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最強主人公決定戦 前編



 デスマッチだよ、全員集合。


 どこかの宇宙のどこかの惑星。
 その地上に設置されたコロシアムの中心に、一条のスポットライトが落ちていた。眩い光を全て浴びている人影は、 白い体毛に包まれた長い耳とふわふわの尻尾を生やし、たっぷりとした柔らかなピンク色の髪を背中に流し、黒いタキシードと 赤いハイレグのレオタードを着て網タイツにハイヒールを履き、両手首と衿にカーラーを巻き付けた、紛うことなきバラエティ番組の 司会スタイルだった。
 コロシアムの頭上には果てしない宇宙が広がり、銀河系にちりばめられた無数の恒星から届いた光が眩く輝いていた。 この惑星には大気はあれど空はなく、永遠の夜に支配されている。星以外に光を放っているのはコロシアムだけであり、 文明は影も形もない。それもそのはず、この惑星は銀河系でも辺境の中の辺境であり、外周部の端にぽっかりと浮かんでいる 惑星なのである。発見されたはいいが、資源もなければ生命体の影もないため、どこの誰も手を出されていない、ある意味では 不憫な惑星だった。そんな惑星に突如現れたのがこのコロシアムであった。巨大な円形の闘技場で、中心部にはもちろん バトルステージが設置されている。直径が一キロメートルは優に超えるコロシアムの規模に相応しい、五百メートル四方の 常識外れの広さのステージだった。

「れっでぃーすあーんどじぇーんとるめぇーん!」

 手にしたマイクで声を張り上げた人物、ミイムは、全自動撮影のカメラマシンに手を差し伸べた。

「無限に広がる大宇宙! 無限に連なる超次元!」

 新たなスポットライトを浴び、ミイムは挑戦的な笑顔を浮かべた。

「そして、その次元に生きる人間とか人外とかその他諸々!」

 観客のいない客席にマイクを突き出し、ミイムは平べったい胸を張った。

「生まれ落ちた次元は違えど、戦うことを定められた者達がここにいるぅっ!」

 かん、と赤いエナメルのハイヒールで硬い床を踏み締め、ミイムは拳を握って突き上げた。

「それぞれの運命を背負いっ、それぞれの守るべきものを背負いっ、それぞれの世界を守り抜いた猛者達っ!」

 突き上げた拳をカメラに向けて、ミイムは叫ぶ。

「その類い希なる力を、一つの次元、一つの世界だけで止めておくのは勿体ないっ!」

 ミイムは客席にマイクを向けるが、誰もいないので歓声は返ってこなかった。

「とかなんとか理由を付けるのはこの辺にして、とっとと本題に行くですぅ! みゅんみゅうん!」

 ミイムはマイクを自分に戻し、にんまりした。

「要するに、今日は皆にバトってもらいますぅ! 名付けて、最強主人公決定戦ですぅ!」

 と、ミイムは上機嫌に尻尾を揺らしながら、コロシアム中心のバトルステージの外に立つ者達に向いた。

「企画、主催、スポンサーは、宇宙に羽ばたく大企業、ボクらの高宮重工ですぅ! ちなみにこの惑星は、遠い遠い未来の 高宮重工が買い取った惑星なのでなんら問題はないですぅ! でもって、この次元は多次元宇宙の接触地点であり、どの宇宙 にも干渉しない次元だからぁ、何をどうしたって本編にはちっとも影響は出ないですぅ! たとえ死んだってオーライですぅ!  でもって、この試合の模様は宇宙規模で中継されちゃってますぅ! 司会はこのボク、萌え萌えズッキュンでときめきパッキュンな 全宇宙的美少年、ミイムちゃんですぅ!」

「…頭の悪い企画だなぁ」

 一番先に発言したのは、マサヨシ・ムラタだった。傭兵の仕事上がりなのでパイロットスーツを着たままで、呆れた表情を 隠そうともしなかった。マサヨシの隣に立つ学ラン姿のフルサイボーグ、黒鉄鋼太郎は、右手に買ったばかりの週刊少年漫画 雑誌を持ったまま、事態を把握出来ずに突っ立っていた。

「なんだこれ、てか、ここ、どこだ…?」

「戦うのは構いませんけど、えっと、誰と戦えばいいんでしょう? ジャールの皆さんの陰謀、じゃなさそうですけど」

 彼らから距離を置いているピンクでハートのヒーロー、純情戦士ミラキュルンはきょろきょろしていた。

「またややこしいことになりそうだぜ」

 あーあ、とぼやきながらヘルムを押さえたのは、トサカに似た赤い頭飾りとマントを付けてバスタードソードを背負った 大柄な全身鎧、ギルディオス・ヴァトラスである。ギルディオスの傍らでがりがりとマスクを引っ掻いている青い外装のロボット、 ブルーソニックインパルサーは同意せざるを得なかった。

「僕、早く帰って由佳さんのお夜食を作りたいんですけどねぇ…」

「礼子君、ああ礼子君っ! 自分は研究所での改良型のボディの稼働試験を終えて駐屯地に帰ったはずなのだ、それが なぜこのような場所に立っているのだ! 本当ならば今頃自分は礼子君の元に向かい、それはもうイッチャイチャとしている はずだというのに! 第三次大戦の幕開けにも等しい悲劇の中の悲劇であるぞ! いいや、非核大戦かもしれん!」

 迷彩柄の戦闘服を着たロボット、北斗はヘルメットを被った頭を抱えて大袈裟に嘆いた。

「どいつもこいつもうるせぇな。ぶっ殺すぞ」

 全長2.5メートルの人型カブトムシ、カンタロスは苛立たしげに顎を軋ませた。

「現状把握に努める」

 人工頭蓋骨の頭部と機械の左腕を持つ三本足の大柄なトカゲ、ゲオルグ・ラ・ケル・タは平坦に呟いた。

「うおおお、宇宙だぁ! これこそ俺が求めていた戦場だぁっ! うっおっしゃぁああー、やったろうじゃねぇかー!」

 魔法天使の衣装を纏った全長三メートル近い戦闘ロボット、ヘルマグナムはステッキを折らんばかりに握り締めて猛った。 彼らから数メートル離れた地点で停車していたスポーツカー、トゥエルブはハイビームを点滅させた。

「とりあえず、私は車庫に戻らなければならないのだがね」

「ぐちぐちうるせぇですぅ。バトれって言われたら素直にバトりやがれコノヤロウですぅ」

 ミイムは目を据わらせ、つかつかとヒールを鳴らして十人の戦士達に詰め寄った。

「ていうかぁ、最強主人公決定戦なのにぃ、なんで可愛い女の子じゃなくて男臭ぇのばっかりなんですかぁ? 主人公つったら ヒロインだろうが、ヒロイン。潤いが足りねぇんだよアホンダラですぅ」

 不満全開のミイムに、ギルディオスは両手を上向けた。

「仕方ねぇだろ、ウサギの兄ちゃん。主人公っつっても、フィルは活字中毒だし、フィオは肉弾戦は本領じゃねぇし、ヴィクトリアに 至っては何をしでかすか解らねぇ。だから、俺が一番無難ってことだ」

「由佳さんを戦わせるなんて以ての外ですし、戦いは僕が専門ですから」

 インパルサーが胸に手を当てると、北斗は腕を組んだ。

「礼子君を守らずして、自分は誰を守るというのだ!」

「繭は俺の女王だ。俺だけのものだ」

 カンタロスは顎を開き、敵意を露わにしながら吐き捨てた。

「お、俺…学校帰りに本屋でジャンプ買って、本屋を出たはずなんだけど…」

 週刊少年漫画雑誌を握り締めたまま硬直している鋼太郎に、ミイムはマイクを突き出した。

「ジャンプなんて軟弱ですぅ。男は黙ってコミックボンボンですぅ」

「知らねぇよそんな雑誌! ていうか、ここはいつでどこでなんで俺なんだよ!」

 混乱の極みの鋼太郎が声を上擦らせると、ミラキュルンが頼りなく励ました。

「悪いようにはならないと思いますし、何かあったとしても死ぬことはないですよ、きっと」

「疑問は腐るほどあるが、なんでお前が司会なんだ?」

 渋い顔をしたマサヨシがミイムを見上げると、ミイムは両手で頬を押さえて身を捩った。

「みゅふふふぅーん。それはぁ、ボクがとおってもとおっても可愛くてぇ、才能が溢れすぎているからですぅ」

「理解出来ない」

 ゲオルグはプラズマライフルを握る手を緩めずに、主眼の義眼を上げた。

「てなわけで、トーナメント表ですぅ! 血で血を洗う超絶バトルの始まりですぅ!」

 ミイムがバトルステージの後方を示すと、トーナメント表のホログラフィーが浮かび上がった。



「組み合わせの選考基準は厳正なるあみだくじの結果ですぅ。てなわけで、理解したのならつべこべ言わずに バトルステージに上がりやがれですぅ。ルールは至って簡単でぇ、バトルステージから出たらその場で場外負け、禁止 事項は金的目潰しぐらいで後は何でもありですぅ。武器だろうが必殺技だろうが何だろうが、じゃんじゃん使ってド派手な バトルを繰り広げやがれってんだよスットコドッコイですぅ!」

 トーナメント表を背にしてミイムが叫ぶと、鋼太郎が尋ねた。

「えっと、ミイムさん? 優勝したら、賞品とかあるんすか?」

「そりゃあもっちろん!」

 ミイムはウィンクし、サイコキネシスを放ってバトルステージの奥に置かれた物体を覆う布を剥ぎ取った。

「優勝者にはお約束のトロフィーとぉっ、ボクの1/1フィギュアですぅーっ!」

 翻りながら布が舞い上がると、その下からもう一人のミイムが現れた。色気を重視したタキシードと網タイツという 本物の格好とは違い、パニエでふんわりとスカートを膨らませた黒のミニワンピースにガーターベルトを付け、白地に フリルが愛らしいエプロンとヘッドドレスを付けた、実用性皆無なメイド服姿だった。鋼太郎は一瞬反応しかけたが、 ミイムが男だと言うことをすぐさま思い出して、萎えた。

「嫌いじゃねぇ、むしろぐっと来るけど、でも、男じゃあなぁ…」

「いわゆる誰得であるな」

 北斗が口元を歪めると、インパルサーは苦笑した。

「というか、あんなものを頂いたところで何の役に立つんでしょうね? 押し入れの肥やしですよ、きっと」

「本物一人だけでも持て余しているのにな」

 マサヨシが真顔で言い切ると、ゲオルグはそれ以上に冷ややかに言った。

「精巧な性欲処理用人形だと判断する」

「喰えもしねぇプラスチックの固まりなんざ、壊すだけの価値もねぇ」

 カンタロスは上両足を組み、触角を下げた。ミラキュルンは皆を見回し、首を傾げた。

「えー? 私は純粋に可愛いなぁって思いましたけど」

「そりゃ顔形はそうかもしれねぇけど、男じゃあなぁ」

 なんか勿体ねぇ、とギルディオスが半笑いになると、ヘルマグナムは衣装に覆われた関節から蒸気を噴いた。

「なんでもいいから、とっとと戦わせろ! 相手が誰だろうが、俺の本気をぶちかましてやるぜ!」

「こうして会話をしている間にも時間は経過し、車庫では防犯装置が作動しているかと思う時が気ではないのだが」

 トゥエルブは平坦な口調ながらも、ウインカーを点滅させて抗議の意志を示した。

「どいつもこいつもぐだぐだうるっせぇんだよコンチクショウですぅっ!」

 ミイムは一秒と経たずに苛立って喚くと、マイクがハウリングを起こして甲高いノイズを発した。

「いいからとっとと戦いやがれですぅ! でないと話が進みゃしねぇんですぅ! この手の話はテンポが良くてナンボ なんですぅ! それを一人一人きっちり割りゼリフしやがってですぅ! 第一試合はトゥエルブVSカンタロス!」

 ミイムは銀色のスポーツカーと巨大なカブトムシを指し、サイコキネシスで両者を浮かび上がらせた。

「おわっ!?」

 予期せぬ出来事に戸惑ったカンタロスは羽を広げて羽ばたくが、未知の力、サイコキネシスには勝てなかった。

「ボディに傷が付かなければよいのだが」

 どこまでも冷静なトゥエルブは、車体を裏返されても全く動じなかった。

「どりゃああああっ!」

 ミイムは二人をバトルステージの中央に叩き付けると、胸を張って勝ち誇った。

「ここではボクがルールですぅ! 逆らう奴ぁ引き摺り下ろして細切れにしてやるぜですぅ!」

「…もう、この人が優勝でいいんじゃないっすか?」

 ほとほと困り果てた鋼太郎が比較的まともそうなマサヨシに顔を向けると、マサヨシは辟易していた。

「俺もそう思う」

 マサヨシの声色に、鋼太郎は一つ年上の先輩である村田正弘が頭を過ぎった。彼もまたフルサイボーグなので、 その声は紛れもなく機械合成音声なのだが、どことなく雰囲気が近いように思えた。マサヨシは正弘よりも遙かに年上で、 むしろ正弘の親のような年齢なのだが、正弘が被って仕方ない。それどころか、生身の正弘はこういう顔で体格に違いない とすら思った。あまりに凝視していたため、マサヨシが怪訝な目をしたので、鋼太郎は取り繕った。

「ああ、いえ、なんでもないっす。ただ、俺の先輩となんか似てるなーって思っただけっすから」

「へえ。そりゃ、一体どんな奴だ?」

 マサヨシに聞き返され、鋼太郎は答えた。

「俺と同じフルサイボーグなんすけど、うどんがとにかく好きで少女漫画が得意な先輩なんす」

「うどん以外の共通項はなさそうだな」

 マサヨシが愛想混じりの困り顔になったので、鋼太郎は後頭部を押さえた。

「なんか、すんません…」

「私はあなたと戦うことになるんですか。やっぱり、その、魔法少女の方ですか?」

 ミラキュルンはヘルマグナムを見上げ、彼が纏っているフリフリでヒラヒラな衣装を指した。

「断じて違ぁうっ! 俺は地球防衛組織アースに所属する戦闘員だぁあああっ!」

 ヘルマグナムは激昂し、右手に握っていた星の付いたステッキを力一杯地面に叩き付けた。

「わあっごめんなさいっ!」

 ミラキュルンは本気で驚いて飛び退き、半泣きになった。そんなミラキュルンを、インパルサーが庇った。

「ダメじゃないですか、女の子をいじめたりしちゃ。あなた、それでも男の子ですか」

「男の子だから魔法天使なんかやってられねぇんだよ! つうか、お前もこの衣装に疑問を持てよ!」

 ヘルマグナムは至極当然なことを喚き散らすと、北斗が真顔で言った。

「突っ込み待ちだとばかり思っていたのだ」

「うん」

 ギルディオスが同調すると、ヘルマグナムは渾身の力でステッキを踏み付けた。だが、壊れなかった。

「ええいくそぉっ、なんでもいいから早く俺を戦わせろぉーっ!」

 可愛らしい衣装を纏った戦闘ロボット、ヘルマグナムのあまりの切れっぷりに、ミラキュルンは本格的に怯え始めて しまった。バトルマスクの下ですんすんと泣き出したミラキュルンを、似通ったデザインのマスクフェイスであるインパルサーが 慰めていると、配色も相まって兄妹のように見える光景だった。

「とりあえず、落ち着こうや」

 ギルディオスがミラキュルンの肩をぽんぽんと叩くと、ミラキュルンはグローブで涙を拭った。

「ふあい…」

 俺は誰と戦うんだろうか、とびくびくしながら、鋼太郎が周囲を見渡すと、見慣れない軍服を着た三本足で一つ目の トカゲと目が合った。まさかあれじゃないだろうな、と不安に駆られてトーナメント表と他のメンバーを見比べていると、その トカゲが三本足を器用に動かして歩み寄ってきた。

「なっ、なんすか!?」

「お前が黒鉄鋼太郎か」

「あ、はい、そうっすけど」

「ならば、俺が対戦相手だ。ゲオルグ・ラ・ケル・タ一等宙尉だ」

 白い銃身のライフルを担いだ三本足で一つ目のトカゲは、レンズの填った義眼に鋼太郎を映してきた。右腕と左腕の 太さと色が違い、頭部も上半分が白い外装に覆われているので、相手もサイボーグだとは解ったがそんなものは何の気休め にもならなかった。ゲオルグは無表情に鋼太郎を見下ろしているが、それだけでも充分すぎるほどの威圧感があり、鋼太郎は 逃げ出したくなった。一刻も早く週刊少年漫画雑誌を読みたいし、家にも帰りたいし、百合子にもメールしたい。だが、これでは そのどれもが出来そうにない。腹を括って戦うべきだ、とは思ったものの、鋼太郎はボディが自衛隊仕様の軍用であるというだけで 中身は至って普通の中学生男子だ。そんな人間が、ライフルを担いだトカゲと戦って勝てるわけがない。ミラキュルンの気弱な 泣き声に釣られて泣きそうになった鋼太郎は、補助AIの記憶容量にひっそりと遺書めいた文章をしたためてしまった。
 せめて、生きて帰りたい。








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Photo by (c)Tomo.Yun




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