ルージュがお茶会に戻ると、三人ははしゃいでいた。
　百合子とヘビークラッシャーに囲まれたグラント・Ｇは、気恥ずかしげな仕草でドリルを抱えて身を捩っている。
だが、決して可愛らしさはない。むしろ不気味だ。ルージュはそう思うのだが、他の二人はにこにこ笑っている。
百合子とヘビークラッシャーは、可愛いとでも思っているのだろう。その神経が、ルージュには理解出来ない。
ヘビークラッシャーはするりと飛んでルージュの元にやってくると、目を輝かせながらルージュの腕を引っ張った。

「ねえねえ、ルージュおねーさんにも好きな人っている？」

「え」

　思い掛けない言葉にルージュが硬直すると、ヘビークラッシャーはにんまりした。

「あー、やっぱりいるう？」

「いっ、いや、別に、そんなことは…」

　ルージュが戸惑って顔を伏せると、ヘビークラッシャーは真下から覗き込んでくる。

「えー、うっそだぁー」

「嘘なものか！」

　ルージュはむきになって、ヘビークラッシャーを押しやった。その手応えは意外に重く、あまり動かなかった。

「だっ、大体、私はそんな、その、あれを好きなわけがないんだ！　なんというか、そんなわけがないんだ！」

「否定の否定は肯定っすよ、ルージュ姉さん」

　グラント・Ｇを撫でながら、百合子はにやけた。その手の下で、グラント・Ｇは大きく頷いた。

「Yes！　ツンデレノ基本ダナ！」

「ツンデレって、そんな…」

　ルージュが言葉に詰まると、ヘビークラッシャーもにやにやする。

「うふふふ、ルージュおねーさんも可愛いなぁ。シンキングパルスを読み取らなくたって、照れているのが解るもん。だって、リアクションがディフェンサー兄さんとほとんど同じなんだもーん」

「ムラマサ先輩の惚気話に出てくる橘さんの様子も、大体そんな感じだなぁ」

　ツンデレは世界共通か、と百合子は妙に納得している。グラント・Ｇは、ドリルを翳してルージュを指す。

「TU・N・DE・RE！　TU・N・DE・RE！　TU・N・DE・RE！　TU・N・DE・RE！」

「その訳の解らない単語を連呼するな！　腹が立ってくる！」

　ルージュがグラント・Ｇに砲口を向けるが、グラント・Ｇは全く動じない。

「Hahahahahahahahaha！　Hey ルージュ、オ前ノ惚レタ男ハドンナ男ダ？」

「だから、私は別に、あいつのことなんか」

　ルージュは言い返すが、三人ともそれを気にせずにまくし立ててくる。

「恋愛も戦闘も、攻めて攻めて攻め切るのが基本だよ！　ちょっとやそっとの困難はパワーで押し切っちゃうの！」

「でも、やりすぎちゃったら引かれない？」

　やや不安げな百合子に、ヘビークラッシャーは親指を立ててみせる。

「だあいじょーぶっ！　撤退されそうになったら追撃して絨毯爆撃しちゃえばイチコロだよ！」

「それ、別の意味のイチコロなんじゃないの？」

　悪い方の、と百合子が付け加えるも、ヘビークラッシャーは聞いておらず、自分の世界に入ってしまっていた。

「どんなに兄さん達から反対されたって、銀河を挟んで別れさせられたって、大企業とか政府とか自衛隊とかに邪魔されたって、私と涼の絆は絶対に断ち切れないんだから！」

「ふうん、それがクラッシャーちゃんの好きな人の名前なんだね？」

　百合子がにやりとすると、クラッシャーは途端に照れた。

「えっ、あっ、言っちゃったの？　私、言っちゃったの？　あーもう、やーん！」

　照れて身を縮めているクラッシャーを、百合子はだらしなく顔を緩めながら、可愛い可愛い、と撫でている。
その様を横目に見つつ、ルージュは困っていた。ブラッドや自分の恋愛に関することは、最も苦手なことなのだ。
このまま話題が逸れてくれたらありがたいのだが、この空気では、しばらくは恋愛の話題が続いてしまいそうだ。
礼子と朱鷺田の約束を果たすためには好都合なのだが、ルージュは逃げ出したい気持ちで一杯になっていた。
何一つとして話したくない、というか、絶対に話せない。だから黙り込んでいよう、とルージュは唇を引き締めた。
すると、グラント・Ｇは身を固くして突っ立っているルージュに向かって、キャタピラを軋ませながら迫ってきた。

「オレガ Very Love ナ野郎ハ、Brothers ヨリモ礼子ヨリモ Very Very 弱イ制服組ナノサ！」

　グラント・Ｇも照れ臭いらしく、どことなく声色が上擦っていた。

「ダガ、弱イカラコソ放ッテオケネェ！　守ッテヤリテェ！　オレノ Power デ助ケテヤリテェンダ！」

「あー、解る解るう」

　ヘビークラッシャーは両手を組み、うっとりと目を伏せた。

「粋がっているくせして本当は大したことない、ってところが放っておけないんだよねー、男の子って」

「うんうん。でも、それがまたいいところでもあるんだよ」

　ねー、と百合子はヘビークラッシャーと顔を見合わせて声も合わせた。

「まあ…確かに…」

　ブラッドの言動を思い浮かべながら、ルージュは小さく呟いた。危なっかしいから、目を離したくなくなるのだ。

「言うこともやることも乱暴なんだけど、結局は優しいし」

「そう、だな」

「面と向かって好きだーって言ってくれないけど、だからこそたまに言われると痺れるっていうかー」

「そう、かも、しれないな」

「しっかりしているようでいて頼りないってのも可愛いしー」

「まあ、うん」

「ちょっとえっちいこともしてくるんだけど、本当はそんなに嫌じゃないって言うか、彼女的には嬉しいっていうか」

「う…」

　百合子の並べる言葉に思い当たる節が多すぎて、ルージュは過熱した。関節から、冷却水の湯気が立ち上る。
百合子が話しているのは別の男の話なのだろうが、それにしては近い。半吸血鬼の青年、ブラッド・ブラドールに。
どうにか熱を引かせようと努力してみるが、一度照れてしまうとなかなか収まらず、ルージュは湯気に包まれた。
それどころか、照れすぎた自分に照れてしまい、機械で出来た身体の温度は上がって湯気が出るばかりだった。

「どうしたの、ルージュおねーさん？」

　ヘビークラッシャーに近寄られ、ルージュは慌てて顔を逸らした。

「なんでもない！　だから何も気にするな！」

　このままでは、礼子と朱鷺田との約束を果たせなくなってしまう。そう思ったルージュは、強気に出た。

「グラント・Ｇ！　お前はそれでも戦士なのか！」

「What？」

　急に名指しされたグラント・Ｇは、きょとんとした。ルージュは勢いに任せ、まくし立てる。

「だっ、大体、男にうつつを抜かすとろくなことにならない！　戦闘中や任務中に気が逸れて些細なことを切っ掛けに失敗してしまうし、どうでもいいことがいつまでも心中に残って煩わしいし、肝心な時に攻撃を躊躇してしまうし、砲撃出力も安定しなくなるし、感覚も鈍ってしまうし、ラオフーはおろかフリューゲルにすらからかわれてしまうし、あのフィフィリアンヌでさえも私を笑ったんだぞ！　こんなに惨めで情けないことが他にあるか！」

　途中から自分の愚痴になっていたが、ルージュは最早引っ込みが付かなくなっていたので、喚き続けた。

「男なんてものは、邪魔なだけだ！　そりゃ、確かに少しばかり見た目が良いし、同族のよしみからかただの人間に比べれば遙かに優しいが、それはすなわち甘さでもある！　この非常時に実質的には敵勢である私に気を取られている時点で、まず生き残れない！　そんなことでは、戦場に出た途端に殺されるだけだ！　だが、奴を殺すのは私だけだ！　他の誰にも邪魔はさせない！」

「Wow…」

「なっ、何がだ！」

「You ノテンパリ具合ガ、ダ」

「て、てんぱ？」

　ルージュは知らない語句の意味が掴めず、少し勢いを失った。

「Yes,Yes」

　グラント・Ｇはルージュににじり寄ると、その目の前にドリルの鋭い切っ先を突き出した。

「You ハ、ソノ野郎ガ Very Very Love ダナ。ダガ、ナゼソレヲ認メヨウトシナインダ？」

「そんなことは、決まっている」

　認めたら、全てが崩れる。ルージュは滑らかに輝くドリルとグラント・Ｇを見据え、心を落ち着かせる努力をした。
だが、一度揺れ動いた心は定まらず、視線も僅かにぶれてしまう。否定すればするほどに、思いは込み上がる。
二度目の邂逅を果たしたあの夜に目にした、聞いた、ブラッドの表情や些細な言葉は何一つとして忘れられない。
振り払おうと努力をしても蘇ってきて、魂を掻き乱す。だからこそ、その思いを憎悪と戦意に変えるしかなかった。

「私は、戦うことしか出来ないからだ」

　この腕が成せるものは破壊と殺戮であり、恋も愛も生み出せない。ルージュは右腕の主砲で、己を抱いた。

「そもそも、私はこの世の存在ではない。当の昔に死したはずの女だ。そんな女が、恋だの愛だのと言ったところで滑稽なだけなんだ。だから、戦う他はない」

「戦うことしか出来なくたって、戦うことだけは出来るじゃない」

　ヘビークラッシャーはルージュの目の前にやってくると、小さな手でルージュの主砲に触れた。

「私はね、自分の体がちょっと嫌いになったこともあったけど、今はとっても大好きなんだ。この人格だって大好き。パパとママの心を受け継いでいるし、兄さん達や涼と一緒に生きてきた証だもん。それに、戦えなかったら、私は涼も誰も守れなかった。生まれて初めて好きになった人や、大事な家族を守るためだったら、私はいくらだって戦うよ。だって、それが私の使命だもん」

「一度死んだからって、そんなに悲観することもないですよ。私だって、一度死んだんですから」

　百合子もルージュの傍に立ち、笑顔を向けてきた。そして、自身の頭部を示す。

「私が本当の私って言い張れるのは、頭の中にある脳髄だけになっちゃいましたけど、こうして自由に動く体もあるし、ちょっと味は鈍いけど紅茶の味もちゃんと解るし、ビニール越しみたいだけど触覚も伝わってくるし、目も耳も前よりもずっと良くなったし、思い切り走れるし、学校だってどこにだって行けるんですから。生身の体も名残惜しかったですけど、それでも今には変えられません。あのまま病気で死んじゃっていたら、こうしてルージュ姉さんにもクラッシャーちゃんにもグラントちゃんにも会えませんでしたからね」

　もちろん鋼ちゃんとも付き合えなかった、と百合子はちょっと照れくさそうに肩を竦めた。

「Hahahahahahahahahahaha！　ダカラヨ、ルージュ！　You モ胸ヲ張リヤガレ！」

　グラント・Ｇはルージュを見上げながら、声を張った。

「少ナクトモ、オレハアノ制服野郎ヲ好イタコトヲ後悔シタコトハネェ！　頼リナクテ情ケナクテエリート意識トプライドニ凝リ固マッテヤガルガ、ソンナニ悪イ奴ジャネェ！　マァ、礼子ヤ Brothers ニハ評判ガ悪イガナ」

　やり込めるはずが、逆に励まされてしまった。ルージュは自分の無能さに腹立たしくなってきて、顔を伏せた。
礼子と朱鷺田にはあれほどの啖呵を切っておいて、こんな結果とは。だが、彼女達の言うことも間違いではない。
　さあさあお茶会の続きー、とヘビークラッシャーに引っ張られて、ルージュは再びテーブルへと着席させられた。
他の二人も席に戻り、先程の会話の続きを始めた。ルージュはそれらを横目に見ながら、自己嫌悪に苛まれた。
これを失敗したら、元の世界に戻れないかもしれないというのに。なのに、ブラッドへの情念が邪魔をしてくる。
一刻も早くブリガドーンへ戻って彼らとの戦闘に備えたいのに、その反面、ここに止まっていたい気持ちもあった。
ここにいさえすれば、誰とも戦うことはなくなる。ブラッドを殺さずに済む。だが、ここにいてはブラッドに会えない。
三人のきゃぴきゃぴした会話を聞き流しながらルージュは思い悩んでいたが、なかなか結論が出ず、煮詰まった。
　もちろん、本来の世界に戻るのが最優先だ。だが、グラント・Ｇを攻撃して無理強いしても、反発されるだけだ。
増して、グラント・Ｇは連合軍兵士でもなければゼレイブの住人でもなんでもなく、あの一件とは無関係な存在だ。
そんな相手を攻撃することは、さすがに気が引ける。元々戦闘は好きではないし、必要だからやっているだけだ。
どうすればいい。何が最善だ。何が最良だ。ルージュが黙り込んでいると、グラント・Ｇはルージュに声を掛けた。

「ルージュ。You ハ、礼子カ隊長ニ会ッタノカ？」

「両方だ」

　こうなったら素直に白状した方がいい、と判断したルージュが答えると、グラント・Ｇはからからと笑った。

「Hahahahahahahahahaha！　他人ヲ使ッテオレノ恋路ヲ阻モウナンテ、アノ二人ノ考エソウナコッタゼ！」

「解っていたのか？」

「マァナ。ルージュガ Reverse シニ行ッタ後ニ、二人ノ Dog tag ノ反応ヲ感知シテイタカラナ」

「だったら、なぜそう言わなかった？」

　その方が楽だったのに、とルージュがぼやくと、グラント・Ｇは快活に言った。

「オ前トモ仲良クナリタカッタカラ、本音ヲ聞イテミタカッタノサ。ダガ、アノ程度ノ言葉デ揺ラグヨウナ、柔ナ Soul モ Fighting spirit モ持チ合ワセチャイネェンダヨ。安心シロ、制服ハ制服デ任務ハ任務ダ。オレハ WAC デアル以前ニ Machine soldier ダ、自分ノ立場グライ弁エテイル。オレ達特殊機動部隊ハ、コノ国ノ盾デアリ矛ダ。怯ムコトモ退クコトモ許サレネェンダヨ」

「心掛けは悪くないな」

「Honored by the compliment！褒められて光栄だぜ」

「守れるものがあるというのは、いいことだな」

「モウ一ツ安心シロ、ルージュ。アノ二人ニハ、オレハ制服ヲ諦メタ、トデモ報告シテヤルヨ。オレハ Combat ガ得意ダガ、Acting モ結構得意ナンデナ。Academy Award 級ダゼ？」

「すまない」

「気ニスルナ、オ互イ様ッテヤツダ。大分迷惑ヲ掛ケタヨウダカラ、ソレグライハ当然ダ。ソレニオレハ、You ガ Gargen Tea Party 二来テクレタダケデモ満足ダ。ダガ、Real motive ヲ言エバ、コノ Gargen Tea Party ハ礼子ノタメダッタンダガナ。訓練ト任務デギッチギチニ疲レテイルヨウダッタカラ、少シハ Refresh シテモラオウト思ッタンダガ、My Brothers　ノセイデ話ガズレチマッテナ」

「そのことは、後で私が伝えておこう。この状況では、お前も言いづらいだろうからな」

「Thank You！」

　グラント・Ｇはウィンクをするように、一瞬ゴーグルの光を点滅させた。

「グラントちゃんとルージュ姉さんが仲良くなったところで、お茶会は仕切り直しだね！　今日はまだ長いんだから、ガンガン行こう！」

　百合子の明るい言葉に、ヘビークラッシャーは両手を上げて喜んだ。

「じゃあさ、皆で遊ぼう！　プリキュアごっことか！　四人だからスプラッシュスターね！　私、イーグレット！」

「NonNonNon、グレンラガンニ決マッテンダロウガ！　Giga drill Blake！　Giga drill Blake！　Giga drill Blake！」

「この近くに、カラオケかゲーセンってない？　あったら行こう、でもって徹カラで徹ゲーだい！」

「普通に語り合おう、という選択肢はないのか？」

　ヘビークラッシャー、グラント・Ｇ、百合子の提案にルージュは苦笑した。どれもこれも意味が解らないが極端だ。
三人とも主張が激しく、一向にまとまる気配がなかった。ルージュは騒がしく思いながらも、楽しいとも感じていた。
もしも自分に妹がいたら、こんな感じなのかもしれない。或いは、家族と呼べる者がいたら、こうなのかもしれない。
三人の話し声は耳障りだが、心地良くもあった。ルージュは険が取れた気持ちになりながら、三人を眺めていた。
　やはり、自分はこの状況を楽しんでいる。ここにいると、共和国の光景やブリガドーンなどのことが夢のようだ。
世の中に、こんなにも平穏な時間があるとは知らなかった。だが、夢なのはこの時間で、現実はあの世界なのだ。
礼子らの操る魔法によって、また、異物が浮かぶ空の元へと戻ることだろう。いや、戻らなければならないのだ。
　他の世界へ逃げたところで、現実は変わらない。





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08 2/19