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「当初から疑問に感じていたのだが」

 唐突に、トニルトスが発言した。

「なぜ、貴様らは誰一人としてヤブキをファーストネームで呼ばんのだ?」

 その言葉に、庭先で団欒していた家族は一様に動きを止めた。

「そう言われてみれば…そうだな」

 マサヨシは分解して徹底的に洗浄していた熱線銃を置き、腕を組んだ。

「みゅうみゅう、確かにそうですぅ。ていうか、ヤブキのファーストネームってなんでしたっけ?」

 マサヨシへの差し入れとしてアイスコーヒーを運んできたミイムは、小首を傾げた。

「…なんだっけ?」

 泥団子をこねていたハルはその手を止め、きょとんと目を丸めた。

「それ、マジなリアクションっすか? いやあまさか、それはないっすよねー? ね?」

 当事者であるヤブキは、恐る恐る皆を見渡した。んー、とイグニスは唸っていたが、きっぱりと言い放った。

「忘れた」

「サチコ姉さぁーん!」

 激しく動揺したヤブキは、マサヨシの傍に浮遊するサチコに助けを求めて駆け寄った。

〈もっ、もちろん私は覚えているわよ! 高性能で優秀なナビゲートコンピューターなんですから!〉

 サチコは慌てて回避し、ヤブキの突進から逃れた。ヤブキはサチコの前から身を引き、再度皆を見回した。

「んで、マジで忘れてないっすよね? オイラの下の名前を」

「少し待て、思い出す」

 マサヨシは顎をさすっていたが、顔を上げた。

「そうだ。ジョーだ」

「いや違うっすよ、微妙な違いで大違いっすよ。ていうかオイラは真っ白に燃え尽きちゃうボクサーじゃないっすよ」

 ヤブキがすぐさま否定したので、今度はミイムが手を合わせた。

「みゅ! ジミーですぅ!」

「いやいや違うっすよ、ていうかオイラはブラジルの奥地に落っこちて緑色になっちゃった野生児じゃないっすよ!」

 またもやヤブキが否定したので、ハルが挙手した。

「はいはーい! ジブラルタルー!」

「いやいやいや違うっすよ、ていうかなんすかその地名みたいなのは! 合体ロボみたいで恰好良いけどさ!」

 ヤブキが力一杯否定するので、イグニスは面倒そうに頬杖を付いた。

「んじゃ、無難にジムでいいだろ」

「いやいやいやいや違うっすよ、ていうか勝手に人の名前をやられ役の量産機にしないで下さいっすよ!」

「では、貴様は一体何が気に入るというのだ」

 少々苛立たしげなトニルトスに、ヤブキはげんなりと言い返した。

「自分で言い出したくせに、なんすかその丸投げ具合は」

〈これ以上続けちゃうとヤブキ君が可哀想だから、いい加減に本当の名前で呼んであげましょうよ〉

 と、サチコがマサヨシに擦り寄ったが、マサヨシは一瞬言葉に詰まった。

「あ、ああ、そうだな」

「てぇことはマジで忘れちゃってたんすか? そうなんすかマサ兄貴?」

 ヤブキに詰め寄られ、マサヨシはくるりと顔を逸らした。

「いや…忘れたわけではないんだが…」

「だーれもあんたのファーストネームを呼ばないもんだから、覚えていても使わない記憶として脳の奥底に封印されちゃったんですぅ」

 ミイムは嫌みったらしい笑みを浮かべる。すると、トニルトスがぽんと手を叩いた。

「おお、思い出したぞ! ジェットストリームだ!」

「誰が深夜のマニアックなラジオ番組っすか。ふざけてんだったらまだ笑うっすけど、それが本気だったらトニー兄貴と言えども許さないっすよ?」

 むっとしたヤブキがトニルトスを見上げると、トニルトスは首を捻った。

「…違うのか?」

 違う、とのヤブキの絶叫に、マサヨシを始めとした皆はさすがにやりすぎたと思ったが、今更取り繕えなかった。
皆、覚えていないわけではない。だが、ミイムの言うように、普段使わない記憶なのですぐに取り出せなかった。
喉元まで出かかっているのだが、出てこない。マサヨシがミイムと顔を合わせると、彼もじれったさそうにしていた。
イグニスは本当にどうでもいいと思っているらしく、トニルトスに掴み掛からんばかりのヤブキから目を外している。
ハルは困った顔で、マサヨシの裾を引っ張った。そこでサチコがマサヨシに耳打ちしたので、やっと思い出せた。
 彼のファーストネームは、ジョニーだ。


08 7/12 アステロイド家族



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