機動駐在コジロウ




老いてはコマンドに従え



 丸まった背中を、暖かな手がゆっくりと撫で下ろしてくれた。
 その手の主の膝に縋り、時折しゃくり上げながら、つばめは途切れ途切れに話していた。備前家で自分だけ名字 が違うから、子供のみならず大人からも散々嫌なことを言われたこと。同じ名前にしてくれと備前夫妻に頼んでみた こともあったが、はぐらかされてしまったこと。美野里と十五歳も年齢が離れているから、嫌な言葉を言われた記憶 があること。美野里の視線が気になり、備前景子をお母さんと呼びづらかったこと。だが、お母さんと呼ばなければ 景子は悲しい顔をするので、結局はお母さんと呼んでしまっていたこと。賢くて聞き分けが良くて元気が良くて愛嬌 がある、子供らしい子供になろうと一生懸命だったこと。そうしていれば、捨てられないと思っていたこと。

「うん、それで?」

「だから、頑張ったんだよ。痛かったし、辛かったし、逃げたかったけど、しっかりやってきたんだよ」

「うん、知っているよ。ずっと見ていたから」

「でも、お姉ちゃんだけは助けられなかった。何度も何度も助けようとした。裏切られても、痛い目に遭わされても、 絶対に元のお姉ちゃんに戻ってくれるって信じようとしたけど、信じ切れなくなった。だから、さよならしたの」

「それでいいの。その方が、あの子も楽だよ」

「だけど、小父さんと小母さんに約束したの。お姉ちゃんを連れて帰るって。そしたら、ちゃんと話し合おうって」

「話せば解ってくれるよ。あの人達も、覚悟は出来ているはずだから」

「そうかなぁ」

「そうだよ。時間は掛かるかもしれないけど、大丈夫だよ」

「だと、いいなぁ」

 つばめが俯くと、手の主はつばめの背中をゆっくりとさすった。物理的なものとは異なる胸の痛みを感じながら、 つばめは顔を上げた。朗らかな日差しが注ぐ板張りの縁側に座っているのは、つばめと良く似た面差しの若い女性 だった。クセの強い髪をポニーテールにしているが、つばめと同じ方向に毛先が跳ねている。間違えようがない、 佐々木ひばりだ。つばめは母親の膝にまた頭を預け、ごろりと縁側に横たわった。

「お父さんとも会ったんだよ」

「うんうん、知っているよ。タカ君、気難しいでしょ」

「あんまり喋ってくれなかった。御飯だって、おいしいって言ってくれなかった。お母さんの話が聞きたいって言った のに、コジロウの整備に行っちゃった。朝御飯の時も同じで、私の方を見ようともしなかった」

「だろうねぇ。あの人、そういう人だから」

 どうしようもないの、とひばりは苦笑し、娘の華奢な肩に手を添えた。水仕事で指先が荒れていた。

「でも、もう少しだけ待ってあげて。タカ君は素直になるまで、ちょっと時間が掛かるから」

「お母さんの時も?」

「そりゃもう。私はタカ君が人間じゃないって知った時は驚いたけど、でも、私のことを無下にしないでいてくれたのは タカ君が初めてだったから、人間であろうがなかろうが好きな気持ちは変わらなかった。だから、私はタカ君にもっと 好きになってもらおうと頑張ったんだけど、なかなかね。手を繋ぐだけでも、時間が掛かっちゃったし。あ、この場合 は触手って言うべきかな」

「奥手なんだ」

「ま、どっちも初めての相手だったからってのもあるだろうけどね。毎日毎日、おっかなびっくりで。私もしばらくの間は 敬語で話していたくらいだったし。でも、それで良かったの。おかげでタカ君のことが解るようになったし、タカ君も 私のことを解ってくれるようになった。御飯はちょっとだけ柔らかめが好きで、味噌汁は白味噌の方が好きで、目玉 焼きは堅焼きの方が食べやすいから好きだって。イカとかタコとかの足の多い生き物は共食いみたいで嫌だから、 食べられないこともないけどなるべくは口にしたくないって。仕事がお休みの日も出来れば設計図の図面を引いて いたいって言っていたんだけど、それだけじゃ煮詰まっちゃうから、私が外に連れ出してやったの。近所の土手とか 公園を散歩するだけだったけど、タカ君、なんだか嬉しそうだった。でね、デートはしたことないの。私もタカ君も人が 多いところは苦手だし、お金もあんまりなかったから。でも、楽しかった。とってもとっても幸せだった」

 ひばりはつばめの頬に人差し指を当て、その弾力を味わった。

「ごめんね。さっさと死んじゃって。本当は、もっと一緒にいたかった。つばめを育ててあげたかったし、タカ君のことも 教えてあげたかったし、色んなことをお話ししたかった」

「いいよ。だって、今、会えたもの。お母さんとお話し出来て、凄く嬉しい」

 つばめは身を起こし、母親を見つめた。ひばりは娘と目を合わせ、目を細める。

「もう七十年は先にする予定だったんだけどね。ねえ、お義母さん?」

 そう言って、ひばりは薄暗い屋内に振り返った。古びた合掌造りの家。囲炉裏のある居間。太い梁。毛羽立った 畳。手入れの行き届いた庭。雑草の間から聞こえる虫の羽音。それに一切馴染まない異物が百二十八本の触手 をざわめかせながら、日差しの降り注ぐ縁側に出でた。凹凸のない顔に青白い光を帯びた光輪、そして触手。これ がシュユでも長孝でもないとすれば、間違いない。

「お婆ちゃん……?」

 つばめが立ち上がると、さらさらと触手を畳に擦らせながら、藤色の着物を羽織った異形は近付いてきた。

「つばめちゃんですね」

「はい」

 この人が、全ての元凶なのだ。つばめは様々な感情が噴き上がりそうになったが、祖母が穏やかに名を呼んで きたせいか、毒気が抜かれてしまった。祖母、クテイはシュユよりもかなり小柄で、成人女性と差し支えのない身長 だった。品の良い着物に包まれた体は砂時計型にくびれているので、ニルヴァーニアンには未だに性差があること が窺えた。クテイはつばめの目の前で止まると、着物の袖口から数本の細い触手を伸ばしてきた。

「申し訳ございません。全ては私の責任です」

「お婆ちゃんが私の感情を食べたがったのは、本当?」

 それを大命題にして、祖父は凶行を繰り返した。つばめが意を決して問うと、クテイは両袖で顔を覆う。

「いいえ、違います。そのようなこと、私は願いません。誰が、血を分けた可愛い孫を喰らおうと思いますか」

「じゃあ、今までのは全部」

「ええ。そうです。長光さんが、私が喜ぶであろうと早合点して……」

 お座り下さい、とクテイはつばめを促して縁側に座らせてから、クテイはつばめの傍に正座した。

「今よりもずっと若かった私は、閉塞的なニルヴァーニアンから逃れるべく、シュユと共に乗せられたフカセツテンの コントロールを奪い、物質宇宙を目指しました。私を求めてくれる、強烈な感情を道標にして異次元宇宙と物質宇宙 の狭間を泳ぎ、次元の壁を越え、船島集落へと至りました。そこで、私は英子さんに出会ったのです」

 佐々木英子。それは、つばめの戸籍上の祖母であり、クテイが乗り移った人間の女性の名前だった。長光の妻 であった英子は、長光の常軌を逸した性格に気付いていた。抑圧された環境で育ってきた反動なのだろう、長光は 異常に独占欲が強かった。だから、英子は長光から逃れようと、長光が与えてくる全てのものに反発した。けれど、 長光は英子を逃がそうとはしなかった。英子が一ヶ谷市から逃げ出そうとすると、長光は先回りして英子の行く手を 阻んできた。頼むから離婚させてくれと英子は長光の両親に懇願するが、跡取りがいなくなると困るからというだけ で聞き入れてもらえなかった。夜の闇に紛れて船島集落から脱そうとするも、集落の住人達と鉢合わせしてしまい、 佐々木家に連れ戻された。この地獄から逃げ出すには自殺するしかないと、英子は強烈に願っていた。
 それが、クテイを導いた感情の正体だった。恋愛感情とは程遠いが、英子が自分自身を愛せる環境を欲するが あまりに沸き上がったものだった。フカセツテンが船島集落に墜落すると同時に異次元を形成し、異次元へと機体 を収容したが、クテイは英子に惹き付けられて物質宇宙に転がり落ちた。それとほぼ同時に、シュユも高守信和と いう名の少年の現実逃避願望に引き寄せられ、弐天逸流の元に引き摺り出されていた。
 だが、出会う時が遅すぎた。クテイは山の斜面で倒れている英子を見つけたが、英子は尖端が鋭利な木の枝に 背中から倒れ込んで胸を貫いていた。英子は既に息絶えていて、精神体も肉体から乖離しており、クテイにはもう 彼女の行方を見つけられなかった。異次元宇宙に招き入れることすら出来なかった。
 英子の精神体を見つけ出してやるために、とクテイは英子の傷口にアバターである肉体を滑り込ませると、そこに 長光がやってきた。それから、クテイは英子に成り代わって長光と共に暮らし始めたが、長光はクテイに心酔する ようになった。英子の脳の記憶から、長光がいかなる人間なのかを把握していたので、長光を刺激しないようにと 配慮して行動していた。それが長光の気を惹いたらしく、いつしか長光はクテイを束縛するようになった。
 息子達を産んでからは尚更だった。長光が我が子を切望して止まないので、英子の生体組織とゲノム配列を利用 して長孝と八五郎を産み落としたが、産んだら産んだで我が子に嫉妬するようになった。生体情報の調整が不充分 だったせいでニルヴァーニアン寄りの外見になった長孝には特に激しい憎悪を抱いていて、クテイが我が身を犠牲 にして庇わなければ、長孝は幼少期に命を落としていただろう。
 クテイは長光に数十本の触手を切り落とされながらも生き長らえ、物質宇宙の狭間で彷徨っていた英子の精神体 を見つけ出して異次元宇宙に導いてやった。長光の歪みきった心を元に戻せる日が来るはずだと、浅はかな願望 を抱きながら、息子達を成人まで育て上げて送り出した。その際に、長光がフカセツテンの在処を見つけても悪用 出来ないようにと、長孝にムリョウとムジンを渡しておいた。それ以外の遺産は既に長光に奪われ、売り払われて いたのだが、ムリョウとムジンだけはクテイが自らの体内に残しておいたからだ。しかし、その小細工すらも無駄 だった。八五郎は長光に言いくるめられてしまい、長光が言われるがままに次々と差し出した。死産した娘の遺体、 ハルノネットの利権、八五郎自身とその妻の存在までもを父親に捧げた。

「長光さんを宥めるために、私はとても愚かなことをしました」

 愛していると申し上げてしまったのです、とクテイは俯いた。

「長光さんが日々募らせる、暴力的な感情を引き受け、消化するためです。感情の捌け口さえ作れば、あの激情が 和らいでくれるのではと踏んでいたからです。ですが、私が長光さんの激情を吸収し、異次元宇宙へと受け流せば 流すほど、長光さんの激情は膨れ上がっていきました。どれほど感情を抜いても、それを上回る感情を産んでしまう のです。あまりの膨大さに、異次元宇宙に点在している他の時間軸の私にさえも作用してしまったほどです。それが 長引けば、いずれニルヴァーニアン全体、異次元宇宙全体をも傾けてしまいかねません。なので、私は異次元宇宙 とシュユとの間に精神体を挟み込ませ、緩衝剤にいたしました。それしか出来ることがなかったのです。それからも 長光さんは私に感情を注ぎ、自分が喜ぶものは私も喜ぶのだと思い込み、私に暴力に苦しむ人々の感情を喰らう ように命じるようになりました。それが耐え難く、私は物質宇宙から遠ざかるためにアバターの生体活動を停止して 桜の木に同化いたしました。それでも、長光さんは止まりませんでした。それどころか……」

 目も鼻も口もないのに、クテイが悲痛な面差しを浮かべていると解った。顔の所々に、シワが寄ったからだ。

「許してくれ、などとは申し上げません。私が物質宇宙に好奇心さえ抱かなければ、英子さんに心を寄せなければ、 長光さんに愛の言葉を返さなければ、つばめちゃんは、あんなにもいじめられることはありませんでした。本当に、 本当に、どのような言葉を並べても償い切れません。ですが、心身共に枯れ果てて衰弱しきった私が、こうして再び 目覚めることが出来たのは、長光さんがつばめちゃんから感情を吸い上げて私に注いでいたから、というのもまた 確かな事実なのです。それは、償う機会を与えられたと判断すべきでしょう。ですので、尽力せねばなりません」

 着物の掛かった肩を震わせ、クテイは体を折り曲げた。その背を、ひばりが支えた。

「本当のお婆ちゃんは、今、どうしているの?」

 やりきれない思いを抱きながら、つばめが尋ねると、クテイは静かに返した。

「異次元宇宙と物質宇宙の狭間で、輪廻転生を過ごされております。過去か未来で、いずれ出会えましょう」

「もう、ひどい目に遭っていないの?」

「ええ。安寧の日々をお過ごしに」

「そっか。だったら、良かった」

 クテイの答えに、つばめはほっとした。戸籍上の祖母と会う機会すらなかったが、気掛かりだったのだ。

「お姉ちゃんのことも見つけたら、今度はちゃんと幸せになれるように、道順を教えてあげてね」

「ええ。美野里さんにも、とても悪いことをしてしまいました。また別の物質宇宙で穏やかな人生を歩まれますよう、 導き、祈ると誓いましょう。それは償いとは言えませんが、美野里さんの精神体が救われるのならば」

「じゃ、約束」

 つばめがクテイに手を差し伸べると、クテイは躊躇いがちに触手を伸ばしてきた。

「よろしいのですか。今までが今までです、つばめちゃんは私を信じられぬでしょうに」

「だから、これから信じるの。だって、お婆ちゃんのこと、好きになれそうだから」

 つばめが笑いかけると、クテイはしゅるりと触手の尖端をつばめの手に絡ませた。

「つばめちゃんに管理者権限を譲渡したのは、過ちではありませんでしたね」

「さっすが私とタカ君の子よ。良い子だこと」

 ひばりが誇らしげに笑ったので、つばめはちょっと照れ臭くなった。クテイと繋いでいた手を解き、つばめは改めて 穏やかな世界を見渡した。庭には花々が咲き乱れ、心地良い風が吹き抜け、爽やかな空が広がっている。ここが 普通の場所ではないと、つばめは感覚的に悟っていた。母親と祖母の精神体が留まっているのだから、三途の川 の手前といったところか。無理もない、美野里の爪に心臓を切り取られてしまったのだから。

「つばめちゃんが産まれてくる日を、待ち遠しく思っておりました」

 つばめに寄り添ったクテイは、目元と思しき部分に浅くシワを寄せる。

「愛おしくて愛おしくて、一刻も早く会いたくて、私はまたも過ちを犯しました。お解りでしょうが、善太郎さんの右腕を 奪ってしまったことです。彼にもまた、償わなければなりませんね」

「いいっていいって、寺坂さんは。触手があろうとなかろうと、あの人は万事あの調子だもん。で、その寺坂さんが、 お婆ちゃんを口説くって言ったんだけど、そんなことがあっても突っぱねてね?」

「ええ、ええ。善太郎さんですものね」

「解っているなら、それでいいけどさ」

 つばめが失笑すると、クテイはつばめの両肩に触手を添え、背後から顔を寄せてきた。

「つばめちゃん。どうか、心のままに生きて下さいますよう。ニルヴァーニアンのことなど構わずに、人間らしい人生を 生き切って下さい。それが私の望みです。ですが、そのためには目覚めなければなりません」

「つばめ、もうちょっとだけ頑張ってね。大丈夫だよ、お父さんが付いているし、他の皆もいるし、それに」

 お迎えが来たからね、とひばりが庭の外を指し示した。つばめがその方向に目線をやると、菜の花の濃い香りが 立ちこめる薄い靄の先から、白と黒の影が歩いてきていた。

「行ってらっしゃい。気を付けてね」

 ひばりは笑顔で手を振り、クテイは深々と頭を垂れた。

「どうか御無事で。美野里さんに奪われた心臓は、私の血肉を用いて補うと約束いたしましょう。長光さんは異次元の 内で概念を操って皆さんを陥れようと画策しておられますが、こうして私の精神体が肉体から分離した今では、 長光さんが所有しているラクシャの演算能力が格段に低下しています。ですので、勝機はありましょう。長光さんの 精神体がラクシャから解放されたら、私が異次元宇宙へお連れすると誓いましょう。遺産も私が引き受けましょう。 あれは、物質宇宙の人々が手にするべきものではなかったのです。本当に遺すべきものだけを遺しましょう。咎を 抱いて過去へと去るのが、老いた者の務めですもの」

「ありがとう、お婆ちゃん。絶対、無駄にしないよ」

 つばめが二人に振り返ると、ひばりは継ぎ接ぎだらけのパンダのぬいぐるみを渡してきた。

「はい、コジロウ君。あっちのコジロウ君も大事だけど、こっちのコジロウ君もね」

「うん! ありがとう、お母さん!」

 つばめが継ぎ接ぎのパンダのぬいぐるみを抱き締めると、ひばりは目元を擦った。

「タカ君に会ったら、当分こっちに来なくていい、って伝えておいてね。だって、タカ君の人生はこれからだもん」

「お生きなさい、つばめちゃん。どうか、その心のままに」

 クテイはつばめの背をそっと押してきたので、つばめは名残惜しかったが、縁側から下りた。少し冷たい地面と 柔らかな雑草を踏み締めながら進んでいくと、いつのまにか二人の姿と古びた家は消えていた。目の前ではコジロウ が待ち受けていて、膝を曲げて目線を合わせてきた。その背後には、二体のロボットファイターが控えていた。

「よう」

 レイガンドーは右手を挙げて気さくに挨拶し、岩龍は太い腕を組んで胸を張る。

「こっからが本番じゃけぇのう、気張ってこうやぁ!」

「レイガンドーと岩龍も来てくれたの?」

 つばめがコジロウの肩越しに二体を見上げると、レイガンドーは腰を曲げて見下ろしてきた。

「当たり前だ。コジロウの動力源がつばめなら、俺の動力源は美月なんだ。俺のマスターは友達思いだぞ、ずっと ずっとつばめのことを考えてくれている。それもこれも、つばめが美月と対等な友達になってくれたからだ。だから、 美月の感情を受け取って動いている俺のムジンの演算能力で、コジロウにリミットを掛けてやれているんだ。それが なきゃ、今頃は全部ドカンだ」

「……へ?」

 つばめが面食らうと、岩龍が豪快に笑った。

「そんだけコジロウもドタマに来とるっちゅうことじゃい! その辺の余分な情報はワシが引き受けちゃるけぇのう、 安心せぇや! コジロウはワシらの上位個体っちゅうか兄貴じゃけども、真っ直ぐすぎて危なっかしいのが短所じゃ けぇ、ワシらみたいなのが手ぇ貸してやらんとならんからのう!」

「出口は俺達が確保してくる。コジロウと俺達だけならともかく、つばめも一緒だと情報量が多すぎるから、途中で 処理落ちなんかしたら目も当てられない事態になっちまうからな」

 すぐ3カウントを取ってやる、大技でぶち抜くんじゃ、と言い残し、レイガンドーと岩龍は霧の奥へと駆けていった。 二体の重々しい足音が遠ざかっていったので、つばめは二体の背に手を振って見送った。

「コジロウ! 迎えに来てくれたんだ!」

 感極まったつばめが飛び付くと、コジロウはぬいぐるみごとつばめを抱き締めてきた。

「つばめ……」

「どうやって、ここまで来たの?」

 つばめがかかとを上げて彼と目線を合わせると、コジロウは平坦に述べた。

「本官はムジンの演算能力にて、肉体を欠損したつばめの精神体が異次元宇宙と異次元の狭間に移動したと推測 し、敢えてムリョウとムジンを奪取されることで、ムリョウのエネルギーを全解放した。それを足掛かりとして、本官の 電脳体をこの空間へと移動させた」

「肉を切らせて骨を断つ、ってやつ?」

「その形容詞に値する行動だ。即決していなければ、本官はつばめを救う機会を失うと判断し、ムリョウとムジンを 囮とした。現在、その判断が正しかったと確信している。レイガンドーと岩龍は、その決断に従ってくれた」

「ありがとう、コジロウ。もちろん、レイガンドーと岩龍も」

 コジロウの冷え切ったマスクにそっと唇を当てて、つばめは目を閉じた。二人の間に挟まったパンダのぬいぐるみ は潰れかけていたが、文句は言わなかった。コジロウはつばめを一際深く抱き締めてから、パトライトから赤い閃光 を放った。長光の手で剥ぎ取られた片翼のステッカーも蘇っていた。つばめはそのステッカーに手を添えて、心の底 から外の世界を切望した。母親と祖母の願いを無駄にしないためにも、立ち上がらなければ。

「あ」

 つばめは精神体が、コジロウは電脳体が剥き出しになっているからだろうか、触れ合った部分から膨大な情報が 流れ込んできた。コジロウも同じ現象に見舞われたのか、身動ぎ、つばめを押し戻した。

「何、見た?」

 ないはずの心臓を高ぶらせたつばめが火照った顔を逸らすと、コジロウはマスクを押さえて反対方向に逸らす。

「つばめが本官に抱いている主観、感情的な評価、直情的な行動の理由、それらを総称する呼称だ。つばめは、 本官からいかなる情報を得たのだ」

「……色々と」

 つばめは目を伏せると、唇を浅く噛んだ。コジロウの視点から見た自分の映像は、どれも溢れんばかりの愛情と 思い遣りに溢れたものだった。パンダのコジロウだった頃は、常につばめと目を合わせてきてくれていた。それは、 警官ロボットになっても変わらず、つばめだけを見つめていた。視界の中心につばめを捉え、一挙手一投足を記録 し、保存し、比較してくれていた。たまに主観的な判断をしそうになると、それを即座に削除していた。ただのロボット として、つばめを守る盾に徹しようという彼の信念の固さが窺えた。徹底的に、彼は己の個性を否定していた。

「意地っ張り」

 つばめはコジロウを横目に窺うと、コジロウは赤いゴーグルの光を翳らせる。

「本官は、そのような語彙に値する行動を取った記憶はない」

「それが意地っ張りだっての。コジロウのことが解ったから、話したいことが一杯出来た。だから、早く帰ろう」

 つばめは気を取り直してから、コジロウと改めて向き合った。コジロウも、つばめに向き直る。

「了解した」

 戦い抜いて、生き延びたら、現実のコジロウに好きだと言おう。つばめの方から言わなければ、この堅物の警官 ロボットは一生言わないに違いない。そこがまた彼の愛嬌でもあるのだが。銀色の太い指を二本だけ握り締めて、 つばめはコジロウに身を委ねた。すると、彼の指が慎重に曲がり、つばめの細い指を怖々と握り返してくれた。その 辿々しい仕草が微笑ましく、つばめはますます彼が愛おしくなった。
 今度こそ、祖父の愚行を止めなければ。





 


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