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悪役親睦会



 理に逆らい、邪なる道に生きる者達よ。


 第一回悪役親睦会。
 そんなタイトルのメールが携帯電話に入ったのは、昨日である。そこには、落ち合う場所だけが記されていた。
 居酒屋ヴァルハラ。聞いたこともない名前の店で、聞いたこともない住所にある。全く、訳が解らなかった。
あるはずのない住所を辿っていくと、ないはずの道が続いていた。人通りはなく、街灯だけが白く光っている。
半信半疑で路地裏を進んでいくと、急に開けた。そこには、オーソドックスな外見をした居酒屋の店舗があった。
 軒先には赤い提灯が下がり、大きな信楽焼のタヌキが鎮座している。赤い暖簾には、う゛ぁるはら、とあった。
カタカナではないので、どことなく締まらない。帰ろうか、と思っていると、いきなり背中を強く叩かれてしまった。

「いよーう!」

 不意打ちに、つんのめった。姿勢を直して身構えた太陽タイヤンに、男はけらけらと笑った。

「なんだ、お前…」

 近接戦闘の構えの太陽に、丸メガネを掛けた男は詰め寄ってきた。長い三つ編みを、背中に垂らしている。

「かぁーわいいなぁ、まだガキじゃねぇか」

「だから、なんなんだよ」

 太陽が苛立ちを募らせると、男は灰色のジャケットを脱いで肩に担いだ。

「あのな、お前をここに招待したのはオレ。ついでに幹事もオレ」

「は?」

「だから、親睦会って書いてあっただろ? だから親睦するの、今夜は!」

 さあ飲むだけ飲んでやるぞー、と男は上機嫌に笑う。太陽は不可解なままだったが、戦闘態勢は解除した。
だが、いつでも銃は抜けるようにしておいた。この男の正体は、どこぞの企業のエージェントかもしれないのだ。
そうだとしたら、面倒なことになる。この場にいるのは太陽一人で、シュヴァルツ工業の仲間は近くにはいない。
とりあえず警戒しておくべきだ、と太陽が思っていると、男は太陽の背後に向いた。よ、と親しげに声を掛ける。

「久し振りだな、イノセンタス!」

 反射的に太陽が振り返ると、男の視線の先には、この時代にはかなり場違いな格好をした男が立っていた。
引き摺りそうなほど長い藍色のマントを羽織っており、左肩に金色の装甲を付け、薄茶の長い髪を縛っている。
どこからどう見ても、現代人のそれではない。若干地味だが、ゲームに出てくる魔導師の格好に近い気がした。
 イノセンタスと呼ばれた男は、若いようだが表情が険しい。白い手袋を填めた指先で、目元を押さえている。

「何のつもりだ、グレイス・ルー。そして、ここは何だ。答えろ」

「あんまり細かいことは気にしないの。今日は飲み会なんだから、な!」

 グレイスと呼ばれた丸メガネの男は、イノセンタスに歩み寄った。イノセンタスは、すっと身を引く。

「下らん。帰らせてもらう」

「いや、帰るのは無理だ」

 イノセンタスの背後から、良く通る低い声が聞こえた。暗がりの中から現れたのは、またもマントの男だった。
だが、今度の男のものは闇から切り出したように黒かった。その裾から出ている腕は銀色に輝き、生身ではない。
一瞬、太陽は人型兵器かと思ったが、男の頭部は人間に近かった。但し、目元はゴーグルに覆われている。

「この次元は、通常の次元に平行して存在している全くの別の世界だ。空間軸も違えば、時間の流れも違う。下手に空間を歪めたりすれば、次元同士の並列状態が乱れて双方の次元が弾け飛ぶ危険性もある」

 三人目の男は重い足音を立てながら、イノセンタスの隣を通り過ぎ、グレイスの前に立ちはだかった。

「お前か。私をこの次元空間に引き摺り込んだのは」

「異次元なのか、ここは? でも、見た感じは普通にしか見えねぇぞ?」

 太陽が怪訝そうにすると、黒マントの男は平坦な口調で説明した。

「この次元空間は、我々の知っている次元空間をほぼ同一に模したパラレルワールドと言っていい。物質の構成、空間のバランス、時間の流れ、いずれも完璧なまでに酷似している。だが、我々が本来住まう次元空間と決定的に違うのは、同一の時間軸に存在してはならない存在を存在させることが出来るということだ」

「ということは、お前達は私のいる世界の先の世界にいる者達というわけか?」

 イノセンタスは、さも嫌そうにする。黒マントの男の声色は、全く変わらない。

「平たく言えば、そういうことになる。だが、その時間も平行しているだけに過ぎず、私の存在している時空とお前の存在している時空は同一の時空ではない。本来、お前の時間と私の時間は交わるはずのない時間だ。それを無理に交えることがいかに危険か理解しているから、この男は敢えて別の次元空間に招待することを選んだのだろう」

 と、黒マントの男はグレイスを指した。グレイスは得意満面な様子だったが、あ、と路地の奧に向いた。

「キース! お前も久し振りだなあ!」

 まだいるのか、と太陽が薄暗い通りに再度振り返ると、街灯の明かりの中に白い服を着た男が立っていた。

「無理矢理呼び出されて何かと思ったら、原因はあなただったのか、グレイス」

 キースと呼ばれた青年は、横長のメガネを中指で押し上げて直した。その格好は、中国の民族衣装に似ている。
だが、何かおかしい。キースの髪の色は青混じりの緑のような色をしていて、瞳も鮮やかな赤で瞳孔は縦長だ。
決定的な違和感を生み出しているのは、その頭部から延びる二本のツノだった。まるで、ドラゴンのツノだ。
そして、背には髪と同じ色の皮の翼が生えている。コウモリのそれに似ているが、明らかに爬虫類のものだ。

「私がこの次元空間に止まる理由はアリマセン。デスガ、調査の必要はあると判断シマス」

 キースの背後から歩み出た女性は、肌が異様に白く、髪と瞳は藍色だった。グレイスは二人を指す。

「紹介しよう! あっちのツノの生えた兄ちゃんはキース・ドラグーンで、あっちの姉ちゃんは宇宙人のペレネだ!」

「なんだ、そのいい加減な説明は。もう少しきっちりやってくれないかな」

 不満げなキースに、グレイスはへらへらと返した。

「いいじゃんいいじゃん、認識出来れば。どうせ一夜限りの付き合いなんだし、細かく説明したって意味ないんだよ。んで、こっちの黒マントがマスターコマンダーで、こっちの不機嫌な藍色マントがイノセンタス・ヴァトラス。で、オレの名はグレイス・ルー、希代の呪術師だ! んで、この小生意気なツラした少年は李太陽リ タイヤンって言うんだってさ」

「事を終えたら早々に帰らせてもらうぞ。私はお前達と馴れ合うつもりはない」

 無関心極まりない態度で言い放ったイノセンタスを、グレイスは押した。

「まあいいじゃねぇか、とりあえず入ろうぜ!」

 ほらキースもペレネも、とグレイスが手招きしたので、キースはかなり嫌そうだったが歩み寄ってきた。

「仕方ない。今回だけ、付き合ってあげるよ。どうせ、今の僕は暇だしね」

「調査義務が生じてイマス。ヨッテ、私は彼に従う義務がアリマス」

 ペレネは機械的に言い、キースに続いた。マスターコマンダーと呼ばれた男も、仕方なさそうに店に向かった。
彼らが居酒屋に入店すると、店内は明るい照明と活気に満ちていた。すかさず、若い女の店員がやってくる。

「いらっしゃいませー! 何名様でしょうかー?」

 その店員は、前髪をヘアバンドで上げて額を露わにしている。エプロンには、白金百合子、との名札がある。

「えーとね、六人」

 グレイスが言うと、百合子は店内に声を張り上げた。

「六名様入りまーす!」

 ご案内しまーす、と愛想の良い態度で、百合子は六人を店内の奧にある座敷席に案内した。

「ご注文がお決まりになりましたら、お呼び下さいませー」

 百合子は頭を下げ、厨房に向かった。太陽は座敷席の隅に座り、めいめいの場所に座った彼らを見渡した。
左側には、手前から、太陽、ペレネ、キースで、右側は手前から、グレイス、マスターコマンダー、イノセンタスだ。
長いマントを着ている二人の男は、どちらも体格がいい上に正座をしていないので、かなりの幅を取っている。
キースもグレイスも正座はしておらず、いずれも胡座を掻いている。太陽とペレネだけは、正座をしている。

「えっと、あの、お冷やです」

 おずおずと近付いてきたショートカットでメガネの店員が、氷水の入った六つのコップをテーブルに並べた。

「それで、あの、ご注文は」

 彼女の名札には、山下透、とある。グレイスはメニュー表を広げていたが、顔を上げた。

「とりあえず生中五つと、太陽は未成年だから何がいい?」

「ウーロン茶」

 太陽がそっけなく言うと、グレイスは透に向いた。

「あと、ウーロン茶一つね。で、お前ら、喰いたいものとかある?」

 もう一つあったメニュー表を広げていたマスターコマンダーは、その最後のページを広げて透に向けた。

「デザート類を全部」

 透は大振りなレンズの下で目をまん丸くしていたが、間を置いてから微かな声を漏らした。

「全部…ですか?」

「そうだ」

 頷いたマスターコマンダーに、透は慌てて伝票に書いていった。

「あっ、はい、承りました。それでは、えっと、バニラアイスクリーム、ストロベリーアイスクリーム、黄桃のババロア、渋皮マロンのモンブラン、ガトーショコラ生クリーム添え、特製ストロベリーパフェ、チョコレートバナナパフェ、プリンアラモード、フルーツ盛り合わせ、焼き立てアップルパイアイスクリーム添え、それぞれをお一つ、で、その、本当に、よろしいのですか?」

 透が恐る恐る聞き返すと、マスターコマンダーはメニュー表をテーブルに戻した。

「二度は言わん」

「あっ、はい、ごめんなさい、すみません!」

 透は慌てて頭を下げ、伝票にデザートの名前を延々と書いていった。なかなか大変そうである。

「偏ってるなぁ」

 キースはマスターコマンダーに呆れた目を向けてから、メニュー表を引き寄せて広げ、透に言った。

「それじゃ僕は、冬眠トカゲの唐揚げと、白ヘビの串焼きと、あとはサラマンダーのチリソースで」

「え?」

 太陽が呆気に取られると、透は何の躊躇いもなくそれを伝票に書いた。

「はい、冬眠トカゲの唐揚げと、白ヘビの串焼きと、サラマンダーのチリソースをお一つですね」

「そんなもん、喰えるのか?」

 あからさまに、ゲテモノ料理だ。なんでそんなものがあるのだ、と太陽が顔をしかめるとキースは微笑んだ。

「好きなんだよね。哺乳類や鳥類の肉も悪くないんだけど、やっぱり爬虫類の肉の方が口に合うんだよね」

 本当に、この男はドラゴンなのか。太陽が思い悩みそうになっていると、グレイスが手を挙げた。

「オレね、唐揚げと焼き鳥。あと、ビールの他に赤ワインもよろしく」

「ワインは、どのサイズで」

「ボトルね、ボトル。一番いいやつ持ってきてくれる?」

「あ、はい、解りました」

 透はグレイスの注文を、伝票に書いた。イノセンタスはメニュー表を凝視していたが、僅かに眉根を曲げた。

「良く知らないものばかりだな」

「適当に注文して喰えよ。何も喰わないで帰るのはつまんねぇだろ、イノ?」

 グレイスが身を乗り出してイノセンタスに寄ると、イノセンタスは鬱陶しそうに身を引いた。

「軽々しく私を愛称で呼ぶな」

 イノセンタスはグレイスの視線から逃れるように、透に向いた。メニュー表を広げ、適当に指差した。

「ならば、私はこれでいい」

「あ、はい。それでは、トマトとバジルのピザをお一つですね」

「水餃子と春巻き」

 太陽は片手を挙げた。透は、それも伝票に書き加える。

「はい、水餃子と春巻きをお一つ」

「ソレデハ、私はサラダでも頂きマス」

 ペレネの注文に、透は聞き返した。

「えっと、それでは、ドレッシングは」

「レモンハーブでお願いシマス」

「それでは、ご注文を、繰り返させて、頂きます」

 ペレネの注文を伝票に書き込んだ透は、伝票を上から下まで見直した。それを、グレイスが遮る。

「それはいいから、さっさと持ってきてくれる? 早いところ喰いたいんだ」

「あ、はい、申し訳ありません」

 透は頭を下げると、厨房に向かった。太陽は、透のエプロンの紐が交差している背をなんとなく見送っていた。
透の持ってきた伝票を見て、厨房の店員が素っ頓狂な声を上げている。これを全て一人で食すというのか、と。
最初に席に案内してくれた店員のものと思しき、高い声も聞こえてくる。やはり、あのデザートの量は異常なのだ。
 太陽は口内を潤すために、氷水を飲んだ。レモン汁が混ぜられているのか、爽やかな酸味が僅かに感じられた。
程なくして、先程の髪の長い方の店員、白金百合子が戻ってきた。両手には、五つの中ジョッキを持っている。
百合子の腕は華奢で、並々とビールが注がれているのでかなり重いはずだが、やけに軽々と持ち運んでいる。
続いて、太陽の前にもウーロン茶が運ばれてきた。酒も飲めないことはないのだが、今は遠慮しておくべきだ。
 ここのいる連中は、訳が解らなさすぎる。おかしなことになった時に対応出来るように、素面でいるとしよう。
 それが、安全だ。








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