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「ねえ、少佐」

 割り終えた薪の束を担いで歩きながら、巨体の蒸気機関式人造魔導兵器、ヴェイパーが尋ねてきた。

「なんだよ」

 薪割りの斧と同じく薪の束を担いだギルディオスは、ヴェイパーよりも先を歩いていたが、歩調を緩めて並んだ。

「グレイスさんとの口付けって、どういう感じでしたか?」

 思い掛けない言葉に、ギルディオスは足を止めた。がらがらと薪と斧を落とし、ヘルムを押さえて項垂れる。

「思い出させるなよ、あんなことを…。あいつとの腐れ縁の中で、一番嫌な思い出なんだから…」

「だ、だって、僕、なんだか気になって」

 ヴェイパーは円筒を連ねた太い指でマスクを押さえ、気恥ずかしげに呟いた。

「一言で表現すれば、最低最悪最凶だ。あ、凶の時は凶事の凶の方だぞ、強い方じゃねぇんだからな」

 ギルディオスはげんなりしながらも、一応説明した。ヴェイパーは指先の縁で、そっと自身のマスクをなぞった。

「僕には、そう見えなかったけど」

「いや…ありゃあ誰がどう見ても嫌がっていただろうが、オレが。ていうか強姦だぞ、強姦」

「え、でも、僕は凄く素敵だなぁって」

 少女のように恥じらったヴェイパーは、薪の束で顔を隠した。ギルディオスは肩を落とし、ため息を吐いた。

「お前だけはまともだと思っていたんだがなぁ、ヴェイパー」

「僕は普通ですよお、少佐!」

 心外だと言わんばかりに言い返してきたヴェイパーに、ギルディオスは薪と斧を拾いながら更に言い返した。

「同性愛のどこが普通だってんだよ。しかもお前は魔導兵器だ、色んな意味で無茶苦茶だぞ」

「同性愛だなんて、そんな。僕は、ただ、女の子よりも男の人の方が好きだなぁって思っているだけで」

「それを同性愛っつーんだよ」

 先が思い遣られるぜ、と漏らしながら、ギルディオスは家路を辿った。ヴェイパーも、少し遅れて付いてきた。

「少佐だって、ロイズやブラッドのことは好きだってよく言っていたじゃないですかぁ」

「お前が野郎共に感じている好きと、オレがあいつらに感じている好きには馬鹿でかい隔たりがあるんだよ」

「それ、どういう意味ですか」

 ギルディオスの呆れ混じりの言い草にヴェイパーがむっとすると、ギルディオスは首を横に振った。

「傭兵時代にもお前みてぇな性癖の奴らは腐るほどいたが、未だに理解出来ねぇや。どうしてこう、女の良さが解らないかねぇ。最高だぜ、女ってのは。いい匂いはするし、抱き締めれば柔らかいし、顔は綺麗だし、言動はいちいち可愛いし、仔ネコみたいな良い声で鳴くしよ。それに比べて、男ってのはよう…」

「男の人は素敵なんです! 女の子も可愛いけど、男の人の方がずっとずっといいんですから!」

 むきになったヴェイパーは同性の良さを力説するが、ギルディオスはあまり聞きたくなかったので聞き流した。
共和国戦争後に、異能部隊が国内外を彷徨っていた十年間の間、フローレンスは一体どんな教育をしたのやら。
フローレンス自身は性格はともかくとして性癖は至って普通だったので、恐らく、隊員の誰かの影響なのだろう。
もっとも、それが誰かは今となっては解らない。異能部隊隊員はほとんどが死に、部隊も機能を果たしていない。
人造魔導兵器の中でも、魔導鉱石に生成された人造魂を魔導兵器に装着させたヴェイパーは特殊な事例である。
生前は血の通った魔物だった魔導兵器三人衆とは大きく違い、ヴェイパーの魂は日々成長と進化を続けている。
自我の成長に伴って生まれた性別だけでなく、人間のような性欲も持つようになったのは喜ぶべきことなのだ。
だが、素直には喜べなかった。なぜ、寄りに寄って同性愛なのだ。ギルディオスは理解に苦しみ、唸ってしまった。
 ゼレイブの夕暮れは、ゆったりと深まっていく。


08 1/26 ドラゴンは滅びない



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