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「色は匂へど散りぬるを。我が世誰ぞ常ならん」

 エレキギターを単調に爪弾きながら、呂号は滑らかに発音した。

「有為の奥山今日越えて、んで?」

 伊号が首を曲げて促すと、絵本から顔を上げた波号が慌てた。

「えと、うんと、えぇっと、あ、浅き夢……ゆめ、ゆめ、ゆめ……」

「浅き夢見じ」

 呂号が続けると、伊号が締めた。

「酔ひもせず」

「ご、ごめんなさい、よく思い出せなくって」

 波号が泣きそうになると、呂号はじゃらりと弦を鳴らした。

「謝られるほどのことでもない。はーちゃんの記憶力が一定ではないことは僕もイッチーも承知している」

「そうそう。てか、これ、あたしらのコードネームの元ネタってだけだし」

 伊号は首だけを動かし、局長室に備えられたキングサイズのベッドの上から、広大な東京湾を見下ろした。

「まー、元ネタの元ネタっつーかは、旧日本軍の潜水艦の規格っつーの? 伊号潜水艦は排水量が一千トン以上で、 呂号潜水艦は排水量が五百から一千トン以上で、波号潜水艦は五百トン以下、っての。つか、他の生体兵器の 連中も大体そんな具合だし。芙蓉は軍艦の扶桑から来てそうだし、虎鉄ってのは旧日本軍の撃墜王の愛称の一字 違いだし、電影も局戦戦闘機の雷電とか震電とかと同じ流れだし。てか、甲型と乙型ってのもそういうんだし。あたしら 甲型は艦戦戦闘機のことだし、乙型ってのは局戦戦闘機のことだし。まあ、破壊力の違いっつーの?」

「変なことを知っているんだな。イッチーは」

 ベッドの端で胡座を掻いている呂号が少し感心すると、伊号は瞬きした。

「兵器を使うとさ、色んな情報が頭の中に雪崩れ込んでくんの。んで、その中には、兵器の歴史とかもあって、結構 面白かったから覚えちまっただけだし。つか、知っておいて損はねー、っつーか、あたしらの同類なわけだし」

「じゃ、イッチーはああいうのとお友達なの?」

 絵本を閉じた波号は立ち上がり、一歩踏み締めるたびにたわむマットレスを横断した。首から下が一切動かない 伊号の傍まで歩くと、戦闘機が待機している滑走路を指した。伊号は波号と滑走路を見比べ、答える。

「別に、あいつらは友達なんかじゃねーし」

「だったら何なんだ」

 呂号が問うと、伊号はしばらく考えてから答えた。

「同胞、つーの?」

 同胞。仲間よりも濃く、家族よりも近く、友人よりも強い繋がりを示す言葉。消耗品の域を出ない存在であることは、 三人とも重々承知している。変異体管理局局長である竜ヶ崎全司郎から寵愛を受けられるのは、並みの人間 よりも優遇されるのは、国防のためにどれほどの税金を無駄にしても責任を問われないのは、人間ではないという 証拠だ。悪しきインベーダーを退け、国家と世界に平和をもたらすために必要な盾であり矛であるからだ。だから、 戦闘機に共感することはなんら不自然ではない。むしろ、それが当たり前だ。三人の少女はそれぞれの胸中で同胞 という言葉を噛み締めていたが、不意に海上基地全体に警戒警報が鳴り響いた。

「出撃命令か」

 呂号がリッケンバッカーのエレキギターを担いでベッドから降りると、波号は驚きすぎてベッドから転げ落ちた。

「うぎゃっ!」

「んで、今日は誰が戦うんだよ?」

 伊号は海上基地内の回線を行き交っている機密情報を傍受し、状況を確認した。インベーダーが住み着いている 太平洋南洋上の孤島、忌部島から超高速の物体が飛び出し、関東に向けて直進しつつある。その速度はどう軽く 見積もってもマッハ2。ということは、乙型生体兵器一号でありながら変異体管理局を裏切り、インベーダーとなった 斎子紀乃とみて間違いないだろう。となれば、撃墜出来るのは、機械遠隔操作能力を持つ伊号だけだ。海上基地の 最上階に位置している局長室に直通のエレベーターが昇り、近付く気配を仔細に感じ取りつつ、伊号は斎子紀乃 を一握の蛋白質塊と化す様子を想像して笑った。自分も人間ではないが、相手もまた人間ではない。だから、伊号 が抱く感情は殺意ではない。この世の異物に対する、単純な破壊衝動だ。
 同族嫌悪、とも言うが。


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