機動駐在コジロウ




背水のジーン



 左手が暖かかった。
 まるで、誰かに握られているかのように。顔の右半分が抉られたことによる激痛は収まらず、拳の形に陥没した 頭蓋骨は元に戻っていない。右目は完全に潰れて砕けた頬骨が顔の至るところに突き刺さり、輪郭が変わるほど 顔が腫れ上がっている。口角を動かすこともままならず、視界が狭まっている。
 あれから、どうなったのだろうか。羽部は発熱と痛みによって涙が滲んだ左目を瞬かせ、天井を捉えた。見覚えの ない壁紙が貼られていて、糊の効いた枕カバーが肌に擦れ、レースカーテン越しに見える景色はビルが多い。ここ がどこなのかは、また後で考えればいい。異物が差し込まれている痛みを覚え、右腕を上げると、そこには点滴針 が刺さっていて、黄色が鮮やかな栄養剤が混ぜられた生理食塩液のパックがスタンドから吊り下げられ、パックの 表面には羽部の名前と点滴液の中身が殴り書きされていた。栄養剤、鎮痛剤、抗炎症剤。

「死にはしなかった、ってところか」

 羽部は弱く呟いてから、右手に力を込めようとしたが、上手く指が動かなかった。羽部の記憶に残っているのは、 ライブ会場上空に出現したフカセツテンから出てきたコジロウに、強かに殴り飛ばされたことだ。コジロウは羽部が 人間ではないと認識していたからだろう、羽部に喰らわせた打撃には躊躇いもなければ遠慮もなく、頭部が粉々に 吹き飛ばされたのではないかと思ったほどだった。視界に白と黒のロボットが入った直後、銀色の拳が羽部の顔の 右半分を抉り、その勢いのままステージから地面に転げ落ちた。着地する際は最後の意地で下半身を曲げ、バネ 代わりにしてダメージを受け流したが、それが精一杯だった。それ以降の記憶はない。
 病室と思しき部屋の壁掛け時計の針は早朝で、枕元にあるホログラフィーのカレンダーはライブの翌日の日付が 点滅していた。あれから丸一日過ぎたようだ。一晩で意識が戻ったのだから、良しとすべきだろう。アソウギの力が なければ、昏睡し続けて死んでいたに違いない。
 これからどうする。つばめの力を借りてアソウギを活性化させ、元通りに再生すべきか。それとも、アソウギを分離 してもらってただの人間の成り下がり、他人の目に怯えながら薄暗い人生を送るのか。或いは、佐々木長光の味方 をするふりをして状況を引っかき回し、甘い汁を吸うべきか。でなければ。

「……馬鹿馬鹿しい」

 羽部の左手を握り締めている少女を一瞥し、自嘲した。ベッドの端に突っ伏して寝入っているのは、アイドル紛い の衣装を身につけたままの美月だった。目元から頬には涙の後が残り、メイクが落ちてシーツに染み込んでいる。 羽部の左手に縋り付かずにはいられないほど不安だったのだろう、美月の顔は羽部の左手のすぐ傍にあった。
 羽部が最も忌み嫌い、憎しみすら抱いている、甘ったれた感情がふつりと湧く。つばめの力を借りても人間に戻る ことが出来なかったとしたら、美月と小倉重機に寄り掛かって生きてもいいのではないか、と。だが、それが一体何 になるというのだ。ロボット同士を戦わせる原始的かつ大味な大衆娯楽を世間に認知させる手伝いをしたいのか、 美月の素直な語彙で褒められたいのか、美月を含めた他人に自分の力量を認めてもらいたいのか。

「馬鹿だよ、君は」

 美月には輝かしい人生が待っている、こんな浅ましい男の傍にいるべきではない。だが、今、美月を突き放せば、 羽部に近付いてくれる人間は二度と現れないだろう。それはアソウギを使って怪人になった時点で解り切っていた 事実であり、自尊心を満たしてくれない他人に対する渇望が拗くれた末の人間嫌いになった羽部は、敢えて誰にも 好かれないような態度を選んでいた。だから、美月に近付かれるのは予想外だ。

「僕も馬鹿だ」

 左手を少し上げて美月の手中から抜き、美月の血色の良い頬に添える。暖かく、柔らかく、新鮮な血の詰まった 若い女性の肉体だ。羽部の大好物だ。美月は全くの無防備で、シーツの痕を片頬に付けている。起きる気配すら なく、規則的な寝息も途切れない。骨の細い顎から産毛の生えた首筋をなぞり、動脈の位置を確かめる。
 今、ここで左手だけを怪人に変化させれば、美月の命は簡単に奪える。動脈を切り裂き、噴出する血の生温さを 思い描くだけで食欲が湧く。慣れ親しんだ鉄錆の味が懐かしく、愛おしい。喉越しの良い脂肪と歯応えのある筋肉を 囓り、華奢な骨をねぶり、つるりとした内臓を頬張る。きっと、美月は旨いだろう。化け物に相応しい飢えを満たして くれるだろう。けれど、食欲と相反した衝動が羽部の胃を締め付けてきた。
 喰いたいのに、喰いたくない。美月の首筋から鎖骨を撫で、衣装の襟元のボタンを外して骨も肉も頼りない肩に 手を差し込み、少女の素肌の脆弱さを楽しんだ。生きた人間にまともに触れるのは、十何年振りだろうか。美月の 襟元から手を抜いて再び頬を手のひらに収め、親指の先でリップグロスが残っている唇をなぞった。
 悲しくなるほど、柔らかかった。




 頭痛と微熱が収まらない。
 弱い眠りと覚醒を繰り返していた伊織は瞼を開き、熱を持った額を押さえた。病院にも吉岡邸にも搬送するな、と 周囲の人間に命じておいたからだろう、あの控え室代わりにしていたコンテナの中からは移動していなかった。衣装 に着替える際に使った間仕切りのカーテンが簡易ベッドを囲み、点滴のパックから一秒ごとに薬液が落ちている。 枕元の携帯電話を引き寄せて操作してみると、時刻は早朝だった。あれから、一晩眠り込んでいたらしい。
 つばめや美月からメールが来ていないか、と携帯電話を操作しようとして、伊織は気付いた。携帯電話の内部に 大量の文書ファイルが保存されていて、そのどれもが伊織が寝入っていた時間帯に作成されていた。内容は一見 しただけではデタラメな数字と文字の羅列にしか見えなかったが、伊織はそれらを読み、理解した。これはムジンに 保存されていたプログラム言語を地球言語に意訳したものだが、伊織はそんなものを入力した覚えはない。

「んだよ、これ」

 もしかして、りんねの仕業なのか。伊織は痛む頭を堪えて起き上がり、一晩で作られた数百個の文書ファイルに 軽く目を通していったが、藤原君へ、とのタイトルが付いたものを見つけた。その中身は、こうである。

『こんにちは、藤原君。りんねです。私のために色んなことをしてくれて、本当にありがとう。おかげで、私も短期間 のうちに随分と成長することが出来ました。シュユに作用する固有振動数を含んでいる歌は、シュユだけじゃなくて 私自身にも影響を与えてくれたから、羽部さんが私の頭の中に突っ込んでくれたけどデタラメな配置だったムジンの プログラムを最適化することが出来ました。最適化したプログラムは私の脳を回路代わりにして動き出し、異次元 宇宙に存在する量子コンピューターと接触しました。そのおかげで、短い間に色々なことが解りました。お父さんの こと、お母さんのこと、つばめちゃんのこと、つばめちゃんの御両親のこと、佐々木長光さんのこと、私自身のこと、 私のお姉ちゃん達のこと、そして藤原君のこと』

 少し前まで、りんねは辿々しい言葉しか扱えなかったはずなのに。伊織は驚きながらも、スクロールを続けた。

『私は生きていてはいけないってことが、よく解りました。私がちゃんと生まれなかったせいでお父さんとお母さんを 悲しませてしまったばかりか、長光さんに利用されてしまったからです。つばめちゃんにも、ひどいことをしてしまい ました。藤原君や他の人達にも、謝っても謝りきれないことをしました。美月ちゃんにもお別れも言えませんでした。 だから、私は自分を許せません』

「そんなもん、後でいくらでも取り返せばいいじゃねぇか」

 りんねの文面に言葉で返し、最後までスクロールさせた。

『藤原君。ごめんなさい。私の遺伝子は残しちゃいけないから』

 文章の下に、また数字と文字の羅列が入力されていた。それを目にした途端、伊織の脳から脊髄に痛みが走り、 仰け反った。たまらず携帯電話を落としてしまい、伊織は息を荒げながら簡易ベッドに突っ伏したが、ぐじゅりと水気 のある感触が起きた。目を上げると、シーツに触れた皮膚がずるりと剥げ、真皮の下の筋肉が露出した。

「あぁっ!?」

 これは何事だ。ぎょっとして伊織は飛び退くが、今度は服が擦れた部分の皮膚が崩れ、体液と血液の染みが至る ところに出来た。せめて顔には触れまいと気を付けながら手を動かし、眺めてみるが、関節を曲げただけで皮膚が 破れた。免疫が過剰反応を起こしたかのような、或いは放射能汚染でDNAを損傷した人間が陥る末期症状とでも 言うかのような。伊織は動揺しないために息を吸い、吐くが、その動作だけで口と喉の粘膜が破れ、耐え難い激痛が 発生した。ぼたぼたと崩れた肉片混じりの体液を唇の端から漏らしながら、伊織は両膝を付いた。
 たったそれだけの衝撃で両足の付け根の筋が外れ、骨が割れる。バランスを保てずに横たわると、床と擦れた 頬の皮膚がべろりと剥げて頬骨が砂糖菓子のように砕ける。まだらに脱色した長い髪が抜けるのも、最早、時間の 問題だろう。りんねは何をしたのだ。これでは、伊織だけでなくりんねも無事では済まない。
 りんねは伊織が認めたマスターだ。死ねと言われれば死ぬし、戦えと言われれば戦い、殺せと言われれば誰で あろうと殺す覚悟は据えている。だが、これでは戦うことすら出来ない。りんねも死んでしまう。りんねを死なせない ために、這い蹲って生きてきたのに。伊織は憤怒に駆られたが、呻き声すら出せなかった。
 声を出すために必要な肺も横隔膜も、腹の中で溶けていたからだ。




 聴覚が、聞き慣れたスキール音を捉えた。
 ライブ会場の特設ステージの影から、佐々木長孝は会場内を見下ろしていた。その傍らでは、不機嫌極まりない 吉岡文香が足を組んで座っている。コジロウと共につばめが戻ってきたことで安堵する一方、佐々木長孝を本人の 承諾を得た上で切り刻むことが出来なくなったからだ。大量に複製されたステージの残骸が朝日に照らされている 様は、退廃的な美しさを宿し、物質文明の不条理さを表現した現代芸術とでも言い張れそうな光景だ。
 つばめの気配がする。長孝は人間の手足に似せた形に束ねた触手を少し緩め、一本だけ伸ばした。つばめの 手中にあるナユタは安定し、エネルギーの出力も凪いでいる。量産型の警官ロボットのボディにムリョウとムジンの 破片を入れて再起動させたコジロウも自己修復が完了し、現在の状態に戻っている。長孝も遺産の産物であること には変わりないので、アマラほどの精度と感度はないが、遺産の現状は互換性を使って感じ取れる。

「これでいい」

 長孝は満足し、腰を上げた。つばめに近付けなくとも、その気配を感じ取れただけでも充分だ。

「待ちなさいよ、どこに行くつもり? そんなにあの子が大事なら、ちゃんと会ってやりなさいよ」

 文香に引き留められ、長孝は意外に思った。

「あれだけ俺を疎んでいたのに、どういう風の吹き回しだ」

「あんたに会えばあの子は化け物の子供だって自覚してくれるから、私達も仕事が楽になるのよ」

「ああ、そうかい」

 文香にも少しは温情があるのかと感心しかけたが、長孝はすぐにげんなりした。こんなどぎつい女を伴侶に選んだ 弟の趣味を疑わざるを得ない。長孝の実弟である八五郎は、長孝とはまた別の意味で事態を達観していた。父親 である長光の支配から逃れるために早くから人間として自活する道を選び、機械技師として働くための資格を得て 船島集落を飛び出した長孝とは違い、八五郎は父親の財産を食い潰そうとしていた。だが、佐々木長光の懐に日々 入ってくる収入が大きすぎたので八五郎が度を超した浪費をしても焼け石に水で、長光を潰すどころか、逆に長光 を増長させただけだった。兄弟といえど、根本的に長孝と八五郎では価値観が違うのだ。

「ん」

 ふとノイズを感じ、長孝は凹凸のない顔を上げて発信源を辿った。発信源はアソウギだが、アソウギだけでは到底 不可能な情報量を処理している。ムジンのプログラムがインストールされていて、異次元宇宙に存在している量子 コンピューターにアクセスしているのか、恐ろしく情報処理が早い。だが、その内訳までは解らない。長孝が感じ取る ことが出来るのはあくまでも表面的な事象だけであり、詳細までは掴み取れないからだ。

「りんねはね、特別なのよ」

 文香は誇らしげで、声色も弾んでいた。

「管理者権限は半分しか持っていないけど、それでも充分よ。管理者権限が半分でもあれば、佐々木つばめの手を 借りずに済むじゃない。あんた達に似てしみったれた子供だから、一度でも働かせたらどれだけの金をせびられるか 解ったもんじゃないもの。でも、りんねを使えばそんなことにはならないわ。だってりんねは、良い子だもの」

「それは誰にとっての良い子だ」

「こんなに愛しているんだもの、あの子だって私達を愛してくれないわけがないわ。だから、良い子なのよ」

「愛している方が愛していると言い張ったところで、愛されている方がそれを自覚し、理解していなければ何の意味も 持たない。だから、俺はつばめには会わないと決めたんだ」

「それはあんたが自分の娘を本当に愛していないからよ。愛していないから、余計なことが気になるの」

 文香の口振りには自信が漲っていたが、長孝には自信の根拠が解らなかった。愛とは、一方的なものだからだ。 長孝がひばりをどれだけ愛そうと、ひばりは最後の部分で長孝を信じていなかった。だから、ひばりは長孝の元から 敢えて離れて新免工業に匿われ、つばめを出産したのだ。ひばりの護衛していた戦闘員であり、現在はつばめに 雇われている男、武蔵野とひばりが通じ合っていたのなら、それはそれで構わないと思っている。人並みの嫉妬は 覚えるが、ひばりが相手の男を選ぶと言うことは、自分自身の幸せを選べるようになったからだ。武蔵野巌雄には 長孝も好感を抱いているし、向こう見ずなほど誠実な男なので、武蔵野がひばりを連れ去ってくれていたなら、彼は ひばりもつばめも幸せにしてくれただろう。
 どれほど思おうと、愛そうと、慕おうと、人間とそうでないものの隔たりだけは越えられない。長孝は、父親と母親で あるクテイが通じ合えない様を目の当たりにしてきたから、尚更そう思っている。長光がどこぞの誰かの会社に出資 する代わりに身元を引き受けたひばりは、二度と捨てられまいと思うがあまりに長孝に好かれようとしていた。それ は愛とは言い難いが、長孝はそれを受け流してひばりを愛そうとした結果、本当に愛してしまった。けれど、ひばり を妊娠させてからというもの、長孝には罪悪感が付き纏った。クテイの設定により、管理者権限は隔世遺伝すると 知っていたのに、ひばりを孕ませた。遠からず、我が子は遺産を巡る争いの火種となると解っているのに、衝動が 押さえきれなかった。それがひばりへの愛なのだと自分で自分に言い訳をして、あの日、妻を抱いた。
 ナユタの暴走を止めるためにひばりが身を投じたと知ってからは、長孝は己を殺すようになった。だから、娘にも 会わず、小倉貞利に警官ロボットの設計図を譲渡して量産させ、政府にも遺産の情報を流し、それがつばめのために なるのだからと信じてきた。愛して止まないからこそ、つばめには近付けない。
 だから、愛しているだけで愛されると思い込める根拠が解らない。文香は打算的な人間で、自分を肯定してくれる 人間や利益をもたらすものに関しては目聡いが、そうでないものに対しては非常に冷淡だ。りんねに対しても、文香 を彩ってくれるアクセサリーが欲しいから、愛していると豪語するのではないのだろうか。文香自身は真っ当に娘を 愛しているつもりなのだろうが、長孝にはとてもそうは思えなかった。

「りんねが元に戻ったら、今度は何をさせてあげようかしら。どこの学校に通わせてあげようかしら」

 恍惚とする文香から、長孝は顔を背けた。

「過度な期待は抱くな。あれは複製体である以前に、死産した胎児だったんだ。まともに育つとは思えない」

「そのための遺産でしょ。あのイカレた社長の息子の藤原伊織は気に食わないけど、あいつの持っているアソウギ さえあれば、りんねは人間になれるのよ。人間になったら、あの子はどれだけ完璧になるのか今から楽しみなの。 私の外見とあの人の頭の良さが一つになれば、才色兼備の完璧な子になること間違いなしだもの」

「あんたの傲慢さとハチの欲深さが一纏めになるだけだと思うがな。優れたことほど、受け継がれないもんだ」

「それはあんたの娘のことでしょ? 調査員の情報に寄れば、あんたの娘、あんたの作ったロボットと恋人ごっこを しているらしいじゃないの。それって精神的な近親相姦でしょ? 娘はともかく、ロボットの方はパンダのぬいぐるみ だった頃からあの子を知っているんだから、恋人ごっこをさせないようにしておけばいいじゃない。それなのに、設定 すらもいじらないで放っておくなんて、あんたも大概よ。伊達に化け物とまぐわった女の子供じゃないってことね」

「コジロウはコジロウだ。つばめと同じく、俺の手を離れている」

「それで誤魔化したつもり?」

 挑発的な文香の言葉に、長孝は僅かに破壊衝動に駆られた。自分の子供を持ち上げるために、他人の子供を 卑下する必要がどこにあるのだろうか。常に自分よりも下の存在がいなければ、気が休まらないのだろうか。だと しても、言葉が過ぎる。今度こそ黙らせなければ、いつかこの女の戯れ言がつばめに届く。そうなれば、愛する娘は どれほど傷付くだろうか。母親に似て強がりだから、その場は笑ってやり過ごすかもしれないが、年相応に繊細な心 には毒の楔がいくつも埋まってしまうだろう。長孝は作業着の裾から、太い触手を一本伸ばした。

「大変です、奥様! 御嬢様が、御嬢様が!」

 荒々しく鉄階段を鳴らしながらステージを駆け上ってきた女性看護師が、息を切らして叫んだ。

「りんねが起きたの? だったら、今後について話してあげないと」

 文香は喜びながら彼女に駆け寄るが、女性看護師は青ざめていてひどく震えていた。全力疾走してきたからか、 息が上がっていて過呼吸気味だった。文香は女性看護師を宥めて笑顔を見せるが、女性看護師は唐突に文香を 突き飛ばした。思い掛けないことに戸惑った文香がたたらを踏むと、女性看護師は崩れ落ち、突っ伏した。
 ぶちゃあっ、と水袋を地面に叩き付けたかのような異音が起きる。およそ人間のものらしからぬ水飛沫が上がり、 ステージ中に飛び散った。看護服は看護師が中に入っていた形を保っていたが、それを着ていた張本人は原型を 留めておらず、大きな水溜まりへと変貌していた。人型だった液体が徐々に広がっていく様子を見、文香は口元を 押さえて呻いた。長孝は文香を絞め殺すために伸ばしていた触手を垂らし、液体に触れ、確信した。
 アソウギの動作不良だ。





 


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