機動駐在コジロウ




案ずるよりもウォーズが易し



 蚊の鳴くような声が、衝撃波が作る暴風に紛れた。

「ごめんなさい」

 武蔵野に抱きかかえられているつばめは、破れたスーツの肩に顔を埋めて震えていた。それを感知したコジロウ は、武蔵野の腕を消滅させる寸前に拳を引き、後退して戦闘態勢を解除した。コジロウはつばめの汚れた肩に手を 差し伸べようとするが、武蔵野は銃身が失われてただの鉄塊と化した自動小銃を捨てた。

「俺を殺すのか」

 構わん、やれ、と武蔵野は言ってから、瓦礫の破片が比較的少ない場所につばめを横たわらせた。破れたスーツ の下に隠し持っていた拳銃やナイフを捨ててから、コジロウの前に踏み出した。

「俺も俺を殺さないと、気が済まないからな」

 またどこかでガスボンベの類に引火したのか、周囲の海面を丸く抉るほどの爆発が起きた。沈没寸前の大型客船 は恐ろしい高さの大波によって十数メートルの落差を上昇した後に急降下し、凄絶な悲鳴が上がる。だが、コジロウ を中心とした半径数メートルの範囲の空間は一切の影響を受けず、コジロウ、武蔵野、つばめがいる場所だけは、 瓦礫一つ動かなかった。ナユタによって、一種のエネルギーフィールドが発生しているのだろう。
 武蔵野の割れた額から滲み出した血の雫が汗やら何やらで濡れた襟首に滴り、吸い取られる。静電気を帯びた かのような軽い痺れを生む青白い光が、つばめの顔を死人のような色味に変えていた。コジロウはつばめに近付こうと するも、武蔵野はその前に立ちはだかった。死への恐怖と、それを上回る高揚に息を荒げながら、声を張る。

「さあ、来いよ! 俺も、この船も、ナユタも、全部ぶっ壊して佐々木の小娘を助けてみせろぉ!」

 それが、せめてものけじめだ。不用意につばめを悲しませてしまったのは、武蔵野の判断ミスだ。あんなことさえ 言わなければ、つばめは気を失うほどのショックを受けずに済んだのだから。あの時、つばめは激しい戦闘や母親 の末路とは別のことで動揺していたように思う。やけに青ざめていたし、表情も不安定だった。だが、今更そんなこと に気付いたところで手遅れだ。この戦いを左右するのは、他でもないつばめだ。その少女を守るどころか、気が遠く なるほどの動揺を与えて事態を悪化させてしまった。だから、今度こそ責任を取らなければなるまい。

「お母さん、ごめんなさい」

 つばめは幼児のように泣き、背を丸めて頭を抱える。

「私のせいで、ごめんなさい……」

 土台も金属製の殻も消滅させたナユタが、一際強く光を放つ。チェレンコフ光にも似た青い輝きが柱となり、夜空 の彼方に散らばる星々を目指すように飛び抜けていく。その時、どこぞの人工衛星の一部が消滅したのか、破片が 赤い流星となって降り注いできた。武蔵野は泣き伏せるつばめを見、考え、悟った。
 ナユタはつばめの精神と連動している。だから、今の今まで、誰も制御出来なかったのではないのか、と。それを 踏まえて考えてみると、ひばりの無謀な行動とその最期にも筋が通る。もしかすると、あの時、赤子のつばめの身に 異変が起きていたのではないか。病気か、引きつけか、ケガか、生まれたての脆弱な命を脅かす出来事が起きて いたのだろう。経緯は想像も付かないが、ひばりはナユタとつばめの関連性を知っていたのだろう。それでなくても 母と子の間には、何かしらの繋がりがあるのだから。

「つばめ」

 武蔵野が名を呼ぶと、つばめの薄汚れた小さな肩がひくりと反応した。だが、瞼は開かない。

「起きろよ。そこに、お前の王子様がいるぞ」

 汚れた手を血を吸ったスラックスで拭ってから、武蔵野はつばめを抱き起こしてやる。しかし、手足は脱力していて 頭もかくんと反れてしまった。幾筋もの涙の筋が化粧を落とした面差しは、大人になりつつある子供の顔だったが、 母親がいないと寂しがる幼子の表情だった。そして、佐々木ひばりにとてもよく似ていた。

「お前は何も悪くないんだ。お前はな、凄く大事にされて産まれてきたんだ。そいつは、俺が保証してやるよ」

 普段はほとんど使わない表情筋を酷使し、武蔵野はぎこちない笑顔を作った。思い返してみれば、佐々木ひばりに 笑い返してやったことがあっただろうか。彼女は娘と同様に気丈で人懐っこいから、武蔵野にも何度となく笑顔を 見せてくれていたというのに。今にして思えば、笑い返してやるべきだった。

「小指の先程度の大きさでしかなかったお前にストレスを与えないために、って、誘拐した側である俺達と仲良くして きたんだ。俺が傍に付くようになってからは、そりゃもう扱き使われたよ。それもこれも、お前を元気に産むためだ。 毎日毎日話し掛けて、ちょっとでも変なことがあれば医者を呼んで、ひどい悪阻も乗り越えて、やっとの思いでお前 を産んだんだ。毛糸の靴下だって手袋だって山ほど作ったし、産着も暇さえあれば縫っていたし、布オムツなんかは 馬鹿みたいな量を作っていたんだ。一体何人産むつもりなんだ、って思ったほどだ」

 それなのに、それを使い切る前に母と子は引き離された。

「だから、なあ、頼むよ。そんなこと言わないでくれ」

 武蔵野はつばめを抱き締め、喉の奥に迫り上がる異物を押し殺した。ひばりの命や思いを無下にしないでくれ、と 思う一方、つばめが自分を責め立てずにはいられない気持ちも充分解っていた。だから、こんなことしか言ってやれ なかった。女性に気の利いた言葉を掛けられるような性格ではないから、いつまでも、武蔵野はこうなのだ。
 ふと気付くと、ナユタの発する青い光が弱まっていた。武蔵野の体温を感じたからか、つばめが少しは落ち着きを 取り戻したらしい。腕を緩めて解放してやると、つばめは濡れた睫を瞬かせながら瞼を持ち上げた。目覚めた時に 自分が視界に入っては気分が悪かろうと、武蔵野はつばめの視界から離れた。嗚咽を繰り返しながら徐々に意識 を引き上げていったつばめは、外界の眩しさを感じた。少々の間の後、光を背負って浮かぶコジロウを認識した。

「コジロウ?」

「本官だ」

 コジロウはつばめに近付こうとするが、破損したベランダから露出した鉄骨の尖端が消滅し、光の粒子となった。 つばめは何が起きたのかはすぐには理解出来なかったが、嵐の如く渦巻く感情と誰かに抱き締められていた余韻 が収まっていくと、現在の状況を認識した。
 視界に入る光景は凄まじく、大型客船の中間部分は空爆を受けたかのような大穴が開いていて、海面もまた荒れ 狂っていて大型客船を中心にして高波が立ち上がっている。大型客船は真っ二つになっていて、沈没するのは時間 の問題である。そこかしこで爆発が起きて、黒煙の筋がいくつも上がっている。紛うことなき大惨事だ。これでは、 皆、死んでしまう。救命ボートを使って逃げるにしても、その救命ボートのあるブロックは大穴に抉られているので、 大多数が壊れているか海に落ちているかのどちらかだった。だから、大半の人間が逃げられない。

「どうにかしないと」

 だが、どうやって。つばめは自分の呟きを自分で否定したが、何か出来る、出来ないはずがない、と必死に考えて いた。気を失っていた間の出来事はもちろん覚えていないが、つばめの心中には硬い異物が残っていた。母親の 命と人生を犠牲にしてまでも生かされたのだから、つばめは俯いているわけにはいかない。未熟なナユタは主人で あるつばめを守ろうとするがあまり、無差別な攻撃に転じてしまう。コジロウはナユタによって両手足を復活させる と同時にナユタの攻撃性を得てしまった末、過剰防衛ともいえる行動を取った。
 それもこれも、つばめがしっかりしていないからだ。つばめは笑ってしまいそうな膝を伸ばし切って背筋も伸ばし、 一度深呼吸した。帯電したかのような刺激が気管支から肺に至り、消える。煙の匂いもしなければ炎の熱さも一切 感じられないのは、コジロウとナユタがつばめを守っているからだ。ならば、その範囲を広げてしまえばいい。

「コジロウッ!」

 つばめが声を上げると、コジロウはつばめに向き直った。

「命令を」

「私をナユタの傍まで連れていって!」

「だが、現状の本官ではつばめの身の安全を保証出来ない」

 コジロウは舞い落ちてきたコンクリート片を受け止めようとするも、手に触れる前に一瞬で消し飛んだ。

「私なら大丈夫、だって私のアレだけは無傷だったってあの社長さんが言っていた!」

 消えるのが心配ならば、最初からなくせばいい。つばめは意を決し、ボロ切れ同然のドレスを脱ぎ捨てた。

「おっ、おいぃっ!?」

 すると、背後から慌てふためいた声が起きたので振り返ると、柄にもなく赤面した武蔵野が後退った。

「あっ、うっ」

 下着姿のつばめは凄まじい羞恥心に襲われたが、ぐっと堪え、ブラジャーとパンツも脱ぎ捨てた。

「非常事態に恥じらってられっかぁああああーっ!」

 本当は恥ずかしい。のたうち回って布団に頭から突っ込んで隠れてしまいたいほど、恥ずかしくてたまらなかった。 だが、自分一人が貧相な裸を曝すのと多数の人命を天秤に掛ければ、もちろん後者の方が重大に決まっている。 だが、恥ずかしいものは恥ずかしい。つばめは先程とは違う意味で涙が出てきたが、強引に拭って顔を上げると、 コジロウを手招きした。コジロウも若干視線を逸らし気味ではあったが、つばめに接近してきた。
 コジロウを包んでいる光の球体がベランダに及ぶと、ベランダの足場が半円状に削り取られる。下を見ると高さに 恐怖を抱いてしまうので、つばめはコジロウだけを見つめながら、身を乗り出して手を伸ばした。コジロウの光り輝く 金属製の手が伸び、つばめの手に近付く。互いを隔てる空間が狭まるが、つばめの手は光に負けなかった。その 手に付いた武蔵野の血や瓦礫の粒子は掻き消されたが、つばめ自身は無傷だった。太さも長さも素材も違う指が 触れ合うと、コジロウはつばめの手を握り締めて引き寄せてくれた。

「コジロウ、あのね」

 コジロウの力強い腕に抱かれたつばめは、ナユタを鎮めてやると共に船の乗員達を救う方法を説明した。

「コジロウが私と武蔵野さんを守ってくれた、あの光の球を船の大きさと同じにするの。そうすれば高波も収まるし、 火も消せるようになるし、ナユタだって落ち着いてくれる。その場凌ぎに過ぎないだろうけど、何もしないでいるよりは ずっといいから。でも、そのためには、ナユタを直接動かす必要があるの。だから、連れていって」

「……了解した」

「ありがとう、コジロウ」

 無茶な命令を承諾してくれたコジロウに、つばめは笑ってみせた。本当は不安でたまらないが、コジロウまでもを 不安にさせてしまうべきではない。コジロウは方向転換してナユタに向き直ると、宙を飛んだ。ナユタに迫るにつれて 空気が異様に重たくなっていき、コジロウの滑空速度も鈍くなっていく。それだけ、ナユタはエネルギーを帯びていると いう証拠だ。光を遮る術もなければ緩める術もなかったが、ここで怯んでは何の意味もない。
 青白い光の中心、全てを滅ぼす結晶の花、ナユタ。周囲に足場がないので、つばめはコジロウに抱えられた状態 でナユタの目の前に接近した。膨大なエネルギーは重力すらも歪めているのか、立ち上がるのは至難の業だった。 腕を伸ばすだけでも一苦労で、どろりと粘る液体の中を泳いでいるかのようだった。呼吸もしづらく、肺が膨らまない。浅く 吸った息を少しだけ吐き、つばめはコジロウの手を借りて身を乗り出し、ナユタの細い六角柱を掴んだ。

「落ち着いて」

 滑らかな手触りの結晶体はぞっとするほど冷たく、硬かった。

「ね、良い子だから」

 自分自身に語り掛けるように、つばめはナユタを慈しむ。

「私の言うことを、聞いて?」

 触れ合った部分から、かすかな電流と共に流れ込んでくるものがある。それはつばめの心中に似ていて、強張り の奥に柔らかなものを隠していた。ナユタが気を許した、というか、つばめの管理者権限が適応されたのか、ナユタ が発する光がいくらか衰えた。重力も弱まり、つばめの体は浮き上がったので、ナユタの芯である最も太い六角柱 に体を寄せた。水面に落ちた一滴の雫に波紋を広げるように、ナユタの光が更に弱まる。

「私はあなたを悪いようにはしないから。ナユタ、あなたは役に立つの。必要とされているの。私は、あなたを必要と している。だから、お願い。皆を助けて。誰も死なせないで」

 つばめは渾身の思いを込めて、ナユタに祈った。これ以上、同じことを繰り返したくない。ナユタにも繰り返させたく はない。遺産が危険だという神名の言い分も理解出来るし、オーバーテクノロジーの固まりである遺産を活用する のは人間には難しいだろう。それならば、出来る範囲でやれるだけのことをすればいい。
 嫌なことは山ほどあるし、辛いことも次から次へと襲い掛かってくるし、コジロウの言うように人間の悪意には限度は 存在していないし、欲望も同様だ。つばめはずっとそれに振り回されてきたが、だからといって人間が嫌いというわけ ではない。遺産もそうなってほしい。そうであってほしい。だから、つばめが彼らを好いてやらなければ。
 肩から背中に掛けて、触れるものがあった。つばめが振り返ると、コジロウがつばめを背中から抱き締めてくれて いた。つばめがコジロウの胸部装甲に頭を預けると、すぐ傍に片翼のステッカーが見えた。それだけで訳もなく安心 してくる。だからお願い、とナユタに再度語り掛けると、光の球体の規模が勢い良く広がった。
 真っ二つにされた大型客船が包容され、波も包容され、海に投げ出された者達も包容され、生命球のような球が 夜の海に浮かび上がっていく。ナユタのエネルギーの粒子が作用したのだろう、そこかしこで起きていた火災が全て 沈静化して煙も消えていた。逃げ惑っていた人々は唖然としながら、甲板やフレームなどにしがみついている。我に 返った人々は、荒れ狂う海から乖離された遭難者達を引っ張り上げて無事を確かめている。重力さえも遮っているの だろう、波の雫やガラスの破片や食器などが空中を漂う様は、幻想的ですらあった。

「つっばめちゃあーんっ!」

 不意に人型重機が突っ込んできたので、コジロウが反射的に戦闘態勢を取ると、人型重機は急停止した。

「あ、私ですぅー、道子です。色々あって、この人型重機を間借りしているんです」

「……道子さん?」

 コジロウの影に隠れて体を隠しながらつばめが言うと、やけに明るい口調の人型重機はVサインをした。

「はーい、そうでーす! 色々あって人型重機に電脳体をインストールしまして! あのお二人も無事ですよ、かなり ズタボロなので生きているのが不思議ですけど!」

「おう、やってるかー? しっかし、大胆なことをしやがるぜ」

 触手を使って人型重機の肩に昇ってきた寺坂は、返り血らしき赤黒い汚れが付いたサングラスを掛ける。道子の 言葉通りに傷だらけで、額に巻いているタオルは血と体液で固まっていた。胸も負傷したらしく、胸から腹に掛けて 血の太い筋がこびり付いている。それなのに、寺坂自身は平然としているのが奇妙だった。

「やっほー、つばめちゃーん。格好良かったよー!」

 と、叫びながら、一乗寺がダイブしてきた。つばめが慌てる間もなく、一乗寺はコジロウの肩装甲を蹴って背後に 素早く回り込み、つばめを背中から抱き締めてきた。わひゃあ、と変な悲鳴を上げたつばめが、反射的に一乗寺を 突き飛ばすと、一乗寺はナユタに激突した。が、怒りもせずにへらへらしている。

「で、この後、どうするー?」

「どう、って、どうしよう」

 皆を助けたはいいが、後始末を考えていなかった。つばめが言い淀むと、道子が挙手した。

「はいはーい、その辺は抜かりありませーん! ナユタが良い子になるタイミングを見計らって、海保と海自に連絡を 付けておきました。一乗寺さんの名前も出しましたし、新免工業の裏情報もどばっと流してあげたので、すっ飛んで くるんじゃないですかね? 放っておいたら、どこぞの地上の楽園が襲い掛かってくる口実になっちゃいますよー、 って軽ぅく脅しておいたので特急で来てくれますよ!」

「てぇことは、ここ、日本海だったの?」

 つばめが少し驚くと、寺坂は左手を上向ける。

「らしい。まあ、普通に考えりゃそうだよな。一番近いし」

「とりあえず、なんか食べたい! お腹空いた!」

 ナユタの上に仁王立ちした一乗寺が両手を挙げて喚くと、寺坂も同意した。

「だなぁ。適当になんか喰おうぜ」

「ですねー。私も船内活動用のロボットをお借りしないと、身動きが取りづらくて」

 道子が頷いたので、つばめはコジロウの首に後ろから腕を回してしがみつきながら、ベランダを窺った。そこには、 やりづらそうな顔をしている武蔵野がいた。つばめと目が合ったが、すぐに目を逸らした。裸身のつばめの背中で すらも、直視するのは居たたまれないらしい。呆れるほど純情だ。

「いいですよ、武蔵野さんも御一緒で。元同僚のよしみですから」

 つばめの視線を辿った道子が言うと、寺坂は触手をぎゅるりとまとめて布切れで縛った。

「俺もあのおっさんには、ちったぁ興味があるしな」

「じゃ、さっさと行こう! あいつらはドサマギに取り逃がしちゃったけど、次があるって!」

 力強く親指を立てた一乗寺に、つばめはきょとんとした。

「あいつらって?」

「……まあ、気にすんな。そのうち解る」

 寺坂は言葉を濁し、つばめに笑いかけてきた。つばめは引っ掛かりは残ったが、今は聞くべき情報ではないの だろうと判断して問い詰めなかった。一乗寺は重力が弱いのをいいことに飛び回り、全力ではしゃいでいるが、その胸 にも出血の痕跡があった。人間ではない。道子は人型重機を一旦甲板に下ろしてから電脳体を移動させ、船内作業 用ロボットを使って再び現れた。それは女性型アンドロイドで、未来的なメイド服を着ていた。
 コジロウの力を借りて比較的損傷の少ない船室に移動したつばめは、道子が持ってきてくれた服を着た。寺坂と 一乗寺も血塗れなので、リネン室にあった誰かの服を拝借して着替えた。武蔵野は道子に引っ張ってこられると、 居心地は悪そうではあったが、つばめ達と時間を共にしてくれた。道子が呼び付けた救助の船が到着するまでの 間、つばめはずっとコジロウの傍にいた。コジロウもまた、つばめから離れようとはしなかった。
 この上なく、互いを必要としていたからだ。




 どうしてこうなった、とダルマ状態のサイボーグはネットスラングでぼやいた。
 文句を言いたいのはこっちだ、と周防は言いかけて、飲み下した。あの場から逃げるだけでも精一杯だったのに、 なぜこんなサイボーグを助けなければならなかったのか。寺坂達と一戦交えて戦闘不能に陥っていた鬼無克二は、 ナユタが大型客船を光の球で包み込んだ際にバランスを崩した寺坂の触手から滑り落ちていたものを回収し、船倉に 用意されていたモーターボートに乗せて運び出した。ナユタの光の球から抜け出すために、まさか、こんなものが 活用出来るとは思ってもみなかった。周防はスーツの内ポケットを探り、干涸らびた触手を取り出した。

「なんで、これを投げ付けただけで、あのバリアーみたいなものに穴が開いたんだ?」

 ナマコの干物のような触手を眺めるが、正体が解らなかった。だが、役に立ったのであればそれでいい、と周防は 思い直し、干涸らびた触手を内ポケットに戻してから携帯電話を取り出した。鬼無克二を回収した後に向かう上陸 地点がメールで送られてきていたので、その座標を地図に入力すると、ホログラフィーが浮かび上がった。ひたすら 西に向かっていれば、何事もなければ二時間もしないうちに辿り着くだろう。

「くそ」

 顔の左半分の傷の縫合が緩んだのか、じわりと熱い血が滲み出してきた。鎮静剤を飲んでいないので、鼓動と共 に傷口が疼いて顔が引きつる。口の端から入り込んできた鉄の味が舌に広がる。

「ねー、あんた。なんで俺なんか拾ってったんですかー? これなんてフラグ?」

 ロープで座席に縛り付けられている鬼無が話し掛けてきたので、周防は苛立ち紛れに言った。

「断じて俺の意志じゃない。俺はお前みたいな奴は嫌いなんだ、海に放り込んでやりたいよ」

「でもー、そういうあんたも大概ですよねー、すーちゃん?」

「はぁ?」

 なぜ、その子供染みた愛称を知っている。周防が訝ると、鬼無は唯一残った頭部を逸らす。

「俺って盗撮こそライフワークっていうかノー盗撮ノーライフっていうか、他人の秘密とか後ろめたいところとか大好きで 大好きでネット社会万歳でビックリするほどユートピアみたいなー? んで、最近の大ヒットは吉岡りんねだったんです けどー、なんか盗撮のし甲斐がなくてクソゲー確定ってかでー。だから、暇潰しに政府側の方も見ちゃったんですけど これがまた神動画でー。で、特に面白かったのがー、すーちゃんのでぇ」

「黙れ!」

 周防は拳銃を抜き、鬼無の頭部の破損部分に向けるが、鬼無は上機嫌なままだった。

「いいんですかー? 俺を殺せば、ネットに何が流出するか解らないですよー?」

「なんでもいいから、黙ってくれ」

 殺すに殺せない相手に挑発されるのは、心底腹立たしい。だが、海に放り投げては周防の雇い主と交わした契約 が成立しなくなる。モーターボートのコンピューターに携帯電話を翳し、目的地の座標を読み込ませると自動運転 に切り替えてから、周防は運転席の硬いシートに身を沈めた。今更ながら空腹を覚えたので、モーターボートの座席 の下に用意されている非常食糧を開封し、ビスケットを囓った。どうせなら、ナユタによる荒事が起きる前にフレンチ のフルコースを平らげてしまうべきだった。だが、口中に血の味がするのなら、どれでも同じか、とも思った。
 アウトサイダーには、血塗られた道しか許されないのだから。





 


12 10/6