南海インベーダーズ




建設的工作活動



 ログ組みを終わらせると、それらしい形になった。
 建て始めてから一週間も経っていないが、ほとんど思い通りの家が出来上がりつつあった。丸太を組み合わせて 作った床や壁、三角形の屋根、海を望むウッドデッキ、煙突の付いた暖炉。それらが収まるべき骨組みが、綺麗に 仕上がった。筋交いもきっちりと入れているので、台風が来てもそう簡単に倒れないだろう。内装も外装もまだ手を 付けていないし、棟上げしたばかりで、やることはいくらでもあるので気は抜けないがまずは一段落だ。

「おおー」

 紀乃はスポーツキャップの鍔を上げ、感心した。

「ありものの資材だけでも結構出来るもんだなぁ」

 紀乃の背後に浮かぶフンドシ、忌部も見上げたらしい。

「だが、まだまだだ」

 小松は内装用に切り分けた材木を示し、紀乃に言った。

「内装を張らなきゃならんし、コールタールを屋根に塗って防水加工もしなきゃならん。だから、手伝え」

「そりゃ、最後まで手伝うけどさ、なんかやることがあるんじゃない?」

 思い出せないけど、と紀乃が首を傾げると、忌部が手を叩いた。

「ああ、棟上げ式だな。棟木に幣束を立てて、お供え物をして、モチを蒔いて、関係者各位をもてなすんだよな」

「あー、そうそう、それ。すっごく小さい頃に近所でやっていた気がする」

 紀乃が納得すると、フンドシが小松に向き直った。

「と、いうわけだ」

「だから、どういうわけなんだ」

 小松がたじろぐと、紀乃は建設途中のログハウスを指した。

「ここまで無事に出来たんだもん、最後までちゃんと出来るようにお祝いしなきゃ!」

「……騒ぎたいだけだろう」

 気圧された小松が少々後退ると、忌部は小松の足の一本を馴れ馴れしく叩いてきた。

「いいじゃないか、たまには。この島じゃろくなイベントがないからな、酒を飲むダシがないってのもある」

「酒、あるのか?」

 小松が紀乃を見下ろすと、紀乃は頷いた。

「それがあるんだよ、ゾゾが料理に使うために作った泡盛が。たまーに忌部さんが孤独に晩酌してる」

「そうと決まれば、話は早い方がいい。行くぞ、紀乃」

 忌部が急かすと、紀乃はサイコキネシスを放ってフンドシと共に自分の体を浮かび上がらせた。

「はいはーい。んじゃ、小松さん、そこで待っててね! 棟上げ式の準備、してくるから!」

 明るく手を振りながら、紀乃は忌部を引っ張って飛んでいった。忌部はともかく、紀乃は棟上げ式の意味が解って いるのだろうか。だが、悪いようにはならないだろう。忌部島を守護している神様がどういう神様かは知らないが、 この土地を借りて家を建てるのだから、それなりに筋を通さなければ。紀乃と忌部を見送ってから、小松は上半身を 回転させてログハウスに向き直った。皮を剥いで綺麗に加工した丸太が一列に並び、小松の手で組み立てられる 時を今か今かと待ち侘びているかのようだ。暖炉に使うレンガも、ゾゾがかまどを作るために焼いたレンガの残りを 拝借したので充分にある。防水布と塗料の代わりになるコールタールも、灯台を改造した濾過器から必要な分量を 取り出してある。足りないものは、たった一つだけだ。

「風見鶏」

 三角形の屋根の突端にマニュピレーターを伸ばし、小松はメインカメラのカバーを伏せた。

「あれは、まだあるよな?」

 中学校の技術家庭で作った、下手くそな風見鶏。あの日、地中に埋めたままになっているが、錆び付いていない のならこのログハウスの上に飾れるはずだ。

「小松」

 ざ、と木立がざわめき、しなる枝の上にミーコが立っていた。

「ミーコ」

 いや、違う。小松はメインカメラをズームさせ、ミーコの面差しに据えた。黒い瞳からは知性の光は消えておらず、 小松を見据える眼差しは真摯だった。ミーコの内にある都子が戻ってきている。

「都子、だよな?」

 歓喜と畏怖を入り混ぜた声を発し、小松はミーコに近付こうとした。ミーコは頬を引きつらせて無表情から敵意に 変え、枝を蹴って樹上から飛び降りると、獣のように歯を剥いて喚き散らした。

「嫌いっ!」

 ミーコの甲高い声ではない都子の声で、一番聞きたくない言葉がぶつけられた。

「お前なんか嫌い! 嫌い! 嫌い! 嫌い! 嫌いライライライライライライ!」

 日焼け過ぎて脱色した髪を掻き毟り、ミーコは絶叫する。

「お前がいるから、ミーコがミーコのミヤモトミヤコ! お前さえいなければ、ミーコがミーコでミヤモトミヤコ!」

「な……?」

 普段は鬱陶しいほどまとわりついてくるのに。小松がたじろぐと、ミーコはがりがりと頭蓋骨に爪を立てる。

「死ね、死ね、死ね、死ね死ね死ね死ね! お前もミヤモトミヤコも死ね死ね死ね死ね! ミーコがミーコでミーコ、 ミーコがミーコのミーコ、ミーコはミーコをミーコ、ミヤモトミヤコはミヤモトミヤコでミヤモトミヤコ!」

 血と皮膚と髪の毛が絡み付いた指を抜いたミーコは、乱れた前髪の間から目を上げ、小松を睨んだ。

「ミヤモトミヤコは、お前が嫌い」

「嫌いだなんて、言わないでくれ」

 何をしたのも、何をするのも、都子に喜んでもらいたかった。だから、山吹丈二まで殺したのに。

「嫌い!」

 ミーコは地面を蹴り、矢のように跳躍した。向かった先は、棟上げが終わったばかりのログハウスだった。小松は ミーコを制そうと多目的作業腕を突き出すも、ミーコはしなやかに腕の下を擦り抜けて骨組みに突っ込んでいった。 丁寧に裁断した柱が叩き折られ、木屑が散る。セメントで繋ぎ合わせたばかりの暖炉が砕かれ、煙突が折られる。 ガラスが填る予定のない窓枠が潰され、棟が壊され、これから組むための材木が次々に海に投げ捨てられる。

「嫌い!」

 都子の声で、ミーコが叫ぶ。

「嫌い!」

 太いログが細腕で投げ飛ばされ、小松に命中した。

「都子……」

 敵意と嫌悪感を漲らせているミーコの顔に、小松は震えが止まらなかった。こんなにも好きなのに、どうして彼女は こうなってしまったのだろう。小松は外装が歪んだことを気にする余裕もなく、ミーコに両腕を伸ばした。

「死ね!」

 鈍器を打ち付けるように痛烈に吐き捨て、ミーコは材木が浮かぶ海面に飛び込んだ。小松は六本足から蒸気を 噴いてその場に座り込み、嗚咽を堪えるように排気ガスを漏らした。都子、都子、都子。

「小松さん?」

 すると、いつのまにか戻ってきた紀乃が、小松のメインカメラを覗き込んできた。

「どうしたの、あれ? せっかく上手く出来ていたのに、ぐっちゃぐちゃ……」

 破壊し尽くされたログハウスの骨組みを見、紀乃が眉を下げると、泡盛の壷をぶら下げた忌部がおののいた。

「なんだこりゃあ。まあ、大体の予想は付かないでもないが」

「おやおや、これはこれは。全くどうしたことでしょう」

 塩の麻袋を抱えたゾゾは、へたり込んだ小松とログハウスの残骸を見、単眼を丸めた。

「そうだ、あれが足りないからだ。あれがあれば、都子は都子で宮本都子なんだ」

 都子が怒ったのも、足りないからだ。ふらつきながら立ち上がった小松は、マニュピレーターで紀乃を掴んだ。

「え?」

 きょとんとしている紀乃を持ち上げた小松は、動揺と戦慄で引きつりがちな声色を平たくさせた。

「紀乃。お前の力で、本土に行かせてくれ。足りないものがある」

「え、あ、でも、棟上げ式……」

 困った紀乃が小松の手中で身を縮めると、ゾゾが手を振ってきた。

「いってらっしゃいませ、紀乃さん。ですが、あまり遅くなってはいけませんよ。夕飯が片付きませんからね。それと、 呂号さんの音楽には重々お気を付けて」

「あー、うん。解った。今日は調子もいいから、すぐに行けると思う。でも、どこに行けばいいの?」

 紀乃が小松に問うと、小松は本土の方向を指した。

「行けば解る」

「だから、解らないから聞いているんであってぇええぁっ!?」

 紀乃の言葉が終わる前に、小松は壊れたログハウスを一息に飛び越え、崖から巨体を放り出した。材木が波間に 揺れる海面に激突する寸前に紀乃がサイコキネシスを解放し、小松の機体は宙に縫い付けられた。手中の紀乃は 青ざめていたが腹を括ったらしく、とりあえず小松が指した方角に飛び出した。ゾゾと忌部の呑気な見送りの言葉を 背に受けながら、小松はミーコの姿を探した。不死身の女は、波間に揺れる材木の隙間から小松を見ていた。
 都子の顔で。




 訓練、訓練、また訓練。
 通常業務と休憩時間以外は、全て戦闘訓練に費やしていた。おかげで最初はぎこちなかった操縦も慣れてきて、 人型軍用機の感覚が脳に馴染んできた気がしないでもない。振り抜いた拳で鉄板を叩き潰した山吹は、その拳を 引き、それらしい格好を取った。廃熱のための蒸気が関節から噴出し、周囲が僅かに曇った。
 分厚いコンクリートに囲まれた地下訓練場には、濃い機械の匂いが立ち込めていた。山吹が纏っている外装は、 これまでのどの外装よりも強靱かつ巨大だった。全長五メートルの人型軍用機は、関節が柔らかすぎるので重火器を 装備出来ないが抜群の運動性能を誇っていた。全身の関節は柔軟でありながらパワフルで、機体の大きさに 比例して鈍重になりがちな動作も思いの外軽かった。右腕には飛び出しナイフが装備され、左腕にはバッテリーの 大半を消耗する代わりに敵機の回路を沈黙させられる高出力のスタンガンが装備されている。山吹が搭乗して いるのは胸部装甲の内側で、操縦するというよりも巨大な外装を纏って動かしている感覚だ。
 訓練の成果は上々だった。山吹の周囲には、人型軍用機と一緒に届いた訓練機が十数機転がり、悲惨な最期を 遂げていた。首を蹴り壊されていたり、胸と腹を引き千切られていたり、手足をねじ切られていたり、と。人型軍用機 自体に備え付けられているコンピューターの補助がなければ、ここまで戦えなかっただろう。頸椎の後部に接続した ケーブルを通じて直接視界に広がる光景を目にした山吹は、小松を殺せる手応えを得て内心で笑みを零した。

「うわ、しょっぺー」

 訓練終了の合図と同時に入ってきたのは、伊号だった。

「何すか、イッチー。危ないから、まだ入ってきちゃダメっすよ」

 人型軍用機の胸部装甲を開いて山吹が顔を出すと、伊号は前髪を万能車椅子のロボットアームで掻き上げて、 山吹が殴り倒した訓練用の機体を見回した。

「つか、お前、マジ戦闘下手なのな。そういうオールマイティな機体で、なんで馬鹿正直に真っ向から突っ込むん?  馬鹿すぎじゃね? 普通さ、関節とか狙っていかね? じゃなきゃ、直接エンジンを毟り取らね?」

「関節を狙うのは対ロボット戦じゃ定番っすけど、後者はちょっとアレっすね、アレ」

「てか、狙うのは小松だろ? なーんでわざわざロボなんだよ。安直すぎてマジダッセェ。陸上兵器にしろよ」

 伊号は山吹が破壊した訓練機の間を通り、破損箇所から内部構造を覗いて顔をしかめた。

「つか、何だよこれ。見た目は派手だけど、中身スッカスカじゃん。こんなん、山吹に倒せて当然だし」

「実戦訓練っていうか、実働データを取るための訓練でもあるっすからね。そんなもんっすよ」

 山吹は円筒形のマニュピレーターツールから両手足を引っこ抜き、ケーブルも引っこ抜き、体を固定するバンドを 外し、機体から脱した。予想以上に機体内部が熱していたらしく、防護服からうっすらと湯気が立ち上った。

「にしても珍しいっすね、イッチーが俺んとこに来るなんて。寂しくなったんすか?」

 山吹がにやにやすると、伊号は嫌悪感を剥き出しにした。

「はあ? んなわけねーし。遊びに来ただけだし。つか、勘違いすんなよ。マジキモいんだけど。てか死ね」

「へいへい」

 山吹が生返事を返すと、早速伊号は山吹が操っていた機体で遊び始めた。ゴーグルの下の両目は途端に生気が 漲り、人型軍用機は山吹が操縦するよりも遙かに滑らかな動作で駆け回った。右腕の飛び出しナイフで訓練機の 残骸を切り刻み、破片を飛び散らせる。訓練用の木偶人形なので最小限の機能しか授けられなかった機体達は、頭を 毟られ、腹を裂かれ、ケーブルを引き摺り出され、バッテリーを握り潰され、残虐の限りを尽くされた。その間、伊号は いつもの猟奇的な笑いを放つことはなく、むっつりと人型軍用機が暴れ回る様を睨んでいた。

「なんかあったんすか?」

 山吹が訝ると、伊号は人型軍用機の拳が潰れかけるほど壁を殴り付けた。

「なんでもねーし! てか、ウッゼェんだよ!」

 がぁん、がぁん、があぁあんっ、と壁が鳴る。伊号の不機嫌な横顔を見ていると、山吹は察しが付いた。

「あー、そういうことっすね。この前の渋谷の戦闘で、ロッキーが乙型一号の封じ込めに成功したから」

「……そうだよ! だから、あいつ、あたしよりも局長に可愛がられやがって! マジムカつくんだけど!」

 どがぁああっん、と一際強烈に壁を殴り付けた人型軍用機は、想定外の過負荷によって肘関節が破損し、右腕が 外れて転がった。こりゃあ代用機を回さなきゃなぁ、と始末書の文面を考えながら、山吹は人型軍用機を暴れさせ 続けている伊号を見やった。嫉妬を隠すどころか、涙目にすらなっている伊号は、十七歳というよりも七歳の少女の ような表情だった。伊号のアイデンティティは、竜ヶ崎全司郎に支えられている部分が大きい。子供の頃に竜ヶ崎に 拾われて脳改造手術を受け、以降、呂号と波号が甲型生体兵器として使い物になるまでは前線で戦い続けていた のだから、無理もないことかもしれない。だが、竜ヶ崎に執着しすぎるのも問題だ。大人になるまで生きられる保証は ないが、伊号もそろそろ精神的に自立するべきだ。だが、この様子では難しそうだ。
 兵器は純正品であるべきだが、純粋すぎる兵器は考え物だ。





 


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