、録画を止めた方がいいでしょうか?」

 ロックガーが側頭部の停止ボタンを押そうとすると、ヴェアヴォルフはそれを制止した。

「いや、撮ってやれ。その方があいつの弱みを握れて、いざという時に役に立つ」

「こんな時だけまともに悪役してんじゃねーよ馬鹿兄貴ー! てか、そのいざという時ってのはいつなんだよー!」

 パワーイエローはぎゃんぎゃんと反論するが、ヴェアヴォルフはにやにやした。

「さあ、掛かってこい、パワーイエロー。なんだったら、俺と戦うか?」

「……勝てるわけねーし」

 パワーイエローが後退ると、ヴェアヴォルフは堂々とした態度で歩み出した。

「どこからでも掛かってこい、パワーイエロー! この暗黒総統ヴェアヴォルフが直々に相手をしてやろう!」

「さあっ、今こそ必殺技だあっ、パゥワァーイエロォオオオオッ! イエローブーメランだぁああっ!」

 パワーレッドが唐突な命令を下してきたが、パワーイエローは言い返した。

「んなもん知らねーし! てか、まともに変身出来たのはこれが最初だし! 武器なんか出せねーし!」

「あら、そうなの?」

 カメリーがパワーピンクに尋ねると、パワーピンクは苦笑した。

「あー、はい。鋭太君、じゃなくて、パワーイエローは、イメージを具現化することに慣れていなくて。だから、お父さんの 力で作ったパワーブレスを使っても上手く変身出来なくて、私達と姿を揃えるまで大分苦労しました」

「坊っちゃまってばぶきっちょだねぇ」

 カメリーが可笑しげに肩を揺すると、パワーピンクはフォローした。そうしないと、あまりにも可哀想だからだ。

「変身初心者ですから、無理もないんですけどね」

「カタストローフェエエエエッ!」

 と、ヴェアヴォルフが右手を大きく広げながら振りかぶると、パワーイエローは頭を抱えてその場にうずくまった。 叱られる寸前の子供のように見えたので、ヴェアヴォルフは笑いを噛み殺し、力を解除して優しく引っぱたいた。

「シュラーク」

「殴らねーの?」

 拍子抜けと安堵の半々の声を出したパワーイエローに、ヴェアヴォルフはその頭をぐりぐりと撫でた。

「するわけないじゃないか。むしろ、ぶん殴るべきはあっちだ」

 ヴェアヴォルフはマントを翻して立ち上がり、パワーレッドを指した。

「パワーレッド! よくも弟を公衆の面前で辱めてくれたな! この怒りと憎しみ、倍にして返させてもらうぞ!」

「はははははははははっ、面白いっ! この俺を倒せるものなら倒してみるが良いっ、ヴェアヴォルフゥウウッ!」

 パワーレッドの方が悪役らしいセリフを叫んでから、巨躯を躍らせた。

「望むところだ! ロックガー、カメリー、手を出すな! これは俺の戦いだぁあああっ!」

 ヴェアヴォルフは少年漫画の主人公じみたセリフを言ってから、パワーレッドに掴み掛かると、取っ組み合った。 二人は互いの力を拮抗させていたが、同時に弾かれて後退し、素早い動作で間合いに入り合った。対ミラキュルン 戦と比較すると重たい動作で確実な打撃を放つヴェアヴォルフに、パワーピンクは惚れ惚れした。大神君って格好 良い、とつくづく思った。パワーレッドは多少手を抜いているようだったが、割と真っ当に戦っている。パワーレッドと ヴェアヴォルフの力任せの荒々しすぎる戦闘を横目に、パワーホワイトがパワーイエローを慰めた。

「これであの人の気も済んだでしょ。本当にごめんなさいね、鋭太君」

「てか、どういうことっすか?」

 パワーホワイトの柔らかな物腰に気が緩んだパワーイエローが聞き返すと、パワーホワイトはくすくす笑った。

「昨日の夜、鷹男さんに戦隊ヒーローをやりたくなった理由を聞いてみたんだけどね、寂しいからなんだって」

「あ?」

 なんだそれは、とパワーイエローが声を裏返すと、パワーホワイトは兄妹を示した。

「ほら、速人ちゃんは芽依子ちゃんとお付き合いするようになったし、美花ちゃんだって剣司君とお付き合いするように なったでしょ? だから、置いてけぼりになっちゃったみたいに思えたらしいのよ。そんなことないのにね」

「くっだらねぇ……」

 パワーブルーがマスクを押さえて肩を落とすと、パワーピンクは兄に同意した。

「うん、予想以上に……」

「それでね、あの人ったらなんて言ったと思う? 剣司君のこと、一度ぶっ飛ばしたいって言ったのよ」

 古いんだから、とパワーホワイトが笑うと、その背後でタイミング良くヴェアヴォルフが空中に殴り飛ばされた。

「ああ、だからわざわざジャールと戦うって言ったんだ。そうすれば、合法的にヴェアヴォルフさんを殴れるし……」

 パワーピンクは納得したが、その一方で泣きたくなった。

「お父さん、大神君のこと、嫌いなのかな」

「そんなことないわよ。ただ、面白くないってだけよ。いつまでたっても子供なんだから」

 パワーホワイトが微笑ましげに伴侶を見守ったが、その最中にもヴェアヴォルフは猛烈なラッシュを喰らっていた。 いつのまにか、パワーレッドは全力を出し始めていた。そうなると、ヴェアヴォルフの実力では到底追い付かない。 最初は力をセーブして善戦しようと思っていたようだが、いざ戦い始めたら調子が出てきたのだろう。パワーピンク はヴェアヴォルフが倒されやしないかと冷や冷やしていたが、ヴェアヴォルフも負けじと立ち向かった。暗黒総統の プライドか、それとも恋人の前での意地か、どれほどの腕力で吹き飛ばされようとも立ち上がっていく。そんなヴェア ヴォルフを、パワーレッドは難なく応戦していた。必殺技を浴びようと、仰け反りも後退りもしなかった。

「なかなかやるではないかぁああっ、ヴェアヴォルフゥウウウッ! だぁがしぁかぁーしぃいいいっ!」

 パワーレッドはバトルスーツをフォームチェンジし、パワーイーグルに変身すると、一際強く踏み込んだ。

「受けてみろ、俺の必殺技! 正義と愛の煌めく金色の拳、ジャスティスナッコォオオオオオオッ!」

「げっ」

 ヴェアヴォルフが避ける間もなく、金色の閃光を纏ったパワーイーグルは右手の拳を突き出して迫ってきた。一瞬 の間の後、パワーイーグルの骨張った屈強な拳はヴェアヴォルフの顎に深く埋まり、ヴェアヴォルフは吹っ飛んだ。 マントを引き摺りながら背中から転んだヴェアヴォルフが昏倒し、動かなくなると、パワーイーグルは背を向けた。

「ははははははははははっ、正義は勝つのだぁああああっ!」

 腰に両手を当てて頭を仰け反らせながら、パワーイーグルは高笑いした。

「本来の趣旨を忘れている。というか、自分で言い出したことなのに、飽きるのが早すぎる」

 パワーブルーは父親に心底呆れつつ、パワーイエローのパワーブレスを外して変身を解除させた。

「これで良し」

「どうもっす」

 パワーイエロー、もとい、鋭太は立ち上がると、昏倒したまま起き上がらない兄に不安げな目線を送った。

「兄貴、大丈夫かな」

「拳の入った角度と攻撃速度から判断して、まあ大丈夫でしょ。すぐに目を覚ますわ」

 パワーホワイトは鋭太を戦いの場から遠ざけてから、七瀬にも手を振った。

「またね、鋭太君、七瀬ちゃん。これに懲りずに、美花ちゃんと仲良くしてちょうだいね」

「こんなことには死んでも参加しませんけど、見物ならいくらでもしますんで」

 七瀬は笑いを収めようともしないまま、パワーホワイトに一礼した。

「あー、はいっす」

 鋭太はぞんざいに答えてから、昏倒した上司を録画しているロックガーに近付き、その頭部を鷲掴みにした。

「テープ出せやおんどりゃああああっ!」

「いだい、いだっ、何するんですか坊っちゃまー!」

 ロックガーは突然のことに驚いてよろめくと、背中を踏まれてうずくまった。その隙に鋭太はテープケースを強引に 開き、ロックガーの頭部に収まっていたビデオテープを引っ張り出すと、磁性テープを引き抜いて撒き散らした。

「これで良し。俺の結婚式は安泰だし!」

 止めにビデオテープを踏み潰した鋭太が満足すると、携帯電話を閉じたカメリーが笑った。

「それはどうかしら?」

「……え」

 鋭太が声を潰すと、カメリーは周囲に同化して姿を消してしまった。

「七瀬から頼まれてたのよ、坊っちゃまの一部始終をムービーで撮っておけってさ。傑作だったわ、ありがとう」

「あんたの結婚式じゃ友人代表としてきっちり上映してやるからな、このムービー! ブルーレイにも焼いてやる!」

 七瀬はぎちぎちと顎を鳴らして笑ってから、服の下から羽を出して飛び去ってしまった。

「天童、お前マジ覚えてろよ! マジ許さねーし! 暗黒参謀舐めんじゃねぇぞ、お前らの結婚式でそれ以上の恥を 曝してやるからな! マジも超マジだからなぁあああっ!」

 鋭太はカメリーと七瀬のどちらを追おうか迷いながら叫んだが、結局、二人とも見失ってしまった。

「ひどいです坊っちゃま、これじゃ、俺、お嫁に行けません……。責任は取らなくても良いですけど……」

 レンズからオイルを流してさめざめと泣くロックガーに、鋭太は苛立ちのままに叫んだ。

「うっせー黙れ! 誰もそんな責任取るわけねーし!」

 パワーイーグルは高笑いし続け、ヴェアヴォルフは未だ昏倒し、ロックガーは泣き濡れ、鋭太はブチ切れている。 あまりの惨状に、パワーピンクとパワーブルーは顔を見合わせた。だが、どうにか出来るような状況でもなかった。 悪は滅びた、と自己満足極まりないセリフを残してパワーイーグルが飛び去ると、パワーホワイトもそれを追った。 両親がいなくなったことで安堵した兄妹は変身を解除し、素顔に戻ると、美花はヴェアヴォルフに駆け寄った。

「ヴェアヴォルフさぁーんっ! 生きてるぅーっ!?」

「なんとか……」

 ヴェアヴォルフは鈍痛の残る顎を押さえながら、身を起こした。

「打撃の一発一発が骨に響くのなんのって……。あー、凄かった……。牙、折れなくて良かったー……」

「本当に大丈夫? 病院に行かなくてもいい?」

 美花が砂埃にまみれた軍服に構わずにヴェアヴォルフに縋ると、ヴェアヴォルフは美花を撫でた。

「大丈夫だ。大分手加減されていたから、見た目ほどダメージはひどくない。だから、泣くな」

「……ん」

 美花は頷き、ヴェアヴォルフの肩に額を当てた。

「ごめんね、あんなのがお父さんで」

「俺にもパワーイーグルの気持ちは解らないでもないし、まあ、いずれは殴られるとは思っていたし」

「でも……その……」

「パワーイーグルがああいう人でも、それとこれとは別だろ? 全く、何の心配をしているんだか」

「心配しちゃいけない? お父さんとヴェアヴォルフさん、じゃなくて、大神君が仲良く出来るかどうかってこと」

「その辺のことは、ゆっくり解決していけばいいよ。一朝一夕で気持ちの整理が付くことじゃないしな。それに、誰がどう 言おうと、俺は美花と一緒になるつもりだから」

「……うあ」

 それはプロポーズでは。美花が赤面すると、ヴェアヴォルフの後頭部に衝撃が走った。速人の手刀だった。

「今日のところは、このくらいで勘弁しておいてやる」

 速人は悪役じみた捨てゼリフを吐いてからすぐさま背を向け、鋭太を呼び付けてロックガーを運ぶように言った。 鋭太は渋ったが、速人が強く命じると従った。味方による攻撃で打ちのめされていたロックガーは、二人に担がれて いった。その様を見送ると、駅前広場には美花とヴェアヴォルフだけが残された。ヴェアヴォルフは全身のダメージと 疲労を解かすような美花の温もりを味わっていたかったが、まずは帰ろうと思った。

「俺達も帰るか」

「うん」

 美花は先に立ち上がると、ヴェアヴォルフの手を引いて立ち上がらせた。

「でも、本当に大丈夫?」

 立ち上がって砂埃を払ったヴェアヴォルフは、ずれた軍帽を直してから、美花の手を握った。

「だから、大丈夫だよ。明日、美花が俺の部屋に来てくれて昼飯を作ってくれたら、もっと大丈夫だ」

「う、うん。行く、絶対行く」

 先程以上に赤面した美花は俯きそうになったが、顔を上げて歩き出した。ヴェアヴォルフも、並んで歩き出した。 暗黒総統と普通の格好の少女が手を繋いで歩く様子は妙ではあったが、二人にとっては自然なものだった。二人 が向かうのは駅前に程近い悪の秘密結社ジャールのあるビルなので、大した距離ではないが楽しかった。
 いつの日か、同じ方向に帰ることが日常になるのだろうか。少し考えただけで、美花は照れ臭くて歩調が緩んだ。 すると、ヴェアヴォルフが握り合わせた手に力を込めてきた。美花が顔を上げると、ヴェアヴォルフも照れていた。 それがなんだか可笑しくなったが嬉しくもあり、美花はヴェアヴォルフの太い腕に寄り掛かるように体を預けた。
 彼が父親に殴り殺されなくて、本当に良かった。







09 11/29