機動駐在コジロウ




坊主が憎けりゃケースも憎い



 それからどうした、と武蔵野は続きを乞うた。
 だが、返事は返ってこなかった。ウィスキーやらワインやらの空き瓶を周囲に転がしている寺坂は、みっともない 格好で爆睡していたからだ。ソファーの上に寝転がってはいるが上半身はずり落ちていて、右腕を縛っている包帯 はほとんど解けていて大量の触手がでたらめに蠢き、Tシャツは胸までずり上がっていてベルトの外れたジーンズは ずり下がって尻がはみ出しそうになっている。サングラスはあらぬ方向に吹っ飛んでいる。悲惨である。

「そこから先が肝心だろうが! オチを話す前に潰れる馬鹿があるか!」

 武蔵野は苛立ち紛れに声を上げるが、泥酔している寺坂は妙な言葉を漏らしただけだった。

「うにょわぁ」

「全く、どうしようもない野郎だな」

 武蔵野はぼやきながら、ミネラルウォーターで割った薄いウィスキーを傾けた。本気で飲むつもりはない、寺坂の 話を素面で聞くのが耐え難かったからだ。生臭い話には慣れているし、傭兵時代に拷問や虐殺は何度も目にして きたし、目の前で血が流れようが臓物が散らばろうが脳髄が吹き飛ぼうが、最早吐き気すら覚えない。だが、寺坂 が経験してきたことには、血生臭さと共に人間の悪意が多分に含まれていた。それが、嫌なのだ。

「あーあーあー、なんてことに」

 事務所のドアが開き、道子が入ってきた。酒瓶に囲まれた寺坂を指し、武蔵野はぼやいた。

「こいつをどうにかしないとな。酔いが覚めるまでは動かせんだろう、軟体動物みたいなもんだから」

「私が来るって解っていたんですか? 鍵も掛けていないなんて」

 そう言いながら事務所に入ってきた道子は、バニーガール姿から私服に着替えていた。派手な顔付きとプロポーション のボディには今一つ馴染まない、飾り気のないワンピースだった。道子はぶちぶちと文句を零しながら、寺坂の足元に 散乱している酒瓶を集めてレジ袋にまとめた。

「俺の携帯にもGPSぐらいは付いているし、お前の機体の固体識別番号ぐらいは拾える。丁度良い、こいつの中身を 見てくれないか。この事務所にはパソコンはあるが、他人のものを使うわけにはいかんだろう」

 武蔵野は道子にあのSDカードを差し出すと、道子はそれを受け取り、眺め回した。

「これ、なんですか?」

「ヘビ野郎からのプレゼントだよ。SIMカードもある」

 武蔵野が寺坂の携帯電話を投げ渡すと、それを受け取った道子はSIMカードを外して見回した。

「あの人、死んでいなかったんですか? まあ、死んだなら死んだで解りますけどね。あの人にちょっかい出された せいで、私の思考波とあの人の脳波がほんの少し重なっているので。それで、羽部さんはどこで何をしているん ですか? 何の目的があって、私達に接触を図るんですか? どうやってこれを手に入れたんですか?」

「あいつは今、弐天逸流の本部にいる。理屈は解らんが、異空間なんだそうだ。あいつは寺坂を鉄砲玉にして弐天 逸流の教祖兼御神体を破壊しようと目論んでいる。そのために俺達に電話をし、そのSDカードも寄越したってわけ だ。誰に付こうが、どこの組織に属そうが、裏切ることしか考えていないらしい」

 武蔵野が薄いウィスキーで喉を潤すと、道子は首筋のカードスロットを開いてSDカードを差し込んだ。

「とりあえず、中身を見てみますね。プロテクトがあるようなので解析にはちょっと時間が掛かりますけど、まあ五分も あれば充分ですね。羽部さんにも困ったものですねー、開き直ってつばめちゃんに頭を下げればいいのに。私達 みたいに。そうすれば、色々と楽なんですけどね」

「それが出来たら羽部じゃないさ」

「でーすよねー」

 武蔵野の軽口に道子は笑い、手近なソファーに身を沈めた。

「つばめはどうした」

「つばめちゃんはですね、美月ちゃんと一緒ですよ。あの後、二人とも試合のテンションが下がらなくなったみたい で、そのままお泊まりすることになりまして。もちろん、コジロウ君も一緒ですから大丈夫ですよ。その場所は小倉 重機が借りている倉庫の宿直室です。楽しいのなら何よりです」

「そうか。だったらいい」

 武蔵野は軽い酔いを感じながら、寺坂を指す。

「道子。こいつの過去について知っていることがあれば、話してくれ。途中までは本人が喋ってくれたんだが、肝心な ところで潰れちまってな。怪人に変身した備前美野里が寺坂を襲って細切れにしたが、寺坂が元通りに回復した傍 から備前美野里に言い寄ったところまでだ」

「話していいのかはちょっと迷っちゃいますけど、そこまで寺坂さんがお話ししたのなら、いいんですよね」

 道子は少し躊躇いつつも、語り出した。

「あの後、寺坂さんは美野里さんを口説いて行動を共にしようとするんですけど、美野里さんはそれをお断りしたん です。美野里さんはマスターの部下であって、寺坂さんを狙う立場の人ですから。それから、寺坂さんは以前と同じく 弐天逸流の信者の元に怒鳴り込んで暴れ回って本部の場所を突き止めようとしていくんですけど、行き着いた先の 家にいたのは寺坂さんの御両親と、寺坂さん御本人だったんです。右腕を失ってもいない、体毛も抜けてもいない、 ごく普通の人間の寺坂さんが御両親と仲睦まじく暮らしていたんです。その寺坂さんはとても大人しくて、いい人で、 御本人とは正反対の性格でした。御両親は本物の寺坂さんを見ようともせず、関わろうともせず、追い出そうとすら せず、ただ日常を続けていました。だから、寺坂さんは耐えきれなくなって」

「全員、殺そうとしたのか?」

 武蔵野の呟きに、全く別の方向から答えが返ってきた。

「俺が殺したの。全部」

 一乗寺だった。ドアを細く開けて滑り込んできた一乗寺は、道子と武蔵野の間に座り、足を組んだ。男物でサイズの 大きいTシャツとジーンズ姿で、メイクも全て落としてある。一乗寺は酔い潰れた寺坂を見、少し笑う。

「だって、よっちゃんは殺せないもん。自分の家族だし。だから、俺が代わりに殺したんだ。目の前でこれでもかって 撃ちまくって、三人ともミンチにしてあげたの。ゲームより簡単だったよ」

「それから、どうしたんだ」

 武蔵野が道子に乞うと、道子は続けた。

「寺坂さんは、闇雲に信者を襲うことを止めました。その代わりに、相手の話を聞くようになったんです。そうしたら、 弐天逸流の信者達が口を揃えて言うんです。奇跡が起きて生き返ってきた家族や友人や恋人は、以前よりも遙か に優しくて落ち着きがあるけど、どうしようもなく気持ち悪い。けれど、見た目も中身も人間だから手を下すのは気が 引けるし、生き返った人々を処分したら弐天逸流に何をされるか解らない。それが怖い。中には、生き返ってきた 相手ではなく自分を殺してくれと寺坂さんに懇願する人もいました。そうすれば、相手と同じ生き物になれるから、 気持ち悪いと思わなくなるから、と……。浄法寺にある大量の骨壺は、生き返ってきた人々の遺骨なんです。当人が 目の前にいるのにお骨をお墓に収めるのは薄ら寒いし、かといって手元に置いておくと当人とその遺骨が同時に 存在している違和感が恐ろしいし、けれど捨てられるわけもないし、といった理由で寺坂さんの元に次々と預け られるようになりました。相談に来る人もいました。生き返った人を引き摺ってくる人もいました。どうしても殺す ことが出来なかった、と泣きながら来る人もいました。大勢、大勢、いました」

 道子は立ち上がると、書類棚の上に置いてあった毛布を取り、寺坂に掛けてやった。

「その度に、寺坂さんは長光さんから褒められるんです。君はとてもいいことをしている、過去の悪行を償うために 得を積み重ねている、だから何も迷うことなどないよ、君は立派だよ、君は素晴らしいんだよ、と。そして、その都度 大金を渡されました。スポーツカーも渡されました。女性さえも工面してきました。寺坂さんも最初の頃は長光さんに されるがままになっていたんですけど、次第に怖くなってきて、もう止めてくれと言ったんです。ですが、長光さんは 止めません。墓守になってくれ、見届けてくれ、と言いながら、大金を渡してくるんです。だから、寺坂さんは大金を 一刻も早く使い切ろうとするんですけど、それを上回る額が口座に送金されてきてしまうんです」

「んで、よっちゃんは佐々木長光を経由してみのりんと再会するの。それが三年前の話。俺もそう。まあ、出会い頭に 殺されそうになったけどね。でもって、よっちゃんはつばめちゃんの正体を知るんだよ。佐々木長光が懇意にして いる弁護士一家に預けられている、佐々木長光の孫娘だってね。そこで気付いた。いかによっちゃんが鈍くて馬鹿 で脳みそ海綿体の下半身直結男でも、ここまでされたら気付くよね、普通」

 一乗寺が肩を竦めたので、武蔵野は彼女を一瞥した。

「マスターの正体か」

「そうです。美野里さんが言うところのマスターとは、遺産の一つである無限情報記録装置のラクシャに転写された 意識と記憶の主のことです。アマラとアマラが情報処理媒体として使用している異次元宇宙を併用すれば、ラクシャ をアバターとして同一次元に同一の意識を宿した自我を同時に複数存在させることが可能なんです。なんていうか、 ドッペルゲンガーとは違いますし、SNSやネットゲームで複数のアカウントを作って別人を演じることともまた違うん です。自我は複数ですが意識は一つしかありませんから」

「俺だって気付いていたよ。気付かないわけがないんだ。だって、つばめちゃんの他に遺産を扱える人間なんて、この 大宇宙にもう一人しかいないだろ? 消去法以前の問題じゃんよ」

「つばめですらも感付いていたからな。脇が甘いんじゃない、それだけ自分を過信しているんだ」

 一乗寺の言葉に武蔵野が続けると、鈍く呻いた寺坂が目を開けた。どろりと濁った視線が三人を捉える。

「寝取ってやろうと思ってんだよー、俺。あの野郎から、みのりんをさぁー」

 のそのそと毛布の下で動いてソファーによじ登った寺坂は、うー、と力なく唸った。

「でねぇと、なんか、死んでも死にきれねーっつーか、みのりんが惨めでさぁ。もっとこう、あるだろ。良い人生が」

「だからって、お前なぁ。自分を生きたまま解体するような女に惚れるなよ」

 武蔵野が呆れると、寺坂は管を巻いた。

「仕方ねぇだろおー。顔も体もぜーんぶ好みだったんだからよー。俺だって人間じゃねぇんだしさー、相手も人間じゃ ないんだから受け入れてくれるって思っちまうだろー。思うだろー、思わないわけがねぇだろー。俺だって寂しいん だよ、一人で生きたくねぇんだよ、どうせ死ぬなら好きな女に抱かれて死にたいんだよー。なー、解るだろぉー」

「ああー、やんなっちゃうー。なんだって、俺達の人生はこんなんなんだろー!」

 一乗寺は足を投げ出し、子供のようにばたつかせた。

「俺達はまだいい。ある程度歳を食っているし、どんなことになったとしても自分の行動による結果だと理解している から妥協も出来るさ。だが、つばめがな」

 武蔵野が嘆くと、道子は頬に手を添えた。

「ですよねぇ。大人の身勝手に巻き込まれて割を食うのは、いつだって子供なんですから。弐天逸流がバックボーンの 御鈴ちゃんっていうアイドルの子も……。その子の情報も欲しかったんですけど、羽部さんは出し惜しみをしやがった みたいで何も解りませんでした。きっと、御嬢様絡みだとは思うんですけど」

「ああ、あれかぁ。確かに御嬢様にちょっと似ているなーって思ったけど。色んな動画サイトで再生回数が常にトップ の超新星未来型アイドル、御鈴ちゃん。化粧と髪型と服装を変えちゃうと、女の子って大分印象が変わるよね」

 一乗寺がやる気なく言うと、武蔵野は訝った。

「その後、どうなるんだ? そのシュユを復活させて弐天逸流の思想で世界を牛耳るとでも?」

「それだけなら、まだいいんですけどね。アマラでどうにでも出来ますから。気掛かりなのは、御鈴ちゃんの歌の歌詞 が終末思想だらけってことです。人間では聞き取れない音域に超音波を仕込んである歌なので、常人では聞いている だけでも弐天逸流の思想に染まっていく寸法になっているんですけど、決定打には欠けるんです。御鈴ちゃんの 歌が途切れてしまうと、低レベルな洗脳も途切れてしまうので。今時のアイドルは旬が短いですし、ネットでの評判 がリアルでも通じるとは限りませんからね。それに洗脳が通じない人間だって多々いますから、歌を聴いた人間を 全員操るのは不可能です。アマラでさえも不可能でしたしね。ですから、本当の狙いはその先なんじゃないかなーっ て羽部さんも考えているみたいです。で、弐天逸流本部とその周辺の地形を測量したデータがあったので、それを 元にして簡単にモデリングしてみたんですけど」

 道子は寺坂の携帯電話を使い、ホログラフィーを浮かび上がらせた。

「見覚えしかなーい」

 一乗寺が噴き出すと、武蔵野は首を捻った。

「だが、これが本当だとすると異空間ってのは目と鼻の先にあるってことか?」

「問題は、その出入り口がどこにあるかってこったよ。俺だって、十年近く探しても見つけられなかったんだぞ」

 寺坂は横目にホログラフィーを窺い、嘆息した。

「とりあえず、一通り調べてみるさ」

 楕円形で両端が狭まっている、船に似た地形のホログラフィーを見据えながら、武蔵野は薄い水割りを呷った。 建物の配置こそ違っているが、その地形は船島集落そのものだった。羽部の情報を信じずに突っぱねるのは簡単 だが、羽部のように自尊心が天よりも高い男が自分の価値を貶めるような行動を取るとは思いがたい。だから、この 情報を一度は信じてみる価値はあるだろう。そう思い、武蔵野は口元を拭った。

「あーあ。シュユのせいで頭が痛いや。あいつがもっとしっかりしていたら、こんなことにはならかったのに」

「一乗寺さん、シュユとお知り合いか何かですか?」

 道子に尋ねられ、一乗寺は挑発的な笑みを見せた。

「知りたい? でも、知らない方がいいよ。俺のこと、好きでいたいのなら」

 お前は何なんだよ、と寺坂が呟くと、一乗寺は笑い返した。俺は俺だよ、と。それ以上質問したところで、彼女が 一から十まで答えてくれるとは思えなかった。正確に答えてくれたとしても、情報が増えすぎて難解になってしまうだけ だろう。だから、今はそれだけでいい。解っていること、出来ること、成すべきことだけを見定めて動けばいい。
 窓の外では、夜空の端が白み始めていた。




 興奮の余韻が抜けず、眠りが浅かった。
 つばめは寝返りを打ち、天井を見上げたが、見慣れないものだったので一瞬混乱した。だが、すぐに同じ布団で 寝息を立てている美月を見、思い出した。大盛況の内に終了したロボットファイトの打ち上げで散々飲み食いして、 騒ぐのが楽しすぎて帰るのがなんだか億劫になってしまって、美月とその父親の言葉に甘えて一夜を共に過ごす と決めたのだ。そして、小倉重機が借りている倉庫の宿直室に泊まり込み、夜通し語り合った。
 語り合ったまま、いつしか寝入っていたらしい。その証拠に枕元には二人分の缶ジュースと食べ散らかしたままの スナック菓子が残っていて、ひどい有様だった。軽い筋肉痛と頭痛に苛まれながら、つばめは携帯電話を手にして 時刻を確かめた。午前四時過ぎ。二度寝すれば、丁度良い時間になるだろう。

「うーん」

 だが、お喋りしながら散々飲んだジュースが膀胱を膨らませている。二度寝して起きる頃には、もっとひどいことに なってしまうだろう。ここは素直に用を足しておいた方がいい。

「む……」

 つばめは眠気を堪えながら、毛布を捲って起き上がった。美月が起きる気配はなく、だらしなく寝入っている。長い 髪は乱れていて、つばめもぐちゃぐちゃだった。シャワーを浴びた後に髪を乾かす手間を怠ったせいで、元々クセの 強い髪は跳ね放題だった。鏡を見たくもないが、トイレに行けば鏡を見ないわけにはいかない。
 飲み残しの缶ジュースを一口飲んで乾いた喉を潤してから、つばめは慣れないハイヒールを履いたせいで脹ら脛 が痛む足を引き摺りながら、宿直室を後にした。隣接している事務室を通り抜け、雑魚寝している小倉重機の社員達 を横目にトイレに向かった。鏡を視界に入れずに用を足し、ついでに顔を洗った。濡らした手で髪を少し整えてみた が気休めにもならず、改めてクセ毛の強さにげんなりするが、それは母親の血だと思うとなんだか嬉しくなる。

「で、結局、この人ってなんなんだろう」

 社員達に混じって雑魚寝している岩龍のオーナーを見下ろし、つばめは首を捻った。彼女の名が柳田小夜子で、 ロボットを操る才覚は人一倍だということはレイガンドーと岩龍の試合で思い知らされた。小夜子は人間型の人型 重機に人工知能を移してロボットファイターに返り咲いた岩龍を完璧に使いこなしていて、レイガンドーを徹底的に 責め抜いてバッテリー切れ寸前まで追い詰めた。3ラウンドが終了しても決着が付かず、2ラウンド延長した末に、 レイガンドーが岩龍のダウンを取って勝利した。全ての試合が終了した後、岩龍は別の工房で整備すると言って、 小夜子は自前のトレーラーで岩龍を運び出していった。その後、この倉庫に戻ってきて小倉重機の社員達と酒盛り に興じていた。小倉貞利は小夜子とは面識があるらしく、酒を酌み交わしながら親しげに話していた。
 柳田小夜子は敵ではないようだが、味方だと思い込むのは早計かもしれない。これまでの前例があるのだから。 つばめは、小夜子の締まりのない寝顔から目線を外したが、疑念を抱く自分に少し嫌気が差した。
 そのまま宿直室に戻ろうかと思ったが、トイレの窓から外が窺えた。ビニールシートを掛けられているロボット達に 混じって、シリアスの格好のままのコジロウが突っ立っていた。ああ、いつもの彼だ。
 訳もなく安堵したつばめは、今度こそ戻ろうとするとコジロウが振り向いて目が合った。つばめはひどい格好をして いる自分が恥ずかしくてたまらず、トイレから逃げ出した。だが、コジロウは倉庫内に入ってきて、トイレから出てすぐ のところで鉢合わせした。つばめは一瞬で頬が火照り、彼に背を向ける。

「あっ、あう」

「つばめ」

 コジロウは銀色の手を差し伸べ、つばめのTシャツを着た肩に触れてきた。朝露を薄く帯びていた。

「な、何? 今、あんまり顔とか見られたくないよ。だらしなさすぎて」

 羞恥に駆られたつばめが顔を伏せると、コジロウは膝を曲げ、レイガンドーとの試合で傷付いたマスクを寄せる。

「本官は敗北した」

「そりゃ、試合だし、ショーだからね。格好良かったよ」

 つばめは彼の手に自分の手を重ねると、太い指を二本だけ握った。

「不良品だとは見なさないのか」

 コジロウの声色は、心なしか弱っていた。ムリョウの生み出す動力は無限であるはずなのに。

「全然。コジロウは私の我が侭を聞いてくれたもん。後から考えてみると、私のやったことは無謀すぎたよね。いくら お姉ちゃんの居所を炙り出すためだっていっても、ちょっとやりすぎたよ。だけど、後悔はしていないよ。コジロウが 私のことを守ってくれるし、それにさ」

 つばめは彼の胸に寄り掛かり、上目に見上げた。悪辣な白抜きのドクロが視界に入る。

「良い思い出になったでしょ?」

「ロボットファイトの試合を最重要事項として認識、情報を整理した後にプロテクトを掛けて保存する」

「大袈裟なんだから。でも、そういうところが好き」

 つばめはコジロウらしい物言いに笑ってから、彼の腕を引き寄せて抱き締めた。その仕草でコジロウはつばめの 意図を理解したのだろう、先程以上に腰を曲げてもう一方の腕もつばめの体に回してきてくれた。チェーンとパイプ だらけのボディではいつもとは勝手が違うのか、若干力加減も違っていた。それでも、コジロウはコジロウだ。
 これから何が起きようとも、彼がいてくれるのであれば怖くない。つばめが考えた通りに、全ての出来事の黒幕が 祖父だったとしても、そうでなかったとしても、コジロウを信じ抜けばきっと乗り越えられる。
 乗り越えた先に、何があるかは解らないが。





 


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