Metallic Guy




第十四話 恋心、乙女心



屋上から出っ張った、階段の入っている小さな建物。
その屋根に座るリボルバーは、インパルサーがするように空を見上げていた。
西日に照らされた街はぎらぎらしていて、でも寂しげにも見える。夕方だからだろう。
オレンジ色に焼かれた雲が空を漂っていて、時折弱い風が抜けていった。
うちのある側、住宅造成地の上辺りを、黒くて大きな機影が飛び回っていた。神田は、今日も訓練を続けている。
その巨大なアドバンサーから発せられるエンジン音が、低く聞こえている。現実味のない光景だ。


「ボルの助ー」

あたしはフェンスに寄り掛かり、人がまばらな校門周辺を見下ろした。
上の方から、気の抜けた返事がある。

「んあ?」

「鈴ちゃん、帰ったけど」

「ああ、そうだな」

あまり感情を感じさせない声だ。リボルバーの目線は、校門側に向いている。
赤くてがっしりした姿は、強い西日に照らされて影が伸びていた。色のせいもあるけど、夕焼けがよく似合う。

「もうちょいしたら、オレも戻るとするかね。そういうブルーコマンダーは」

「パルが来るまで」

「なーるほど」

リボルバーの長い銃身が、ごん、と校舎のコンクリートに当てられた。
彼はそのままあたしへ振り向き、にやりとした。

「それで。オレに言いてぇことがあるなら、さっさと言ってくれねぇか。まぁ、理由は大方解っちゃいるがよ」

あたしはフェンスに背を預け、リボルバーを見上げた。こうして眺めてみると、結構カッコ良いかもしれない。
両肩の巨大な弾倉から伸びた太い腕が、組まれる。銃身が、内側へ向く。
その姿を見つつ、あたしは彼の言葉に甘えて尋ねてみた。

「らしくないんだよねー。ここんとこの、ボルの助」

「ああ」

と、リボルバーは笑った。

「オレもそう思う。とことんオレらしくねぇよな、こういうの」

「でも、なんで鈴ちゃんが先輩好きだったこと知ってるの? 知ってなきゃ、わざわざ下駄箱から出さないでしょ?」

これだけが引っかかっていたのだ。
リボルバーは、遠くを見るようにする。

「一昨日だったかな…ガンダムマーカー探してたら、スズ姉さんの撮った写真を見つけたんだよ」

「それで?」

「ああ、そのな。その写真の中で、やけに杉山って先輩のが多いんだ。綺麗に撮られたのが、何枚も何枚も」

十枚中五枚の割合でよ、とリボルバーは続けた。そりゃ確かに多すぎる。

「スズ姉さんはこいつが気になってんのかなぁーとかオレが気になり出してきたところで、計ったみてぇに、タイミング良くあの手紙が下駄箱から出てきたんだ。その宛名を見た姉さんのツラぁ、普通じゃなくてよぅ。なーんか嬉しいようで困ったようで、とにかくただごとじゃねぇ感じだったんだ」

彼はその光景を思い出したのか、複雑そうに口元を曲げた。

「姉さんがそいつを好きなら、それはそれで仕方ねぇことだ。凄まじく悔しいがな」


「オレぁ、部下だからよ。上官の恋路を邪魔するわけにも、いかねぇだろ?」

真っ正面から突っ込んでいるだけだから、一見すると苦もなさそうに見える恋だけど、実情はそうでもないようだ。
部下だから、というのは自分に対する言い訳だろう。そうでも言わないと、耐えられないに違いない。
感情のままに動くことが大好きなリボルバーがここまで自分を押さえ込む理由としては、やはり忠誠心だろう。
恩がある鈴音に迷惑を掛けてはならない、とも思っているに違いない。本当に、ボルの助らしくないけど。
あたしは、素でこんな言葉が出てしまった。

「大変だね、ボルの助」

「ああ、今までのどんな戦いよりもな。そろそろ、あれを使っちまうべきかねぇ」

「愛してるを?」

そう言うと、リボルバーは頷く。
おもむろに立ち上がると、力強く拳を突き出した。

「おうよ!」

「でもそういうのってさ、大事な場面で使うもんじゃないの?」

すると、リボルバーはあたしの前に飛び降りた。膝を伸ばし、あたしを見下ろす。
胸元を叩き、ぐいっと親指を装甲に当てる。ライムイエローの鋭い目が、細まっていた。

「オレにとっちゃ、スズ姉さんといる時間はいつだって大事だぜ? なんせ、底から惚れた相手だからな」

「そか」

「おう。まぁ、ブルーコマンダーには解らねぇだろうがよ」

と、リボルバーはどこか楽しげに笑った。それ、かなり失礼じゃないのか。
あたしは言い返そうとしたけど、階段の手前に立っているインパルサーに気付いた。じっとりと、こちらを見ている。
また、何か誤解していないか。ていうか、なんでいちいちこういう状況で妬くのさ。
インパルサーは大股に歩いてきて、ずいっとあたしとリボルバーの間に入ってから、くるりと兄を見上げた。
文句を言いたげなインパルサーの頭をぐっと押しながら、リボルバーは呆れたような顔をする。

「てめぇ、いらねぇ心配するんじゃねぇよ。大体なぁ」

「してませんよ」

「じゃあなんで、わざわざ間に入るのかねぇ」

「それは、その」

答えに詰まってしまったインパルサーは、もう一度ぐいっとリボルバーを突き放した。やりすぎだ。
多少よろけて後退ってから、リボルバーはやりづらそうに息を吐いた。ごめんよ、ボルの助。
インパルサーはあたしと自分の通学カバンを腕に引っかけて、ひょいっとあたしを抱え上げる。いきなり何を。
少し浮かんで上からリボルバーを見、パルは声を上げた。

「とにかく! その、紛らわしいこと言ったりしないで下さいね!」

「無理言うなよ」

「しないで下さいね!」

「いや、だからよ」

あー、とか唸りながら、リボルバーは目元を押さえる。
あたしはインパルサーの顔をぐいっと逸らす。いい加減にしろ。

「パル、帰るよ。ボルの助困ってるじゃん。ていうか、今更何考えてんの」

「え、あ…えと、それでは」

と、インパルサーは軽く頭を下げてから飛び出した。その方向は、うちだ。
屋上に取り残されたリボルバーは、おう、と片手を挙げてあたし達を見送った後、自分も屋上から飛び出した。
だけどその赤い巨体が進んだ方向は、鈴音の家がある方向ではなかった。どこへ行くつもりだろうか。
あたしはリボルバーの心境を考え、そうしてしまうのは仕方ないと思った。と、同時に。
鈴音は、こんなリボルバーをどう思っているのだろうか。




あたしはリビングのソファーに座り、なんとなくキッチンの方を見上げた。
ダイニングカウンターの向こうで、インパルサーは何かしていた。お菓子でも作るつもりのようだ。
すっかり手際が良くなっていて、慣れたものだ。何が出来るにせよ、楽しみだ。
クラッシャーがテレビの前でうとうとしていて、空中に漂っていた。時折、くるんと前転する。
あたしは少し読んだ文庫本に栞を挟み、インパルサーを見上げる。すると、パルはあたしに気付いた。

「なんでしょうか」

「パル、今度は何が出来るの?」

「黄桃の缶詰を見つけたので、それでタルトでもと思いまして」

「いいねぇ」

「今日はタルトの方だけです。カスタードクリームは明日作って入れますから、出来るのは明日ですね」

薄手のゴム手袋に包まれた指先が、銀色の小さな型を持ち上げる。その中には、クッキー生地が張り付いている。
インパルサーはそれを黒くて四角い盆に並べつつ、顔を上げた。

「由佳さん、カスタードクリーム好きでしたよね?」

「パルの作ったお菓子ならなんだって」

あたしは、本気でそう言っていた。だって、どれもこれもおいしいじゃないか。
インパルサーは嬉しそうに笑い、薄力粉で汚れた指先で頬を掻いた。マリンブルーのマスクに、白く粉が付く。
彼は余熱の済んだオーブンレンジを開いて、黒い盆をその中に入れ、オーブンレンジを閉じた。
スタートボタンを押してから、インパルサーは軽く両手を水で流して、ふきんで拭く。

「ありがとうございます」

そのゴーグルの色は、ライトグリーンになっている。
優しげな淡い色合いの彼のゴーグルへ、あたしは笑った。

「本当のことだし」



「ねぇ」

オーブンを覗き込むインパルサーの後ろ姿に、尋ねてみた。
なんとなく、こんなことを思ってしまった。

「パルってさ、人間になりたいみたいなこと、思ったことある?」

「ありますよ」

即答して、インパルサーはあたしの隣へやってきた。マスクに付いた粉をぐいぐい擦って、落とす。
落としてからきっちり正座して、ソファーに座るあたしを見上げる。ゴーグルが、蛍光灯の光を反射した。
レモンイエローに戻ったその奥で、少しだけサフランイエローが強くなる。

「何度も思いました。僕が有機生命体であったなら、この体から冷たさが消えてくれるだろうと」

膝の上に置いたインパルサーの手が、ぎしりと握られた。
もう一方の手が広げられ、彼はそれをじっと見つめる。

「大量に武器を仕込まれた重々しい機械の体を捨てて、人になりたいとも。ですけど」

パルの声は、ちょっと明るくなった。
軽く握った拳を、こん、と胸板に当てる。

「この体だからこそ、由佳さんを守れるならそれでもいいかな、と近頃は思います」


その言葉に、あたしはちょっと切なくなった。なんだよ、もう。
つやりとした滑らかな装甲に包まれたマスクフェイスが、じっとあたしを見つめている。
彼に守られるのは、悪くないかもしれない。あたしはそう思い、頷いた。

「お願いね」

「了解しました」

いつになく落ち着いた声で、インパルサーは敬礼した。
ぴんと伸ばされた指先が、丸っこいヘルメット状の頭部に添えられる。

「どんな性能のマシンがどれだけ来ようとも、必ず僕は由佳さんを守り抜いてみせます」

「ちょっと大袈裟じゃない?」

と、あたしはつい笑ってしまった。マスターコマンダーは動けないのに、まさか危機が訪れるわけでもあるまい。
でもインパルサーはそのままで、敬礼した手を降ろさなかった。
しばらくすると、クラッシャーが目を覚ましたのか、ぐいっと背筋を伸ばしている。大きなブースターも少し伸びる。
クー子はくわぁと大きく欠伸をしてから、あたしとインパルサーを見下ろした。

「来なきゃ良いね、インパルサー兄さん」

「ええ。本当にそうですね」

インパルサーは頷き、立ち上がった。
リビングの窓へ顔を向け、しゃっとカーテンを開いた。
するとそこには、リボルバーが芝生の上に立っている。腕を組んで怖い顔をして、パルを見据えた。
彼はぐいっと顎で外を示した。何のつもりだろう。
パルはエプロンを外し、畳む。それをあたしに渡しながら、オーブンを指した。

「焼けたら取り出して下さい。焦げちゃったらいけないので」

「あ、ちょっと」

「すぐに戻ります。ちょっと、フレイムリボルバーに付き合ってくるだけですから」

と、インパルサーは軽く手を振り、窓を開けた。
リボルバーは何も言わずに、上空へ飛び上がっていった。パルもそれを追う。
直後、空中で激しく金属のぶつかり合う音が響いた。薄暗い中に、火花が散る。
拳や蹴りを突き合わせながら、どんどん二人の高度は上がっていって、見えなくなってしまった。
あたしがぼんやりと夜空を見上げていると、後ろにクラッシャーがやってきた。
大事そうにメガブラストを抱き締めながら、困ったように呟く。

「インパルサー兄さんも、大変だなぁ」

「ていうか、なんでいきなり二人で戦ってんの?」

「リボルバー兄さんてね、ストレス溜まると戦いたがるの。決まって、相手はインパルサー兄さんなんだけどね」

クラッシャーの片手が、きゅっとあたしのスカートの裾を掴んだ。

「リボルバー兄さんをまともに相手に出来るのは、インパルサー兄さんだけだから」


夜空を切り裂くように、青い姿が赤に突っ込む。赤が、それを蹴り飛ばす。
銃は撃たないものの、それでも充分激しい戦いが繰り広げられている。リボルバー、そんなに溜まってたのか。
リボルバーの声で荒い言葉が叫ばれ、一際強い打撃音が響く。パル、大丈夫かな。
住宅街の屋根すれすれを、二人の戦士の影が駆け抜けていた。

結局、二人の戦いは、タルト生地が焼き終わるまで続いた。
うちの庭に戻ってきた二人の姿は、どちらも目立った傷はなかったが、それでもダメージを受けている。
どちらにも細い傷が走り、滑らかだった色鮮やかな塗装が削れている。あんたら、やりすぎだ。
リボルバーの様々な感情を一身に受けたインパルサーは、疲れたのか、すとんとリビングの窓際に座り込んだ。
庭の真ん中で、リボルバーは立ち尽くしていた。あらぬ方向を見、申し訳なさそうに呟く。

「ちぃと殴りすぎたか…悪かったな、ソニックインパルサー」

「そんなに言いたいなら、言えばいいじゃないですか」

「何が」

まだ苛ついた様子で、リボルバーはインパルサーを見下ろした。
息が上がっているのか肩を上下させながら、インパルサーはリボルバーを指す。

「あの命令を解除して頂くように、鈴音さんに」

「パルス読みやがったな、シャドウイレイザーみてぇなことしやがって…。そんなわけにいかねぇ、オレは!」

「逆らうわけにいかないんですよね、鈴音さんに。どうしてこう、変なところだけ融通が利かないんでしょう。それに僕はシンキングパルスを読んでませんし、読まなくても、それくらい解りますよ。僕が何年、あなたの弟をやっていると思ってるんですか?」

困った兄さんです、と言いながらパルは立ち上がった。

「やっぱりどこか故障してませんか、フレイムリボルバー?」

「してねぇよ。なんでそうなるんだよ」

「そう思えるくらい、変だってことです。ここまであなたが自分を押さえ込んでいるのって、かなり気色悪いですから」

と、インパルサーはさらりと言った。それ、かなりひどいぞ。
気色悪いと言われたリボルバーは腕を組み、どっかりと庭に座り込んだ。
クラッシャーは彼の上にするりと移動してうさぎのメガブラストを差し出すと、ぱたぱたと前足を動かす。

「ぶっちゃけ有り得なーい」

「そこまで言うかよ、ヘビークラッシャー…」

げんなりしたように、リボルバーは変な顔になる。
クラッシャーはメガブラストを下ろし、こっくりと頷く。

「うん」

タルトのことを思い出したのか、インパルサーは急いでダイニングキッチンに駆け込み、オーブンレンジを開ける。
盆を取り出して焦げていないか確かめて、安堵したように息を吐いた。焼けたタルトを、皿に出していく。
彼がそれを丁寧に並べていると、ふわりと優しいバターの匂いが漂ってきた。ああ、これだけでもおいしそう。
あたしが座り込んだままふてくされているリボルバーを見下ろすと、ボルの助は顔を上げた。

「パルも結構口が悪いよね。あんたのせい?」

「知るか。大体、あいつぁ元々ああなんだよ」

「しっかし相変わらず不器用だよねぇ。なんでまた、パルと戦う必要なんてあるのよ。訳解んない」

「クセみてぇなもんだからな。生憎、オレはこれしか知らねぇんだよ、気の晴れる方法を」

戦ったせいで熱が籠もっているのか、リボルバーの周囲は少し温度が高い。
多少色の強まったライムイエローの目を伏せ、ぎしりと背を丸める。

「だーが…今度ばかりは、そうも行かねぇみてぇだな。まーだなんかじりじりしやがる」

「すっきりしてないってことか」

「残念ながらな。普通は百も殴れば整理が付くんだが、さっぱりだ」

と、リボルバーは後頭部をがしがしと掻きむしりながら呟いた。それじゃ、パルは殴られ損ではないか。
キッチンの方で、うぇっ、と素っ頓狂な声が上がった。インパルサーがのけぞり、嫌そうに肩を竦めている。
あたしは困ったように表情を歪めるリボルバーに、ふと言ってみた。

「んじゃあ、ボルの助は納得してないんだ」

「何にだよ」

「鈴ちゃんから身を引いて、鈴ちゃんの恋を応援することに。要するにそれでしょ?」

あたしは、リボルバーを真正面から指した。もう、そうとしか思えない。
面食らったようにリボルバーは目を丸めていたが、顎に手を添え、唸る。
しばらくあらぬ方向を睨んでいたが、唐突に笑い出した。肩を震わせて背を丸め、大笑いする。

「うはははははははははぁ!」

散々笑って冷却水が漏れてきたのか、目元を乱暴に擦っている。
やっと笑いが納まったリボルバーはあたしを見上げると、ぐっと片手の親指を立てた。

「かもしれねぇな。やっぱり、ガラじゃねぇことはするもんじゃねぇや。だがなんで解った、ブルーコマンダー?」

「解り易すぎるんだもん、リボルバー兄さんて。おねーさんじゃなくても解るよ」

あたしの後ろから、クラッシャーがまだ少し笑っているリボルバーを覗き込む。

「で、これからどうするの? まだ、らしくないこと続ける気だったりするの?」


笑うのを止め、リボルバーは立ち上がった。
どん、と両足を広げて胸を反らし、にかっとやたら威勢の良さそうな笑顔になる。
そして胸を張り、片手を広げてその手に力強く拳を打ち込んだ。

「いいや。どうせオレには器用なことなんて出来ねぇみてぇだから、ここで大幅に作戦を変更しようじゃねぇか」

ライムイエローの目の光が、強まった。ていうか、作戦なんてあったのか。
あたしは立ち上がり、リボルバーを制止する。作戦と聞いて、悪い予感が過ぎったのだ。

「杉山先輩に戦い挑んじゃダメだからね、それだけは!」

「解ってるさ、そのくれぇ。ブルーコマンダー、ソニックインパルサーの心配性が移ったのか?」

「そういうわけじゃないけどさ、でも一応」

「肝心な言葉を使わずとも、いかにオレがスズ姉さんに惚れ込んでるか示す方法があるみてぇだからよ」

今までになく、リボルバーは自信ありげな表情になる。

「ま、そいつをやるだけさ。んじゃな、オレぁ帰るわ」

「ばいばーい」

背を向けて飛び立ったリボルバーに、クラッシャーがメガブラストと一緒に手を振る。
いかつい赤い姿が、ぎゅんと空に昇り、あっという間に消えていった。
インパルサーはあたし達の後ろから夜空を見上げていたが、ぴしゃんと窓を締めた。ちょっと冷えてきたからだ。
ついでにレースカーテンを引いてから、パルは首をかしげる。

「方法って、なんでしょうか」

あたしも、それは解らなかった。ボルの助、あんたは一体何を考えているんだ。
すると、いつのまにか二階から降りてきた涼平が、訝しげにリビングを覗き込んでいた。宿題をしていたらしい。
何を思ったのか、クラッシャーはメガブラストを人形劇の如く動かしながら、涼平へ事の顛末を説明し始めた。
即興のぬいぐるみ人形劇が終わってから、涼平が慌てふためいたのは言うまでもない。
何せ、憧れの鈴音の一大事なのだから。




翌日。
あたしがインパルサーと共に教室に入ると、そこはいつにも増して騒がしかった。
後から入ってきた神田は、窓に寄り掛かって項垂れている鈴音を見、妙な顔をした。
それとは対照的に、リボルバーはとにかく上機嫌に笑っていて、あたし達へ片手を挙げる。

「よう!」

「由佳、由佳、由佳ぁーん!」

凄い勢いで飛び出してきたやよいが、あたしに飛び付いた。
その重みでよろけ、あたしはインパルサーにぶつかった。何をするんだ。
やよいは興奮に頬を紅潮させながら、両手を組んで声を上げた。

「なんていうの、こういうのって青春だよね、ロマンだよねぇー!」

主語が見当たらない。あたしが訳も解らずにいると、黒板の前にいたマリーが振り向いた。
彼女はあたし達に、ごきげんよう、と挨拶してから、苦笑する。
口元に手を添えて表情を整えてから、身を乗り出して声を潜める。

「フレイムリボルバーって、どこまでも過激なマシンソルジャーですわね」

「いや、だからボルの助が何をしたの?」

さっぱり事情が掴めない。するとマリーはくいっと手招きしたので、あたしは身を屈める。
マリーはあたしの耳元に口を寄せ、囁いた。

「彼」



「鈴音さんに、口付けましたの」



マリーが身を引いて、しばらくしてからやっとその意味を理解した。
それは後ろの男二人も同様だったようで、おずおずと顔を見合わせている。
あたしは呆然としていたが、ようやく言葉が出てきた。それは、三人とも同時だった。

「マジ!?」

「ですか!?」

と、インパルサーの絶叫が続いた。敬語の分だけ、余ってしまったようだ。
マリーは気恥ずかしげに、頷く。その隣で、やよいがまだときめいている。
こういうのも悪くないかも、とか、もうこれは愛よね、とかなんとか繰り返している。
それを横目に、マリーはあたしを見上げて小さな肩を竦める。

「鈴音さん、逆らう間もなくされてしまいましたわ。前置きも何もない、本当に不意打ちでしたの」

「だろうねぇ…」

そうだと思った。あの鈴ちゃんが、そうそう簡単にされてしまうわけがない。それにしたって、強引な。
窓際でぐったりとしている鈴音の背を、ばらけた黒髪が覆っている。
リボルバーはしてやったりとでも言いたげな表情で、机に両足を乗せて組んでいる。椅子が倒れそうだ。
あたしを後ろから見下ろし、インパルサーは呟いた。

「方法って、これだったんですね。それにしたって、極端すぎますよ」


あたしは自分の机に通学カバンを置いてから、覇気のない鈴音に近付いた。大丈夫なんだろうか。
顔を上げない。ちょっと屈み込んで覗き込むと、やっと振り向いた。
多少乱れた髪を整えてから、鈴音は次第に怒りが込み上げてきたのか、声を張り上げた。

「ボルの助ぇっ!」

いきり立った甲高い声が、教室に響く。鈴音らしからぬ、感情的なものだ。
そのせいで、他の生徒達が一斉に振り返った。が、彼女はそれを気にしない。
机をずらして大股に歩き、リボルバーの横に立った。リボルバーはにやりとし、顎に手を添える。

「言うなとは命令された。だが、するなとは命令されちゃいねぇぜ」

「何よその屁理屈!」

「言って解らなきゃあ、行動して示すまでだ。戦士の基本だ」

「だからって、ここでまですることないでしょーがぁっ!」

真っ赤になりながら、鈴音はリボルバーの机を殴った。ここでまで、とはどういうことだろう。
あたしは鈴音を見、とりあえず尋ねてみた。

「鈴ちゃん。それ…どういうこと?」

「聞いてよ」

泣きたそうに口元を曲げながら、鈴音は振り向いた。美人の取り乱した姿は、結構可愛い。
また乱れた前髪をなでつけて整えてから、彼女は呟いた。

「起き覚めに一回、うちを出る前にまた一回、で…教室で。合計三回」

「嘘ぉ!」

「嘘じゃないわよ。おかげで、いちいちリップ直すの面倒で仕方ないんだから」

はあ、と深く鈴音はため息を吐いた。本当に大変だね、鈴ちゃん。
呆れたような感心したような顔で、神田はリボルバーを眺める。

「積極的というか、なんというかだな」

「これは作戦と言うよりも、むしろ特攻ですよ」

と、インパルサーが頬を掻く。うん、あたしもそう思う。


「私の初めてを返せぇ!」

途中からまた怒りが戻ったのか、鈴音はリボルバーに詰め寄る。
リボルバーは机に脚を投げ出したまま、鈴音を見上げて軽く首を横に振る。

「そういうもんは返せねぇ、って、前に姉さんが教えてくれただろ」

「だからって、ホントにあんたはもう!」

「馬鹿な部下か?」

「そりゃ馬鹿よ、とんでもない馬鹿よ! どうしようもないくらい激烈な馬鹿よ!」

「じゃあ、これはその馬鹿のついでだ」

急に神妙な顔になり、リボルバーは机から足を降ろし、立ち上がった。
きっちりと背筋を伸ばしたため、体格の大きさが示される。
その前で、鈴音はちょっとたじろいだようだったが、すぐに表情を戻す。
リボルバーはがしりと握った拳を、高々と突き出した。



「永遠の忠誠を捧ぐ我がコマンダー、高宮鈴音嬢へ、戦士・レッドフレイムリボルバーはここに誓う!」

一際強く、リボルバーは叫んだ。


「オレはこの銀河の、大宇宙の誰よりも!」




「姉さんを愛してるぜぇっ!」




びりびりと、ガラスが揺れた気がした。
宣言を終えたリボルバーは、満足げに頷いていた。
鈴音は唇を半開きにして、ぽかんと突っ立っていた。
あたしはどうすることも出来ず、アンテナを引っ込めて耳元を押さえているインパルサーへ顔を向けた。
彼は両手を外してから、はぁ、と肩を落とした。あたしもそんな心境だ。
軽い足音と共に近付いてきたマリーは頬に手を当て、妙な静寂に包まれた教室の中で、呟いた。



「凄まじいですわね」







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