機動駐在コジロウ




ドールの衣を借る狐



 リニア新幹線の乗り心地は、良くも悪くもなかった。
 設楽道子はグリーン車の広々とした座席に身を沈めながら、車窓を過ぎ去っていく田園風景を眺めていた。どの 田んぼも田植えが済んでいて、ほんの小さな稲にたっぷりと水を吸わせるために張った水に冴え冴えとした青空が 映り込んでいた。生々しく鮮やかな息吹の色合いだ。秋になれば、稲は頭を垂れて金色に輝くのだろう。
 一ヶ谷駅から出発したリニア新幹線は、東京に向かって滑らかに走行していた。従来の新幹線に比べれば揺れも かなり軽減されていて、高出力の電磁力を漲らせたレールの上に浮遊しているのでレールを乗り越える際に起きる 震動もなく、騒音もモーター音程度だ。だが、巨大な車両を浮かび上がらせるほどの凄まじい電磁力によって発生 する不規則かつ暴力的な電磁波の影響で生まれた公害は少なくない。リニア新幹線が通過するたびに巻き起こる 小規模な電磁嵐で精密機械が壊れたという話は数多くあり、サイボーグの線路技師がボディの換装と同時に転職 を余儀なくされた、という話も頻繁に見かける。どんなに優れた技術にも、一長一短があるものだ。
 道子はそんなことを考えながら、久々に袖を通した私服を見回した。吉岡りんね直属のメイドとなったのは四ヶ月 前のことであり、それ以来、ほぼ毎日メイド服を身に付けていた。安っぽいコスプレのようなミニスカートとフリフリの エプロンにニーハイソックスでハイヒール、という格好ではなく、理に適ったブリティッシュメイドなので道子もそれなりに 気に入っている。肌を見せない服装は関節の繋ぎ目も見えずに済むから安心出来るから、というのもある。
 このリニア新幹線は八両編成で座席数は一千三百二十四席だが、繁忙期でもなければ通勤通学の時間帯でも ないので六割程度しか座席が埋まっていない。その八千人弱の乗客の一割、つまり八百人程度の乗客からは、 サイボーグの固体識別信号が微弱に発進されていた。通常、サイボーグの個人情報は管理会社によって特に厳重 に守られているものなのだが、道子に掛かればいかなるセキュリティプログラムも薄膜も同然だ。だから、少し考えた だけで管理会社のコンピューターに進入出来る。彼らがサイボーグ化した原因の事故や病気を洗い出せるだけでは なく、そこから経由して個人の携帯電話やパソコンの記憶容量にも進入出来る。暇潰しとしては最高だが、趣味と しては最悪だ。そんなことをしたくなければ考えなければいいのだが、意識しなくとも思考が働き、遺産が動く。
 八百人弱のサイボーグの個人情報を徹底的に洗い出し、ハルノネット本社のデータベースに転送しているうちに、 リニア新幹線は東京駅に到着した。切符の代わりにクレジットカードの機能を搭載している携帯電話を自動改札に 翳し、料金を自動引き落としさせてから、改札を抜けるとハルノネットの社員が待ち構えていた。

「お待ちしておりました、副主任」

 リクルートスーツに身を包んだ若い女性だったが、一目見てサイボーグだと解った。なぜなら、顔が道子と全く同じ だからだ。だが、それは珍しいことでもなんでもない。サイボーグボディのフェイスパターンをオーダーメイドすると、 法外な料金が掛かるので、顔の基本骨格はいじらずに部品だけを少し調節して生前に似せるのが定番だからだ。 実際、道子と同じリニア新幹線から降りてきたサイボーグの女性達は揃いも揃って同じ顔をしているが、彼女達は 別方向に行き、それぞれの乗り換え口に向かっていった。

「私の役職、いつからそれになりましたっけぇーん?」

 道子は女性社員と連れ立って歩き出しながら肩を竦めると、女性社員は一枚の書面を取り出した。

「昨日付で、設楽さんはサイボーグ技術課の副主任に昇任なさったんです。その際に、昇進手当も出ました」

「もしかしてぇーん、私が私用で使ったお金を補填してくれたりしたんですかぁーん?」

 道子はその一枚の書類を奪い、舐めるように読んだ。確かに、昨日の日付で、道子がハルノネットのサイボーグ 技術課の副主任に昇進したことが書き記されていた。人間の目で見れば一文字も印刷されていないただのコピー 用紙なのだが、サイボーグの目を通してみると重要な書面が印刷されている。ハルノネット本社から転送されてくる データが視覚情報に割り込んできているからだ。ただのコピー用紙の端を捲るように指を動かすと、情報のページが 更新されて次の書面が現れた。その内容は、辛辣であり的確だった。
 ハルノネットには全てがお見通しだった。吉岡一味が佐々木つばめ攻略に立て続けに失敗していることも、別荘に フジワラ製薬の研究員であり怪人である羽部鏡一が参入したことも、道子が金と引き替えに羽部鏡一からつばめの 生体組織を得たことも、道子の料理が壊滅的に不味いことも。個人情報保護法など最初からあるわけがないのだ。 仮想現実空間に存在する四枚の電子書類の末尾に、道子が羽部鏡一に渡した多額の預金と同額の昇進手当が 振り込まれる期日が記載されていた。ありがたいような気もするが、なんとなく癪に障った。
 東京駅前のロータリーでは、見るからに高級な黒塗りのハイヤーが待っていた。女性社員がドアを開けてくれた ので道子は後部座席に乗り込むと、女性社員はドアを閉めた後に立ち去った。近隣にある支店で働いている店員 を迎えに来させたのだろうが、正直言って余計な御世話だった。ハルノネットの本社なんて、視覚センサーを切って いても到着出来る。道中で他の企業や団体に襲われたとしても、やり返してやるものを。
 十数分のドライブを終えて、ハイヤーはハルノネット本社に到着した。見上げるほど高いミラーガラスのビルには、 常時ホログラフィーが投影されていて、購買意欲を煽る広告が躍っていた。ハルノネットが売り出したばかりの最新 機種の携帯電話からサイボーグボディに欠かせない保険から子会社の食品まで様々で、絶え間なく映像と文字が 切り替わっている。周囲のビルも似たようなものなので、ホログラムの派手さを咎められることはない。
 中東にいても違和感のない重武装をした戦闘サイボーグの守衛に社員証を見せてから、自動ドアを抜けてロビー に入ると、本物の噴水にホログラムの飛沫が重なって、光り輝いていた。生身の社員とサイボーグの社員が忙しく 行き交っていて、受付にはサイバーパンクのSF映画に登場しそうな衣装を着た受付嬢が控えていた。会社の顔でも ある彼女達の顔はさすがに特別製で、人工眼球の動きや唇の柔らかさは本物と見紛う完成度だ。一目見ただけで 億単位の開発費が掛かっていると解る。道子は受付に近付くと、社員証を見せた。

「サイボーグ技術課の主任、美作みまさかを呼び出して頂けませんかぁーん。副主任の設楽ですぅーん」

「サイボーグ技術課の美作ですね、少々お待ち下さい」

 右側の受付嬢は一礼した後、手元のコンピューターに手も触れずに操作し、十秒と経たずに答えた。

「美作でございましたら、四十八階の研究室におります。是非とも来てくれとのお返事もございましたので、どうぞ、 そちらのエレベーターからお入り下さいませ」

「どうもぉーん」

 道子は受付嬢に礼を述べてから歩き出そうとしたが、ふと足を止めた。左側の受付嬢の人工眼球がほんの僅か だが動きが淀んでいた。ロビー内部を飛び交う無数の電波の一つを絡め取って情報を得てから、左側の受付嬢に 顔を寄せると、人工眼球を通じた赤外線通信でダイレクトに思考を伝えた。産業スパイはもっと丁寧にね、と。

「ひっ!?」

 左側の受付嬢は小さく悲鳴を上げて身動いだので、道子はにっこりした。

「あなたがどこの誰なのかを探っている時間はないので特に問い詰めませんけどぉーん、その子にさっさとボディを 返してやらないとぉーん、どっちの脳もオーバーヒートしちゃいますからぁー、気を付けて下さいねぇーん。あと、本社 のデータベースから抜き取っていった情報は転送中は無事ですけどぉーん、転送先のコンピューターやメモリーに 入れた途端にウィルスに変換されちゃう仕掛けが入っていますからぁーん、お気を付けてぇーん」

 そう言い残してから道子が立ち去ると、ロビー内にも配置されている武装サイボーグの守衛がやってきて、左側の 受付嬢を抱え上げて運んでいった。社員達は足を止めてその様子を眺めていたが、すぐに自分の仕事の戻った。 この業界では、電子工作に特化したサイボーグが別のサイボーグに乗り移って産業スパイを行うのは珍しいことでも なんでもないからだ。エレベーターに乗って四十八階に向かいながら、道子は窓ガラスに自分の服装を写した。
 柔らかなラインの白いチュニックにタイトなロールアップジーンズにパンプスという二十歳の女性らしい服装だが、 あの男は気に入らないだろう。きっとまた、ろくでもない服に着替えさせられるのだろうが、それもまた仕事の内だ。 膨大な不平不満を心中に押し込めている間にエレベーターは四十八階に到着し、ドアがするりと開いた。
 そこには異世界が広がっていた。廊下を埋め尽くすほどの大量の人形が並び、奇妙なポーズのマネキンが並び、 人間に肉薄するサイボーグボディが並び、皆が皆、無機質な瞳を見開いていた。同じサイボーグである道子でさえも 若干臆するのだから、正常な感覚を持つ人間では恐怖しか覚えないだろう。子供の遊ぶ着せ替え人形から高価な ビスクドールから、ありとあらゆる人形が連なっている。人間に似せた形の無機物の固まりは、表情が固定された 顔を同じ方向に向けている。それこそが、サイボーグ技術課の心臓部である研究室だった。

「失礼しますぅーん」

 道子は社員証をドアの認証装置に当ててロックを開き、室内に入った。ここもまた人形に埋め尽くされていたが、 天井からは新機構を搭載した試作品のサイボーグボディが数体ぶら下がっていて、不気味さを増していた。

「いらっしゃい、道子ちゃん。お待ちしていたわ」

 骨格が剥き出しのサイボーグボディを掻き分けて振り返ったのは、この部屋の主、美作みまさかあきらだった。だが、その声は ひどく裏返っていて、毛糸の髪を持つ布製のカントリー調の少女の人形を顔の前に翳していた。人形のパフスリーブの 肩越しに覗いた切れ長の目は、道子の格好を上から下まで見回した後に不愉快げに顰められた。

「そんな服、道子ちゃんには似合わないわ。とても素敵なお洋服があるのよ、お着替えしましょう?」

「そんなことないですよぉーん、至って普通ですよぉーん」

 道子は笑顔を保ちながら言い返すが、美作は聞く耳を持たなかった。サイボーグボディの研究室に不釣り合いな バロック調のクローゼットを開けて次から次へと衣装を出しては、道子目掛けて放り投げてくる。コルセット、パニエ、 ヘッドドレス、ブーツ、ガーターベルト、日傘、などなど。道子は仕方なくそれらを掻き集め、嘆息した。

「ではー、ボディを換装してからこれに着替えてきますぅーん」

「換装する必要なんてないわ、そうでしょう? だって、道子ちゃんのプロポーションに合わせたお洋服なのよ?」

 美作はクローゼットからサイボーグ用の化粧道具を取り出しつつ、やはり裏声で言ったので、道子はむくれた。

「だからぁーん、私は定期点検に来たんですよぉーん。そのついでにぃー、御嬢様の動向を御報告にぃーん」

「……ああ、そうだったのね」

 カントリー調の少女人形ではなく未来的なデザインの美少女フィギュアを手にした美作は、そのキャラクターに 合わせたクールな声色を出した。

「だけど、君の外泊がたった一泊二日なんて、あの御嬢様も随分としみったれているのね。一週間ぐらいは休暇を 与えてほしいものだわ。そしたら、道子をオーバーホールするついでに改造してあげるのにね」

「余計な改造はしないで下さいねぇーん、頭の中のアレが拒絶反応を起こしちゃ困るんでぇーん」

 道子が頭部を指すと、美作はボーイッシュな美少女フィギュアに持ち替え、声色も微妙に変えた。

「アマラの情報処理能力が急激に向上した原因についても報告書を上げておいてくれないか。そのせいで昨日から 本社地下のスーパーコンピューターがやかましいんだ。おかげで仕事は随分と捗ってくれたが、無駄な仕事も増えて しまった。適当に書いて報告書を上に提出してきてくれないか、無駄な仕事を始める前に」

「お仕事ってぇーん、つばめちゃん絡みじゃないお仕事ですかぁーん?」

 道子は試作の部品が山積みになっているデスクに付くと、パソコンを起動させて報告書を手早く書き始めた。

「いいえ、そんなことはありませんわ。また、あの娘絡みなのですわ。あの小娘のボディガードの警官ロボットが整備の ために都内に輸送されましたでしょう? 整備が終わった頃合いに襲撃して、休止状態のロボットを奪取してくれ って命令を上から下されましたのよ」

 美作はいかにも高価そうなスーパードルフィーをそっと抱えると、金髪碧眼で純白のドレスを着た人形に合わせた 口調と声色で喋った。それを大事そうに胸に抱きかかえたまま、研究室を後にした。この性癖さえなければ、美作は 女にも金にも不自由しないだろう。西洋人じみた整った顔立ちと百八十センチを越える長身は魅力に溢れ、性別を 問わず人目を惹く外見だ。優秀なサイボーグ技師として表舞台に立てるだろうし、世界的にもその才能を生かせる だろうが、彼は何がなんでも人形遊びを辞めようとしない。それどころか、人形を使わなければ他人と会話すること すら覚束無い。出来れば関わり合いになりたくない相手だが、道子の場合はそうもいかない。
 道子の脳内に埋め込まれている銀色の針は、他でもない遺産の一つである。その名をアマラといい、直径二ミリ、 全長七センチという矮小な物体でありながら、スーパーコンピューター一万台分に相当する演算能力を持つ脅威の オーバーテクノロジーなのだ。だが、その針で崩れかけた脳を支えている道子であろうとも、アマラの能力を上手く 生かせていない。そもそも道子は佐々木家とは何の血縁もなく、ただ単にアマラが道子を受け入れてくれた、という だけなのだ。そして美作は、アマラを内包する道子の脳を受け止められる情報処理能力を持ったサイボーグボディを 開発してくれるばかりか、仕事に見合ったコンディションにメンテナンスしてくれる。
 美作のストイックな研究がなければサイボーグ技術の発展はなかった。美作が死にかけていた道子の脳に銀色の 針を埋め込んでくれなければ、サイボーグボディを与えてくれなければ、道子は長らえていない。だから、美作には 最大限に感謝するべきなのだが、その特殊な性癖も相まってそんな気持ちになれない。
 道子は美作の人形だからだ。




 都内某所。
 噎せ返るほど濃密に漂うタバコの煙を払い、周防国彦は顔をしかめた。いつ来ても、ここはこんな調子だ。せめて 換気だけは徹底してくれ、と毎度ながら思ってしまうが、この部屋の主にその気がなければどうしようもない。ヤニの 匂いが染み付いた機械部品が山と積み重なり、有象無象のデータが詰まった無数のディスクが机の上でタワーを 成し、視界を阻んでいた。埃が分厚く積もったブラインドから差し込む日光が、濁った空気を切り裂いている。

「おい、柳田!」

 周防が声を上げると、窓際の机に向かっていた人影がのっそりと振り返った。

「うるせぇ黙れ。集中出来んだろうが」

 タバコを銜えている唇を曲げて不躾な言葉を吐き捨てたのは、ぼさぼさの髪を引っ詰めている女だった。連日の 徹夜でろくに風呂にも入ってないのか、髪はべたつき、ワイシャツの弛んだ襟元は垢染みている。ほとんど日光に 当たらない生活を送っているせいか肌色は妙に白く、薄暗く汚れた室内で浮いていた。

「ちっきしょー、あの小娘。あたしが絶妙にセッティングした機体をデタラメに使いやがってよぉ」

 タバコが山盛りの灰皿にタバコの吸い殻をねじ込んでから、女は愚痴る。彼女の目の前のホログラフィーモニター には、船島集落から回収してきた警官ロボットの立体映像と細かな状態が表示されていた。識別名称、コジロウの 状態は芳しくなく、機体中心部の動力部を除いてほとんどの部品に異常が現れていた。

「エンジンの出力の全部の部品が追っついてねぇんだな、こりゃ。でなきゃ、メインフレームが歪むわけがねぇよ」

 女は膝を抱えて座り、新たなタバコを銜えて電子ライターで火を灯す。着替える手間すら億劫だったのか、下半身は ショーツだけという無防備極まりない格好だった。色気は皆無なのだが、周防はやりづらくなって目を逸らす。

「まともに服を着ろ、馬鹿が」

「あたしに馬鹿と言うな、脳筋馬鹿め」

 女、柳田小夜子は吊り上げた口角から紫煙を漏らしてから、胡座を掻いて背中を丸めた。

「で、どうする? ムリョウっつーか、コジロウを全部換装すると一週間は掛かるぞ。元々の部品に改良を加えて 作り直すとなると最低でも一ヶ月だな。でないと、エンジンに負けて爆砕しちまうよ」

「敵がそこまで待ってくれるかよ。俺達は何が何でも佐々木つばめを守らないといけないんだ、巻いていけ」

「手ぇ抜けっての? んなこと出来るわけねーじゃん、あたしのプライド的に許せないしさー」

 小夜子は頬杖を付いたが、その拍子に吸い殻の山が床に零れ落ちた。

「出来る限りでいい、動けるようにして送り返してやれ。でないと、手の打ちようがなくなっちまうんだ」

 周防はPDAからホログラフィーを展開し、捜査資料を小夜子の前に見せた。

「フジワラ製薬が動き出したんだよ。あいつらは遺産を使って怪人になれるばかりか、液状化出来るんだよ。俺達は そいつらの液体が川に流されたことまでは掴んだ、というか見え見えの尻尾を掴まされたのさ。そいつを追っている 振りをして多方面に手を伸ばしてみたが、フジワラ製薬が新製品を発売するってことが解った。それと、フジワラ製薬 名義のタンクローリーが一台行方不明ってこともな。液体を川に流したであろう現場の下流域の水質検査と捜索を 行ったが、これといって異常は発見されなかった。だから、液状化した怪人共は元々川になんか流れちゃいない、 ただの時間稼ぎだったというわけさ。で、今はタンクローリーを追跡している最中だ」

「てことは何か、マッチポンプってことかよ。水質汚染した後に特効薬を発売ー、って感じ?」

 小夜子が肩を竦めると、その拍子に緩んだ襟元から胸の谷間が見えそうになり、周防はあらぬ方向を睨んだ。

「まあ、つまりはそういうことだ。小娘を連れてダム湖に行ったイチを、トンネルの中で襲ってきたのは口封じのためでも なんでもない、目的を強調するためだ。止められるものなら止めてみろ、ってところだろう」

「ふーん」

 小夜子は気怠げに捜査資料を見つめていたが、にっと口角を上向けた。

「じゃ、半日で組み上げてやるぜぃ。新機構ってほどのもんじゃないけど、エンジン出力に耐えられるように設計した 試作品がいくつかあるんだよなー。よっしゃ、工房に行ってくる!」

 勢い良く立ち上がろうとした小夜子を押さえ付け、まずは風呂に入って着替えろ、話はそれからだ、と周防は強く 言い聞かせた。彼女は嫌そうに呻いていたが、渋々シャワールームに向かっていった。その隙に窓を開けて換気を 行いながら、周防は思い切り嘆息した。柳田小夜子はロボット工学の技術者としては非常に優秀なのだが、性格に 締まりがない。タバコを手放すことはなく、放っておけば二週間はまともに風呂に入らず、複雑な設計図と機械部品 と睨み合ってばかりいる。だが、彼女がいなければコジロウは完成していなかっただろうし、コジロウがいなければ 佐々木長光の遺産と佐々木つばめの身柄は守り通せなかっただろう。
 才能と性格は比例しないのが世の常だ。





 


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