Metallic Guy




第七話 戦士と、日常



事態は、思わぬ方向に進んでいた。
二人が対面してから、大体一時間経っただろうか。
あたしは目の前の光景に安心すると同時に、ちょっと拍子抜けしてしまった。

インパルサーと神田葵は、向かい合って仲良く元気に巨大ロボの話をしているのだから。

修羅場にならなくてよかったなぁ、とあたしは心底安心した。
でもそれと同時に、何も起きなかったことが妙に残念でもあった。
それはきっと、女心ってやつだろう。自分で言うのもなんだけど、なんて我が侭で面倒な心だ。
でも、たかが巨大ロボでこんなに打ち解けられるものなのだろうか。不思議でならない。男って、一体。
巨大ロボ話の発端は、でかいのはいないか、と神田が尋ねたのが始まりだ。
そこからどんどん話は広がっていて、いつのまにかインパルサーの戦歴を交えた巨大ロボの話になっている。
しかもなんか、神田は自分からその巨大ロボのことを一つでも多く聞き出そうと、よく喋ること喋ること。
おかげで、あたしは話に混ざれない。混ざる余地がほとんどない、と言った方が正しい。

そんなわけで。
あたしは、ぼんやり二人を眺めていた。



「で、そのロボットの大きさはどんくらいなんだ!」

目を輝かせ、神田がインパルサーに詰め寄る。
インパルサーは多少身を引きながら、頭の上まで手を伸ばした。
大きさを示しているのか、その手を軽く振る。

「えーと、大体七十五ミドルスケールですから…十七メートルでしょうか」

「見ぃてみてぇーっ!」

両手をがしっと握り、神田は叫んだ。きっと、十七メートルのロボットを想像しているのだろう。
インパルサーは伸ばしていた手を降ろし、足元に指先で線を引く。
その巨大ロボの図を書いているのか、すいっと何度もマリンブルーの指先が前後する。

「フェイスパターンはヒューマンで、パイロットの意思で表情が動くタイプが、近頃の主流ですね」

「動くのか?」

「はい」

「マジかよ!」

「はい」

と、インパルサーは律義に答えた。
ロボットの表情が動くことは、驚く程のことだろうか。
いや、でも。リボルバーみたいなのを知らないと、そりゃ確かに驚くことかも知れない。
インパルサーは片手を開いて、手の内側の装甲を少し動かして、隙間からプラグのようなものを出した。
それを少し引っ張り出し、続ける。

「銀河連邦政府軍の主要兵器、アドバンサーは僕達ヒューマニックマシンソルジャーに乗っ取られないために、プログラムパターンやプラグの形状など、とにかく全てのシステムに互換性を失わせています。僕は作戦遂行中に何度か奪い取ったことがあるんですけど、ダイレクトにアクセスしないで操縦するのは正直面倒でした」

「奪い」

「乗ったことあるのか!?」

あたしの声が、神田に遮られた。ひどいな、もう。
インパルサーは引っ張り出したプラグをしゅるんと手の中に戻し、一度手を握って装甲を戻した。

「はい。あの時は…そうだなぁ、ヘビーアーマメントタイプのアドバンサーを七十五体、銀河連邦政府軍は最前線に投入して来たんです。それを一体一体捌かなければ、それ以上の進攻は不可能な地形と戦況でした。ですがそのアドバンサーの内、六十体はオートマチックプログラミングが施されていて、無人機だったんです。だからリーダー機を奪ってしまえばいいかな、と思いまして、コクピットへ突っ込んだんです」


「それで?」

神田は、物凄く楽しそうだ。
インパルサーは少し情けなさそうに、頬を掻いた。

「ですけどそのリーダーさん、凄く強くて。右腕、もがれましたし。でも一応僕が勝って、コクピットを奪取したんです」

「そのリーダー、生きてる?」

あたしは、インパルサーの前に身を乗り出した。こうでもしないと、割り込めない。
彼はじりじりと後退りながら、頷いた。

「ご無事ですよ。そのリーダーさんは有機生命体でしたが、ボディの六十パーセントはマシンでしたから。あれくらいの高さでは、命を落とすこともないと思います」

「なら良かった」

あたしはそう呟き、だんだん遠ざかっていくインパルサーから離れた。
すると彼は元の位置に戻って、はぁ、と肩を落とした。どうやら、緊張してどきどきしていたらしい。
レモンイエローのゴーグルをあたしへ向け、続けた。

「銀河連邦政府軍の方々は、最前線に生身でやってくる方は少ないんです。僕が戦ったリーダーさんは、珍しい方だったんですよ。大抵の軍人は、リモートコンシャスネスシステムでマシンボディやアドバンサーを動かして、僕らと戦うんです。だから、滅多に死傷者は出ません。由佳さんが心配なさる程のことは、ほとんどありませんよ」

「それじゃ、パルは誰も殺してないのね?」

「はい」

強い口調で、インパルサーは大きく頷いた。
そしてあたしを見据え、ぐっと拳を握る。

「僕は今まで戦ってきましたが、有機生命体の方々を手に掛けたことはありません。いえ、未来永劫掛けません!」

「偉い、偉いぞパル!」

あたしは、思わずインパルサーの頭を抱き締めていた。抱き締めながら、凄く安心している自分に気付いた。
戦場というからには必ず相手が存在するし、その相手と戦って殺し合わなければ、戦いは成立しない。
だから、ずっと。あの手が、誰かを殺してきたのではないかと言うことが不安だったのだ。
でも良かった。パルの手は、血には汚れていないんだ。
あたしはふと、胸の前に押さえ込んだままのインパルサーを見下ろした。
彼のゴーグルの色は、夕焼けぐらい赤いオレンジになっている。あたしは慌てて手を放し、パルを解放した。
すると途端にインパルサーは後退って、ダイニングカウンターの下に背中をぶつけた。
肩を上下させながら、顔を逸らす。

「何、するんですか」

「…ごめん」

あたしは苦笑し、まだなにか呟いているインパルサーから目を離し、神田に振り向いた。
背後のソファーに座る神田は、どこかやりづらそうな顔をしていた。
照れているような、羨ましいような、妬いているような、とにかく複雑な感情が一挙に出ている感じだ。
神田とパルがあたしの存在を忘れていたように、あたしも一瞬、神田のことを忘れていた。
先程の自分の言動を思い出し、あたしは物凄く恥ずかしくなった。ああもう、あたしってやつは。

ダイニングカウンターの下に座り込むインパルサーは、オレンジ色のゴーグルを伏せていた。
まだ、照れているらしい。



二人は、また巨大ロボ談義に戻っていた。
揃ってあたしの存在を忘れて、とにかく没頭している。一体、何がそんなに楽しいんだか。
横から話を聞いていると、インパルサーの言うアドバンサーとやらが、巨大ロボの名称らしい。
その種類と大きさと用途は様々で、五メートルくらいのから何百メートルなんて大きさがあるようだ。でかすぎる。
インパルサーは、また腕を頭の上まで伸ばした。

「僕が相手に出来るのはせいぜい二十スケール、二百メートルクラスまでですね。それ以上になってしまうと、重量が大きすぎて、僕のパワーでは機体の重心を動かせません」

「ボルの助は?」

「フレイムリボルバーなら、もっと大きいのも相手に出来ますよ。彼は、僕とはパワーモーターとヒーティングパワーが桁違いですから。そうだなぁ…この間は、三十ハイスケール…二千メートル大のスペースシップタイプを、一人で撃墜していました」

思っていた以上に、リボルバーは凄い奴だったらしい。ていうか、凄すぎる。
そんなボルの助とパルが戦って、果たして両者とも無事で終わるのだろうか。終わるはずはないだろう。
やっぱりあの約束のことは、了承するべきじゃなかったのかもしれない。今更ながら、あたしは後悔した。
インパルサーは、どこか羨ましそうだった。

「僕の数十倍なんですよ、フレイムリボルバーのパワーモーターって」

「フレイムリボルバーって?」

と、神田があたしに尋ねた。
あたしは解凍したホットケーキを食べながら、返す。

「鈴ちゃんとこにいるロボット。通称ボルの助」

「ボルの…助?」

「すけ」

あたしはそう続け、頷いた。聞いてすぐには、ボルの助が信じられないらしい。
それ程までに、鈴音のネーミングセンスは凄かったということだ。鈴ちゃん、あなたって人は。
神田はしばらく、ボルの助に頭を悩ませていたようだったが、なんとか飲み込んだようだった。
ついでに解凍したホットケーキの一つを手に取り、食べていた。さっきから、もう神田は何枚も食べている。
それを飲み下し、言う。

「だけどさ、インパルサー強いんだなぁ」

「カラーリングリーダーは、ヒューマニックマシンソルジャーの中でも高性能ですから。でも、僕は弱い方ですよ」

「性能で言えば、だろ」

と、神田はにやりとした。なんだ、この表情は。

「高機動力のマシンてのはテクニック次第で、かなり強くなるんだ。違うか?」

「はぁ…その、てめぇはやりゃあ出来るんだぜ、と良くフレイムリボルバーに言われていましたが…」

少し困ったように、インパルサーは腕を組んで首をかしげた。
リボルバーのあの口調をパルの声で言われると、物凄い違和感がある。似合わなさすぎて。
神田は不意に、あたしへ振り向いた。

「なぁ、美空。そのリボルバーって、どんな奴なんだ?」

「ボルの助? でかくて赤くて、結構言うこときついよ。でも、いい人だよ」

あたしは、リボルバーの簡単な説明をした。大体こんな感じなのだ。
そして、忘れずにあれを付け加えた。

「で、ボルの助は鈴ちゃんを愛してるんだってさ」

「高宮を?」

「そう」

「なんか、ちょっと話を聞いただけでも大変そうだな」

「大変だよ、鈴ちゃんは。でも最近はどっちも慣れてきて、なんとかやってるみたい」

そう言いながら、あたしは思い出し笑いをしてしまった。
昨日は宿題を進めるために、鈴音の家に行ってきたのだが、リボルバーはすっかり鈴音の尻に敷かれていた。
まぁそれは、最初の日に充分予想出来ることだけど。
愛している、と言いたくても、言いそうになっても、言えないリボルバーの苦しげな表情が忘れられない。
鈴音は鈴音で、あの大きな両肩がぶつかって、ざっくり深い傷が付いた柱に寄りかかってため息を吐いていた。
こうしてうちは破壊されていくのね、としおらしく言った鈴音に、慌てて、壊さねぇよ、とリボルバーは連呼していた。
あっちはあっちで、大変なようだ。特にボルの助。

神田は、変な顔をした。

「でもさ、高宮とリボルバーは初対面だったんだろ?」

「うん。あたしとパルもそうだよ」

「なのにいきなり言うのかよ、愛してるなんて。リボルバーは」

「言っちゃう人なの、ボルの助は」

「フレイムリボルバーは、昔からそうですから」

と、インパルサーが笑うような声を出した。
神田は、面白そうに言った。

「いいなぁ、そいつにも会ってみたいなぁ」

「神田君、もうパルの事怖くないの?」

あたしは、神田を茶化す。なんとも、慣れるのが早いじゃないか。
神田は、申し訳なさそうに目を伏せた。

「しばらく話したら、解ったよ。こいつ、絶対に撃たないってこと。悪かったな、インパルサー。あんなこと、言ってさ」

「いえ」

インパルサーは首を振った。

「僕こそ、いきなりあんな言葉を使ってしまってすいませんでした。驚かせてしまったようですし」


すっかり、仲良くなってしまったようだ。
あたしの心配は、杞憂に終わった。良かった良かった。
そこで、あたしはふと思い出した。まだ、神田にあの約束はしていない。

「神田君」

あたしは、インパルサーを指した。

「パルのこと、誰にも言っちゃダメだからね。ついでに写真とか撮ったら、すぐに広がっちゃうと思うから、それも」

「見てみるか?」

そう言って、神田はあたしに自分の携帯を放った。
黒迷彩の携帯が、手の中に落ちる。それを開き、中身を確かめていく。
数枚のよく解らない写真があったけど、確かにその中のどれにも、インパルサーの青い姿は欠片もなかった。
あたしは頷き、にやりとした。

「よろしい」

「撮る暇なんてなかったし、なんとなくそんな気がしてたしな。これで、多少は信用してくれたか?」

「多少はね」

あたしは、念のためその携帯の電源を切ってから神田に投げた。
携帯を受け取り、神田は苦笑した。

「周到だなぁ…」

「多少、って言ったでしょ」

「次はもっと、信用されるように頑張るよ」

神田は立ち上がり、腕に填めたごっつい時計を見た。

「そろそろ帰らないとなぁ…」

「ありゃ、五時か。早いなぁもう」

「インパルサーの話、切りがないんだもんなぁ」

神田はデイパックを背負い、携帯をその中に突っ込んだ。
あたしは立ち上がると、同じようにインパルサーも立ち上がる。


「すいません」

不意に、インパルサーが言った。
あたし背伸びしながら、彼の頭を小突く。

「謝らなくても良いのに」

「そうなんですか?」

「そうなの」

そう言うと、インパルサーは少し笑った。

「みたいですね」

つられて、神田も笑う。
何が可笑しいのか解らないけど、三人でしばらく笑ってしまった。
レースカーテンの向こうの空は薄暗くなっていて、もう日は落ちていた。
時間が経つのって、なんて早いんだろうか。




あたしの自転車を、少し前を歩く神田が押している。
丸く黄色い明かりを落とす街灯の下を抜け、住宅街の間を歩いていく。
遠くに見える駅は煌々と明るく、そこだけは昼間のままだ。近くの線路を、長く繋がった電車が通っていった。
時折隣を車が通り、アスファルトの暑さが残る重たい空気が風になり、髪を揺らしていった。
自転車のチェーンが回る音が、ちりちりとうるさい。
横断歩道の前で止まり、神田は振り返った。

「悪いな、送ってもらっちゃって」

「いいよ、あたしも用事があったし。自転車、押して貰ってありがとね」

「当然っつーか、その」

と、神田は顔を逸らした。ああ、やはり微笑ましい。
赤信号が、数台車が通る道の向こうで光っている。夜だから、よく目立つ。
あたし達の頭上にある信号から落ちている真っ赤な光が街灯の明かりが、二人分の影を作っている。

「楽しかった?」

「そりゃもう!」

神田は、上機嫌に笑った。

「宇宙に、いや、この世に巨大ロボは存在したんだぜ! すっげぇや、宇宙って広いな」

「だねぇ」

あたしは肩に掛けたトートバッグを握り、星の少ない夜空を見上げた。同じように、神田も見上げる。
宇宙からやってきた無数の光の手前を、人工衛星と思しき赤い光が点滅しながら通っていく。
天の川を跨いだ夏の大三角がすぐに見つかり、ついでに白鳥座も見つかった。
一際目立つあの星とあの星は、スピカとアルタイルだ。

「なんか、嬉しい」

「何が?」

「だって、宇宙もそうだけど、あたし達のいる銀河だけでもこんなに広いんだよ?」

思わず、あたしは満面の笑みを浮かべていた。
よく解らないけど、とにかく嬉しく思えて仕方なかった。

「そんなばかでっかい世界の中で、パルと会えたのは奇跡みたいなもんじゃん!」


「上手いこと言うなぁ」

信号が青になり、車が止まる。
白いラインの上を自転車と一緒に歩きながら、神田は言った。
あたしはその後を、慌てて追いかけていく。歩くのが早いぞ。

あたしとインパルサーが会ったのは、会えたのは奇跡なんだ。
誰にも言えない、言いたくても言っちゃいけない奇跡だってことが、残念でならないけど。




駅前の雑踏は、相変わらずだ。
周囲を通る人々は脇目もふらず、駅の中や街中へ向かっていく。
券売機から切符を買った神田はそれをポケットに突っ込み、振り返った。
そして、少し迷うような顔になる。

「あの、さ」

「うん?」

「インパルサーはああ言ってたけど、オレは美空の事、その」

はっきりしない。
だがすぐに、神田はあたしを見据えた。

「諦めたりはしないからさ、当分は」


「青春してるねぇ」

と、あたしはつい笑ってしまった。
神田は照れくさそうに笑い返し、そのまま改札に駆け込んでいった。
あたしよりもずっと、神田は青い夏の真っ直中だ。見ていて笑えてくるくらいに。
その姿を見送り、自転車の方向を変えた。途中にあるスーパーに寄って、足りなくなった食材とかを買わないと。
駅前から大通りに繋がる道の手前に、大きく立て看板があるのに気付いた。


この街の、夏祭りの告知だった。


ある、とは知っていたけど、行ったことはなかった。
毎年この時期はお盆休みで帰省していたし、お祭りは父さんの実家の方が大きくて、実際そっちが良かった。
大きく書かれた筆の文字によれば、この夏祭りは三日間続くそうだ。明日から、明後日までの。
その間の二夜、あまり派手ではないが花火大会もあるようだ。近くの川は、こんな役に立っていたらしい。
二尺玉、スターマイン、そんな定番の名前が並んでいる。
あたしはぼんやりとその看板を眺めながら、朝、インパルサーが言ってきた事を思い出した。
そして、思った。



不器用な戦士が約束を果たせる時は、この日以外になさそうだ。







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