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「マサはいいわよねぇ、肩が凝らなくて」

 風呂上がりで下着姿の静香は、リビングのソファーで仰け反っていた。首を大きく回し、関節を鳴らしている。
キッチンで洗い物をしていた正弘は、見慣れすぎてしまった静香のだらしない格好を横目で見つつ、答えた。

「そうでもないですよ。同じ姿勢を長時間続けると、サイボーグと言えども関節は固まりますよ」

「でも、痛くはないんでしょ? あたしなんか、残業残業で疲れちゃったのよ。あんまり肩が凝るもんだから、頭痛がするわ目も疲れるわ歯も痛むわで、ひどいったらありゃしない。その点、マサは大したことないじゃない。こういう時だけは、あんたが羨ましいって思うわ」

 静香は上体を起こし、恨めしげな目で正弘を見上げた。正弘は、布巾で拭き終えた片手鍋を棚に載せた。

「奥歯が痛むんでしたら、いい加減に歯医者に行った方がいいですよ。子供じゃないんですから」

「解ってるわよ、そんなこと。時間がないのよ、時間が!」

「鎮痛剤で誤魔化しても、悪化するだけなんですからね。早くしないと、また神経を抜く羽目になりますよ」

「あれは…嫌い」

 静香は急に顔を曇らせ、俯いた。正弘は腕を組み、頷く。

「だったら行って下さい」

「そんなに言うんだったら、マサも一緒に来なさいよ」

「はい?」

「…なんでもない」

 静香は小声で呟くと、顔を背けた。正弘はカウンターに身を乗り出し、にやけた声を出す。

「そうですか、そんなに歯医者が怖いんですか」

「ばっ、馬鹿じゃないの! この世で歯医者が怖くない人間なんていないわけがないでしょうが!」

 むきになった静香は、強く言い返した。正弘は、可笑しげに肩を震わす。

「だったら、付いていってあげますよ。歯医者に置いてある漫画って、読んだことがないのが多いですからね」

「マサのくせに、偉そうなこと言って」

 静香は不愉快げに眉を曲げて、テーブルに置いてあった飲みかけの缶ビールを取り、一気に流し込んだ。
正弘はシンクに残っていた皿の泡を流しながら、内心で笑っていた。静香の態度が微笑ましくてたまらなかった。
だが、これ以上煽ると本気で拗ねて口も聞いてくれなくなってしまうので、今日はこのくらいにしておこうと思った。
静香はもう一本目を飲み終えてしまい、二缶目の缶ビールを開けて口を付けながら、ちらちらと正弘を窺った。
やはり歯医者が怖いのか、それとも近くに来て欲しいのか。その真意を考えながら、正弘は洗い物を続けた。
 二人の夜は、なんとなく更けていく。


08 1/25 非武装田園地帯



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