Metallic Guy




銀河の果ての聖夜



「クリスマス?」

聞き慣れない単語に、レイヴンは手を止める。椅子を回して、傍らの彼女に振り返った。
ホロモニターで回っている戦艦の設計図を一時保存してから、少し大きいエプロンを付けた妻を見下ろす。
胸の前で両手を組んだマリーは、頷いた。かかとを上げて精一杯背を伸ばし、レイヴンに迫る。

「地球の面白い習慣ですの。神が生まれ落ちた日を祝って、親しい人とプレゼントを贈り合いますのよ」

「何かおかしな価値観だな」

「それはそれ、これはこれですの」

少し面白くなさそうにむくれながら、マリーはレイヴンを見上げる。

「それで、あなたは何が欲しいんですの?」

「欲しいものか」

マリーから目を外したレイヴンは、背後のホロモニターを眺める。暇潰しに作った設計図は、完成が近かった。
七百年前に比べ、性能が格段に向上したエンジンを備えた戦艦。駆逐艦の搭載も出来る、かなり大型のものだ。
三千メートル級の船体には、前後左右を合わせて十基のエンジンが装備され、主砲は左右と中央で三門。
格納庫には、マシンソルジャーの大量搭載が可能。敵本隊の突破を目的とした、突撃戦艦に仕上がっていた。
レイヴンは船底を見せているホログラムを止め、少し考えた。左腕を掲げながら、マリーに返す。

「サイボーグ用のガトリングガンが左腕に欲しい。右腕だけでは心許ないし、左腕が軽くてどうにも落ち着かん」

「…色気がありませんわね」

不満そうに、マリーは眉をしかめる。レイヴンは頬杖を付きながら、呟いた。

「仕方ないだろう。それしか思い付かなかったんだ」

「それでは、私から勝手にあなたへプレゼントさせて頂きますわ」

くるりと身を翻したマリーは、横顔だけ向ける。口元を押さえ、微笑む。

「楽しみにしていて下さいまし」

軽い足音を立て、マリーはキッチンの方へと駆けていった。すると途端に、青い姿がリビングへ追い出された。
わぁ、と情けない悲鳴を上げ、インパルサーがつんのめった。転びかけたが、なんとか立ち直る。
片手に持った盆と中身の無事を確かめると、安心したように息を吐く。キッチンを見ると、首をかしげた。

「いきなり何なんですか、お母さんは」


「クリスマスだとよ」

リビングの中央に座り込んでいたディフェンサーが、少し呆れたような声で説明した。
手にしていた小型ゲーム機をテーブルに放り、胡座を掻く。首を回し、壁に掛けられたカレンダーを見上げる。

「そりゃ確かに、地球の暦じゃあ今日は十二月二十五日だけど、ユニオンは四月の真っ直中じゃねぇか」

「メインシティでは冬を迎えたようでござるが、このサードシティは冬でもなんでもござらん」

大きな窓から広大な都市を見下ろし、イレイザーが妙な顔をする。建物の間では、木々が色づいている。
空を模造した巨大なスクリーンパネルから注いでいる穏やかな日差しが、きらきらとビル群を輝かせていた。
イレイザーの赤い横長のゴーグルが、窓に映り込んでいる。その横顔が逸れ、リビングに向けられた。

「むしろ、今は秋でござる。サードシティに冬期が訪れるまで、少なくとも四十七日は掛かるでござるよ」

「雰囲気の欠片もねぇな」

じゃこん、とリボルバーは腕装甲を閉じる。その手を挙げて振ると、中から勢い良く銃身が飛び出した。
それを、再び腕装甲に押し込んでから、キッチンの手前で突っ立ったままのインパルサーを見る。

「いつまでぼんやりしてんだよ、ソニックインパルサー」

「いえ、でも」

インパルサーは、空いている方の左手でがりがりとマスクフェイスを掻いた。キッチンは、騒がしくなっている。
時折、がっしゃん、と激しい金属音がする。インパルサーは不安げに、キッチンへ上半身を突っ込んだ。
だが再度追い出されてしまい、仕方なさそうにリビングに戻ってきた。片手の盆を、レイヴンの傍らに置く。

「お母さん、何を作るつもりなんでしょうか?」

「マリーの考えることだ、大方の予想は付く」

苦笑気味に洩らしてから、レイヴンは次兄の持ってきた盆から、サンドイッチの載った皿を出した。
インパルサーは、黙々と昼食を食べるレイヴンから目を外し、もう一度キッチンを窺う。また、凄い音がした。
思わず肩を竦めてしまったインパルサーに、レイヴンは言う。料理好きの次兄が、不憫に思えた。

「あれを片付けるのは、マリーではなくお前なんだろうな」

「でしょうね…」

お母さんはそういう人ですから、と付け加えた。インパルサーはマスクを押さえ、ため息を漏らす。

「僕の料理道具がどんな目に遭っているのか、想像したくありません」

今度は、どがっしゃ、と金属が落ちる音がした。たまらなくなったインパルサーは、両手でアンテナを押さえる。
背を丸めてしゃがみ込んでしまった次兄に、レイヴンは呆れてしまう。女々しいというか、情けない。
項垂れた次兄の肩を、末妹がぽんぽんと叩く。他人事だからか、クラッシャーは満面の笑みを浮かべている。

「そんなに落ち込まないのー、インパルサー兄さん。きっと、道具はだいじょーぶだって! たぶん!」

「たぶんじゃいけないんです、絶対じゃなきゃいけないんですよ…」

インパルサーは、がっくりと頭を落とした。クラッシャーは、キッチンと兄を見比べる。

「壊れたら、また直せばいいじゃーん」

「ていうかそもそも、料理で道具を壊す方がおかしいんですよね」

そういえばこの間もお母さんは、とインパルサーは記憶を辿りながら呟いた。嫌な出来事が、回路から蘇る。
数週間前にもマリーは料理を行った。その際、力任せに食材を叩き切り、包丁とまな板が損傷を受けていた。
インパルサーは、刃こぼれを起こしていた包丁と、割れかかっていたまな板の姿を思い出す。

「程良く値の張った、僕の大事な大事なキッチンナイフとカッティングボードだったのに…もう…」


「そーいえばさぁ」

泣きそうになっているインパルサーから顔を上げ、クラッシャーは身を乗り出した。レイヴンは、少し身を引く。
大きめのサンドイッチを全て平らげると、レイヴンは皿を盆に戻した。クラッシャーは、なぜかにんまりしている。
すいっと浮上してホロモニターの上に出ると、前傾姿勢になった。片手を挙げ、レイヴンのゴーグルを指す。

「パパはさ、ママにどんなプレゼントをあげるか考えた?」

「いや」

レイヴンの答えにクラッシャーは、えー、と不満げな声を上げる。

「考えなよー、それくらい。仮にも夫なんだからさ、ママの喜びそうなもん、解るでしょー?」

「いや」

レイヴンは、首を横に振る。クラッシャーは、ずいっと間を詰めた。

「マジでぇー?」

「マジだ。オレはあいつに物を贈ったことなどないから、何をやれば喜ぶのか全く解らん」

「うっわぁひどい。よくもママは、こんな女心の解らない鉄仮面と結婚したよねー」

ぶっちゃけ有り得ないー、とクラッシャーは顔を背ける。レイヴンは、淡々と切り返す。

「こんなのから出来たのがお前らだぞ。子供が親の結婚を否定するな」

「だが父上、たまにはプレゼントを贈ってみるのも一興でござるよ」

窓から離れたイレイザーは、レイヴンへ近付いてきた。にやりとしながら、顎へ手を添える。
うんうん、と頭上でクラッシャーが頷いている。レイヴンは、徐々に距離を詰めてくる二人を見比べた。

「…強要するのか?」

「そういうつもりではござらん。ただ拙者は、慣れぬことをして狼狽える父上の姿を拝見したいだけでござる」

「そうそう。私達をいびり倒してたマスターコマンダーがぁ、たかがプレゼントに悩むとこをさーぁ」

にやにやしながら、クラッシャーは口元へ手を当てる。その下で、意地の悪い笑みが浮かんでいた。
レイヴンは二人から顔を逸らし、他の兄弟達を見た。にたりとしたリボルバーが、妹達の提案に頷いている。
ディフェンサーはもう笑い出していて、肩を上下させている。インパルサーは顔を上げると、立ち上がった。

「そうですよお父さん! 照れくささに身悶えながら、お母さんへプレゼントを差し上げるべきですよ!」

「お前ら…性格が悪いな」

思わずそう呟いたレイヴンに、ディフェンサーがげらげら笑った。

「親父に似ちまったんだよ」

「恨むんなら、オレらに初期設定をした自分を恨むこったぜ」

楽しげに、リボルバーが笑う。レイヴンは設計図のデータをディスクに入れ、椅子を動かして後退した。
クラッシャーとイレイザーの間から脱出して立ち、ディスクを持って出ようとすると、ディフェンサーが声を掛ける。

「親父、なんなら手助けするぜー? オレらの方が、あんたよりは女心は解るしよ」

「お前の手を借りるくらいなら、一人で考えた方が余程マシだ」

そう言ってから、レイヴンはリビングを出た。廊下まで、子供達の盛大な笑い声が聞こえてきた。
地下にある研究室へ向かいながら、レイヴンは過去の行為を後悔していた。上下関係を、厳しくし過ぎた。
これは、その反動に間違いない。抑制されすぎていたせいで、少しのことでも調子に乗ってくる。
薄暗い研究室に入り、ドアにパスワードロックを掛ける。レイヴンはコンピューターの前に座り、一息吐く。
ディスクを差し込んで設計図を表示させたが、作業を続行する気は起きない。コンソールから、手を放した。
平らな照明が淡く光る天井を見上げ、足を組む。マリーへのプレゼントなど、思い付くはずもない。
あの戦いのせいもあるが、今の今まで、一度も考えたことがなかった。女心など、最初から解るはずもない。
だが、これからは理解するための努力をするべきかもしれない。ようやく、一緒になれたのだから。
子供達の言う通り、何もしないよりはいいだろう。そう思い、レイヴンは思考を巡らせるべく、腕を組んだ。
ふと気付けば、その姿勢のまま、一時間が過ぎていた。ホロモニターの下部で、時計が一秒ごとに点滅している。
レイヴンは時計と壁を睨んでいたが、まるで何も浮かばない。出てくるのは、色気のない設計図ばかりだった。
プラチナの強化改造図や、新たなシルバーレイヴンの構想。そして、あの戦艦が宇宙を行き、敵を殲滅する光景。
そんなことしか考えられない自分に、少々嫌になりながら、レイヴンは考え続けた。だが、時間ばかりが過ぎる。
不意にドアから、ロック解除の音が鳴った。甲高い電子音に反射的に振り返り、レイヴンは廊下へ目をやる。
横へ滑ったドアの向こうには、イレイザーが立っていた。薄暗い影の中、赤いゴーグルが目立っている。
指先から伸ばしていたケーブルをしゅるりと戻し、ぱちん、と指の装甲を閉じる。部屋の中に、一歩踏み込む。

「思考を開始してから、三時間と十八分二十三秒が経過した。父上にしては、随分とまとまりが悪いでござるな」

「一番性格が悪いのはお前だな、シャドウイレイザー。勝手にロックを開けるな」

廊下のライトの逆光を受け、イレイザーの表情は見えづらい。レイヴンは、少しため息を吐く。
イレイザーはドアの収納された壁の側面に背を当て、口元を上向ける。片手を挙げ、人差し指を立てた。

「諜報を行う者は意地が悪い方が良い、と、拙者の人格設定をしたのは父上にござる」

「ちったぁ部下を、子供を頼ってくれや。まぁ、オレは援護は得意じゃねぇけどな」

イレイザーの反対側の壁へ手を掛け、リボルバーが上半身を突っ込んできた。イレイザーは、少し屈む。
二人の後方から、ひょいっとクラッシャーが顔を出した。妹の下で、ディフェンサーはやる気のない声を出す。

「援護はするが、さっさと終わらせるからな。手間の掛かる親父だぜ、全く」

「ママ、きっと喜ぶよー。パパからの、愛に充ち満ちたプレゼントだもんねー」

やけに嬉しそうに、クラッシャーは笑む。妙に気恥ずかしくなり、レイヴンは彼らから顔を逸らす。
遅れてやってきたインパルサーは、心配そうにキッチンの方を見る。相当不安なのか、小さく声を洩らした。
だが、気を取り直して、研究室にマスクフェイスを向けた。父親に、軽く敬礼をしてみせる。

「それでは、マスターコマンダー。我らカラーリングリーダーへ、どうぞご命令を」

五人の視線を一斉に受けながら、レイヴンはやりづらさを感じていた。だが、こうなっては断り切れない。
躊躇しつつも、彼らの申し出を受けることにした。逸らしていた目線を戻し、命令した。

「…お前ら、手を貸せ」

待ち構えていたように、揃っているようで揃っていない、五人の返事が重なった。
子供達はどやどやと研究室に入ってくると、レイヴンを中心に囲んで座る。早速、プレゼント会議を始めた。
この状況にレイヴンは困ってもいたが、どこか嬉しくもあった。なんだかんだで、好かれているのかもしれない。
結局、騒がしい臨時会議は夕方まで続いた。話し合いに話し合いを重ねた結果、一応それなりの結論が出た。
レイヴンはその結論を聞いた途端、無性に気恥ずかしくなったが、なんとか表情には出さなかった。
一番張り切っているクラッシャーによって、レイヴンは半ば追い出される形で、プレゼントを買いに行かされた。
自宅に戻る頃には照れくささと恥ずかしさが突き抜けてしまい、どうにでもなれ、とレイヴンは腹を決めた。
両手に抱えた愛妻へのプレゼントは、軽いはずなのに重たく、照れくさいはずなのに嬉しく感じていた。




作業を終え、マリーは一息吐いていた。クリームに汚れた指先を、ぺろりと舐める。
調理台に置かれた大きな皿を見、マリーは目を細める。渾身の力作のケーキが、なんだか愛おしい。
汚れに汚れた調理器具をそのままに、手を洗ってエプロンで拭う。ふと、思い出したように、リビングを見る。

「あら」

キッチンから出ると、珍しく誰もいなかった。大きな窓の外は薄暗く、街の明かりが煌々としている。
頬を押さえ、首をかしげる。いつも騒がしいので、ここまで静かだとなんだか妙な気がしてしまう。
すると、廊下の方で足音がした。マリーがそちらを見ると、背中を押されたような姿勢で、レイヴンが入ってきた。
レイヴンは両手に抱えたものを背後へ隠してから、廊下に向けて叫んだ。だがすぐに、マリーに向き直る。
マリーはきょとんとしていたが、すぐにキッチンに入り、白い固まりの載った皿を持って戻ってきた。

「丁度良いですわ、出来上がりましたの!」

「これは…?」

それが何を目指して作られた物なのか、察しは付いていたが、レイヴンは尋ねずにはいられなかった。
でろりと掛けられた白いクリームに、不格好に刻まれたフルーツが沈んでいて、甘ったるい匂いを漂わせている。
配分を考えずにクリームを掛けたのか、半分は分厚かったが、もう半分はスポンジケーキが見えるほど薄い。
クリームを塗る際にずれたのか、スポンジケーキは互い違いだった。中心には、なぜかナイフが刺さっている。
キッチンからの明かりにぎらついている銀色の刃が、レイヴンには、末恐ろしく思えて仕方なかった。
満面の笑みを浮かべるマリーは、そのナイフを抜いて動かした。力任せに、ざくざくとケーキが切られていく。

「見て解りませんの? ケーキですわよ」

レイヴンは、ちらりと廊下に目をやった。顔を押さえたインパルサーが、ふるふると肩を震わせている。
それはダメそのナイフは使い方が違う、と呟きながら、首を横に振っている。余程、大事なナイフなのだろう。
あまりの嘆きように、レイヴンはインパルサーに同情してしまった。我が子ながら、かなり不憫だ。
ケーキを妙な配分で切り分けられたケーキを、マリーはナイフで突き刺した。それを、レイヴンへ差し出す。

「はい、どうぞ」

いびつに切られたケーキが、高く掲げられる。クリームとフルーツが、徐々に垂れてぼたりと落ちた。
レイヴンは足元に落ちたクリームとマリーの笑顔を見比べていたが、口を開け、ケーキと思しき物体を囓る。
ケーキとは思えない固い感触が歯にあり、直後、強い甘さが広がった。レイヴンは、なんとかそれを飲み下す。
満足げに、マリーは微笑んでいる。レイヴンは砂糖の固まりのような味に辟易しながらも、呟いた。

「…甘いぞ」

「ケーキですもの、当たり前ですわ」

にこにこしながら、マリーはナイフを下ろし、ケーキらしき物体の載った皿をテーブルに置いた。

「それで、レイヴンは何を後ろに持っていますの?」

味覚ユニットから神経回路に直接響きそうな甘さと格闘していたため、レイヴンは、一瞬答え損ねた。
マリーは可愛らしく首をかしげながら、ゆっくりと間を詰めてくる。彼は、一二歩、後退ってしまった。
期待に満ちた彼女から目を逸らしていたが、なんとか真正面に顔を戻した。後ろ手に持った物を、固く握る。

「その」

言葉に詰まりそうになりながら、レイヴンはマリーを見下ろした。

「クリスマス、プレゼントだ」


徐々に見開かれたエメラルドグリーンの瞳が、ほんのり潤んでいる。小さな唇が、半開きになった。
白い頬は紅潮して、朱に染まっていた。少し項垂れたため、長い金髪が零れ、横顔を覆い隠す。
マリーは、両手で頬を押さえた。おずおずとした動きで、上目にレイヴンを見上げる。
ここまで喜ばれるとは思っていなかったため、レイヴンは正直狼狽えてしまっていた。マリーは、小さく呟く。

「嬉しいですわ」

「だがマリー、これはあいつらに急かされたからだけであって、オレは別に、その」

かさり、と包装紙が擦れる。ぎしりと機械の手を開き、レイヴンは手を緩めながら前に出す。
薄く白い紙に包まれた色鮮やかな花が、マリーの目の前に下ろされた。ふわりとした甘い香りが、立ち上る。
彼女の髪のような、淡い黄色の花々が束ねられている。花束越しに、レイヴンはマリーを見つめる。

「お前の名前は、地球では花の名らしい。だが、その花がどんなものかは知らん」

こくん、とマリーは頷いた。レイヴンは続ける。

「あいつらに聞いても、多重で黄色の花弁のものだとしか教えてくれなくてな。近いものを、探したんだが」

レイヴンは花束を、マリーに差し出した。マリーは顔を上げると、慎重に手を伸ばして受け取る。
黒いジャケットの内側を探っていたレイヴンは、また顔を逸らした。気恥ずかしさを、なんとか押さえ込んだ。

「それで、あいつらの言うことを総合して考えた結論なのだが、マリーは、貴金属は好きか?」

黄色い花束から、マリーは目線を上げた。レイヴンの片手には、細長い長方形の包みが納まっている。
マリーは、甘い香りを放つ花束を下ろす。嬉しさに詰まってしまった胸が、苦しくて熱い。

「…ええ」

「そうか。あまり持っていないから、嫌いなのかと思っていたが」

「私の心と宝石箱は、あなたのくれたメモリーだけで充分に埋まっていましたもの」

マリーの襟元で、銀色のチェーンが揺れた。花束を足元に置き、手を差し入れて引き出す。

「今も、昔も」


銀色の逆三角形が、きらりと輝いた。古びたメモリーチップは、表面の文字が掠れて消えかけている。
レイヴンは銀色を見つめていたが、マリーの首の後ろに手を伸ばした。チェーンのホックを取ると、指で潰す。
驚いたマリーが何か言おうとする前に、レイヴンは壊れたチェーンをマリーから外し、ちゃりっと手に巻き付ける。

「大事にし過ぎだ」

「だって、これしかあなたが私に下さったものは」

「今から新しいのをやるんだ、いい加減に外しておけ」

「んもう」

自分勝手な人、とマリーはむくれる。レイヴンは、細長い箱を彼女に突き出す。

「気に入るかどうかは、解らんが」

箱を受け取り、マリーは包装紙を外して箱を開いた。その中には、金色のペンダントが入っていた。
恐る恐るチェーンを取り、マリーはペンダントを出した。細い鎖とトップが、ライトの下できらりと輝いた。
円形のペンダントトップには、色違いの小さな宝石が五つ填め込まれている。多少違うが、子供達の色に近い。
マリーがペンダントを眺めていると、貸せ、とレイヴンが取り上げた。ホックを外し、マリーの首に回す。
ぱちり、と首の後ろで止められた。マリーは目の前にあるレイヴンの胸に額を当て、目を閉じる。

「無用な心配をしますのね」

「野暮だったか?」

「ええ。とても」

くすりと笑い、マリーはレイヴンに縋る。大きな手が、ゆっくりと頭を撫でていくのが解った。

「理由はどうあれ、嬉しいですわ。だって、初めてまともにプレゼントをして頂けたんですもの」

「大義名分がなければ、到底出来んがな。地球の習慣に、感謝しなければなるまい」

と、レイヴンが苦笑すると、マリーは可笑しげに言った。

「あなたらしいですわね」


ふと、レイヴンは子供達のエンジン音が遠ざかっていることに気付いた。彼らの反応が、家の中にはない。
少し辺りをサーチして周囲の反応を調べたが、近場にはいないようだった。レイヴンは、少し笑った。
マリーもそれに気付いたのか、レイヴンに体重を掛けた。胸元のペンダントを、優しく握り締める。

「あの子達に、気を遣われてしまいましたわね」

「らしい」

小さな妻の体を腕の中に納め、レイヴンはにやりとする。御膳立てされた、ということのようだ。
ならば、それを存分に楽しむまでだ。溜まっていた感情をぶつけるべく、レイヴンはマリーを抱く腕に力を込めた。
先程食べさせられたケーキの甘さは、まだ口の中に残っていたが、もう気にならなくなっていた。




立ち並ぶビル群を見下ろすタワーに座り、クラッシャーは足をぶらぶらさせていた。
すぐ上には、作り物の夕焼け空のスクリーンパネルが瞬いている。日光の煌めきを、作っているのだ。
側頭部を押さえていたイレイザーは、遥か遠くの自宅を見下ろしていた。手を外し、兄弟達へ頷く。

「兄者方。予測通りの展開でござる」

「今頃あの二人は、ラブラブフィールド展開中ってとこか?」

茶化すように、ディフェンサーが肩を竦める。それが気に入ったのか、リボルバーは高らかに笑った。

「違ぇねぇや。いつまで経とうが、変わりゃしねぇんだからなぁ」

「ああ…僕の道具さん達はご無事でしょうか…」

少し離れた位置で、インパルサーは膝を抱えて項垂れた。背中の翼が、へたりとしている。
ディフェンサーはそれを見、笑う。あまりにも落ち込んでいるため、それが逆に可笑しく思えた。

「運が良けりゃ無事だろうさ。そう落ち込むなよインパルサーの兄貴、いつものことじゃねぇか」

「いつもだからこそ平気じゃないんですよ、全くもう」

はあ、と肩を落としてから、インパルサーは顔を上げた。巨大な都市の空は、彼方で切れている。
暮れつつある空を見ながら、地球でのクリスマスを思い出した。帰還してからは、幾度もその日を祝った。
愛する人の喜ぶ姿は、何度見てもいいものだった。彼女の様々な表情や言葉は、回路の中に納めてある。
好きだと言われたこと、愛していると言われたこと、何もかもの思い出は、色あせずに覚えている。
ふと、インパルサーは右手を開いた。心から愛する人、由佳に触れていたときの感触が、ありありと蘇ってきた。

「だけど、お父さんとお母さんが、とても羨ましいです」


「ああ。そうだな」

ライムイエローの目元を歪めたリボルバーは、空を睨む。組んでいる腕が、ぎしりと握られた。

「長ぇよな、七百年てのは。過ぎちまった時間だけは、どうにもならねぇけど」

「うん、ホントに長い。長すぎるけど、地球にいた時が昨日みたい」

目線を落とし、クラッシャーは目元を擦る。ばきん、とディフェンサーは拳を手のひらにぶつけた。

「それがマジで、昨日だったらいいんだけどな。地球人てのは、どうしてこう寿命が短かいんだよ!」

「短いからこそ、さゆりどのは、皆は素晴らしい方々であったのでござる。少なくとも、拙者はそう思っている」

全ては過去でござるが、とイレイザーは空を仰いだ。インパルサーは、強く右手を握る。

「そうですね、シャドウイレイザー。あなたの言う通りです」


赤く染まっていた空の端が、徐々に闇へと変わっていく。ゆったりとした夜の波が、近付いてきていた。
それぞれの記憶に浸りながら、夜に沈みゆく都市を見下ろしていた。ごお、と強い風がタワーを昇ってくる。
藍色に染まったスクリーンパネルの隙間から、シャトルが滑り込む。機首を下げ、地上へ向かっていた。
彼らの背後で、タワーを包んでいるパネルが徐々に光を帯び始め、明るくなる。夜の都市の、月となるためだ。
逆光の中、インパルサーはゴーグルを押さえる。記憶の底から現在へと、意識を引き戻した。
抱えていた膝を伸ばして、空中へ足を投げ出すように身を投じる。ばきん、と背中の翼が大きさを増した。

「皆さん。そろそろ、帰りましょうか?」

「おう。いい加減にあの二人も落ち着いただろうし、帰っても大丈夫だろ」

にいっと口元を上向け、リボルバーは表情を作った。強く足元を蹴り、飛び上がる。
目元を拭っていたクラッシャーは、ふわりと宙に浮かぶ。背中のブースターの角度を、少し上げる。

「そうだね、帰ろ! クリスマスは、早く帰って家族と一緒にいないとなんだもんね」

「まだ帰る場所があるってのは、ありがたいことだからな」

顔を上げたディフェンサーは、立ち上がると同時にタワーを蹴る。どん、と空中に体を浮かばせる。
イレイザーは兄弟達を見ていたが、呟いた。先頭で待つインパルサーへするりと近付き、笑ってみせる。

「全くでござる。いざ、帰りに参ろうぞ」


五つの影が、夜空の下へ滑るように飛び出した。ブースターの炎が、赤い線を闇に引く。
きらきらと輝く街の明かりが、視界を通り過ぎていく。空へと突き出たビルの上を、擦り抜けていった。
両親の待つ家に、鋼鉄の戦士達は向かう。ようやく形になった家族の、住まう場所へと。
季節が冬でなくとも、雪は降っていなくとも。

彼らにとっては、この日は間違いなく聖夜となっていた。



愛しい人と過ごした、過去の日の記憶。

それが、何よりも温かく幸せなプレゼント。







04 12/20