Metallic Guy




第二十話 作戦、終了



戦いが、始まった。



シールドがあるであろう位置の前で、プラチナが片手を振り上げた。
すらりとした腕から、黒光りする大きな銃身を飛び出させて銀色のアドバンサーへ突き付ける。
銀色のアドバンサーは同じく銃口を上げ、プラチナに寄ってきた。だが、ばちん、とシールドに弾かれて遠のく。
苛立った様子で銃口を上げた銀色のアドバンサーを背に隠し、プラチナは校舎を見下ろした。

「皆さん、目を閉じて!」

気迫の籠もった、強いマリーの声が響いた。純白の大きな翼が、銀色の機体を隠す。
直後、翼の向こうから閃光が溢れた。轟音が、辺りを揺さぶる。
激しくシールドに弾かれてはいたが、連射は止まない。シールドを、撃ち破るつもりのようだ。
プラチナは最大限に翼を広げて光を遮りながら、横顔を背後へ向ける。

「無駄なことを…フォトンディフェンサーのシールドがいかなるものか、あなたもご承知のはずですわよ?」

だが、まだ砲撃は止まない。それどころか連射は激しくなり、乱射になる。
銀色のアドバンサーはもう一方の腕を上げ、その側面から先程よりは大きめな銃身を出した。
プラチナはすぐさま振り返り、するりとシールドを擦り抜けた。銀色のアドバンサーへ、高々と足を振り上げる。
腰に回転を加えながら、銃身の伸びる腕を蹴った。よろけたその機体を抱え、プラチナは上空へ消える。

「この私に戦いを仕掛けた代償は、きっちり払って頂きますわ!」


銀色のアドバンサーを連れたプラチナの姿は、あっという間に見えなくなる。
その先には、何かがわっと溢れて空を埋め尽くしている。あれがきっと、パル達の部下なんだ。
姿の見えないナイトレイヴンが戦っているのか、それらが時折爆発しては、灰色が広がっていた。
影が過ぎったかと思うと、半壊した人間型のロボットが突然降ってきた。シールドに叩き付けられ、消し飛ぶ。
ディフェンサーのシールドが薄黄色い光を放っているのか、空全体が、ぼんやりと光っているように見えた。

戦場は、すぐ傍にある。



細身のラベンダー色の姿が、手前に浮かんでいる。

「いざ、参られよ!」

背中に伸びた棒状の物を手に取り、それを引き抜いた。
イレイザーは足を揃えて空中に立ったまま、背後に現れた巨体のマシンソルジャーを見上げる。
大型で、同じ形をしたマシンソルジャーが三体。これがきっと、ユニットチェンジャーだ。
背中に大きなコンテナのようなものを背負った、細身のマシンソルジャーが一体。これが、イレイズボマーだろうか。
そしてその後ろに隠れるように、小柄な姿があった。これが恐らく、サプライタイプだろう。
いずれも、鮮やかなラベンダー色のボディだ。イレイザーと同じく、左肩に白く004が印されていた。
イレイザーは背中から抜いた棒の端を手のひらで叩くと、長く銀色の刃がすらりと伸びた。
長い刀を振り下ろし、声を上げる。

「使うのは、これだけで良いでござる。我が刀、影丸の切れ味を知るが良い!」

コンテナを背負ったイレイズボマーが、赤いゴーグルアイを光らせてイレイザーに突っ込んできた。
すれ違い様に、イレイズボマーは突然その姿を消した。イレイザーは、ぴたりと動きを止める。
イレイザーが刀を上げ、くるりと捻ったかと思うと、すぐさまコンテナを背負ったマシンソルジャーが現れた。
光学迷彩の装置を切られたのか、イレイズボマーは胸元を抉り抜かれていた。ばちゃり、とオイルが散る。
イレイズボマーはその傷口からばちばちと電流を迸らせながら、背中のコンテナを開いた。
無数のミサイルが詰め込まれたコンテナは、真っ直ぐにイレイザーへ向けられた。
イレイザーは刀を下ろして片手を挙げ、胸の前で人差し指と親指を立て、残りを握る。
顔を伏せ、聞こえないように呟いたが、口の形はこう動いていた。

許せ。


直後、煙を引きながら小型のミサイルがコンテナから発射された。
だがイレイザーはそこから逃げることもせず、上げた片手を前に突き出す。
かきん、と何かが当たる。煙がイレイザーの姿を隠していたが、それはすぐに消える。
十数本の小型ミサイルが、イレイザーの指の間に挟まれていた。すぐさまそれは、発射した方へと投げられる。

「ぬん!」

そのミサイルは全てコンテナの発射口に滑り込み、どん、と当たった。

「拙者に、砲撃が通ずると思うな」

イレイザーが背を向けた直後、強烈な爆発が起こった。
爆風と閃光の中、イレイザーは苦しげに表情を歪めていたが、刀を頭上へ向けた。
がきん、と刀にユニットチェンジャーの一体が振り落とした巨大な斧が当たる。
ばちばちと激しい光を走らせていたが、それをイレイザーは押し返した。
押された巨体が空中を滑り、背後の二体に当たる。がん、と衝突した三体は、両腕から装甲を外した。
がらがらと落ちてきた彼らのラベンダー色の装甲は、またディフェンサーのシールドで消し飛んでしまった。
その光が消え、ようやくまたイレイザーの姿が見える。
細身のイレイザーを見下ろしている三体のユニットチェンジャーの両腕は、全て巨大な斧と化していた。
揃って飛びかかってきた三体の斧を、イレイザーはあっという間に切り落とす。
外れた斧の一つを取り、柄を掴む。たん、と一体の肩を踏み越え、擦れ違い様にその首へ叩き込む。
ばきんと砕け散った装甲と回路から、オイルが跳ね飛んでイレイザーのゴーグルへ当たる。
黒ずんだ筋を指で擦ると、イレイザーはその一体の上から身を引き、背後を見上げる。

彼の上に突っ込んでくるもう二体の腕には、切り落とされたはずの斧が、また付いていた。
それらは勢い良く、今し方イレイザーにやられた一体に打ち込まれた。
べきべきっと装甲が砕ける音がし、その首筋に斧を打ち込まれていた一体は、両腕を切り落とされる。
挙げ句に、二体に蹴られてイレイザーに向かわされた。
ほとんど体が動かないはずなのに、両腕と頭のないユニットチェンジャーはイレイザーに蹴りを放った。
イレイザーが大きな足を避ける。直後、あの一体の影に隠れていた二体が、斧を高く振り上げてまた襲ってきた。
その斧を、かきん、と刀で受け止めたイレイザーは軽く踏み出した。
柄に両手を当ててイレイザーは刀を押し込み、ずばりと二つの斧を切り裂いた。
斧と共に腕も切り、ばきばきと砕きながら二体の肩へ向かう。
二体の肩を砕いたが、そのままイレイザーは二体を乗り越えて、その奥へ向かった。

離れた位置で浮かんでいた小柄な一体、サプライタイプが両腕を掲げると、その手に二本の刀が納められた。
二本を振り回しながら突っ込んできたサプライタイプを避けたイレイザーは、くるりと肩を越えて後ろに回る。
イレイザーは少し離れてから、背を向ける。刀を横に掲げてその柄に手のひらを当て、声を上げた。

「イレイズッ!」

ぴしり、と細い線がサプライタイプの装甲を走る。イレイザーが、一瞬の間に斬り付けたようだ。
ぎりぎりと腕を上げようとしたが、それがばらりと崩れ、細かく砕ける。
直後。露わになった銀色の円筒が真っ二つに割れ、サプライタイプは強烈な爆発と共に消え去った。
その爆風に隠れながら飛びかかってきた最後の二体の横を擦り抜けて、くるりと刀を翻す。
とん、と軽く二体を蹴って遠ざかったイレイザーは、また刀の柄に手のひらを当てる。

「スラッシュ!」

途端に、その二体もサプライタイプと同じように、ばらばらに砕けて消え去った。
細かい破片がシールドに降り注ぎ、光を放ちながら消えていく。
その光が止んだ頃、イレイザーは両足を揃えて背筋を伸ばして立ち、するりと刀の刃先を下へ向ける。
片手を挙げ、顔の前で人差し指と中指を立てたイレイザーは、呟く。

「さらばでござる、鋼の戦士達よ…」



赤いゴーグルが真っ直ぐに見る先で立つさゆりは、じっと彼を見ていた。
イレイザーの戦い様から目を逸らさないようにしていたが、小さな肩は少し震えていた。
固く握られたエプロンはすっかり歪んでいる。弱く流れてきた風に、短めのツインテールが揺らぐ。

「いっちゃん」

イレイザーは軽く頷いたが、すぐに上空へ向かっていった。爆発が止まない、空の中に。
さゆりは駆け出そうとしたが足を止め、彼の行く先をじっと見つめている。
吊り上がり気味の瞳は潤んでいて、今にも泣き出しそうだった。



校舎の三分の一はありそうなくらいに巨大な影が、空を覆った。
下から見ているために、それが何なのか一瞬解らなかった。
それはすぐに小さな姿によってひっくり返され、ばちん、とシールドに叩き付けられた。
だが消し飛ぶことはなく、真っ黒い装甲を焼きながら起き上がってまた浮上する。
両肩と足に砲台を備えている、戦車のようなマシンソルジャーだった。かなりでかい、でかすぎる。
武装に固められた巨体を跳ね上げるように変形したかと思うと、一直線に小さなクラッシャーへ突っ込む。
その先で待ちかまえていたクラッシャーは片手を挙げ、斜め上から突っ込んできた砲口へ当てた。
大きな砲口のふちに細い指先を当てているだけだったが、マシンソルジャーはそれ以上動かなかった。

「なんでわざわざ、タンクちゃん達なのかなぁ。もっと軽くて早い方が、この状況だと絶対有利なのに」

砲口を止めていない方の手を挙げたクラッシャーは、ぱちん、と指を弾いた。
一瞬にしてぐしゃりと歪んだ漆黒のマシンソルジャー、ヘビータンクから、大きめの銀色の円筒が露出する。
それが押し潰されると、炎が溢れ出して一気に爆発し、破片が辺り一帯に飛び散った。あれは、エンジンのようだ。
クラッシャーは片手で、頭に乗せた野球帽を飛ばないように押さえて目を伏せる。
彼女の背へ、また影が現れた。振り返り、クラッシャーは彼らを見上げて片手を伸ばす。
また、クラッシャーが指を弾いた。ぱちん、といやに乾いた音が響く。

「ほーらね? 捕まっちゃったら、それでおしまい」

一番手前の一体が、砲身ごと潰される。オイルが溢れ、その一滴がクラッシャーの頬を滑った。
それをぐいっと手の甲で拭い、少し色の強まったショッキングピンクの瞳を残りの三体へ向けた。
野球帽のつばを引っ張って俯いたクラッシャーは目元を擦り、やはり聞こえないように呟いた。

ごめんね、みんな。


顔を上げたクラッシャーは、一気に飛び出した。こちらに向いたブースターから、炎がちらりと見える。
三体の砲口が向いた先で、彼女は動きを止めた。その砲口を、横に蹴って一気に砕く。

「だあっ!」

砲口の壊れたヘビータンク達は、砲塔を切り離してばらばらと落下させた。
クラッシャーと同じショッキングピンクの単眼を輝かせながら、身軽になったヘビータンク達は彼女に迫る。
真っ直ぐに突っ込まれると思われたが、その直前で、ぴたりと三体とも動きを止めた。ぎりぎりと、関節が軋む。
相当な過負荷が掛かっているのか、ばちばちと電流が散る。装甲が、空き缶が潰されるかのようにへこんだ。
野球帽で表情を隠したまま、クラッシャーはすいっと片手を下に向ける。

「捨てるくらいなら、最初から装備しない方がいいよ?」

また、ぱちんと指が弾かれた。
直後、投げ落とされるように、三体のマシンソルジャーは強くシールドに叩き付けられた。がしゃん、と縦に重なる。
黒い装甲をシールドに焼かれながらも起き上がろうとした。だが、過負荷が増したのか、ばきりと頭部が歪む。
クラッシャーはきっと顔を上げ、野球帽を片手で押さえて声を上げた。

「クラッシュ!」

両足を揃えて真下へ向け、ブースターを切る。
勢い良く降下した先は、三体のマシンソルジャー達だった。

「ドロップ!」


巨大なタンクが、一瞬にして貫かれ、潰された。
中央から大きく貫かれた巨体が歪み、ばらけ、使われなかった弾薬が溢れて散らばる。
金色の小さな弾丸やそれの数十倍の大きさがある砲の弾が、ざらざらとシールドの上に転がった。
それらは、シールドに過熱され、炸裂した。炎が走り、ぐしゃぐしゃに歪んだマシンソルジャー達に届く。
クラッシャーはその炎に覆い尽くされる前に飛び上がり、遠ざかった。野球帽を、深く被る。
背中の大きなブースターから伸びていた銀色の円筒は元に戻り、ゆっくりとクラッシャーは降下してきた。
シールドの手前で野球帽をぐいっと上げ、弱々しく、笑った。



「…無理しやがって」

クラッシャーを見上げた涼平は、呟いた。
激しい炎と煙に隠れそうになる小柄な影を見失わないように、弟はじっと見ていた。
あたしも、解っている。クー子は優しいし、良い子だ。部下を壊すことが、辛くないわけがない。
なのに、笑った。戦いを演劇の延長にする、というあたし達の作戦に付き合うために、笑った。
空を覆っていたどす黒い煙が次第に晴れる様子を見ながら、涼平は固く拳を握っていた。



文化祭と戦場を分ける淡い黄色のシールドが、強まった。
空中に浮かんでいるディフェンサーの大きな両腕の拳が、がしりと握られる。
その少し上で、いつもとは違う細身の腕をしたディフェンサーが、あの武器をくるくると回している。
小柄な彼の周囲を、その数倍はあろうかと大きさのマシンソルジャー達が固めていく。
ディフェンサーは武器をしばらく回していたが、止めた。指先が、持ち手に絡む。

「久し振りだな。お前らの、頭だぜ」

ごってりと装甲を付けたフルアーマータイプらしきマシンソルジャーの顔の隙間から、マリンブルーが細く覗く。
ディフェンサーはその色を見据えながら、かちりと武器の持ち手を押す。
すると、その両脇から長くビームが伸びて、彼の体格の二倍以上はありそうなブーメラン状のものになる。
それを肩に担いで、ぐるりとマシンソルジャー達を見回す。

「おいおい、人選間違えてるぜ。オレが相手だと、シールダー持ちは不利なだけだってのに」

そう言いながら、ディフェンサーはすいっとブーメランの切っ先を一体に向けた。
両腕の大きなそのマシンソルジャーは、刃先が触れてもいないのに腕から過電流を放ち、よろけた。

「な? いくらだってコントロール出来ちまうんだから、使い物にはならねぇんだよ」

もう一体の大きな腕を持つマシンソルジャー、ダブルシールドタイプも同じように両腕から電流を放った。
二体は何もしないまま、ゆっくりと降下していった。シールドに突っ込むと、爆発して消え去る。
その爆発はかなり強烈だったようで、シールドにはゆっくりと波紋が広がった。
ディフェンサーは肩にあのブーメランを担いだまま、波紋の消えていくシールドを見下ろした。

「オレを誰だと思ってる」


じりじりと間合いを詰めてくる三体の重武装のマシンソルジャー達は、フルアーマータイプのようだった。
先程の黒い巨大戦車、ヘビータンクに負けず劣らず、大量の砲塔と銃口を備えていた。
シールドと同じ色合いの黄色い装甲の隙間から大きな銃口を伸ばし、ディフェンサーの足へ向けた。
もう一体は胸元へ、最後の一体は頭部へ。三方向から、間合いを詰められながら銃口が彼を狙う。
ディフェンサーはやれやれ、と首を横に振り、ブーメランの刃先を下げた。

「撃ってみろよ。どうせ効かねぇんだから」

その言葉が終わるか終わらないかの頃に、それぞれの銃口から一斉に砲弾が飛び出した。
中央に立っていたディフェンサーは、その爆発と炎で姿が隠れた。だが、目立つ黄色の破片は散ってこなかった。
弱い風に広がった煙の中から、ディフェンサーが現れた。やはり、彼が宣告した通り効いていない。

「オレは腹ん中でも手ん中でも、どこにだってシールドを張れるんだよ。だから、効かねぇ」

丸みを帯びたマリンブルーの目が、ぎっと強くなる。

「さっき言っただろ、オレを誰だと思ってやがんだ。てめぇらのリーダー様だぜ?」

くるりとブーメランを回し、三体の銃身を全て切り落とした。
あたし達の上に、ばらばらとその破片が降ってきた。それが消し飛んだ向こうで、彼はブーメランを掲げる。
目に染み入るくらい強いカナリアイエローの刃で、ずばりと一体を両断した。
上と下に分断された方の上をもう一方の手で殴り、下を足で蹴った。二体にぶつけてから、ディフェンサーは叫ぶ。

「んでもってぇ! 銀河最強の防御力を誇る戦士、イエローフォトンディフェンサー様だぁっ!」

ぐらり、と二体はよろけた。だがすぐに、両断された一体を下に放り投げた。
ばちりとシールドが帯電したかと思った直後、それらはまた爆発した。
その破片の一つがディフェンサーの顔に向かったが、彼はそれを片手で受け止め、握り締める。
ディフェンサーのボディと同じ色の装甲をばきりと手の中で砕くと、声を出さずに叫んだ。

悪ぃ、てめぇら。


ごお、と二体のマシンソルジャーは背中から強い風を吹き出し、加速し始めた。
ディフェンサーの周囲をぐるぐると駆け巡りながら、大きな見た目に反した速度で急上昇した。
途中で一体は別れ、遠くへ逸れる。ディフェンサーは、真上の一体を追う。
ブーメランを振り回して手から外すと、回転しながらその一体に向かい、ばきん、と側面に叩き込まれる。
だがそれは急所に当たったわけではなかったようで、真上の一体は爆発しなかった。
ゆっくり降下してきたその一体は、脇腹にめり込んだブーメランを外し、逆にディフェンサーに投げつけた。
その真下に、先程横へ逸れた一体が、急速に接近していた。挟み撃ちにするつもりだったらしい。
ディフェンサーは片手を挙げてブーメランを受け取り、真下から迫ってきた一体をひょいっと避ける。

「ぬるい戦法だな」

加速が止められなかったのか、真下の一体は、そのまま真上の一体に衝突した。
真下から来た方はレーザーソードを振り上げていたため、加速するまま、真上の一体を貫いた。
抱き合うような格好のまま、二体はばちりと帯電し始めた。
ディフェンサーは少し上の位置に浮かぶと、ブーメランの中心を割り、長く大きな剣にする。
それを振り上げ、両脇からその二体へ投げ付けた。ばきん、と二体の背中に刃先が刺さり、電流が増す。
その位置はエンジンだったらしく、数秒後に二体同時に爆発を起こした。
炎と煙から飛び出してきたあの武器を受け取って合体させたディフェンサーは、それを背中に戻した。

「ちったぁ考えて突っ込んできやがれ、馬鹿」




彼の表情を見つめたまま、律子は呟いた。

「ディフェンサー君、泣いてる」

よく見ると、確かにマリンブルーの目から水が溢れている。彼はそれを拭うことも、止めることもしない。
あまり角度のきつくない彼の頬を滑り、顎を伝って、律子の真上に落ちた。
シールドに触れると同時に、一瞬でその冷却水は蒸発してしまった。
律子はメガネを外すと、目元を押さえて背を丸めた。声を殺し、肩を震わす。
何度も何度も目元を擦って涙を拭ってから、メガネを掛け直してまたディフェンサーを見上げた。
ディフェンサーのエプロンには、律子の頬から伝った涙が染みていた。




001を背負った後ろ姿が、両腕が銃身になっている真紅のマシンソルジャーを殴り飛ばす。
両肩の銃を使うこともしないまま、リボルバーはひっきりなしに襲い掛かってくるマシンソルジャーを殴り続ける。
力任せに振られた黒い拳が何度も赤い装甲を抉るが、へこむばかりでその動きは止まらない。
恐らくはブラスタータイプのマシンソルジャーを掴むと、リボルバーは二体とも下へ投げ落とす。
少し身を引いたリボルバーは、目の前に滑り込んできた赤い戦車を蹴り上げた。

「あぁらよっ!」

ぐるっと上下を反転させられた巨大な戦車は少し落下したが、すぐに元に戻る。
空中を突き進むその上に、どん、とブラスタータイプが二体とも飛び乗った。
リボルバーはブラスタータイプからの砲撃をまともに受けたが、避けることもせず、戦車を待つ。
体を下げて、目の前に迫ってきた戦車の真下に入り込む。大きな影の中で拳を握り、猛りながら殴りつける。

「だぁらぁあああああっ!」

ばこん、と戦車の下が全て歪む。
直後、戦車の中心とその上に立つマシンソルジャーの真下から、銀色の円筒が飛び出した。
リボルバーの体格ほどの大きさがあるエンジンが、くるくると空中を回る。
壊れた戦車を肩に担ぎ、リボルバーはその円筒へ向けて投げた。上に乗っていた二体は逃げ、距離を開く。
リボルバーは片手を挙げて弾倉を回し、銃口をその円筒と壊れた真紅の戦車へ向ける。

「フレイム、ボンバァーッ!」


どぅん、と強い発射音と共に、炎の固まりが銃口から吐き出された。
オレンジ色の固まりが戦車に触れると同時に、強烈な爆発音が上空に轟く。
エンジンも中心から割れ飛んだのか、煤けている銀色の小さな破片が頭上を飛び抜けた。
少し汚れた片目のゴーグルを擦ったリボルバーは深く息を吐き、舌打ちした。

「ちぃとばかし、威力が落ちてやがるぜ。やっぱ、純正の燃料じゃねぇと発火が良くねぇみてぇだなぁ」

ばきりと指の関節を鳴らしてから、リボルバーは真正面から突っ込んできたマシンソルジャーに拳を挙げる。
先程のブラスタータイプだ。その両方の銃口を手で塞いでから、リボルバーは足を上げた。
激しく何度も蹴り付けられているうちに関節が緩んできたのか、ブラスタータイプの両腕がずるりと外れた。
その銃身を二本とも握り潰し、リボルバーは吐き捨てる。

「整備不良じゃねぇかよ…。こんな状態で戦わせようなんて、無茶もいいとこだぜ」

握り潰した銃身をブラスタータイプに投げつけると同時に、飛び出した。
防御しようとして一瞬避けるタイミングを失ったマシンソルジャーは、リボルバーに強く胸元を殴られた。
ばきりと装甲を砕き、その中にリボルバーの拳が深く沈む。
彼はすぐにその手を抜き、黒い筋の絡んだ腕を上げて更に殴っていく。
その頭部はほとんど原形を止めておらず、内部のメカニズムが露出し始めた。
リボルバーは歪みに歪んだマシンソルジャーを、下へ蹴った。真下で砲口を向けていた戦車に、落とす。
その砲口に、汚れた赤が填った。砲口が突然詰まったせいなのか、戦車の動きが止まる。
ぎちぎちと軋む真紅の戦車へ、リボルバーは銃口を向けた。

「フレイム」

両手の拳を握り締め、力一杯叫ぶ。

「ボンバァーッ!」

暴発寸前の戦車を、先程よりも大きな炎の固まりが包む。
今までにないくらいに強くて大きな爆発が、閃光と轟音で上空を支配した。
炎の納まった銃口を下げたリボルバーはちらりと鈴音を見、にやりとしながら口元を拭い、呟いた。

怖いか、姉さん。オレも、怖ぇさ。


すぐさま、リボルバーは鈴音に背を向けた。汚れた、白い001がやけに目に付いた。
彼の頭上で、一体だけ残っていたバルカンタンクが変形し、巨大な人型のマシンソルジャーとなった。
砲塔の付いた肩の上に乗るブラスタータイプのマシンソルジャーは、真っ直ぐにリボルバーに銃口を向けた。
それが発射される前に、リボルバーは一気に突っ込む。

「っとぁ!」

長く伸ばされたリボルバーの銃身がブラスタータイプの首に当たり、引き摺り倒した。
そのままぐるりとバルカンタンクの背に落ち、リボルバーはブラスタータイプを押し付けて殴りつけた。
ブラスタータイプの胸元が砕けると同時に、バルカンタンクのエンジンが崩れた状態で飛び出る。
リボルバーは二体を下へ蹴り落としてから、呟いた。

「あばよ、てめぇら」

シールドへ落下してきた二体は、ばん、と一度バウンドする。
その拍子にシールドから軽く跳ねた電流がオイルとエンジンに触れたのか、二体は爆発した。
激しい爆発の閃光が、空の青を焼き尽くしていた。




硝煙の匂いが混じった風が吹き抜け、鈴音の髪を広げていた。
鈴音は強く唇を噛んでいて、アーモンド型の目はリボルバーを睨んでいる。
魔導師の白い衣装のマントが広がり、彼女の影を大きくしている。
硬く手を握り締めたまま、鈴音はずっとリボルバーを見ていた。




「場所、少し開けてくれませんか?」

良く通るインパルサーの声が、爆音が消えた頃に聞こえた。
兄弟達は上空の彼を見ると後退して、それぞれに距離を開ける。彼らの間に、かなりの間隔が開いた。
あたしは彼らの視線を辿り、二枚の翼をかなりの大きさにして立っている彼を見つけた。
パルのゴーグルのレモンイエローが強まっているのが、ここからでもよく解った。
その周囲を、ごお、と凄まじい速度で青い線が抜ける。インパルサーは首だけ動かしていたが、軽く身を引く。
すると彼の目の前を、かなりの横幅のある翼を持ったマシンソルジャーが抜ける。ロングウィングタイプか。
もう一体、インパルサーの背後を通った。彼は手を伸ばし、突き出した。

「てぇっ!」

旋回しようとした長い翼に、パルの手が打ち込まれた。ゆらり、と青い翼が止まる。
ばちりと眩しい電流を浴びながら、インパルサーはそのマシンソルジャーを上へ投げた。
少し上昇した横に長いシルエットは、全く同じ翼を持ったもう一体のマシンソルジャーと合流した。
姿勢を捻りながら、二体はその大きな翼を折り畳む。そして、両手を伸ばした。
インパルサーは彼らが至近距離に入ってから飛び出し、二人の肩を蹴って前転しながら背中に周る。

「本当ですね、フレイムリボルバー。整備を怠ったまま、彼らは戦わされているようですね」

二体の上にまたがったインパルサーは、四枚の翼を全て掴んで、二体の背を強く蹴る。
飛ぶ勢いが残っていたらしく、二体はそのままインパルサーから遠ざかった。
四枚の翼を一気に引き剥がしたインパルサーは、それらを合体させて二つの大きなブーメラン状にする。
長いブーメランを掲げ、翼を失っても立ち向かってくる二体に投げつけた。

「皆さんのジョイントが、全体的に緩んでいます!」

ばきり、と青が青にめり込む。
右側のマシンソルジャーは首が歪み、左側のマシンソルジャーは腹部が両断される寸前になっている。
インパルサーはブーメランを投げた姿勢のまま、二体に背を向けた。直後、二体は爆発した。
閃光の影を受けたインパルサーのゴーグルが、やけに目立っていた。
インパルサーの上下を、ひゅん、とまた青い風が抜けた。彼は上を見、飛び出す。
あっという間に追い付き、長い足をそのマシンソルジャーの肩に当てて踏み付け、くるんと回って背中を取る。
どん、とそのマシンソルジャー、たぶんハイジェットタイプは強く蹴り落とされた。
背中に大きなブースターを一つ背負ったマシンソルジャーは、シールドに当たるかと思われたが、姿勢を戻す。
くるりと上下を反転させ、また一直線にインパルサーへ向かっていった。
インパルサーは左右から迫ってきたもう二体を両手で止めると、下の一体へ向けてその二体を投げた。
三体は今度こそシールドに当たりそうだったが、その前に、また姿勢を戻してしまった。
インパルサーは突っ込んできた三体の拳を避けて上昇し、見下ろした。

「バランス重視のセッティングとは、考えましたね。僕を相手にするには、悪くない考えです。ですが!」

インパルサーが発進した直後、衝撃波が空を抜けた。
ちらちらとシールドの上に残っていた炎と煙が一気に裂かれ、丸く広がり、そして消えた。
その中心を抜けたインパルサーは両腕を伸ばし、その装甲の間から銀色のソードのようなものを出す。
足からも出し、両耳のアンテナもすらりと二倍以上の長さになっていた。
進行方向を同じくして向かってくる三体のハイジェットタイプへ、インパルサーは声を上げた。

「ソニック!」

ばちん、と何かが空中を走った。
三体のマシンソルジャーと擦れ違ったインパルサーは、徐々にスピードを緩める。
あたしの視界に彼が入った瞬間、パルの両手が強く握られる。


「サンダァアアアーッ!」


閃光が、世界を支配した。
激しい雷鳴が鳴り響き、インパルサーの通った後に青白い光の竜がうねる。
彼の通り道にいた三体のマシンソルジャーは一瞬にして装甲を焼かれ、ばちばちと帯電していた。
インパルサーの目線がこちらに向いたため、あたしと彼は目が合った。
帯電していたマシンソルジャー達が、どぉん、と揃って爆発を起こし、破片が彼の装甲を擦る。
大きめの金属片がマスクを掠ったため、インパルサーの滑らかなマリンブルーのマスクに細い線が走った。
その破片があたしの少し手前に落ちたが、シールドにぶつかって消し飛んだ。
シールドのすぐ手前にやってきたインパルサーはあたしを見、顔を伏せる。

「…こんな、荒っぽい技で部下さん達を止めたくはなかったんですけど」

三体のマシンソルジャーのいた場所へ、パルはゴーグルを向けた。

「これしか、なかったんです」

出来たばかりのマスクの傷の上を、ゴーグルの下から溢れた冷却水が、ついっと撫でていく。
それが彼の拳に落ち、更に滑り落ちてシールドに触れ、軽く蒸発する。
ふと、インパルサーの目線が上向く。あたしもそれを追うと、その先には。

純白の天使が、銀色のアドバンサーを蹴り上げていた。
バレエのようなしなやかな動きで、確実に、銀色の機体を攻めている。

その上を見ると、あれだけの量がいたノーマルマシンソルジャー達が一体もいない。
十五分が過ぎたのか、所々塗装の剥げたナイトレイヴンが姿を現していた。肩を上下させながら、立っている。
神田はあたし達に気付いたのか、ナイトレイヴンは片手を挙げて親指を立てて見せた。
が、すぐにぐらりとよろけ、落下しそうになる。初めての戦闘で、かなり集中力を使ってしまったんだろう。
前傾姿勢になったナイトレイヴンは、肩を紫の影に受け止められ、落下は阻止された。
ナイトレイヴンの影の中、イレイザーは頷く。大丈夫だ、という意味だろう。


プラチナの手が背中に回されて出されると、細身の指先に何枚も羽根のようなものが挟まれていた。
それは一斉に銀色のアドバンサーへ投げつけられ、一つ残らず突き刺さる。
肩が相当にやられていたのか、銀色の機体の右腕がずるりと下に落ちた。ケーブルやジョイントが、露わになる。
銀色のアドバンサーはその腕を落とさないように掴み、目の光を弱めながらゆっくり後退していった。
プラチナはまた羽根を一枚取り出し、指の間に挟んで構える。

「勝負ありましたわね、少佐どの。百二十五体のマシンソルジャー達は全滅…私達の、完全なる勝ちですわ」

プラチナのサーモンピンクの瞳が、強まる。

「撤退した方が、今後の身のためですわよ?」

よろけながら間合いを開いた銀色のアドバンサーは、何か叫んだ。
だがその言葉は日本語ではなく、英語でもなく、発音が微妙でまるで聞き取れなかった。
ボロボロに破損した銀色の影がゆらりと薄まったかと思うと、消え去った。
プラチナは翼を広げていたが、それをゆっくりと折り畳む。戦いを終えた天使は、こちらを見下ろした。
そして、ナイトレイヴンと同じように、プラチナは親指を立てて見せた。

すると、校舎が揺さぶられた。

割れんばかりの拍手と歓声がグラウンドから沸き起こり、戦士達に賛美の声が掛けられる。
あたしがステージを見下ろすと、半泣きながら満足そうなやよいと、疲れ切った様子の加藤魔王が立っていた。
戦いに気を取られてすっかり忘れていたけど、演劇はまだ続いていたっけ。あっちも、なんとかなったらしい。
グラウンド側のスピーカーから、興奮した様子のナレーションが聞こえていた。


「こうして、疾風の騎士・サファイスと、烈火の騎士・ルベオンと、その仲間達の戦いは終わりました」

あたしがナイトレイヴンを見上げると、まだぐったりしたままだ。
そうか。神田がへばっているから、魔王は倒されたみたいに見えているのか。
ナレーションは続く。

「魔王は、エメラルダ姫と聖剣の力によって大地の奥深くに封印され、もう二度と、蘇ることはありませんでした」

しばらく、原稿をめくる音が続いた。
が、それが追いやられたらしく、紙がよれる音がした。

「無事、王国に戻った二人の騎士は、魔導師達にそれぞれ恋をします。ですがそれは、また、別のお話です」



ゆっくりと、戦いを終えた戦士達が降りてきた。

空を覆い尽くしていたシールドが消え、大きな二つの腕は、ディフェンサーに合体した。
ナイトレイヴンを持っていたイレイザーは、それをひとまず屋上に座らせてから、兄弟達と並んで着地した。
とん、とコンクリートに降りたインパルサーは翼を元に戻し、装甲の中に銀色の刃を納めた。
背筋を伸ばして、あたしへ敬礼した。


「ただいま、戻りました」







04 6/10