Metallic Guy




第一話 はじめまして、こんにちは



リビングのフローリングの上に、彼はちょこんと座っていた。
ちょこん、というにはちょいと大きさがありすぎるけど、実際そんな印象を受ける。
大きな肩幅と翼を出来る限り縮めて、両足をきっちり揃えて、ブルーソニックインパルサーは正座していた。
南側の大きな窓から入る日光が、インパルサーを左側から照らしている。
なんとなく、あたしは無言になっていた。喉が渇いていた、ということもある。
さっき作ったばかりで生温いアイスカフェオレを少し飲むと、やっと、何か言えた。


「インパルサー」


「はい」

背筋を伸ばし、はっきりと返事をした。礼儀正しすぎて、こっちが恐縮してしまいそうになる。
彼は、ソファーに座っているために少し上の位置にいるあたしを見上げる。
あんまり暑いから今日はミニスカートを着ているのだが、その位置ではあたしのパンツは見えるのだろうか。
いや、見えたところで何も思わないに違いない。もう気にしないことにしよう。
肩より少し長いあたしの髪は首の後ろで二つに分けて結んであり、前髪もヘアピンでまとめておいた。
暑い日はこうやると風通しが良く、それ程暑くない。ああ、これでシャワーを浴びていれば。
そんなことを考えていると、インパルサーがもう一度あたしに尋ねた。

「なんでしょうか」


「なんで、床に座ってるの?」

「それ、耐久力なさそうなのでうっかり潰してしまう気がしてまして。僕は高速飛行のために軽量に作られたタイプのヒューマニックマシンソルジャーとはいえ、それなりに重量がありますから」

「ロボットだもんねぇ。中身の重さがあるってこと?」

「そういうことになります。僕は先程申し上げた通り機動力を重視されて設計されていますが、戦闘能力もそれなりにありますので」

少し元気を取り戻したらしく、ちょっとだけ言い方が自慢気だった。

「武装の重さもあります。あ、でもそれは後で外しておきますね」

「外せるんだ」

あたしの隣で、コーラをがばがば飲んでいた涼平がコップから顔を出した。
インパルサーは頷き、涼平へレモンイエローの目を向けた。

「ええ。といっても、大型武装だけですが」

インパルサーは立ち上がると、片腕を上げて何かを落とした。
それがフローリングの上に転がる前にキャッチすると、またもう一つ、もう一つ、と背中のブースターが入っている場所からどっさり出してくる。

「オートチェイスミサイルランチャーとか、ロングビームスラッシャーとか、ヒートブラストキャノンとか、ハイクラスターバルカンとか。ここでは使うこともなさそうなので」

次から次へと出てくる武器を乗せた片手を、テーブルの上に降ろした。
がちゃがちゃとやかましくテーブルの上に転がされたそれらは、先程の物騒な名前の武器らしい。
四角くて大きめの一番でっかいのが、たぶんミサイルランチャーなのだ。何本かある細い空き缶みたいなのがビームスラッシャーだと思ったけど、どれが何か聞く気は起きなかった。
どれが何か解ったら、今でもちょっと怖いのにもっと怖くなってしまうからだ。
武器の山に手を出そうとした涼平の襟首を引っ掴んで座らせ、あたしはインパルサーを見上げた。

「あんた、結構危ないのね」

「いえ、ご心配なく。これらを発動させられる分のエネルギーはもうありませんし、炸薬の類の信管は、安全のために装填しなければ接続されない仕組みになっていますから」

「もうないってことは、戦ってきたのか!」

さも面白そうに、涼平が身を乗り出した。
インパルサーは、またさっきと同じ位置にきっちり正座してから答えた。いちいち律義だ。

「ええ。僕が由佳さんの部屋へ落下したのは、交戦中の衝撃で軌道を外れてしまったせいなので」


ごお、とうちの隣の道をダンプトラックが通っていった。
排気混じりの空気が、窓の隙間から流れてくる。
あたしはやっと氷が溶けて、アイスらしく冷たくなったアイスカフェオレを半分くらい飲む。
甘いそれがお腹の中に落ち着いた頃、インパルサーを見下ろした。
やっぱりそこは、パンツが見えると思う。

「で、これどうするの」

「どうする、と言いますと?」

「処分しようにも、これ全部武器でしょ? 粗大ゴミの日は昨日だったし、しばらくはないわよ」

「こういったものをソルジャープラント以外の場所で処分する時には、地中に埋めて錆びるのを待ちますが…」

「何年掛かるの?」

「そうですねぇ…埋めて錆が生じるまで設計上は五十年、完全に形を失うまでは二千年くらいは」

「気ぃ長ー…でも、そんなもの埋めたりしたらマジでやばくない?」

「そう、ですか」

んー、と悩むように彼は腕を組んだ。
そして思い付いたように、顔を上げる。

「ハードシップクラスのメガクラッシャーか、モルアナライザーは」

「そんなもん、ないと思うわ。それにこの武器、きっと戦車が踏んでも壊れないと思うし」

「センシャ?」

「でっかい軍事兵器さ。十トンくらいの重さがあるんだ」

と、涼平が空になったコップをテーブルへ置いた。
テーブルのコーラのペットボトルが、半分くらいになっている。飲み過ぎだ、お前は。
インパルサーは困ったように、肩を落とした。肩の翼も一緒にへたれている。これは気落ちしたときの癖らしい。

「十トン…七百ウェイトもないですね。それでは確かに無理です、これらの武器の耐久力は二万ウェイトですから」


「…桁、増えすぎ」

あたしは、どこぞの漫画のような桁の増え方に呆れてしまった。自分の想像を遥かに超えていた桁数に、だ。
なんでもかんでも、強くすればいいというもんじゃないだろうに。
そのウェイトの基準は解らないけど、とにかく重そうなことは確かだ。
この武器を処分するには相当な手間が掛かりそうなことも確かなので、この件は後回しになりそうだ。
ふと、あたしはダイニングキッチンのカウンターに乗せてある置き時計を見た。
楕円形の文字盤の上で短針が、かちり、と動いた。インパルサーに構っていたら、もう十二時を過ぎていた。
そういえばお腹が空いている。カフェオレのカフェインが、ちょっとだけ胃にキリッと来る。
夏休みに入ってからはいつものことだけど、朝起きるのが遅いから朝も昼も一緒になってしまう。
多少空腹のせいで多少苛つきながら、あたしはこの状況を作った彼を見た。
マスクフェイスなので表情が今ひとつ良くは解らないけど、あれだけ落ち込んだのにもう元気になっているらしく、肩の位置が戻っている。
現金な奴め、と思いながら、あたしはちょっと考えていたことを実行に移した。

「インパルサー」

「はい」

「あんたの名前、長い」

「そうですか? これでも型番とか省略してるんですけど」

「だから略していい?」

「別に、僕は構いませんが…」

インパルサーは戸惑い気味のようで、はっきりと言わなかった。きっと、彼と彼の仲間は名前を省略しないのだ。
あたしはインパルサーを指し、宣言した。

「パル」


「パル?」

涼平が、思いっきり面白くなさそうな顔をした。

「イヌみてぇ。せっかくカッコ良いのに、姉ちゃん趣味良くねぇなぁ」

「ちゃんと呼ぶと長いの。それに、いいじゃないこっちの方が呼びやすくて」

あたしはインパルサーを指したまま立ち上がり、もう一度言った。

「構わないんだったら、いいわよね? パル」




「パル」

また、隣の道を車が通った。
一瞬の影が二、三回続いて、インパルサーの青が少しだけ陰る。
彼は、今までとはちょっとだけ違う声を出した。低めの、いかにも戦士っぽい声だ。
だがすぐに、インパルサーは凄く嬉しそうに頷いた。

「はい、了解しました」




すると。

車が、車庫に入る音がした。
エンジン音が弱くなって、止まる。
しばらくしないうちに玄関が開き、廊下に足音がした。
あたしが立ち上がる前に、涼平が走っていった。おかえり、とやたらに元気良く言っている。

インパルサーも立ち上がろうとしたけど、あたしはそれを押し止めた。
すぐにリビングへその足音がやってきて、止まった。
そして、どさっと買い物袋が床に落ちて、こぼれたオレンジがごろごろと床を転がり、インパルサーに当たる。
あたしはそのオレンジを手早く拾うと、無理矢理笑って立ち上がった。

「お帰りなさーい…」


水色のサマーセーターとスラックス姿の母さんは、大きく目を見開いていた。
その目線がインパルサーに向かっていて、彼を舐めるように上から下まで眺めている。
思い出したようにあたしと涼平を見て、そしてまたインパルサーに戻った。
うん、最初はそうだよ母さん。あたしもそうでした。
母さんは少し呆然としていたが、ようやく口を開いた。

「そちらの方、どなた?」



「お初にお目に掛かります」

立ち上がり、インパルサーはすぱっと綺麗に敬礼を決めた。
胸を張って片手をぴしっと降ろし、名乗った。

「コズミックレジスタンス・第二攻撃隊所属のヒューマニックマシンソルジャー、ブルーソニックインパルサーです」



「どうも」

何を思ったのか、母さんは礼をした。
するとインパルサーもそれに釣られたのか、敬礼したまま礼をする。
母さんの後ろにいた涼平は顔を出し、言った。

「宇宙から来たんだってさ」

「みたい、ねえ」

戸惑いを隠せない様子で、母さんは頬に手を当てた。
そしてあたしを見、変な顔をした。

「彼氏にしては、ごっついわね」


「ちーがうってば、もう」

あたしは思わず反論してしまった。大体、彼氏にするならもっと頼りがいのある男がいい。
母さんはゆっくりとインパルサーに歩み寄り、色々と眺め始めた。
顔を上げた彼は、観察されるがままになっている。
あたしはその様子を見ていると、母さんはおもむろにインパルサーの肩の羽根を引っ張った。
するとそれは少し揺らいだかと思うと、すぽーんと。

外れた。

思わず、あたしは涼平と顔を見合わせた。
外した張本人の母さんは、青い羽根を持ったまま、あら、とだけ言った。


一番驚いたのは、当然インパルサーだった。
おろおろとしながら、あたしに近寄って泣きそうな声を出した。

「どうしましょ、どうしましょ!」

「いや、あたしに言われても…」

「由佳さあん…」

絶対泣いている。そんな声が出ている。
そしてインパルサーは膝から崩れ落ち、肩を上下させて俯いた。めちゃめちゃ女々しい。
その片方にあるはずの羽根がないのだから、カッコ悪いことこの上ない。
あたしは仕方なしにしゃがみ込み、その顔を覗き込んだ。
ゴーグルのレモンイエローは弱くなっていて、むしろ白い。感情で変わるのか、この色は。
ゴーグルの端からぼたぼたと落ちている涙みたいなものは、冷却水なのだろう。全く、この男は。
本当に泣くとは。


「なっさけない…」

あたしは首を振りながら、そのヘルメットみたいな頭を小突いた。

「パル、あんた有り得ない情けなさなんだけど」



「瞬間接着剤、持ってくる?」

ずっと泣いているインパルサーを見、涼平が言った。
あたしは、深く頷いた。
涼平はびしっとあたしに敬礼すると、廊下をばたばたと走っていった。早速真似しているな、弟よ。
母さんは手に持っていた青い三角定規みたいなインパルサーの羽根を、彼に渡す。
それを受け取ったインパルサーは肩を震わせながら、ますます泣いた。良く泣くなぁ、こいつ。
さっきの男らしい口調と、ほんの一瞬だったけど戦士っぽい態度はなんだったのだ。
母さんはインパルサーを軽く撫でながら、あたしへ笑った。

「子供みたいね、この人」

「ロボットよ」

「どっちでもいいじゃない。人間みたいなんだから」

そう言いながら、母さんはハンカチを出してインパルサーのマスクの上を伝っている涙を拭いていた。
本気で子供相手の仕草で、母さんはインパルサーに謝った。

「ごめんなさいね、まさか取れちゃうとは思ってなかったの。痛かった?」

「いえ…」

しゃくり上げながら、彼は母さんへ向き直る。

「痛くは、ありません。落下の衝撃で接続が緩くなっていたみたいで、その…驚いちゃったんです」


「そう」

母さんは安心させるように笑い、インパルサーを撫でた。

「なら、もう泣かないわね。良い子だから」



「…はい」

頷き、インパルサーは気恥ずかしげに頬を掻いた。良い子と言われて、それでいいのか。戦士として。
その様子に、あたしはつい言ってしまった。

「パル、あんたマジで戦士なの?」

「戦士ですよ。ヒューマニックマシンソルジャーは、戦うために生まれたものですし、僕はずっと戦ってきました」

「それっぽくなーい。だって、あれくらいのことで泣く? フツー…」

「泣きますよ」

声が小さくなる。
俯いて、彼はあたしから目を逸らした。その色は、レモンイエローに戻っている。

「…驚いたんですから」


こつん、とあたしの拳がまた彼の頭部を突いていた。こいつは、どうにも叩きたくなってしまうのだ。
そのヘルメットみたいな堅さを感じながら、あたしは深くため息を吐く。
きょとんとした様子でこちらを見るインパルサーに、言ってやった。


「なぁっさけなぁーい」



「…何度も何度も言わないで下さい、由佳さん」

むくれているらしい。ますます子供っぽい。
口があれば、きっとその唇は尖っているのだろう。

「僕だって、それくらい気にします!」




すると、エプロンを付けた母さんがダイニングキッチンから顔を出した。
リビングの入り口辺りに座るあたし達と、リビングのテーブルを見比べている。
そして、あたしが足下に置いたオレンジを拾い、テーブルを指した。

「テーブルの上、片付けておいてね。お昼が食べられないじゃない」

「あれ、あたしんじゃないよ」

「それでも片付けるの。邪魔だから」

早くしてね、と母さんは言い残し、ダイニングキッチンへ引っ込んでしまった。
やれやれなことになった。
あれは本当にあたしのモノじゃないし、使ったことも見たこともない武器の山にはあんまり触りたくはない。
するとインパルサーはさっさと立ち上がって、がしゃがしゃと武器を抱えている。
そして何を思ったか、庭に面した大きな窓に手を当てた。
あたしは彼の隣に立ち、困ったようにこちらを見下ろすインパルサーへ尋ねた。

「庭に出て、どうするの?」


「埋めようかと」

「うちの庭に?」

「地面の水分と微生物に侵食されて腐食されますから、二千年程経ったらただの錆の固まりに…」

「ここはあたしのうちなの。勝手なことしないの!」

と、あたしはインパルサーへ詰め寄った。
彼はちょっと身を引く。
そんな彼の顔を指しながら、声を上げた。

「それはあんたが責任持ってばらす! バラッバラにばらしたら、今度の粗大ゴミの日に出す! はい、決定!」


こっくり、とインパルサーは頷く。
そして手に持っていた武器の山をフローリングの上に降ろし、ぱしっとまた敬礼した。

「了解しました」


銀色の武器の山が、昼間の日差しでぎらぎらしている。
インパルサーの青も映り込んでいるその中に、唯一色があった。
尖った青い三角定規。そう、インパルサーの肩の羽根だ。あたしはそれを引っ張り出し、ぷらぷらさせた。

「パル、これも捨てる気?」

ぽいっと投げると、わぁ、と一声叫んで彼は慌てて受け取った。
自分で持っていたことを忘れて、武器の山に紛れさせてしまったらしい。
やっぱりこいつは戦士なんかじゃない、ただのお間抜けなロボット君だ。名前はカッコ良いけど。


「パル」

「なんです、由佳さん」



「あんた、馬鹿?」


「かも、しれませんね…」

インパルサーの横顔に、じりじり太陽が照っている。
その横で、あたしは深くため息を吐いてしまっていた。
自覚しているのなら、余計にタチが悪い。



やっぱりどう考えても、あたしはこいつとラブコメを繰り広げられそうにはない。







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