機動駐在コジロウ




サインは投げられた



 佐々木つばめが新免工業の手勢に包囲され、吉岡りんねの別荘が奇襲を受けていた、同時刻。
 濃密な暑気を切り裂くように、銀色の車体が山道を走り抜けていた。ポンティアック・ソルスティスの運転席に座る のは、ラフなTシャツにジーンズ姿であれどもサングラスだけは欠かさない寺坂善太郎で、助手席に座っているのは 若い女性らしいワンピースにレギンスを着ている設楽道子だった。対向車両も後続車両もいないのをいいことに、 寺坂は愛車のカーステレオから重低音の激しいヘヴィメタルを流していた。
 量産型で廉価版のサイボーグボディを使用しているため、フェイスパターンに特徴のない顔立ちの道子は、ボディ の商品カタログに掲載されていた資料画像と全く同じ表情で笑顔を浮かべていた。サイボーグボディでは空気抵抗 は解っても、風の匂いや肌触りは感じられない。汗も一滴も浮かばず、季節感を感じることは出来ない。それでも、 空の高さと、重低音に負けじと降り注いでくるセミの声と、廃熱の鈍さで夏なのだと感じ入っていた。

「なー、みっちゃん」

 カーブに差し掛かり、自慢のスポーツカーの速度を落とした寺坂は、後部座席に載せた買い物袋を示した。

「俺とのドライブって、ただの買い出しで良かったのか? 海でも山でも都会でも、いくらでも連れていってやるのに」

「買い物ついでに、寺坂さんちを御掃除するんですよ。どうせ、伊織さんと二人暮らしじゃ、ろくに片付けもしていない でしょうからね。どれだけ汚れているのか、いっそ楽しみですらあります」

 道子がにこにこすると、寺坂はカーブの先にある車止めに滑り込ませ、ブレーキを踏んだ。

「本当に?」

「本当ですってー。てか、なんで車を止めるんです?」

 道子が僅かばかりの期待を抱きながら、運転席に身を乗り出すと、寺坂は日差しで熱した禿頭を押さえた。

「もしかしてさぁ、みのりんに気を遣ってたりしちゃったりするわけ?」

 そう来ると思っていた。道子は、幽霊のような存在である自分が女として認識されている嬉しさを感じつつも、寺坂の 心にいるのは常に彼女なのだと思い知り、頬を持ち上げ損ねた。ずっと前から解っていることではあるし、道子は 寺坂とは親戚のような関係でいることを望んでいたし、実際その通りになっているのだが、胸部ポンプに軽い不具合 が生じたような錯覚に陥った。生身で言うならば、心臓が絞られるような、とでもいったところだろう。
 寺坂はサングラスを外し、メーターの前に置いた。ギアレバーの傍に備え付けられているドリンクホルダーから、 飲みかけの缶コーヒーを取って少し口に含んでから、ハンドルを抱えてため息を吐いた。こうして見ると、寺坂という 男はなかなか見栄えがする。大して鍛えていないはずなのに硬い筋肉が貼り付いた太い骨格、剃り上げていない ので青黒さが一切ないスキンヘッドから鼻筋のかけてのライン、普段はサングラスに隠れている鋭い目。
 だらしない法衣を脱いで上等なスーツに身を固め、目を伏せながら酒を傾ければ、夜の世界の女達を引っ掛けること など造作もないはずだ。これで右腕が触手でさえなければ、引く手数多だろう。

「俺さぁ、どうしようもねぇんだよ」

 ハンドルに額を当てた寺坂は、その拍子にクラクションを押してしまったのか、短く警笛が鳴った。

「それは知っていますって。寺坂さんが女性にだらしないのも、男の欲望に極めて忠実なのも、そうやって御自分を 誤魔化して生きていらっしゃることも。私を誰だと思っているんです?」

 道子はもう一つのドリンクホルダーから小振りなペットボトルを取り、飲みかけのレモンティーを傾けた。

「そうだな、みっちゃんには何もかも筒抜けなんだもんな。どこまで知っている?」

 寺坂は右手で持った缶コーヒーを軽く回した後、呷った。道子は少し気まずかったが、答えた。

「全部です。寺坂さんのプライバシーを覗くつもりはなかったんですけど、つばめちゃんホットラインを作る時に遺産 に関連した個体との互換性もテストしてみたんです。その時に、寺坂さんに寄生している触手さんの生体電流と意識 を絡め取ってしまって、そのまま……。お嫌でしたら、私とアマラのメモリーから削除しますけど」

「いや、いいよ。俺の人生なんだ、覚えておいてくれ」

「でも」

 道子が両手でペットボトルを包むと、寺坂は包帯で戒めた右手で空き缶を握り、潰した。

「俺が人間でいた頃の記憶も、記録も、保存しておいてくれ。俺がこの触手に食い潰されちまったら、その時はその 記憶やら記録やら何やらをデータ化して、触手の化け物にぶち込んでくれ。そうすれば、俺という人間が死んでも、 寺坂善太郎という個体は継続するからな。反吐が出るようなバージョンアップを経てな」

「そ」

 そんなことない、と言いかけて道子は口を噤んだ。寺坂の右腕に成り代わっている触手の質量が年々増えている ことも、道子は知っていた。寺坂が自損事故を起こして右腕を欠損した際、何者かによって移植された触手は当初 は六十四本だったが、寺坂が歳を重ねるに連れて触手は分裂して増殖した。弐天逸流の信者の体内から回収した 触手も含まれていたので、倍々で増えていき、今となっては百三十本に及ぶ勢いだ。そして、触手は根を張る樹木 のように寺坂の体内に触手を張り巡らせていて、細い触手が寺坂の神経に成り代わった部分も少なくはない。

「なのにさぁ、俺、みのりんが好きなんだ。ヤバいぐらいに」

 寺坂は右手で顔を覆い、嘆いた。それが自分であったなら、と願ってしまう自分の浅ましさに、道子は自戒する。

「美野里さんは寺坂さんがお嫌いではありませんよ、きっと。傍にいれば解ります」

「嫌っていてほしいんだよ、俺のことなんか。でないと、どっちも辛いじゃんか」

 みのりんの事情も知っているんだろ、との寺坂の呟きに、道子は躊躇いながらも頷いた。

「ええ、少しばかり」

「だからさ、俺は他の女の子を引っ掛けるわけよ。あれだよ、好きな男がいるけどどうせ相手にされないから、って 股が緩くなっちまう女と似たような理屈だよ。決まった相手でなきゃ満足しないって解っているくせに、一人でいるの が寂しいから、気持ちが溜まるに従って性欲の方も溜まるから、金を出せば手が届く女で発散する、ってわけ。俺も 自分が最低だと思うぜ。でもさ、そうでもしねぇと、誰も俺みたいな奴に近付いてくれないだろ?」

「私は構いませんよ。寺坂さんがどうなっても、何をしていても」

 道子が笑ってみせると、寺坂はジーンズのポケットを探り、タバコを取り出して銜えた。

「そりゃ、みっちゃんが俺を過大評価しているからだろ。そう言ってくれるのは嬉しいけど。みっちゃんもさ、俺以外の 男に目を向けてみろよ。俺がどれだけ屑でクソで馬鹿な男か、よーく解るはずだ」

「それでも、美野里さんがいいんですか?」

「ああ、そうだ。みのりんに惚れれば惚れるほど、俺のダメさは加速していくんだよ。ちらっとでもいいから振り向いて ほしくて、あのクソ爺ィから毟り取った金で何千万もする車を何台も買っちまう。バイクだって買っちまう。そんなこと でみのりんが振り向いてくれないって解っちゃいるのに、そうせずにはいられない。で、空っぽの助手席を見るのが 辛いから、また適当な女の子を引っ掛ける。悪循環だ」

 寺坂は浅く吸っただけの煙を唇の端から零しながら、目元をしかめた。

「だから、みっちゃんは事が済んだら俺からさっさと離れた方がいい。会わない方がいい。みっちゃんが俺を真っ当に 好きでいてくれるって解っているから、こうしてみっちゃんに甘えちまうんだ。俺の寺に帰っちまったら、みっちゃんで その場凌ぎの気晴らしをするかもしれない。そうなったら、色々と取り返しが付かない」

「寺坂さんであれば、構いませんよ」

 どうせ使い捨ての体なのだから、誰かに使い切ってもらいたい。道子の言葉に、寺坂は呻く。

「……ああ、もう」

 優しさってのは残酷だ、と付け加えてから、寺坂はほとんど吸わなかったタバコを灰皿にねじ込み、折り曲げた。 それでいい、そうあるべきだ、そうでなければ自分と寺坂の微妙な関係は成り立たない。そう思う一方、道子は無性 に泣きたいような気持ちになった。中途半端に大事にされているから、手を出されないし、美野里の代わりになんて なれやしない。若さと肉体を安売りして彼に買われた女性達が心底憎らしくもあり、羨ましくもなる。
 エレキギターとドラムに合わせてデスヴォイスで過激な歌詞を連呼していたカーステレオに、一瞬、雑音が混じる。 いや、違う。これは道子自身の通信装置に掠めた電波だ。道子は未練がましい思いを振り払って思考を切り替え、 周囲を見回した。量産型で廉価なサイボーグボディではあるが、探査能力はそれなりに向上させてある。人工眼球 から補助AIに伝わってきたリアルタイムの映像を各種センサーで変換し、走査する。

「寺坂さん、伏せて!」

 道子が指示するよりも早く、道子のサーモグラフィーセンサーの隅で銃火が走った。気温の高さのせいで全体的 に赤っぽい画面に一際強い赤が生じ、消える。その直後、ポンティアック・ソルスティスのサイドミラーが吹っ飛ぶ。 鏡が粉々になって舞い散り、抉られて大穴が開いたサイドミラーがアスファルトに転げ落ちた。サイドミラーを貫通 した弾丸がタイヤにも埋まったらしく、右の前輪が次第に萎んできた。

「んだよ、人がしんみりしている時に」

 寺坂は動じもせずに運転席に潜り込むと、道子も姿勢を低くした。

「どこの誰でしょうか? えーと、狙撃手と歩兵との間で交わされた無線は電波が暗号化されていますけど、どうって ことありませんね。この暗号化プログラムを使用しているのは……ああ、新免工業ですね」

「あー、あれか。あの傭兵崩れのおっさんの雇い主だな?」

 シフトレバー越しに道子と目を合わせた寺坂は、メーターの前からサングラスを取り、掛けた。

「そうです。でも、なんで私達を奇襲するんでしょうね? 意図が見えないんですけど」

 道子はハンドバッグを探り、小振りな拳銃を取り出した。それを見、寺坂がぎょっとする。

「おいおいおい! そんなもん持ち歩いていいのかよ、みっちゃん!」

「一応、政府の許可は下りていますよ。一乗寺さんの名義のものを貸してもらったんです」

「余計に悪いわい!」

「射程距離が短いのが難点ですけど、サイドミラーを狙撃した狙撃手の位置はさっきの通信電波と弾丸の落下軌道を 計算したので割り出せましたので、さっさと反撃しますね。でないと、せっかく買ってきた箱アイスが溶けて台無しに なっちゃいます。と、いうわけで」

 道子は助手席の背もたれに身を隠しながら、右手に左手を添えて狙いを定め、引き金を絞った。たぁんっ、と少し 軽い破裂音と共に放たれた弾丸は、的確に目標に埋まったようだった。うぐっ、との男の濁った唸りが聞こえた後、 枝葉を折りながら人影が降ってきた。斜面から道路には出てこなかったものの、動きがないところを見ると、道子の 射撃で致命傷を負ったとみていいだろう。殺しに満足してはいけないが、工作員としての腕前は鈍っていないのだと 思うと、少しだけ誇らしくなる。だが、安心するのはまだ早い。
 寺坂は右腕の包帯を解きながら起き上がり、運転席の背もたれに足を掛けて背筋を伸ばした。前後で待ち構えて いたのだろう、整然とした足音の群れが迫ってくる。十秒も経たないうちに銀色のオープンカーは迷彩服を着込んだ 男達と屈強な戦闘サイボーグに囲まれ、いくつもの銃口が二人を睨んできた。

「あららー、これで制圧完了ですかー? うっわー、クソゲーすぎるんですけどー?」

 樹上から降ってきた一体のサイボーグは、ポンティアック・ソルスティスのボンネットに飛び乗ると、不躾な言葉を 並べ立てた。反射的に寺坂が振り返ると、そこには手足がやたらに細長い戦闘サイボーグが、滑らかなボンネットを 抉っていた。姿勢が悪いくせに隙はなく、細長い手には似合わない自動小銃を握っていて、それを無造作に寺坂の 額に据えてきた。道子が拳銃を上げかけると、寺坂はそれを制してきた。

「あの射線からすれば俺とみっちゃんを撃ち抜くのは簡単だった。なのに、初撃でミラーとタイヤを狙ったってことは、 生け捕り狙いなんだろ? だったら、人のドタマに銃口を向けるなよ。命令違反でバラされるぞ?」

「あららー、結構鋭いんですねー。でも、俺はそこまで真面目ちゃんじゃないですしー、てか、ターゲットにそんなこと 注文されたくはないんですよね、っと」

 やる気のない言動とは裏腹に、昆虫のようなシルエットのサイボーグは引き金を引いた。小さく乾いた金属音がする と同時に連射された弾丸が、サングラスを掛けた男の禿頭を貫通する。後部座席のクッションが弾け飛んで緩衝材 が焼き切れ、赤黒い肉塊が放射状に撒き散らされてワックスの効いた銀色の車体が汚れ、先日交換したばかりの シートには肉片が貼り付いた。額から後頭部に掛けて、拳一つが通り抜けられそうな大穴が出来上がった寺坂は、 体液と肉片を零しながら仰け反り、運転席に沈んだ。かと思われたが。

「……いってぇなあチクショー!」

 右腕の触手でハンドルを掴んで転倒を免れた寺坂は、大穴の開いた頭を押さえながら悪態を吐いた。

「へっ?」

 戦闘サイボーグは面食らい、再度寺坂を銃撃する。が、寺坂は胸に大穴が開いても死ななかった。

「だぁから、無闇に撃つんじゃねぇ! 痛いっつってんだろうが!」

 心臓の位置から膨大な血液を漏らしながらも、寺坂は力強く文句を言った。戦闘サイボーグは、え、え、え、と首を 左右に振って部下達と顔を見合わせたが、彼が率いている戦闘部隊の面々も硬直していた。不死身の坊主を攻撃 するべきか否かを迷っているらしく、しきりに目線を配っている。

「おかげで台無しじゃねぇか、色々が!」

 頭部と胸の銃創から夥しい量の血液を流しながらも、寺坂は大股に踏み出して触手を広げた。戦闘サイボーグが 戸惑っている隙にその手足を絡め取って捻ると、更には彼を分銅代わりにして戦闘員達を薙ぎ払った。草刈り鎌で 雑草を払うが如く、屈強な男達は一瞬にして倒されてしまい、中には斜面から転がり落ちていく者すらいた。寺坂は 戦闘サイボーグを持ち上げて反動を付けた後、重量級のサイボーグ部隊にぶつけるも、盛大な金属音の後に細身 の戦闘サイボーグは跳ね返ってしまった。ウェイトが違いすぎたらしい。

「うおっ、っとぉ!」

 戦闘サイボーグが跳ね返った反動で自分まで車から落ちそうになり、寺坂は触手を解いた。慣性の法則に従い、 戦闘サイボーグは情けない悲鳴を上げながらいずこへと吹っ飛んでいくと、数秒後には木々の枝を折りながら墜落 した。サイボーグ部隊の面々はすぐさま統制を行い、二体が戦闘サイボーグを捜索するために戦線を離脱し、もう 二体は戦闘を続行した。寺坂は血が入ったせいで開けづらい瞼をこじ開け、触手を波打たせる。
 いくら寺坂が常人ではなくとも、あまり無理強いさせてはいけない。道子はそう判断し、サイボーグ部隊の補助AI をハッキングするためにネットワークに侵入し、ファイヤーウォールを始めとしたセキュリティを突破していった。どれも これも子供騙しのような安直で単純なセキュリティで、一秒足らずで遠隔操作出来てしまう。道子は彼らの補助AIと 生身の脳の接続を切り離すべく、作業を行おうとしたが、ある事実に気付いた。

「ひぇあっ!?」

「ん、どした、みっちゃん」

 寺坂に訝られ、道子は青ざめた。ような気持ちで、泣きそうな表情を作った。

「あ、あの、寺坂さん、この人達には攻撃しない方が良いです! 絶対に!」

「えー? これからが本番だってのに?」

「いや、ですから、そうじゃなくて! この人達の動力源はバッテリーじゃないんです、電気じゃないんです、超小型の 中性子融合炉なんですよぉ! ナユタの破片なんです! 分子構造は放射線とは違いますけど、中性子であること にはなんら変わりはないわけですから、適当にぶっ壊したりするとそりゃもう大惨事が起きちゃいます!」

 道子が寺坂を掴んで揺さぶると、一層出血が増えたので、道子は本当に泣きそうになった。

「わあんっごめんなさーいっ!」

「気にするな。これだけ出ちまったら、大して変わりねぇし」

 寺坂は血塗れの手で道子の頭を軽く叩いてから、大柄なサイボーグ達に向き直った。

「で、みっちゃんの言ったことは本当か?」

「間違いない。それを取引の材料とするために、俺達はこの場にやってきたのだからな。我々が自爆すれば被害は 甚大だ。理論上では船島集落を中心とした半径五十キロが消し飛ぶ」

 一歩前に踏み出したサイボーグは大型の自動小銃を下ろし、積層装甲に覆われた腹部に手を添えた。

「だけど、そんなことをしたらあなた達も死にますよ? 消し炭も残りませんよ?」

 道子が彼らの行く末を憂うが、既に覚悟を決めているのだろう、サイボーグ達は動じなかった。

「大事の前の小事に過ぎん。我々に従い、連行されるか、それとも我々と死力を尽くして戦い抜いた末に自爆され、 大量の無関係な人間を死に至らしめるか。二つに一つだ」

 積層装甲が開き、鉛の板に覆われた箱が迫り出してくる。それ自体は小振りで、指輪を入れるビロードの小箱と 大差のない大きさだった。だが、その小さな箱の中に恐ろしい量のエネルギーを発生させる物体が封じ込められて いる。今は分子活動が落ち着いているので安全だが、少しでも刺激を与えれば、中性子が活性化した末に暴走し、 大爆発を引き起こしかねない。それが新免工業の所有する遺産、ナユタの力なのだ。
 道子は寺坂に目配せすると、寺坂は渋々右腕の触手を戒めて人間のそれに近付けると、両手を挙げて後頭部で 組んで降参の姿勢を取った。道子は歯痒くなりながらも、拳銃を置き、両手を挙げて後頭部で組んだ。すると、昏倒 していたと思われていた人間の戦闘員達が素早く起き上がり、寺坂と道子を拘束してきた。寺坂は右腕を特に入念に 縛り付けられていい加減に止血され、道子に至っては服を引き裂かれてサイボーグボディの人工外皮を裂かれ、 内蔵しているバッテリーのコードを切断されてシャットダウンされた。主電源を落としたとしても、バッテリーが生きて いたら遠隔操作で再起動する、と踏んでいたからに違いない。実際、そうするつもりでいたのだが。
 どこからかやってきたトレーラーに、簀巻きにされた血塗れの寺坂と半壊した道子が搬入されている最中、斜面に 転げ落ちた戦闘員が泥まみれになりながら昇ってきた。タフである。そして、あの細身の戦闘サイボーグは、大柄な サイボーグ達と連れ立って戻ってきた。語尾が上がった口調で愚痴を零しながらも、任務が完了していると知ると、 浮き浮きした足取りでトレーラーに乗り込んだ。んじゃーしゅっぱーつ、とドライブに出掛ける子供のような口振りで 戦闘サイボーグが指示すると、トレーラーは山道を邁進していった。
 後に残されたのは、血生臭いスポーツカーだけだった。





 


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