南海インベーダーズ




根の国、底の国



 以後、六十年余り。
 明治時代から昭和初期に掛け、継成の姿のゼンとハツは共に暮らした。ゾゾとゼンが顔を見せないことを訝られも したが、ゼンは二人は自分を生き返らせるために消耗したので休眠した、と説明した。ハツはそれに対して疑問を 持った様子もなく、息を吹き返した夫との暮らしに満足しているようだった。それもそのはず、ゼンは継成本人よりも 全てに置いて上回っていたからだ。ハツの笑顔は絶えず、継成の姿のゼンも心底から笑い、嘘に塗り固められた 生活であると解っていながらも止められなかった。いずれハツには真実が露見するかもしれない、との懸念が胸を 掠めることは一度や二度ではなかったが、きっとゼンが元の姿に戻ってもハツは愛し続けてくれるだろう、と、根拠 のない確信がゼンを慢心させた。そして、今は亡き継成への際限ない嫉妬心がゼンを駆り立て、禁忌を犯した。
 ゼンとハツの間には、何人もの子供が産まれていた。皆、ハツの血を濃く引き継いでいて、人間の姿はしていたが 人ならざる面を持って生まれていた。彼らはゼンを父と呼んで慕ってくれ、ゼンに自尊心や親心らしきものを与えて くれた。何十年経とうとも、何人の子を産もうとも、ハツは衰えずに若いままだった。子が増えるたびにハツの笑みは 増し、子育てに追われていようとも面差しは翳りはしなかった。継成との子は全て出払っていた忌部島には、ハツと ゼンの子が東側に集落も築き、竜ヶ崎家と名乗るようになった。ある程度成長したら、子供達はそれまでと同じように 本土に送り届けてやった。ゼンが本土に渡った際に我が子の元を訪ねてみると、竜ヶ崎家は忌部家と滝ノ沢家に 継いで名のある家となって栄えていた。そのことをハツに伝えると、ハツは涙を浮かべて喜んでくれた。
 今度こそ、ハツの幸せな時間は終わらないものだと信じていた。永遠は存在しているのだと、それはこの自分が 作るものなのだと教えてやれたと思っていた。ハツさえ望むのならば、共に宇宙に出るつもりですらいた。けれど、 昭和を迎えてから数年後のある日、ワン・ダ・バの胴体を貫いている火山が突如噴火した。火山灰が噴き上がり、 噴石が家屋や畑を荒らし、大きな地震が島全体を揺さぶった。ハツもゼンも命に関わる傷は負わなかったが、島の 復興にはしばらく時間が掛かりそうだった。産まれて間もない幼子を抱いたハツは不安げだったが、ゼンが慰めて やると弱く笑みを取り戻した。倒壊しそうな自宅ではなく比較的造りが丈夫な校舎で暮らすべきだ、とゼンがハツと 我が子を向かわせると、校舎の板張りの床が派手に割れ、その下から地下研究室の扉が覗いていた。
 ハツに見つかる前に隠さなければ。そう考えたゼンはハツと我が子を別の教室に行かせてから、職員室に入り、 ゾゾが眠る地下研究室の扉を見下ろした。地震の衝撃でヒビが走っていたが、塞げないこともない。ゼンは割れた 床板を剥がしてから剥き出しの土の上に飛び降りると、扉に手を掛けた。すると、扉が下から押し上げられ、紫色の 四本指の手がはみ出し、隙間から赤い単眼が外を窺い、ゼンを捉えた。途端に扉が吹き飛ばされるように外され、 生体凍結したはずのゾゾが這い出してきた。

「継成さん……? いや、違う!」

 ゾゾはゼンの尻尾が負わせた傷が残る首筋を押さえ、苦々しげに吐き捨てた。

「ゼン! あなたは一体何をしているのですか!?」

「ゾゾ、なぜだ、生体凍結したはずなのに」

 ゾゾが目覚めては、これまで積み重ねてきた日々が崩れ去る。ゼンが後退ると、ゾゾは叫んだ。

「あなたの生体凍結は不完全だったのですよ! だから、噴火に驚いたワンの生体電流を浴びたぐらいで私の生体 活性が戻ったのです! その際に、ワンから全てを聞きました!」

 ゾゾは継成の姿をしたゼンに歩み寄り、着物の襟首を掴んで割れた床板に叩き付けた。

「元の姿に戻りなさい! さあ、今すぐに!」

「ハツは幸せに暮らしているのだぞ、それを止めろと言うのか! 勝手な奴めが!」

 ゼンが負けじと声を荒げると、ゾゾは目元を歪めて尻尾を挙げた。

「勝手なのはあなたでしょうが! では、実力行使しかないようですね!」

 首筋の皮膚が破られ、頸椎と神経の束にゾゾの尻尾が接触する。直後、ゾゾから流し込まれた生体電流がゼンの 自由を奪い、ゾゾの尻尾を掴もうとした手から力が抜けていった。両膝が折れて湿った土に埋まると、久しく生えて いなかった尻尾がずるりと伸び、土を擦る。二つに分かれていた視野が一つに戻り、手足が伸び、骨格が増し、 頭蓋骨が変形し、ありとあらゆる骨が、筋が、肌が、感覚が、本来あるべき姿に戻されていく。トカゲに戻れば、また ハツは自分をなんとも思わなくなってしまう。心身の耐え難い苦痛に負けたゼンが咆哮を上げていると、割れた床板 が軋む音がした。その音にゾゾが弾かれるように振り返ると、幼子を抱いたハツが職員室を覗き込んでいた。

「ハツさん」

 ゾゾはぎくりとし、ゼンに突き刺していた尻尾を抜いた。ハツは零れ落ちそうなほど見開いた両目を動かし、ゾゾと 元の姿に戻されたゼンを見比べていたが、我が子を床に落として後退った。

「ゾゾ……? お……お前様……?」

「ハツ」

 ゼンは愛する妻を落ち着かせようと笑みを見せるが、喉から出た声は低く濁ったトカゲの声だった。

「ほ、ほんなら、この子は? これまでうらが産み育てた子らは? 全部、全部、継成の種と違うておるんね?」

 ハツは血の気が引きすぎて目眩を起こし、引き戸にもたれかかる。

「ハツよ、だがこれには訳が」

 ゼンが床に昇ろうとすると、ハツは顔を覆った。

「言い訳など聞きとうない! ああ、なんで継成やないね、なんでうらは気付かなかったんね!」

「私はただ、お前を幸せにしようと」

「黙らぬか、化け物が! うらは充分幸せやったわ、本物の継成が生きておった頃は!」

 涙に上擦った怒声を張り上げ、ハツはゼンをきつく睨んだ。敵意と嫌悪が滾る目に畏怖し、ゼンは硬直する。

「ハツ……」

「ゼン、お前など死んでしまえ! 二度とうらに近付くでない!」

 ハツは髪を振り乱して叫び散らし、泣き喚く我が子を置いて駆け出した。ゾゾは呆然としているゼンを一瞥すると、 床に置き去りにされた乳飲み子を抱き上げ、尻尾を伸ばして生体接触した。

「やはり、そうでしたか。ゼン、あなたはハツさんとの間に何人の子を設けたのですか」

「両手でも、足りん」

 ふらつきながらも答えたゼンに、ゾゾは首を横に振って嘆いた。がくがくと震えながら、ゼンは床板に這い上がった が座り込んだまま動けなくなった。ハツから罵られたのは初めてであり、ハツがあれほど汚い言葉を使うのを聞いた のも初めてであり、明確に拒絶されたのも初めてだった。しかし、何もかもハツのためだった。ハツが喜んでくれると 思ったからこそ、ゼンは己の姿を偽ってハツを慰め、ハツが幸せだと言ってくれるからこそ何人もの子供を設けた。 なのに、ハツはゼンを化け物だと罵った。死んでしまえと、二度と近付くなとも。あれほど愛してやったのに。
 三百八十年と少々の時間を経て、ゼンは単なる生体部品から知的生命体へ進化した。それは全て、ハツがゼンの 傍にいてくれたからだ。知識だけでは得られなかった経験を地に足を付けて積み重ね、他愛もないことを喜び、 悲しむことが出来るようになったから、感情の機微を得られるようになった。ハツを愛するようになったことで、家族 を成す幸せを知ることも出来た。だが、それはゼンの独り善がりな幸福だったのか。深く暗い絶望の渦に没し、ゼン はよろけながら立ち上がった。ハツを探し、伝えなければ。君を幸せにしたかっただけなのだと。
 ハツの生体反応は、火山の火口付近にあった。ゼンはそれを辿って無我夢中で駆け回り、火山灰と噴石の散る 斜面を登っていくと、溶岩の熱と火山性ガスが立ち上る火口付近にはゾゾだけが立っていた。その腕の中では幼子が ぎゃあぎゃあと泣き喚き、産着の端が熱風に翻っている。

「ハツは、どこに」

 ゼンがゾゾの背に問うと、ゾゾは幼子から目を離さずに答えた。

「ニライカナイへ、旅立たれましたよ」

「ニライカナイ……」

 母星と良く似た名の故郷。まだ見ぬ惑星だ。ゼンはそう呟き、青く冴えた空を仰いだ。ニライカナイという理想郷の 話は、ハツからよく聞かされていた。ハツが琉球にいた頃に住民から教えられた民間伝承で、海の先にある異なる 世界だ。ハツは琉球の理想郷であるニライカナイに、それに似た名のニルァ・イ・クァヌアイにも行きたがっていた。 だから、ハツはついに理想郷へと旅立ったのだ。穢らわしい現世に絶望したからだ。だが、ワン・ダ・バの欠損した 生体情報を補填出来るハツの生体情報がなければワン・ダ・バはまともに動かない。では、ワン・ダ・バを動かすに 足る生体情報の持ち主を、ハツの言うところの龍ノ御子を血族から見つけよう。見つけ出せなければ生み出そう。 生まれなければ造り出そう。もう一度ハツに会って愛を育むために。
 そう胸に誓ったゼンは、ゾゾからワン・ダ・バの操縦に不可欠な生体情報を奪い取って、再び生体凍結させると、 ゾゾの腕から我が子を取り戻して本土に渡った。戦前の混乱に乗じて竜ヶ崎家の当主の座に収まったゼンは、ハツ と継成の長男の名と自分の名を合わせた名前、全司郎と名乗った。忌部島から持ち出してきた大量の文献を行使 して忌部家と滝ノ沢家を分家に認定し、竜ヶ崎家の血族を利用して両家を押さえ込んだ。同時に政治や経済の有力者 との関係も深め、膨大な金と権力を得るようになった。
 戦後、盤石の地位を得たゼンは、御三家の血縁者を掌握するために突然変異的な能力を得た血族をミュータント と名付けると、インベーダーという架空の敵も作り出して政府に掛け合って変異体管理局を立ち上げた。好き勝手 に結婚して繁栄していた血族の中から出来の良い雑種を見つけ出すのが目的であると同時に、その雑種にゼン の血を混ぜてより良い突然変異体を交配するためでもあった。生体改造技術はゾゾから得ていたが、どうやっても 上手くいかなかったからだ。その結果、幾度となく近親交配を繰り返すことになり、思い通りの個体を造り出すまでに 時間を喰ってしまった。それが一段落したのはごく最近で、ハツに匹敵する生体情報の持ち主、すなわち龍ノ御子が 曾孫として産まれ、ワン・ダ・バが動かなかった場合の保険として造ったコピー能力を持った個体も完成し、次元 乖離空間跳躍航行技術の理論も自分なりに煮詰めて確立させた。だから、もう一息で会える。
 ニライカナイに旅立った、愛しい女に。




 長い長い話を終えて、ゾゾは緩く息を吐いた。
 話し始めた頃は高かった太陽もすっかり傾いていて、水平線に沈みかけている。昼食後のお茶として入れた紅茶は ポットの中で冷め切っていて、誰のカップからも湯気は昇っていなかった。西日の差し込む食堂には、ゾゾが自分の ティーカップをスプーンで掻き回す音しか響かなかった。底に沈殿した溶けた砂糖を馴染ませてから、ゾゾは紅茶を 口にして喉を潤した。紀乃は両手に包んだティーカップを握り潰しかねないほど、手に力を込めていた。

「……それで、ハツさんはどうなったの?」

「自害されたんですよ。火山の火口に身を投げられて、溶岩の中へと。止める間もありませんでした」

 ゾゾは遠い目をして、東京湾に横たわる宇宙怪獣戦艦を見つめた。

「その直後にゼンに生体凍結されましたが、私の生体には耐性が付いていたので、ゼンの目を盗んで元の状態に戻り、 忌部島に身を潜めたのです。ですが、二度に渡る強引な生体凍結で私の生体組織は損傷してしまい、忌部島を 出るに出られない状態が数十年続いたのです。その間にゼンは本土に渡り、今に至るというわけです」

「それが、俺達のルーツってわけか」

 再び透明化した忌部は、頭部に巻いた包帯の隙間から紅茶を啜った。

「ゾゾさんがお助けになられたお子さんは、どうなられましたの?」

 翠が問うと、ゾゾは答えた。

「彼は東京の竜ヶ崎邸で暮らしていたのですが、やりたい放題のゼンに愛想を尽かして実家を出ましてね。奥方の 姓を名乗り、竜ヶ崎家とは縁を切って人生を全うしたのですよ。その姓が斎子であり、その分家が斎部家なのです。 ハツさんのお墓を本土に移してくれたのも彼でしてね。ゼンが父親とは思いがたいほどに人が出来ていた御方で、 私にもよく気を掛けて下さいました。彼自身は、これといった特殊能力は持ち合わせていませんでしたが、それ故に 思うところがあったのでしょうね」

「誰の気持ちも解って仕方ねぇ。解りたくもねぇと思っていたクソ野郎の気持ちも解るのが嫌だ」

 虎鉄は忌々しげにヘルメットの下で顔を歪め、拳をテーブルに叩き付けた。

「誰も彼も幸せになろうとした。だからこそ噛み合わなかったんだ」

 隣の席に座っている甚平に寄り掛かった呂号が、重苦しく呟いた。

「なんてーか……しんどいな。つか、ゾゾ、お前がどうにか出来なかったん?」

 伊号が率直な感想を述べると、ゾゾは首を横に振った。

「あの頃の私は、今以上に了見の狭い男でしてねぇ。ゼンの変化を受け入れようとしませんでしたし、受け入れては 主従関係が破綻すると信じ込んでいたんですよ。だから、決して言うべきではない言葉を吐いてしまったのです」

「難しいのよね、幸せになるのって。自分の意志とは無関係に、誰かを踏み躙ることもあるんだから」

 芙蓉はティーカップの縁を指先で擦り、飲み残しの紅茶に波紋を作った。

「だけど、これではっきりした。竜ヶ崎全司郎はとんでもない臆病者だってことが」

 甚平は呂号を支えてやりながら、いつになく明瞭な口調で言い切った。

「そんなにハツさんのことが好きなら、最初から自分の口で言えばいい。自分の意志が尊重されていないのを不満に 思うんだったら、ゾゾに直談判すればいい。継成さんと上手くいかないんだったら、話し合えばいい。なのに、それを 一つもしないで他人の気持ちをこうだと決め付けて、勝手なことをしてばかりいたんだ。自分の意志を否定される が怖いから、過ちを指摘されるのが嫌だから、現実を見たくないから、自分より立場の弱い相手を蹂躙して、手前 勝手なプライドを満たしているだけに過ぎない。そんなつまらない男に、僕らは良いようにされていたんだ」

「けれど、どうしてその話を私達に聞かせた?」

 それまで押し黙っていた秋葉が口を開くと、ゾゾは空になったティーカップを持って立ち上がった。

「潮時かと思いましてね」

 不意に、海上基地が突き上げられたかのように震えた。厨房では大量の調理器具が落ちてけたたましい騒音を 立て、窓ガラスにはヒビが走り、天井からは埃が舞い落ちた。それが落ち着くと、ゾゾはワン・ダ・バに向いた。

「ワンが震えています。どうやら、ゼンが力を取り戻したようです。奴が腹の中に取り込んだ波号さんの生体情報が 落ち着き、波号さんがコピーした能力を余さず行使出来るようになるまでは、あと一日といったところでしょう。私達に 残された猶与はそれだけです。ですので、皆さん。明日は心置きなく過ごして下さい」

「んなこと言われたって、死ぬつもりなんてないっすからね? 俺は輝かしい人生設計に忙しいんすから」

 床に落ちて割れたティーカップを拾い集めながら山吹が言い返すと、ゾゾは少し笑んだ。

「そのつもりでどうぞ」

「ねえ、ゾゾ」

 紀乃はティーカップを置き、立ち上がってゾゾに向いた。ゾゾは振り返り、紀乃と目を合わせる。

「はい、なんでしょう?」

「ハツさんは、幸せだったと思う?」

「ええ。彼女はとても幸せだったんですよ。継成さんが亡くなられた時も、寂しがってはおりましたが死を受け入れる おつもりでした。それを、あの無神経で無遠慮な男はぶち壊しにしたのです」

「だったら、ゾゾは幸せだった? あんなのの末裔の、私達と一緒に暮らしていて」

 紀乃の不安げな瞳に見上げられ、ゾゾは緩やかに口元を広げた。

「ええ、心の底からね。ですから、私は忌部島をワンに戻してしまうのが本当に惜しかったのですよ。けれど、ゼンと 戦わなければ紀乃さんや皆さんはゼンの呪縛から逃れられません。全く、腹立たしいことですよ」

 では失礼いたします、と一礼してゾゾは食堂から去った。紀乃は尻尾が垂れ下がった後ろ姿を見つめていたが、 訳もなく目頭が熱くなった。ハツの生き様が心苦しかったのも一因だが、それ以上にゾゾの好意が純粋なものだ と知ったことが嬉しかったからだ。竜ヶ崎全司郎に報いるために紀乃や皆に取り入ったのでもなく、同情からでも贖罪 からでもなく、同じ島に暮らす仲間としての気持ちがあったのだと。本土から追放された時に感じた絶望に屈せずに 済んだのは、ゾゾがいてくれたからだ。報いたい、との思いが自然と淡い恋心と重なり、紀乃は火照りかけた頬に 手を添えた。尋常ならざる事態が続いているから、精神的な支えを求めてゾゾを慕っていた節もあった。事細かに 世話をしてくれるゾゾに、家族に近い親しみを抱いていたのも本当だ。辛い時、悲しい時、寂しい時、紀乃の傍に いてくれたから好意を越えた感情が芽生えたのはごく自然なことだ。一晩掛けてじっくりと悩み抜いたが、やはり、 ゾゾが好きだ。紀乃は目元を拭ってから振り返り、父親に向いた。

「ねえ、お父さん」

「なんだ、紀乃」

 虎鉄はヘルメットのバイザーに光を撥ねながら、長女に向き直る。紀乃は逆光の中、真摯に語る。

「私も、ゾゾと暮らしていて幸せだったんだ。心の底から、そう思うの」

「そんなにいいのか、あのトカゲが?」

 虎鉄は困り果てたように肩を竦めると、紀乃はちょっと照れた。

「うん。自分でも趣味はアレだなぁって思うけど」

「そこまで言うんだったら、もう止めやしない。ちょっと離れている間に、すっかり大人になっちまって」

 虎鉄は立ち上がると、紀乃に近付いてぐしゃりとその髪を乱した。

「……うん」

 紀乃は小さく頷き、俯いた。虎鉄は硬く厚い手で紀乃を撫でてから、手を引いて一歩下がった。

「だが、責任を持って行動しろ。自分に対しても、俺達や世間の連中に対してもだ」

 ぎゅいいいいい、ぎゅえええええ、ぎゅううううう、と、ワン・ダ・バは騒ぎ立てる。竜ヶ崎全司郎が力を得たことは、 ワン・ダ・バにとっても恐怖なのだろう。その感情を感じ取ったガニガニは、ばちんばちんと鋏脚を強く打ち鳴らして ワン・ダ・バを落ち着かせようとしている。刃のように真っ直ぐな光条が無人の都市を茜色に染め上げ、ミラーガラス には宇宙怪獣戦艦が映り込んでいる。紀乃は度重なる戦闘で破壊された都市部を見据え、一つ、深呼吸した。
 心臓が絞られるように痛かった。





 


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