機動駐在コジロウ




論よりシャウト



 泥水を被る寸前、つばめは抱え上げられた。
 コジロウは瞬時につばめを横抱きにし、タイヤを滑らせながら緊急回避を行った。それから間もなく、泥水の大波 は崩れ落ちてガラス戸に襲い掛かる。汚れた染みが広範囲に貼り付き、滴り落ちていくと、ガラス戸の奥で美月が 呆気に取られていた。レイガンドーは美月を抱えて守っていたが、忌々しげな仕草で振り返った。つばめは雨水に 顔を打たれながらも目を開き、自分の体が泥水に汚れていないことを確認してから、それを捉えた。
 辺りが煙るほど濃厚な蒸気を排気筒から噴出しているのは、全長五メートルの人型重機だった。人型重機は工事 現場の作業員が被っているヘルメットに似た形状の頭部を動かし、単眼のスコープアイの焦点を合わせてつばめと コジロウを見据えると、両腕を大きく振り回した。

「ワシのじゃ電波を拾えても受信出来んのじゃーいっ!」

「緊急回避!」

 闇雲に暴れる人型重機の攻撃圏内から退避しようと、コジロウはタイヤを回転させる。が、雨が降りすぎたせいか タイヤがスリップしてしまい、思うように速度が出せない。そうこうしているうちに、人型重機は分厚いキャタピラで濡れた アスファルトを踏み締めながら追い掛けてくる。

「おどれはコジロウっちゅうなんじゃろ、ワシャあ知っとるけんのうー! おどれはブチ強ぇロボットじゃけぇ、テレビの チューナーぐれぇ内蔵しとるはずじゃけぇのう! そいつを寄越しちゃくれんかいのう!」

「テレビぃ!?」

 あまりにも下らない襲撃理由に、つばめが思わず叫んでしまった。コジロウは駐車場の隅に到達したのでカーブ しようとするが、大きな水溜まりに突っ込んでしまい、タイヤが滑ってブレーキングが働かなかった。そのため、つばめ を高く掲げて膝を付き、両足自体を摩擦させてスピードを殺した。おかげで駐車場の外にある藪には突っ込まずに 済んだものの、つばめはコジロウが跳ね上げた水と雨水で盛大に濡れた。

「つばめ、負傷していないか」

 コジロウは立ち上がってつばめを抱え直すが、つばめは水を含んだ前髪を掻き上げた。

「一応ね。濡れるだけなら、まだ我慢出来るかな……」

「ほうじゃのう、おどれらを連れて帰ったら、姉御もワシを褒めてくれるかもしれんのう! そしたら、ワシにテレビの チューナーをくっつけてくれるかもしれんのう!」

 人型重機はコジロウににじり寄り、土木作業用のバケットにもなる手をばちんばちんと打ち鳴らして挑発してくる。 先程廃熱してもまだ熱が籠もっているのか、雨水の滴り落ちる機体のそこかしこから湯気が立ち上っている。この 人型重機には見覚えはないが、理不尽な動機で狙われる原因は一つだけだ。つばめは雨に濡れて体が冷えたこと とは別の理由で頭痛を覚えたが、気を取り直し、人型重機を指差して声を張り上げた。

「あんた、もしかしなくても吉岡りんねの所有物でしょ!」

「なんで解るんじゃい!?」

 と、人型重機は仰け反ったが、すぐに姿勢を戻した。

「だったら話は早いわい、ワシャあ岩龍っちゅうモンじゃい! 以後よろしゅうのう!」

「岩龍だと?」

 すると、ガラス戸を全開にしてレイガンドーが雨の中に飛び出してきた。人型重機、岩龍はキャタピラを停止させ、 訝しげな仕草で見知らぬ人型ロボットを見下ろした。が、人型ロボットの個体識別信号ですぐに誰なのか悟り、機体を 急速反転させてレイガンドーに向き直った。

「だぁっはははははははは! まーだスクラップになっとらんかったんかい、レイガンドー!」

「お前こそ、よくもまた俺の前に顔を出せたもんだな」

 レイガンドーは美月を背に庇い、勇ましくファイティングポーズを取る。岩龍は笑うように単眼を細める。

「姉御にはハードディスクドライブをフォーマットされてもうたが、おどれのことだけはそれ以外の回路にクソみてぇ にこびり付いとるんじゃい! 地下闘技場での最後の戦いのことものう! おどれとはもう一度、ぎちっと勝負を付けて やりたいところだったんじゃい! どぅわはははははははは!」

「レイガンドーって、この人型重機と知り合いなの?」

 つばめがレイガンドーに振り向くと、レイガンドーは軽やかにステップを踏み始めた。

「ああ。ボディこそ換装しているが、人工知能の個体識別番号は間違えようがない。奴は岩龍、地下闘技場で俺と 何度も戦い合った仲だ。俺も岩龍も元々は人型重機なんだが、まあ、色々あって格闘用のロボットにされていたって わけさ。知り合いなんて綺麗な関係じゃねぇよ。こいつさえいなければ俺のオーナーは、美月の親父さんはロボット 賭博で身を持ち崩すこともなかったんだ。それを思うと、俺の回路が熱暴走しちまいそうなんだよっ!」

 両の拳が交互に繰り出され、風切り音と共に粉々に砕かれた雨粒が飛び散る。

「さあ来いよ、リターンマッチのリターンマッチのリターンマッチと行こうじゃないか!」

「ちょっと、レイ!?」

 慌てふためきながらドライブインから飛び出してきた美月に、レイガンドーは横顔を向ける。

「安心しな、美月のメンテナンスは完璧だ。多少のウェイト差なんて、俺の経験と格闘センスで埋めてみせる」

「そうじゃないよ、私はレイにそんな命令なんてしていない! 止めてよ、そんなこと! 絶対負けちゃうよ!」

 美月はレイガンドーに縋るが、レイガンドーは拳を掲げて岩龍に据える。

「美月が泣くほど不安になるのは、俺が強いと証明出来ていないからだ。やっと出来た友達と話しただけで嫉妬する のも、何があろうと俺の心が美月から動かないということを、示せていないからだ。だから、俺は岩龍を1ラウンドで ノックアウトしてやるよ。そうすれば、美月はもう泣かなくて済むだろう?」

 ウィンクをするように、レイガンドーはゴーグルアイの片方を点滅させる。

「……なんで? だって私、さっき、レイにあんなにひどいことを」

 美月が狼狽えると、レイガンドーは目を細めるようにゴーグルアイが放つ光量を絞る。

「俺は機械だからな。今でこそ人間みたいな言動が取れるが、それは上っ面に過ぎないんだよ。気持ちだけで判断 するなんてことは出来やしないし、出来たとしたら、それこそ大問題だ。だから、俺は美月を守るために動いている んだ。美月が俺をどう思おうが、生きていくための金を稼ぐために売り払おうが、俺は痛くも痒くもないんだ。だから、 あまり気にしないでくれよ。俺の行動理念は単純明快、美月を守る、それだけなんだからな」

 そう言い終えるや否や、レイガンドーは駆け出した。岩龍もまたキャタピラを急速回転させて発進し、先程以上の 泥水を巻き上げながら突き進んでくる。このままでは両者が激突する、と思われたが、レイガンドーは両足を曲げた 後に思い切り伸ばして跳躍した。水飛沫の帯が伸び、機体が暗雲に吸い込まれていく。
 岩龍はすかさずレイガンドーを薙ぎ払おうとするが、レイガンドーは突き出された腕を軽く蹴って岩龍の懐に飛び 込み、腰を捻ってパンチを繰り出す姿勢になった。が、岩龍は急速反転して遠心力でレイガンドーを振り落とすと、 圧殺すべく直進してきた。猛烈な速度とパワーで回転するキャタピラは駐車場に落ちていた枝葉を呆気なく砕いて 粉砕し、キャタピラの後部に撒き散らす。このままでは、数秒と立たずにレイガンドーも同じ目に遭う。美月は呼吸 することすら忘れて立ち尽くし、つばめはコジロウに助けに出るように命じそうになった。
 が、レイガンドーは冷静だった。岩龍のキャタピラは左右で一対になっていて、操縦席を含めた本体がある部分は 空間が空いている。レイガンドーはその場に伏せて轢死を回避すると、岩龍の本体の真下で立ち上がり、そのまま 駆け上がっていった。土木工事用ロボットには不可欠なスパイクを足の裏から出して岩龍の装甲に噛ませ、一歩、 一歩、着実に昇っていく。そして、操縦席のフロントガラスを突き破り、レイガンドーは岩龍の目の前に現れた。

「ハッハァーッ!」

「なんのぉっ!」

 だが、岩龍も負けてはいなかった。レイガンドーの痛烈なパンチを受ける前に後退して距離を取り、右腕の駆動用の シリンダーをピストン代わりに使い、落盤した岩石をも破壊出来る打撃を放った。高く跳躍していたために足場がなかった レイガンドーは逃げる間もなく打撃を浴び、銀色の砲弾と化して吹っ飛んだ。

「コジロウ! レイガンドーを援護してあげて!」

 つばめがすかさず命じると、コジロウは水溜まりを跳ね上げて駆け出した。

「了解した」

 大きく弧を描きながら道路を越えていくレイガンドー目掛け、コジロウは己を発射させた。恐るべき高出力の脚力が 生み出した衝撃波が雨水を丸く散らし、僅かではあったが局地的な突風が発生するほどだった。直後、赤いパト ライトを光らせる警官ロボットはレイガンドーを横抱きにして確保すると、姿勢制御して道路に着地した。人型 ロボット二体分の重量によって、またもや轟音を伴う衝撃波が波状に広がった。

「っと、ちょいヤバかったな。ありがとな、コジロウ」

 コジロウに横抱きにされていたレイガンドーは、コジロウを軽く叩いて礼を述べた。コジロウは彼を下ろす。

「つばめの命令に従ったまでだ」

 レイガンドーはステップを踏んで関節に異常がないことを確かめてから、岩龍と向き直った。

「なあコジロウ、今の俺とお前の目的は一致している。そうだろう?」

「その認識には誤りがある。本官の職務とレイガンドーの最優先事項には大きな隔たりがある」

「そう固いこと言うなよ。俺とお前の仲じゃないか」

「本官とレイガンドーが個人的な交友関係を持ったという記録はない」

「じゃ、今から持とうぜ。お互いのマスターを通じた個人的な交友関係ってやつをよ」

 レイガンドーが荒っぽくコジロウの肩を小突くと、コジロウはよろめきかけた。

「だが、本官は」

「今、あいつを落とせなきゃ、俺もお前も木偶の坊だってことだよ。だから、ちょっくら手を組もうぜ」

 凱歌の如き笑い声を上げる岩龍を見据えて、レイガンドーは拳を上げる。コジロウは若干の間の後、身構えた。 それを了承だと判断したレイガンドーは一笑し、腰を落としてジャブとフックを交互に繰り出した。コジロウはその様 を横目で窺いつつも、戦闘態勢を取る。岩龍は両腕のシリンダーを縮めて先程と同等のパワーを誇る打撃を放つ 準備を整え、排気筒から高圧の蒸気を噴出させて意気込みを露わにした。

「てなわけだから、何かいい手はない?」

 つばめが美月に問うと、混乱と興奮の極致である美月はしどろもどろに答えた。

「えぇ、ええっと、あのタイプの人型重機は水素エンジンによる高出力が売りだけど、その分燃費が悪いんだ、凄く。 パワーゲインはガソリンエンジンと比べるとかなり少ないんだけど、その分部品に負荷が掛かりやすいって言う難点 もあるし、でも、その、機体の完成度としては……」

「それだけ解れば充分! てぇわけだからコジロウ、持久戦に持ち込んで!」

 つばめが腕を振り上げながら高らかに叫ぶと、コジロウは答えた。

「了解した」

「あ、レイもそうして! バッテリー切れを起こさないように気を付けてね!」

 つばめに釣られた形で美月が命じると、レイガンドーは笑った。

「そう言われるのを待っていたぜ!」

「そがぁな小賢しい作戦が通じるわけなかろうが! 燃料切れを起こす前にカタぁ付けちゃるわい!」

 岩龍は一層奮起し、二体の人型ロボットに向かって前進した。コジロウは岩龍の射程内に入らないために姿勢を 低くして駆けていき、レイガンドーは先程と同じような身軽さを生かした戦法を取った。岩龍は一度に二人を相手に するべく両腕を振り回し、シリンダーを生かして凄まじい打撃を放つがどちらにも命中しなかった。それもそのはず、 コジロウとレイガンドーは岩龍の両腕の可動範囲を見極めていて、岩龍の射程からは寸でのところで外れる位置に いたからである。対角線上で動き回る二体の人型ロボットは互いの動きをトレースしていて、コジロウはレイガンドー のファイティングスタイルを模倣した動作で岩龍に打撃を加え、レイガンドーはコジロウの隙のない動作を模倣した 機敏な立ち回りで岩龍を翻弄していった。それはまるで、機械同士の荒々しいダンスのようだった。
 岩龍の関節から噴出される熱排気の回数と量が増していき、雨による外部冷却も間に合わなくなっていく。対する コジロウは無限動力炉によって燃料切れを知らず、レイガンドーもまたフィードバックによる再充電のおかげで首の 皮一枚をなんとか繋いでいた。饒舌だった岩龍は黙り込むようになり、次第に動作も怠慢になってきた。
 一時間か、二時間は過ぎただろうか。人間の体力では到底耐えられない長さで戦い続けていた三体のロボット は、岩龍が機能停止することで決着が付いた。最後の余力で突き出していた拳をアスファルトに叩き付けた岩龍は スコープアイから光を失い、全ての関節から高圧の蒸気を噴出した後、弛緩した。その外装は雨水と泥とコジロウと レイガンドーの攻撃によって汚れ切り、背部装甲に描かれている昇り龍はいくらか削れていた。

「ヒュー! タイムアップに持ち込んで判定勝ち、ってところか?」

 レイガンドーは歓声を上げて動きを止めると、関節から蒸気を噴出して廃熱した。

「水素燃料の枯渇による機能停止だ。その語彙に相当する状態ではない」

 コジロウもまた動きを止め、外装を開いて廃熱を行った。二人の周囲には、うっすらと陽炎が現れるほどの高熱 が立ち込めていた。戦いを見つめ続けていたつばめが安堵からため息を吐くと、美月は緊張の糸が途切れたのか、 その場に座り込みそうになった。水溜まりに尻が浸ってしまいそうになったので、つばめは美月の腕を取る。

「座るんなら、中に行こうよ」

「う、うん……」

 つばめに促されるままに自動販売機コーナーに戻った美月は、手近なベンチに座り、呆然とした。

「今回はそんなでもなかったなぁ。岩龍ってロボットは新手だけど、大したことなさそうだし」

 つばめはアイスクリームの自動販売機でチョコアイスを買うと、美月の隣に腰掛け、パッケージを開けた。

「質問される前に説明しておくけど、私はね、色々あって馬鹿みたいな額の遺産を相続したの。んで、私の従姉妹で 吉岡グループの社長令嬢で超美少女の吉岡りんねと愉快な仲間達が、私をどうにかして遺産を奪おうって画策して いるってわけ。吉岡りんねと敵対するのが嫌なら、私と無理に友達にならなくてもいいんだよ。だって、吉岡りんねって 強かすぎて敵に回したくないタイプだし、分が悪い方に付かないのが当たり前だから。だからさ、小倉さん」

「私も嫌いなんだよね、そういうの」

 一度深呼吸した後、美月は目元を拭った。

「誰が敵で誰が味方、っていう括りで他人をカテゴリー分けするのって嫌なの。なんとなく。グループを作るのだって なんか嫌だし、仲が良い女子だけで集まるのも苦手なの。だから、私はどっちの味方にもならないし、なりたくない。 でも、りんちゃんのことだって心の底から嫌いじゃないし、佐々木さんと友達にはなりたいって思うんだ。そういうの ってさ、ダメかな。中途半端だし、自分に都合が良すぎるし」

「ううん、全然。だってそれ、損得勘定が抜きってことなんでしょ? だったら、純然たる好意じゃん」

 つばめがにんまりすると、美月はちょっと照れた。

「そう思ってくれるんだ。れんげちゃんが言ったことは嘘じゃないのに、ウザがらないんだ」

「嘘じゃないからって、それが全てってわけじゃないよ。それに、私はミッキーのことは全然知らないんだもん」

 と、言ってからつばめは慌てた。戦闘が終わって気が緩んだのか、美月に対して密かに付けていた渾名が口から 勝手に出てしまった。気まずくなって赤面するつばめに、美月は吹き出した。

「いいよ、そう呼んでも。じゃ、私の方もこう呼んでいい? つっぴー」

「あ……う、うん」

 渾名で呼ばれるのが初めてで、つばめがくすぐったい気持ちになると、美月は両手足を伸ばした。

「また遊びに来ていい? さっきは取り乱しちゃってごめんね。でも、言いたいことを全部言えてすっきりしたよ。今度 はさ、もっと楽しい話をしよう」

「うん。あんまり辛いようだったら、うちに家出してきてもいいんだよ。私んちは古くて無駄に広いから、ミッキーとレイ ガンドーを居候させるくらい、どうってことないし。先生に言えば、転校だってさくっとしてくれるだろうし」

「ありがとう。だけど、それは最後の手段に取っておくね。お母さんを一人にはしたくないし、何から何までつっぴーに 甘えるのは良くないし。だから、私、もうちょっと頑張ってみる」

「でも、なんで私の渾名がつっぴーなの? つ、は解るけど、ぴーってどこから来たの?」

 つばめがちょっと戸惑うと、美月は答えた。

「ほら、ツバメってぴーっと飛ぶじゃない。それだけ!」

 そう言った美月の表情は、いくらか強がりは残っていたが晴れ晴れとしていた。やけに愛想のいい作り笑顔など ではなく、美月自身の本音が曝け出されていた。アイス食べよっと、と美月もアイスクリームの自動販売機に向かうと、 硬貨を投入してからレモンシャーベットのボタンを押した。

「もう一つだけ、聞いてもいいかな?」

 レモンシャーベットのパッケージを開ける美月の背につばめが問うと、美月は振り返る。

「ん、何を?」

「どうして、待ち合わせ場所をここにしたの? まあ、そのおかげでコジロウとレイガンドーが思う存分岩龍と戦えたわけ だから、結果オーライではあるんだけど」

「転校した先の中学校の人達と会うのが嫌だったから。それだけ」

「そっか」

 それ以上、つばめは言及しなかった。気持ちは痛いほど解るからだ。美月は身を翻し、ベンチに戻ってきた。

「さーて、何から話そうかな、つっぴーと」

 ベンチに並んで座り、思い思いのアイスを食べながら、つばめと美月は取り留めのないお喋りに興じた。その間、 二人を守る盾であり矛であるロボットはドライブインの外で待機していた。少女達の柔らかな時間を邪魔するまいと いう配慮と、岩龍が再起動しないかどうかを見張るためだった。岩龍を回収するために吉岡一味の他のメンバーが やってきたら面倒だ、と判断したつばめは、当初の予定よりも早く美月と別れることにした。寺坂でも呼んで一ヶ谷 市内まで送ってもらおうか、とつばめは提案したのだが、美月は家人に迎えに来てもらうから平気だと言って、レイ ガンドーを伴って山道を歩いていった。二人の後ろ姿を見送ってから、つばめも帰路を辿った。
 外装に多少の傷が付いたものの、コジロウのダメージはごく僅かだ。胸部装甲に貼り付けた片翼のステッカーも 無傷で、それがなんだか誇らしく思えた。コジロウから離れないためだという口実で彼と手を繋ぐと、その太い指を 二本だけ握り締めて歩いていった。いつのまにか雨は上がり、西日が濡れた草木を輝かせていた。
 桑原れんげのことを思い出しもしなかった。




 水素エンジン始動、バッテリー再充電、再起動。
 岩龍は意識を取り戻して反射的に身構えるも、そこにはコジロウもレイガンドーもいなかった。水溜まりがいくつか 残っているドライブインの駐車場は、オレンジ色の街灯に照らされて艶を帯びている。辺りは真っ暗で、夜空を覆う 雨雲の切れ間からは星が覗いていた。戦闘の名残であるキャタピラ痕が目立ち、アスファルトが割れていた。岩龍 は頭部を回転させて辺りを見回すと、見覚えのあるジープが停車していた。その傍には骨太で大柄な肉体を迷彩服 で身を包んだ男、武蔵野巌雄が岩龍を見上げていた。

「やっと起きたか。帰るぞ、岩龍」

「小父貴……。ワシャあ、どがぁしたんじゃ?」

 岩龍がきょとんとすると、武蔵野は口元からタバコを外し、紫煙を吐き出した。

「どうもこうもあるか。いきなり飛び出していったと思ったら、こんなところでガス欠になっていやがって。お前はGPSが 付いていないんだから、探すのが面倒なんだよ。二度と勝手な行動は取らないと約束するんだ。でないと、今後、 テレビは一切見せてやらんからな」

「そらぁ困るんじゃい!」

「じゃあ、約束しろ。解ったな。お前の機体に水素燃料を充填するのは骨が折れるんだよ」

 武蔵野にタバコの赤く燃える尖端を向けられ、岩龍は渋々承諾した。

「解ったわい。じゃが、テレビの映りは直ったんかいのう?」

「ああ、まぁな。今、面白いものをやっているから、帰ったら見せてやる」

「そらあれかのう、ニンジャファイターの再放送かなんかかのう!?」

「いや、違う」

 武蔵野は愛車の運転席に乗り込むと、ダッシュボードの灰皿にタバコをねじ込んで火を消した。

「ハルノネットの社長就任会見だ。桑原れんげのな」

「……あ?」

 突拍子もない展開に岩龍が呆気に取られると、ほら、さっさと行くぞ、と武蔵野が急かしてきた。暖気が済んでいた であろうジープは難なく発進すると、夜の山道を走り出した。岩龍はキャタピラを回転させてジープを追い掛け、別荘 への帰路を辿りながら、桑原れんげについての情報を照会した。だが、捜せども捜せども出てこない。桑原れんげと いう人物の情報もさることながら、つばめと美月と共にいたはずのれんげという名の少女の映像も残っていない。 機械的にも感情的にも処理出来ない情報に混乱を覚えながらも、岩龍はカーブを曲がった。
 街灯の光を撥ねたバックミラーに、一瞬、少女の姿が過ぎった。





 


12 7/23